第26話 罪と罰 (Good End)
ちょっと距離を置きたいのは嘘偽りのない本音だが、やはりエイミーにはサクラの事をしっかりと伝えておかなければならないだろう。
「サクラは本当に良く仕えてくれたよ。“勇者の再来”の肩書は伊達ではなかった。」
彼女の活躍を母であるエイミーにはなるべく詳細に伝えた。
貴族間での勢力争いの際、敵対派閥のトップ戦力を決闘で叩きのめした事。
盗賊退治では獅子奮迅の活躍をしてみせ、拠点をいくつも潰して回った事。
政治の駆け引きもアオイが不在だった際、俺に助言をくれ上手く立ち回れた事。
隣国に再度戦争の兆候が見られた時なんか、僅かな手勢を引き連れ前線になるであろう敵の砦をいつの間にか潰してしまい、戦争を起こさせなかった事。
アオイの言う通り、エイミーは物凄く嬉しそうに話を聞いている。
そう言えばサクラに初めて会った時も、丁度今のエイミーのようにキラキラとした目を向けてきたような気がするな。
「結局俺達の息子レイアと結婚して、孫も三人いる。」
一通りサクラの活躍を説明し終えた俺が言葉を区切ると、ニコニコととびきりの笑顔でエイミーが発言する。
「アオイちゃんからも聞いてたんだけど、やっぱり嬉しいなぁ。レイベルトとアオイちゃんの子が娘と結婚してくれた……もしも私が生きてたら無条件で許可しちゃうわ。」
何を言い出すのかと思えば……その無駄な信頼は一体どこから来てるんだ?
「レイベルトとアオイちゃんの子がサクラと結婚したんだから、これはもう……二人と私が家族になったも同然よね。」
エイミーの言う事はもはや意味が分からない。
「全然違うだろ。」
「違うと思うよ。」
「え? 違わないよ?」
「……。」
「……。」
同居したわけでもないし、どう考えても違うだろ。
首を傾げるな。
まるで俺とアオイが変な事を言っている風な顔をするのはやめろ。
「だってね。二人の血筋と私の血筋が交わったんだから、直接じゃないにしろ家族になったも同然と言えるし、これからは一緒に暮らすわけで、人間界のしがらみもなく体も若返っているから遠慮なく私達三人での楽しい家族生活が送れ……」
「えい。」
ゴチっとエイミーの頭をブツ俺の嫁。
確かに若干の恐怖を感じはしたが、何もブツ事はないんじゃないかと俺が思っていると……
「痛い……。」
と、エイミーは涙目で嬉しそうに頭をさすっている。
何で叩かれても嬉しそうなんだよ。
エイミー、お前は一体どうしてしまったというんだ?
「私の世界では何かが壊れた場合は、こんな風に叩くと良くなる事があるんだ。」
だからって叩くなよアオイ。
それ、絶対人に対しての処置じゃないだろ。
「エイミーは時々意味の分からない言葉を壊れた機械のように延々と垂れ流す場合があるから、こうして変になる度叩いて治してるんだよ。」
「いや、うん。そうか……。」
機械ってのは良く分からないが、叩かれて嬉しそうにしているエイミーを見て確信した事がある。
絶対治ってはいないだろ。
あと、アオイ……。
お前とエイミーは本当に友達なのか?
さっきのエイミーの目が正気じゃなかったのは認める。認めるが、いきなり頭を叩く奴が友達ってのはちょっと納得しづらい。
「なぁ、お前ら本当はどういう関係性なんだ?」
「エイミーとは普通の友達だよ。」
「アオイちゃんは私のお嫁さん。」
ゴンッ!!!
アオイの裏拳でエイミーが数メートル飛んで行った。
「お、おい……いきなり何を……」
「痛い……。」
エイミーはアオイの裏拳をものともせず、むくりと起き上がっては再び嬉しそうに自身の頭をすりすりとさすりながら戻って来た。
「レイベルトに会えたのが余程嬉しかったのかな? ちょっと今日はエイミーの調子が悪いみたいだから治してくるね。」
「魔道具の調子が悪いみたいに言うなよ。」
アオイは自然な笑顔で不自然な事を言い放つと、エイミーを引き摺ってどこかに行ってしまった。
本当に友達なのか……?
