第19話 交渉人 長月碧
「そ、それは……あまりにも……」
「あ、言い忘れてた。将来また戦争なんて起こさせないようにストレッチ王国の半分は欲しいところだね。」
「待って下さい! いくらなんでもそのような要求は……」
「アオイ、それは無茶じゃないか?」
王族の首や国の半分なんて要求を呑むはずがない。
「レイベルトは黙って。ねぇランデル侯爵? ここで問題です。」
アオイは今まで見たこともないような冷笑で且つ、口調だけは明るく問いかけ始める。
彼女からは恐ろしい程の魔力が吹き荒れ、俺以外の室内にいる者全てが凍り付いたように動けなくなった。
「今、イットリウム王国には英雄と勇者が居ます。戦争でストレッチ王国は弱体化しています。そんなストレッチ王国ですが……なんと、勇者の先祖返りによって更なる大損害を被っているようです! では、私達のこれからの動きを予測してみて下さい。」
まるで時が止まったかのような静けさが会議室を包み込み、ランデル侯爵の顔がみるみるうちに青ざめる。
「えっ……な、まさか……。」
「正解は分かるかな?」
「この機に乗じて我々を……滅ぼすつもり、ですか?」
アオイ、嘘だろ……?
「大正解っ!! ランデル侯爵ったらちゃんと状況が分かってるじゃーん。」
「あ、そん……な……これでは民が……。」
これは止めなければと思った瞬間、アオイは魔法で創り出した氷の剣を俺に突き付け動きを封じてきた。
「何故だアオイ!?」
「黙れ。」
今のアオイには普段の暖かみが全く感じられない。
俺が動きでもしたら、本当に剣で斬りつけてきそうだ。
「ランデル侯爵、分かっただろ。この国では勇者である私に逆らえる奴なんかいない。今のやり取りで察しただろうけど、英雄が相手でも私は勝てる。戦争では手加減してやったのさ。」
「勇者が、真の支配者……だった? しかし、戦争で手加減する必要など……。」
「分からないか? 力が強すぎる弊害って奴でね。本気でやり過ぎると味方も巻き込んで滅ぼしてしまうんだ。加減しながらの戦い故に苦戦した、というわけだ。」
「伝説の勇者と同等、という事ですか。」
「ああ。別に私の要求を呑む必要はないぞ。今回は味方を連れずに私が単騎で突撃し、各地で災害級の魔法を放ってやれば良いだけだからな。」
本気、なのか……?
「民が……と言っているが、イットリウム王国側とて村や街が焦土になっていないだけで、民に少なくない犠牲が出ている。ランデル侯爵、お前達の国からは自国民さえ良ければ良いという考えが見え隠れしているんだよ。」
「そ、そんなつもりは……。」
「つもりがなくともお前の行動がそれを示しているだろ。そちらから侵略戦争を仕掛けてこちらの民を害しておきながら『自国民に被害が出ているから助けてくれ』なんて冗談が過ぎる。恥を知らないのか?」
「……。」
「両国は休戦条約を結んだだけで、和解もしてなければイットリウム王国への賠償だってない。助けてくれだと? 私が焦土作戦を仕掛けていないだけマシだと思えよ。」
「……はい。それでも、私は恥を忍んでお願いするしかないのです。」
ランデル侯爵は決して文句を言わず、アオイに頭を下げ続けている。
「何をしているランデル侯爵。お前がやる事はここで頭を下げる事か? 違うだろ。民が大事ならつべこべ言わずに国土の半分を割譲するよう約定を取り付けて来い。後、王族の首は別にいらん。首など並べる趣味はない。」
「あ……ありがとうます! 本当にありがとうございます! 何としてでも約定を取り付けて参ります!」
「小細工はするなよ? 私にとっては労せずして半分を手に入れるか、面倒になるが全部滅ぼすかの違いでしかない。」
ランデル侯爵はその場で礼をし、急いで退室して行った。
しかし、剣を突き付けられたままの俺を筆頭に、アオイの魔力で動けなくなってしまった全員の緊張はまだ解けていない。
「ア、アオ……」
「ふうぅぅっ! 疲れた疲れた。演技なんてするもんじゃないね!」
途端に魔力の放出が止み、室内の緊張感が一気に解かれた。
「いやぁ。これがチャンスだと思ってハッタリかましてみたんだよね。ランデル侯爵ったら完全に信じてたよね? どう? 私の中二病全開演技も捨てたもんじゃないでしょ? ね、レイベルト。」
「は、はい?」
「まさか私が言った事、鵜呑みにしちゃったの?」
「……ははは。」
そうだと言ったら怒るだろうか?
