第23話 お仕置き
「エイミー殿。どうかお願いする。王である私の首で水に流してもらえないだろうか。」
一応自分よりも国を優先できる王なのね。
でも……
「えっと、何でしたか……弱国と強国の人間とじゃ価値が違うんでしたよね、ヴァイセン侯爵? 私一人に良い様にやられる弱国の王の願いには価値がないと思いませんか?」
「い、あ……それ、は……。」
ヴァイセン侯爵は冷や汗を流し、碌な言葉を発する事が出来ずにいる。
自分の発言なんだから責任を持って欲しい。
「でも、私は貴方達のように非道ではありませんから、水に流してあげましょう。」
「済まない! 本当に礼を言う……。」
涙を流して礼をするなんて、この王は本当に自国民思いのようね。
けど、私やイットリウム王国にとってはどこまでいってもこいつはクズ。
クズの謝罪や礼に価値はないの。
「そんなお礼だなんて。皆さんも一緒に観賞しませんか? 魔法で洪水を起こしてみせますので。」
「な、何故だ……? 水に流してくれると言ったばかりでは……」
「だから水に流すんですよ。洪水で、全てを、無かった事にする為に。」
先程同様、この場にいる全員が慌てだしては顔が青ざめる。
確かにこいつらからすれば私と交渉するしかないというのは分かっている。少しでも良い条件を引き出そうと躍起になるのだって、国を思えばこそ。
でも、被害者である私に対して碌な謝罪もせずに交渉を持ち掛けてくるところが本気で気に入らない。
どうして当然のようにそんな事が出来るの?
「お願いだ! 待ってくれ!」
礼を言ったり、待てと言ったり、本当に忙しい王ね。
「待てませんね。クズの親玉だけを殺しても新しい親玉が出てくるだけです。交渉をしようと思っているようですけど、これは交渉ではありません。」
「交渉では、ない……? それでは一体……。」
まだ気付いていないのね。私がずっと言っている事は全てがお願いではなく命令のつもりだ。
やれと言ったらやるのが命令。今は私が上、こいつらが下。
「先程から言っているのは全て命令ですよ? 貴方達に出来る事は粛々と私の言う事に従って、被害を最小限に抑える事のみです。」
ただ黙って命令に従い、私に被害を与えた関係者全員の首とストレッチ王国の崩壊を受け入れて欲しい。
「そんな……ストレッチ王国の歴史が……終わる?」
こんな国の歴史なんて終われば良いのよ。
「はい。戦争なんてしなければ……スパイなんて送らなければこうはならなかったですね。後世に伝えたらどうですか? 馬鹿な王や貴族が勇者の先祖返りを怒らせて国が崩壊しました、と。」
民衆には私が広めてあげる。
これでベグレート王と貴族達は後世にまで国を滅ぼした最悪の存在として名が残る。
死んでから後世の人間にも貶められるといいわ。
「ところで、スパイを派遣したのは誰ですか? いい加減に教えてくれないと、私の力が続く限り村や街を攻撃し続けますよ?」
教えてくれないなら王都以外を滅ぼして、もう一度ここに来ようかな?
「俺だ! スパイを派遣したのはこのブレイン侯爵である! 俺の首があれば満足であろう! 王の首は必要ないはずだ!」
この人が……ね。こいつも確実に仕留めよう。
「あら、貴方がスパイを派遣した……その節は大変お世話になりました。では、今からスパイを全員呼び戻して下さい。皆殺しにしますので。」
「皆殺……分かった。すぐに呼び戻す! 恐らく二十日以上はかかるだろうが待って欲しい。」
そんなに?
ここまで来て二十日も待てるはずがない。
「長過ぎますね。二十日もあれば街や村を……30以上は滅ぼせるかしら?」
「っ!? 頼む、何を置いても全力で戻って来させる! 十日、十日でどうか!? その間は何もせずここに留まっては貰えないだろうか!」
それだったら……待てるかな?
