第18話 不穏な動き
政治というのは難しい。
俺に領地など治めた経験はなく、当然他の貴族との付き合い方など分かるわけもない。
補佐の為の人材として、平民ながらも優秀なオリヴァーを王より紹介してもらい、アオイと共に王都の屋敷で領地の運営と貴族との付き合い方を教わる日々を過ごしている。
俺は正式に、領地と王都にある屋敷を賜った。その領地というのが驚いた事に、わざわざ王家直轄だった所を分割した場所なのだ。
領地を賜って早々、運営状態を悪化させるなどしては目も当てられないわけで、今までやってきた代官にそのままお願いしている。
これで領地に関しては良い。
しかし、貴族との付き合い方が非常に難解だった。
暗黙の了解だったり、そもそもどこの家とどこの家がどう繋がっていて、各貴族家が治める領地では何が特産品なのか、どんな話題を好むのか、そして嫌うのか、という事を勉強しても全く追い付かない。
貴族たるもの、相手の事を事前にある程度知っていないと無礼なのだそうだ。
一貴族なんて互いの自慢話に花を咲かせるだけの存在なのだから、互いにある程度の情報を知らなければその会話が成り立たない、とオリヴァーはイライラしながら言っていた。
貴族に恨みがあるらしい。
平民の彼も最初は苦労したらしく、俺だからこそ使える裏技を教えてもらった。
オリヴァー直伝の裏技として、俺が王より下賜された宝剣を常に身に付け、その宝剣を見せびらかせば貴族達は目が釘付けになるだろうから、適当にその話で繋いで凌げという随分適当なものだ。
半信半疑だったが、色々なパーティに出席しなければならない俺達は藁にも縋る思いで試してみた。
すると貴族達は目の色を変えてこの宝剣に関して聞きたがり、自分達の話題など碌に出さず、終始宝剣の話題ばかりで俺達の拙さが明るみに出る事はなかった。
貴族との付き合い方を身に付けるまではこの手でいこう。
「レイベルト様、アオイ様。」
「ん? あぁ。オリヴァーじゃないか。そろそろ勉強会の時間か。」
「あ、オリヴァーだ。今日もよろしくお願いします。」
オリヴァーは平民ながらも王宮勤めの超エリート。
現在は貴族の財政監査をする部署で働いている。
「えぇ。今日もよろしくお願いいたします。あぁ……ここは私にとって天国です。」
急にどうした?
「ど、どうしたの?」
「お二人との時間は私の癒しなんです。一部の貴族は今回の戦争がどれだけ大変だったのかも理解せず、やれ財政難は文官のせいだとか、少しくらい貴人に融通するのが平民の仕事だろうとか、勝手に開催したパーティーを経費で落そうとしたりだとか……あーあ、クソ貴族滅びねえかな……おっと失礼。お二人は勿論例外ですよ?」
随分恨みが溜まっているらしい。
考えてもみれば、この人は王宮勤めで様々な貴族と接してきた立場の人だ。その分、俺やアオイなんかよりも腹立たしい場面を経験してきたに違いない。
ちなみにオリヴァーの口癖は『クソ貴族滅びろ』だ。
「碌でもない貴族ってのは結構いるのか。」
「そうですね。特に今は当主や後継ぎが戦死し、次男や三男が跡を継いだ家も多いので……」
「貴族家の質が落ちている、って事かな?」
「誠に残念ながら。」
成る程。
かなりの死者を出している戦だったから、当然貴族家もその例には漏れないわけだ。
次男三男なんて単なるスペア。長男程の教育は受けていないから、当然その質も落ちる。
「愚痴をこぼして申し訳ありません。早速勉強を……と言いたいところですが、実はお耳に入れたい情報がありまして。戦争以前より国内の動きに不審な点が多々あった事、お二人はご存知ですか?」
「もしかして……。」
「アオイは心当たりがあるのか?」
「うん。オリヴァーに裏技を聞く前はさ、しょっちゅう変な貴族に絡まれてたじゃん? それかなって……。」
「あぁ。」
ただの成り上がり者、とか運良く生き残っただけ、とか遠まわしに言ってくる輩がいるんだよなぁ。
「戦争に出ていなかったり前線に出ていなかった一部の貴族なんかは英雄と勇者の偉業をあまり理解していないのだと思います。恐らく、ちょっと強くて運が良かっただけの人間だと思っているのでしょう。」
そういう奴もいるだろうな。
「しかし、いくら貴族家の質が下がったとしても、国が認めた英雄と勇者に変な絡み方をしてくるなどおかしな事だとは思われませんか?」
「確かに。」
「うん。変だよね。」
「私は王宮に勤めて8年、財務の中でも特に貴族の財政監査をする部署にずっと居たのですが……。」
そう言って前置きをしてから、オリヴァーは順を追って説明を始めた。
「戦争が始まる2年前から一部の貴族の使途不明金が増大していたのです。」
「権力者なんてそんなものじゃないのか?」
「えぇ。レイベルト様のおっしゃる通り、常識的な範囲ならば不審に思いませんでした。貴族なら多少の使途不明金が出るのは暗黙の了解ですから。私とてそれだけならば偶然、で片付けられなくもなかったのですが……」
「他にも何かあったのか。」
「はい。当時、使途不明金の増大が見られ始めた頃、私の上司に当たる方……グリム伯爵の次男であるマルグ様に報告を入れましたところ『これは私の管轄だ。』と言って取り合って貰えませんでした。実際は私の管轄であったにもかかわらず、です。」
「ちょっと怪しいね。」
「えぇ。しかも不可思議な事に、使途不明金が増大している貴族家の殆どが戦争では戦死者を出していません。これは……と思いお二人に報告を致しました。王宮の誰かに言っても握り潰される可能性がありますので。」
「王宮勤めなら王にも報告出来るんじゃないか?」
「申し訳ありません。この事を報告してしまいますと、私を邪魔に思う輩が排除に乗り出しかねませんので。」
「そう……か。」
「確実にスパイがいるよね。」
マズいな。
「アオイ、これは王に報告した方が良さそうだ。」
「うん。オリヴァーの言う通りなら、王宮内にまでスパイが入り込んでいるわけだもんね。」
「お二人が報告するのであれば排除される心配はないでしょう。英雄と勇者の実力は個人でありながら一軍に匹敵します。正面から立ち向かえる者などどこにも存在しません。」
俺とアオイならば実力行使に出られても余裕で跳ね除けられる。
それこそ軍をまるまる動員されても、だ。
「あ、でもこの事を報告しちゃったらオリヴァーが危険じゃない?」
「確かに。オリヴァーが扱った情報なんかを報告するわけだから、確実に危険が及ぶな。」
「はい。そこでお願いなのですが、もしお二人さえ宜しければ私を雇って頂きたいのです。」
オリヴァーが仕えてくれるだと?
良いのか?
「私はお二人のように優しい方々にお仕えしたい。是非お二人がクソ貴族を追い込むお手伝……ではなく、クソ貴族を蹴落と……失礼。お二人が貴族と対等に渡り合う為の協力を派遣なんかではなく、本格的にさせて欲しいのです。」
「な、成る程。クソ貴族を追い込みたいんだな?」
「いえ? お二人が貴族と対等に渡り合う為です。」
「本当は?」
「お二人が貴族と対等に渡り合う為の御助言を……」
「いいからいいから。ここには誰も聞いている奴なんかいないんだ。俺も一部のクソ貴族なんぞ好かん。」
「はい。一部のクソ貴族を一族郎党滅ぼしましょう。」
いや、一族郎党はやり過ぎだから。