「嘘? 酷くない? 旦那でしょ? ちゃんと私を信じてよ。皆さんだって演技だって分かってましたよね?」
アオイが室内の全員に問いかけるが、返ってきた答えは取り繕うものばかりであった。
「勇者アオイよ。わ、儂はちゃんと信じとったぞ? な、なぁシュタイン公爵よ。」
「え、えぇ。勿論ですと、と、とも。ゆゆうしゃ殿は清廉潔白な、なので。」
「わ、私も……信じておりましたとも。ええ本当に。」
「まぁ? ぼ、僕は最初から高度で緻密な作戦が、あったと分かってた、たけどね?」
これは誰も信じてなかったな。
「今回の襲撃犯が誰かは知らないけど上手いやり方だよ。」
「上手くはない。無辜の民を虐殺するなど論外だ。」
アオイはまさか、民を殺す事を何とも思わないのか?
「流石に私だってそんな事はしたくないって。」
「だったら……」
「でも! ね。人間らしさとか情けなんてものを取っ払って考えるならこれ以上ないやり方だよ。私が兵なんて無視して敵の街や村を滅ぼしてしまえば、敵の士気は下がるし防衛の為に自国へ撤退せざるを得ないんだから。」
「そんなやり方……。」
許されるはずがない。
こんな非道な行いがアオイの世界で行われていたのか? だが、確か平和な世界から来たと言っていたような……。
そんな中で、魔王……と呟きが聞こえた。聞こえてしまったのだ。
「は? 誰だよ魔王って言ったの。こんな美少女勇者捕まえて魔王はないだろ。」
ピシリと室内の空気が凍り付いた。
これによって、全員が再び固まってしまう。
クソッ!
誰だ余計な事言ったのは!
「まーおどろいた。勇者は演技が上手い! って言いたかったんだろ。多分アオイが美人で緊張してしまったから言葉が途切れたんだな。」
俺は室内の全員に目配せをして合わせろ、と意思を伝えた。
「な、成る程のう。そうかもしれんの。勇者は美人じゃから仕方あるまいて。」
「た、確かに! 納得ですとも!」
「あり得る! 大いにあり得る!」
「ぼ、僕も……そう思うんだな。」
一人だけ台詞回しがおかしいぞ?
さてはお前が犯人か? 後で説教してやろう。家格は上だが。
「ま、そういう事なら許してあげましょう。」
全員が首を縦に振り、その光景を見ながらふと思ってしまった。
ここに集まるのは俺とアオイ以外は国の上層部。
もしかしたら、イットリウム王国は本当に勇者に逆らえない国になってしまったのかもしれない。
「アオイ、こうしている間にも各地での被害は増えていくんだ。早く止めに行かないと……。」
「レイベルト。多分だけど、こんな事をする以上襲撃犯は恨みで動いていると思う。だったら、私達はイットリウム王国側の英雄と勇者なんだから、会えば言う事を聞いてくれる可能性は十分にある。」
果たしてそう上手くいくものだろうか?
「言う事を聞いてくれるなら私達と襲撃犯の三人でストレッチ王国の王宮に突撃し、王の頭を踏みつけ国を解体してしまおう。」
「襲撃犯が言う事を聞かなければ?」
「それなら私達が襲撃犯を止めて、余裕があれば王宮に突撃する。無理なら普通に帰って来て、国土の半分を割譲してくれるのを待てば良い。割譲してくれなかったとしても、元々こちらには損がない。」
「なぁ、やっぱり半分なんて無茶だろ……。」
「甘い甘い。今回の交渉は今の状況だから出来た事なんだよ? 国土の半分なんて普通は有り得ないけど、国が亡ぶかどうかならば応じる可能性はある。イットリウム王国が今後も存続していく為には必要な事だよ。」
こいつ、演技の才能もそうだが謀略の才能もあるんじゃないか?




