第23話 英勇夫婦withサクラ
エイミーの娘であるサクラが屋敷にやってきてから一ヶ月が経過。
先ず初めの一週間、サクラは俺とアオイをまるで監視するかのように付いて歩き、じっと俺達の行動を観察しているようだった。
二週間目は俺達の仕事を手伝い始めた。
三週間目は俺達が指示をする前に色々やり出した。
四週間目には基本的な業務の空き時間にナガツキ伯爵家の兵を扱き始めた。
そしてサクラを雇用してから一ヶ月が経ち、二カ月目に突入してからは……。
「なぁアオイ。サクラをどう思う?」
「え? 凄く良く働いてくれてるじゃん。昨日なんてちょっと果肉入りのジュースが飲みたいなぁ……って思った瞬間に持って来てくれたし。」
なんだそれ? 怖いわっ!
「なぁ、ちょっと異常だと思わないか?」
「うーん。まぁ……。アイドルのマネージャーってこんな感じなんじゃない?」
マネージャーが何かは知らないが、お前の世界ではそんな恐ろしい存在が当たり前のようにいるのか?
「俺達を見る目がまるで狂信者だぞ。時々後ろを振り返ると祈ってる時まであるんだからな?」
「え? なにそれ? もうレイベルトったら考えすぎだってー。」
「いやいやいやいや! 考えすぎというか、俺がこの目で見たんだ!」
「えぇ? そんな奴いるぅ? レイベルトったら、ちょっと神経質になり過ぎじゃぁ……。」
突然言葉が途切れ、固まってしまったアオイ。
彼女は何故俺の後ろを見て固まっているんだ?
「ほ、ほんとに祈ってる……。」
「は?」
俺はアオイの視線を追うように振り返ってみると……。
サクラが片膝を付いて目を閉じ、両手を握って俺の方向を向いていた。
つまり、祈っているのだ。
「ま、また……祈ってる。」
いつの間に……じゃなくて、やめさせよう。これはいくらなんでもやり過ぎだ。
「な、なぁサクラ?」
「はい。こちらをどうぞ。」
なんだ?
あっ。今日探そうと思っていたコートだ。
明日のパーティに招待してくれたディライト侯爵が、以前俺に贈ってくれた一点物のコート。
今日中に探して明日着て行こうと思っていたのだ。
「れ、礼を言う。……どうしてこれを探しているって分かったんだ?」
本当は聞きたくない。とんでもない答えが返ってきそうで正直怖い。
でも一応聞いておこう。
「レイベルト様が明日ディライト侯爵家主催のパーティに参加される事は事前に承知しておりましたので。」
「そ、そうか。」
案外普通の答えで安心した。
「レイベルト様ならば、前日に探しておけば良いだろうとお考えになられる事、今このタイミングでお渡しすると安心してアオイ様とお過ごし頂ける事、これらを察するのは忠実な配下として当然の義務です。」
……全然普通の答えではなかった。
果たして彼女は俺やアオイを何だと思っているのだろうか。
「ね、ねぇサクラさん?」
「アオイ様。私の事は呼び捨てで結構でございます。レイベルト様もですが、なんなら私の事など『オイ』や『そこのお前』などと呼んで頂くくらいが丁度良いかと。お声掛け頂く事でさえ光栄なのですから。」
嫌だよ。
人に向かって『オイ』とか『そこのお前』なんて呼びたくないんだが。
「じゃあサクラで。サクラはさ。どうしてそんなに畏まってるの? もう少し普通に接して欲しいんだけど……。」
「アオイの言う通りだ。これじゃあお互い疲れてしまうだろう。もっと砕けた感じで接してもらいたい。」
俺が素直な気持ちを伝えると、何故かサクラが固まってしまった。
どうしたんだ?
「あ、あぁ……私は……救国の英勇夫婦を困らせてしまっ……いえ、まだ挽回出来る。もっと自然に……。」
「ね、ねぇ。大丈夫?」
ブツブツと呟くサクラを心配したアオイが声を掛けると、彼女はキリっとした真面目な表情から急にヘニャリとした笑顔に一瞬で変わり、唐突に明るい声で話し始めた。
「うん。大丈夫だよお! 私、今度からもっと砕けて接するね? レイベルト様もアオイ様もこれで疲れないよね? ね?」
ぶ、不気味だ……。
一見物凄く自然なはずなのに……今までのサクラを知っているが故に、この対応にはえらく不自然さが際立つ。
しかし、ここまで頑張ってくれているのを無下にするのも気が咎める。
「まぁ、良いんじゃないか? うん。つ、疲れないよな。なあアオイ?」
「う、うん。良いんじゃ……ないかな? でも、もう少しこう……エイミーさんと接するように普通に過ごして欲しいなぁ……なんて。」
(あ、こら。サクラは母が亡くなったばかりなんだから、その話題は避けろよ。)
(ごめん! そうだった。気を付けなきゃ……。)
俺とアオイはひそひそと内緒話をしながら、こっそりとサクラの様子を伺う。
「お母さん……お母さん、か。」
そこまで気にはしていない……のか?
「えっとな。サクラは俺達をどう思ってるのかは分からんが、俺達だって人間だ。英雄や勇者、という肩書ではなく一人の人間として接して欲しい。」
「そうそう。英雄と勇者に異常な憧れがあるみたいだけど一旦そこは置いておいて、出来れば普通の人間として扱って欲しいなぁ。」
「感情だからすぐに切り替えるのが難しいのは承知の上だ。しかし、狂信ではなく、尊敬くらいにとどめておいてもらいたい。」
頼むから分かってくれ。
でないと本当に疲れる。
「そう、ですね。確かに異常な憧れがあったと思います。母が毎日英勇夫婦の活躍を語って聞かせてくれたもので、神様のように……思っていたかもしれません。」
エイミー。
お前、何て事してくれてんだ?
「ですが、言われてみればその通りで……お二人だって人間。少し、私の感情が行き過ぎていたようですね。」
「まぁ、分かってくれればそれで良い。無理はするなよ?」
「大丈夫です。きちんと納得出来ましたから。目が覚めました。」
どうやら、案外簡単に問題は解決したようだ。
こんな事なら、もっと早く言えば良かった。
「ところでその……エイミーと俺が元婚約者だというのは最近知った……で合ってるよな?」
「はい。母は死に際にその事を教えてくれたので、知ったのは本当に最近です。それ以前の私は、純粋に後世語り継がれるであろう英勇神話の末席に加えてもらえればと思っていました。」
おい。どういう事だエイミー。
ちょっと上から降りて来い。お前に話がある。
「えっと、先程は申し訳ありませんでした。少し砕け過ぎましたね。母と接する……とまではいきませんが、このくらいでどうですか?」
「あぁ、良いじゃないか。ナガツキ伯爵家は和気あいあいとした家族のような職場を目指している。良い意味でも悪い意味でも我が家は他の貴族家とは違うのだから、気楽にしてもらいたい。」
「レイベルトったら、それはブラック企業の謳い文句だよ? 労基が来ても良いの?」
ブラックキギョウ? ローキ?
なんだそれ?
「アオイ様は時々良く分からないです。」
「なっ!? 失礼な!」
「そうそう。その調子だぞサクラ。」
「もうっ! レイベルトまで!」
エイミー。
お前が娘に何を吹き込んだのか知らんが、こっちはなんとか上手くやっていけそうだ。
俺は今、心の底からお前に会いたいよ。
手紙を受け取って以来、会いたい気持ちが募るばかりだ。
会って説教してやる。