でも……
「どうして初めに言った時と日数が違うのですか? もしかして、私を馬鹿にしてます?」
だとすれば許せない。
「あ、いえ……これは、国の機密情報で……。」
機密情報だと言い渋り、なかなか理由を言おうとしないブレイン侯爵。
この状況で出し渋る意味なんてあるの? どうせ国が滅びるのに?
もしかしてブレイン侯爵は馬鹿なのかしら。
「機密情報だからと隠したせいで国が更なる攻撃を受けてしまうなんて……民もさぞ恨むでしょうね。」
「馬鹿者! 今は機密がどうとか言っている場合じゃない! すまないエイミー殿。この国では狼煙を使い、驚くべき速度で情報を伝達する手法を導入している。先の戦争では使う事が無かった為に、イットリウム王国には知られていないだろう。」
「狼煙?」
「物を焼いて色の付いた煙で遠くへ情報を知らせるのだ。我が国では等間隔で配置している。全力での撤退には赤の色を用いる決まりだ。それでスパイを呼び戻す。故に、この方法を使えば恐らくは10日で間に合うはず。」
へぇ。
聞いた事もない方法ね。
元々国力からして違うのに、そういうところもイットリウム王国は遅れていたのね。
「でしたら、その狼煙? でしたか。早くそれを使ってスパイ達を呼び戻して下さい。十日を過ぎたら問答無用で攻撃を開始します。」
「わ、わかった。聞いただろ! ヴァイセン侯爵! 早く狼煙を上げるよう命令を出して来い!」
「直ちに上げて参ります!」
ヴァイセン侯爵は慌ててこの部屋を出て行った。
「さて、現在ここに残っている皆様には色々と聞かなければならない事があります。スパイの動きに関してはブレイン侯爵が指示していたのですか? それとも王が?」
もう隠すつもりはなくなったのか、ブレイン侯爵は先程と打って変わって聞かれた質問に答えるようになった。
「全ての任務は俺が指示を出しています。俺が統括者でしたので。」
「そうですか。では薬や暗示を使う事も?」
ここが重要だ。
だって、全てはそこから始まったのだから……。
「……はい。俺の指示です。ですから、王は関与していません。」
ふーん?
「関与していないと言っても、承認したのではありませんか? と言うか、今更王を庇っても意味はありませんよ?」
私はブレイン侯爵に近づいて右肩を掴み、握り潰した。
「ぎゃっ!!」
「うるさい。」
なんてうるさい悲鳴なのかしら。
私に対して悪いと思うならそのくらい我慢するべきよ。
あぁ……でも、多分この人は悪いとも思ってないのか。
「ヴァイセン侯爵が来るまで、窓から外の景色を眺めていて下さい。」
私はブレイン侯爵の右腕を紐を扱う要領で無理矢理折り曲げ窓の扉に固結びで結び付け、景色が良く見えるよう外側へぶら下げてやった。
無理矢理だったから腕はバキバキに折れ、血が噴き出し、ブレイン侯爵の絶叫が聞こえてくる。
「あまり暴れると腕が千切れて落ちますよ? まぁ落ちても良いですけど。」
あ、ダメだ。完全に私の話を聞いていない。
あまりの痛みに気を失ってしまったブレイン侯爵は白目を向いている。
「さて、静かになりましたので、今後の話し合いをしましょう。交渉ではなく命令なので、ちゃんと聞いて下さいね。」
「あぁ……。」
「分かりました。」
王とランデル侯爵の顔は恐怖に歪み、私を化け物でも見るかのような目で見ている。
失礼ね。
自国民以外は人間だと思っていないのはお互い様。
このような仕打ちを受けたからと言って、今更何を驚くというのよ。
復讐の相手を恐怖させているという事実が面白くて、私はスパイ共を待っている十日の間、適度にベグレート王とヴァイセン侯爵を痛めつけて過ごした。
ブレイン侯爵は死んでしまうといけないので、治療を受けさせ生き延びてもらっている。
そしてスパイ共が到着した後は、ベグレート王、ブレイン侯爵、ヴァイセン侯爵、ランデル侯爵の四人を初めて話合いを行った部屋に集め、スパイ共を始末するところを直接見せつけてやった。
「汚いなぁ。」




