第22話 作戦会議
現在、両国はあくまで休戦という状態でしかない。
元々の力関係はイットリウム王国の方が弱く、ストレッチ王国の方が強いのだ。
予想外に勝てたとはいえ、こちら側はあくまで防衛戦に勝利したに過ぎず、当然こちらから向こうに攻め込む余裕などはない。
開戦当時、ストレッチ王国が投入してきた兵数約四十万に対し味方は七万。
絶望的な兵力差での開戦となった。
しかし戦が終わってみれば、敵五万と味方が一万。
俺やアオイ程ではないが、戦の中で頭角を現す人間が複数出てきて活躍し、兵力差を覆したのだ。
ちなみに俺が鍛え上げた部隊の連中なんて正にそれである。
以上の事からこちらには全く余裕などないものの、敵もかなり疲弊してしまっている。
少なくとも数年で体勢を立て直して敵が攻めて来る、という事は有り得ない。
「アオイ。単騎でどの程度までの兵力なら相手に出来る?」
「撤退する余力を残すなら五千までだね。」
「俺も恐らくそのくらいだ。」
俺とアオイで一万。差し引きで敵は四万か。
いくら俺達が英勇夫婦だとは言え、こちらの都合だけで国の軍隊をまるまる借りるわけにもいかない。
「かつて俺が鍛え上げた部隊は現在生き残りが八十四人。奴ら、戦争終盤では一人一人が兵百人を相手に出来る戦力にまでなっていた。」
それでも相手に出来る数は八千と少し。戦力が足りていないな。
「レイベルト、あの人達を地獄に突き落としてたもんね。副官のジェイさんなんて『戦場は確かに地獄でしたが、レイベルト隊長の特訓と比べればまだマシな地獄ですよ。』って笑ってたもん。」
「特訓の方が地獄だからこそ、戦場でも生き残れるんだぞ?」
「何言ってんの?」
酷いじゃないか。
俺が部下達を出来るだけ生き残れるようにと配慮した結果だというのに。
戦力が足りないからその埋め合わせに鍛えた側面もあるにはあったが。
「あっ。」
何故今まで気が付かなかったのだろうか。
「どうしたの?」
「敵の残存戦力が五万で俺とお前が一万倒せるなら残りは四万だ。あいつらが一人で五百人倒せるようになれば俺達の勝ちじゃないか?」
「計算ではそうなるけど、常識的に考えて無理でしょ。ひょっとして馬鹿なの?」
一人で五千も相手出来るお前が常識を語るな。
というか、馬鹿はないだろ馬鹿は。
エイミー。お前も横でクスクスと笑うんじゃない。
「俺が直々に鍛えてやる。二年も特訓すればあいつらなら辿り着ける領域だ。」
戦時中はいざという時の為に余力を残した訓練しか出来なかった上、途中からは訓練を施してやれなかった。
今なら訓練のみに集中出来る事を考えれば、最大効率であいつらを強くしてやれる。
実戦経験は足りているのだから、基礎力を底上げするのだ。
「え? いくらなんでもあの人達が可哀想だよ。」
「大丈夫だ。あいつらは根性もあるし、強くなる事に悦びを感じるように教育しておいた。」
「可哀想に……。」
「何が可哀想なものか。」
お蔭であいつらは生き残ったんだから、今頃俺に泣いて感謝しているだろう。
「アオイはナガツキ伯爵家の常備兵二十人を鍛えてやれ。一年もあれば、一人で百人くらい倒せるようになるだろ。むしろもっと倒せるようになっても構わんから、限界まで鍛えろ。ちゃんと強くなる事に悦びを感じるよう教育しておけよ?」
「あのさぁ。そんな教育、一体どうやるってのよ。」
そんなに難しい事じゃない。
「考える事が出来なくなるまで訓練した後に、強くなるのは楽しいよな? やっぱり強くなってこその男だもんな? と言って優しく声を掛けていたら勝手にそうなったぞ。」
「私との訓練ではそんな事言ってなかったじゃん。」
「お前は驚く程上達が早いから、言う必要もなかっただけだ。」
勇者には成長が早いという特性でもあるのかもしれん。
「ねぇ。人権って言葉、知ってる?」
ジン……ケン?
「兵の配置場所か?」
「それは陣形。あーはいはい。今の反応で分かったよ。この世界に人権って概念がないんだね。」
「知らなきゃマズい事なのか?」
「気にしなくて良いよ。無駄に権利だけ主張し始めると面倒な概念でもあるから、もっと文明が進まないと危険な概念かもだしね。」
アオイの言っている事は時々良く分からない。
「はぁ……非人道的だと思うけど、訓練してみますか。」
「どこが非人道的なんだ? 生き残れるよう教育してやるんだから人道的じゃないか。」
アオイ、その渋い顔はどういう意味だ?
「ねぇエイミーさん。もしかしてレイベルトって、以前からあんなアホな特訓してたの?」
「アホとは何だ。」
「そう言えば……レイベルトっていつも訓練後はボロボロだったよね? 騎士って大変なんだって私は思ってたけど……。アオイ様、もしかしてレイベルトの訓練は異常だったんですか?」
異常って言うな。
「失礼だな。毎日ぶっ倒れる程度しか訓練していない。」
「うん。エイミーさんの言う通り、間違いなく異常だね。」
「異常ではない。騎士は強くあらねばならないんだからな。」
強くなければ人々を守れないだろうが。
「成る程。戦時中は体力を使い切ると危ないから、むしろ戦争前の方が訓練してたって事だね。やっぱり馬鹿なの?」
別に良いさ。馬鹿だと思いたいなら思うが良い。
お蔭で勇者と肩を並べられるのだからな。
「で? 結局、レイベルトはあの人達を集めてまた訓練しようとしてるって事で良いの?」
「勿論だ。」
「あの……私の為にそんな非道な事までしなくても……。」
俺とアオイの作戦に、エイミーが申し訳なさそうに発言した。
「エイミーの為でもあるが、俺がストレッチ王国を許せんからだ。」
「そうそう。私も同意。それにエイミーさんの為だけって事じゃなくて、隣の国が戦争を仕掛けて来なくなればこの国も安泰なのさ。やり方は非道だけど。」
「でも……一人で五百人倒すなんて無理なんじゃ……」
「出来るぞ。勇者でもなんでもない俺が出来るんだから、あいつらだって出来る。」
同じ人間なんだからやってやれない事はないだろう。
というか、非道ってなんだよ。
「ちょっとレイベルトの基準はおかしいけどね。試しに鍛えてみて、ダメそうなら別の方法を考えようよ。」
「えっと、はい。ありが……とう?」
「いえいえ。どういたしまして! っと、ここから別の話をするんだけどさ。エイミーさんは取り敢えずナガツキ伯爵家に居てもらおうと思ってるんだけど、それで良い?」
アオイ……
「え? 良いん……ですか?」
「良いに決まってるじゃん。悲劇のヒロインをほっぽり出す勇者なんて聞いた事もないよ。そうでしょ? レイベルト。」
「あぁ。エイミー、是非家に来てくれ。」
「あ、ありがとう……グズッ……ありがどう。」
エイミーが泣き止むまで、俺達は静かに彼女の背中をさすってやった。
そして暫くして彼女が落ち着いてきた頃……
「私はエイミーさんに謝らなきゃいけない。」




