第17話 隔世遺伝
「う…………頭……痛っ。」
急に頭に激痛が走り、私はその場に座り込んだ。
「私、何をして……」
目の前にはネイル、ネイルの両親、そして護衛達の死体があり、その悲惨な様子に否が応でも先程までの記憶が呼び起こされる。
……そうだ。
私はネイル達に騙された事で腹を立て、殴り殺してしまったんだ。
実はこいつらがスパイだと白状したネイルから詳しい話を聞き出し終えて、今からその証拠を探そうとしていたところだった。
こいつらはもう死んでいる。更に殴っても問題の解決にはならない。
ネイルの言う事が本当ならレイベルトが大変!
「急がなきゃ…………」
1.証拠と、今後の為に金品も持って行こう。
2.レイベルトに早く知らせないと。【選択肢が解放されました】
「なに、これ……?」
目の前に文字が浮かんでいる。全然意味が分からない。
「あ、痛っ……」
頭にズキリとした痛みを再び覚え、そして…………
『——エイミー。この国を終わらせて、俺達と一緒に帰ろう。』
『——あぁ。エイミーは何も悪く無かったんだ。』
……何で?
あれ以来、レイベルトには会ってさえいないのに、どうして彼に再会した時の言葉を思い出しているの?
あまりにも彼に会いたいという気持ちが幻の記憶を作り出した?
さっきまで彼の胸に抱かれていたような気さえするのは何故?
……そんなはずなんてないのに。
「痛ぅ……。また……。」
何度目かの鈍い痛みを頭に感じると、今度は彼の必死な姿が浮かんでくる。
『——エイミー……! お前は…………が出来るんだ! だか…、俺を信じろ!! 俺に事情を伝えろ!! ………!?』
っ!?
「レイベルトを……信じる。」
そうよ。レイベルトを信じて事情を伝える。
今は何故覚えているのかも分からない断片的な記憶を気にしても仕方がない。
仮に幻だとしても良い。彼を信じる事を悪い事だとは思えない。
目の前に浮かぶ文字からは、私の行動を決めろと言われている気がする。なら、私が選ぶのは当然……
「2を……選ぶ。」
そう告げると、目の前からは不思議な文字が消え去った。
金品なんて持って行っている暇が惜しい。
レイベルトは英雄となったが、元々強いだけの一介の騎士だ。このままだと、彼が政治で謀殺されてしまうかもしれない。
私はクズから聞いた情報を基に屋敷を探索し始める。
クズが死に際に言った話は嘘ではなかったようで、聞いた通りの場所にストレッチ王国からの指令書、別のスパイとのやり取りの手紙、それらの暗号を解読する為の書類やらが出てきて、証拠としては十分だと思える収穫だった。
クズ共は英雄の恨みを買っている事を恐れ、丁度逃げる所で私に殺されたらしい。
「私の恨みを甘くみるから。だから国まで滅んだのよ。」
あんな国は滅んで当然……………………国が滅ぶ?
国が滅ぶって何だっけ?
ストレッチ王国は疲弊したと言っても別に滅んではいない。
「どうでも良いか。レイベルトに知らせる方が先。」
私はその場を荒らし、誰かに襲撃されたように見せかけた後、近くの川で血を洗い流してから帰宅する。
幸い目撃者は一人も居なかったようで、私の仕業とバレた様子もない。
まさかネイル達がストレッチ王国のスパイだなんて思いもしなかった。
スパイの情報を持っていけば恐らくこの生活からは脱することが出来るけど、結局レイベルトと結ばれる事はない。
だけどこの情報があれば、レイベルトとやり直す事は無理でも、幼馴染としてなら再会出来るかもしれない。
レイベルトは事情を知ればきっと動いてくれるような気がする。
「でも……合わせる顔が無い。」
レイベルトと誓い合った将来は消えて無くなってしまったけど、彼を助けられるならそれでも良い。
「こんな時間まで何をしていたんだ? もしかしてずっと働いていたのか?」
「あらあら。それは大変。でもエイミーはまだ若いんだから、たくさん働いても大丈夫かしらね。」
「そうだな。たくさん働けばきっと、エイミーも嫌な事を忘れられるだろう。」
誰のせいで私がこんな目にあっていると……あれ? 私、この人達を一度殺したような気が……
「ねぇ。お金が欲しくてレイベルトとの婚約を解消したの?」
「そ、それは違うぞ……。」
「違うの! 違うのよエイミー! エイミーがずっと待っているだけなのは可哀想だから、ついでにお金まで貰えるならってお父様が考えてくれたのよ?」
「そうだとも! ずっと待つのは辛い。だから、見合い話も紹介しただろう? エイミーは結局断ってしまったが。」
可哀想だと思うなら解消なんてして欲しくなかった。
「私、ネイルに騙されてた。私達、皆大馬鹿よ。」
「それは辛かったわね。お母さんが叱ってあげ……馬鹿?」
「あの男め。父がエイミーの代わりに叩き斬って……馬鹿って言ったか?」
どうして自分達は関係ないって顔をしているの?
勝手に婚約を解消したのは二人なのに。
いえ、両家が婚約を解消したお蔭でスパイの存在に気が付けたのだと思えば、レイベルトの為だけを思えば、これで良かったのかもしれない。
「けど、このやり取りは前にもあったような……。」
以前にも経験したような不思議な違和感がある。でも、今はそんな事を気にしている暇なんてない。問答している時間が惜しい。
この人達を黙らせて早く手紙を書こう。
私は魔法で二人を拘束し、手加減しながら頬を張ってやった。
「痛っ!!」
「痛い!!」
まぁまぁね。
手加減が上手くなった気がする。
「エイミー、瞳の色が変わって……。」
「勇者と同じ黒、だと?」
勇者?
「す、すごいじゃないかエイミー! 勇者と同じ目なんて……。」
「そ、そうね! 家はきっと、伝説の勇者サクラの子孫だったんだわ!」
勇者と同じって今更ね。私は伝説の勇者の先祖返りで、かなりの魔力を持っている。
そんな当たり前の……………………あれ? どうして当たり前だと思ったんだろう。
「どうした? 父と一緒に鍛錬するぞ!」
這いつくばってるくせに何を言ってるのこの人?
私はもう十分強くなったからお父さんとの鍛錬は必要ない。
バチンッ!
「ギャッ!!」
「あ、あなた! エイミー! 急にこんな……」
バチィン!!
「ギャンッ!」
やっぱり手加減が上手くなってる?
大怪我にならない程度に最大限痛みを与える方法を何度も練習した気がする。
確か相手は……ベグレート王とヴァ…ヴァカイセン侯爵、だっけ?
「エ、エイミー……突然何をするん、だ?」
「ひ、ひどいわ……。」
酷くない。むしろ優しいくらいだと思う。
「お父さん、お母さん。」
「な、なんだ?」
「そんなに怖い顔しないで……。」
「ちゃんと私の言う事を聞いてくれたら、これ以上酷い事はしないよ?」
両親が無言で首を縦に振る様を見て、少しだけ留飲が下がった。
この二人は毎日教育して、きちんと働かせよう。
レイベルトは優しいからこんな人達でも死んだりしたらきっと悲しむ。
「私は忙しいから、二人は少しの間そこに転がっててね?」
早くスパイの事を報せよう。今はレイベルトを信じて手紙を書くんだ。
何故か記憶に浮かび上がってきた彼の必死な様子が、本来であれば絶望しかない今の状況でも私の気持ちを少しだけ前向きにさせてくれる。
会えなくても良い。
彼に笑われないよう胸を張って生きいこう。