「と言うか、治すって何する気だ?」
エイミーとは今度こそ一人の幼馴染として笑顔で会いたいと思っていたのだが、俺の精神衛生的に良くないのでこれ以上深くは考えない方がいいだろう。
この事はもう忘れよう。
せっかく幼馴染として再会出来たのに、予想外過ぎて対処のしようもない。
「エイミーと幼馴染、やめようかな……。」
やめられるものなのかは分からんが。
暫くの間その場に佇んでいたが、現実逃避していても仕方がないし、待っていても戻って来る様子がないのでアオイとエイミーを追いかけよう。
「もし、英雄レイベルト様ではありませんか?」
「ん? そうだが。」
二人を追いかけようとしたところで、見た事もない男に呼び止められた。
「もしやアオイ様方を追いかけようとしてらっしゃいますか?」
「あぁ。俺はここに来たばかりで勝手が分からないからな。」
「少ししたらお戻りになるかと思いますので、待っていた方が良いでしょう。」
「しかしだな。」
放っておくわけにもいかないと思う。
友達だと言っていた二人だが、トラブルになっていたらと思うと気が気じゃない。
「追いかけてしまうと後悔なさいますよ?」
「なんだそれは。」
意味が分からない。
増々放ってはおけないじゃないか。
「忠告は感謝する。しかし俺は行かなければならない。」
「そうですか……。一応、忠告は致しましたよ?」
「あぁ。」
まだなにかを言いたそうな男を無視し、俺はアオイとエイミーを追う。
二人は結構な距離を移動していたようで、なかなか見つける事ができない。
「どこへ行ったのやら……ん?」
岩場の向こう側から声が聞こえてくる。
「こっちだったか。全く。」
俺は岩場の方へ向かうと、とんでもない光景を目にしてしまう……
「こら! あなた、男なら誰でも良いんでしょ!」
「ち、ちがいます! 私はレイベルト様一筋なんです!」
「なにが違うのよ! どこの馬の骨とも分からない男と関係を持ってたじゃない!」
「それは……私が悪かったです。でも、もう二度とあんな事にはなりませんから!」
「嘘おっしゃい!」
べしっ
「きゃあっ!」
アオイがエイミーを罵倒し叩いている。
まさか……二人は仲が悪かったのか?
「アオイ! エイミー! 一体どうしたんだ!?」
「あっレイベルト。」
「あっじゃなくて、急にどうしてこんな事に?」
「え? あぁ……まだ話してなかったもんね。これはエイミーが望んだ事なんだよ。」
エイミーが?
「それは一体……。」
「エイミーは生まれ変わったら今度こそ失敗したくないからって、魂の状態である今のうちに、私に責められて魂に己の罪を刻み込む修行をしようと思ったんだって。」
なんだそれは。
「だから、こうしてエイミーの修行に付き合ってるってわけ。」
果てしなく意味が分からない。
俺の感性がおかしいのか?
「レイベルト、私はね……もう二度も失敗してる。これ以上間違えたくない。その為にアオイちゃんに協力してもらってるの。」
二度も?
「他にも何か失敗したのか?」
「え?」
「二度も失敗したと言ったじゃないか。」
「私、そんな事言ったっけ?」
嘘や誤魔化しを言っているようには見えない。
聞き間違いだったか?
「とにかく、私はもうこんな失敗はしたくないの。」
「言いたい事は理解出来なくもない気はするが……。」
悲壮な顔で尤もらしい事を言っても、実体は罵られて叩かれているだけだ。
そんな行為にどれ程の意味があるというのか。
「これ、修行になるか?」
「こら! まだ終わってないでしょ! レイベルトにタメ口聞くな!」
べしっ
「あぁん! すっすみませんでした! レイベルト様お許しを……。」
「あ、いや……。」
「勝手に人の旦那を名前で呼ぶな!」
べしっ
「あぁん! は、はげしい……。」
エイミーの声が妙に艶っぽい。
これは修行じゃない気がする。
アオイなんてなかなかに良い笑顔でエイミーを叩いているし、エイミーはエイミーでやけに嬉しそうだ。
人は良くも悪くも変化する生き物である。
しかしながら、このような変化は望んでない。望んでないんだよ……。
「レイベルト何してるの? あなた幼馴染でしょ? 早くエイミーを叩いてあげて。」
「え?」
「え? じゃないよ。エイミーを思うなら叩いてあげてってば。」
「こ、こうか?」
ぺち
「全然ダメだよ! もっとこう!」
べしっ
「あぅ。」
「趣味が合うって、まさかそういう事だったのか……?」
「何ぶつぶつ言ってんの? そんなんじゃエイミーの修行にならないよ。」
ダメだ。俺には理解出来ない。
ずっと以前の……それこそ俺がエイミーと別れた当初、憎しみを持ってエイミーを叩くのならまだ理解出来る。
だが彼女を許した今、あの別れが完全に思い出の一つとなってしまった今の状態でエイミーを叩く事になるとは思いもよらなかった。
アオイに指摘され、流されるままにエイミーを叩き、そして思う。
俺はあの世に来てまで何をやらされているのだろうか、と……。
【エイミーの魂が強化されました……エイミーの魂+2を獲得】
【エイミーが辿った道筋を確認出来るようになります】
【『第16話 狂気』の選択肢2がアンロックされます】




