第17話 お片付け
「皆潰れちゃった。」
気が付けば、私の目の前は赤く染まっていた。
室内のあちらこちらに肉片が飛び散り、血の臭いが立ち込める。
「気持ち悪い。」
これでも騎士の娘。今は寂れた酒場で働くしかない私だけど、剣や魔法の扱いは最低限仕込まれている。
怒りに身を任せ、ネイルとその両親、私を笑った護衛達を徹底的に何度も何度も魔法で強化した拳で殴りつけてしまっていた。
とは言っても、所詮私なんてちょっと護身をかじった程度の半端者。
伝説がどうとか意味の分からない事を言っていたけど、あの護衛達はよっぽど弱い役立たずだったに違いない。
咄嗟に私はその場を荒らし、誰かに襲撃されたように見せかけた後、近くの川で血を洗い流してから帰宅。
幸い目撃者は一人も居なかったようで、私の仕業とバレた様子もない。
「もう疲れちゃったなぁ……。」
街の人からの蔑んだ視線に耐えながら働く日々。
働き始めてからまだ一ヶ月も経ってさえいないのに、こんなにも辛い。
私はレイベルトと結婚出来なかったのに、好きな人同士で結婚した父と母の夫婦喧嘩を見せつけられ、そして………これからも恐らくこの生活を続けていかなければならないという将来の希望さえ見えない未来。
「私、何してるんだろう……。」
レイベルトと誓い合った将来は、ふっと消えて無くなってしまった。
「こんな時間まで何をしていたんだ? もしかしてずっと働いていたのか?」
「あらあら。それは大変。でもエイミーはまだ若いんだから、たくさん働いても大丈夫かしらね。」
「そうだな。たくさん働けばきっと、エイミーも嫌な事を忘れられるだろう。」
私がこんなにも辛い思いをしているのに、遅い時間に帰って来た娘を心配するどころか父も母も揃って今後の生活が大事なのかもしれない。
「ねぇ。レイベルトとの婚約を解消した時にお金を貰ったの?」
「な、なぜそれを……。」
「違うの! 違うのよエイミー! エイミーがずっと待っているだけなのは可哀想だから、ついでにお金まで貰えるならってお父様が考えてくれたのよ?」
「そうだとも! ずっと待つのは辛い。だから、見合い話も紹介しただろう? エイミーは結局断ってしまったが。」
考えた結果がそれ、かぁ……。
「私ね。ネイルに騙されてたんだ。」
「それは辛かったわね。ネイルを呼びなさい。お母さんが叱ってあげるわ。」
「あの男め。怪我をして引退したとはいえ、俺とてまだまだ錆び付いてはいない。父がエイミーの代わりに叩き斬ってやろう!」
どうして自分達は関係ないって顔をしているの?
勝手に婚約を解消したのは二人でしょう?
「ここにも下らない人がいたのね。」
どうしてそんな言葉を吐くの?
どうしてそんな普通の顔でいられるの?
「何を言っている。」
「エイミー?」
ドウシテ……
私とレイベルトを邪魔した奴が、イキテイルノ?
お父さん、お母さん。
サヨウナラ。
「エイミー、瞳の色が変わって……。」
「勇……あがっ!」
「あ、あなた! エイミー! 急にこんな……ぴゃっ!」
「あ、あが……あ、あぁ……。」
まだ生きてる。元騎士だからかな?
「うるさい。」
「ぎょぺっ!」
後で片付けなきゃ。
これは……生ゴミ?それとも燃えるゴミ?
「畑があれば撒いておいても良かったんだけどなぁ。」
そうだ。
レイベルトに手紙を書こう。
「いけないわ。血を拭かないと手紙に付いちゃう。汚い汚い。」
どうすれば彼に気持ちが伝わるのか懸命に考え、何度も書いた内容を見直しては書き直す。
今は許してくれなくても、いつか必ず許してくれる日が……きっとくるよね?
「そう言えば、邪魔した奴が後二人いたわね。」
せっかくだ。邪魔者を始末してから手紙を送ろう。
「やあ、エイミーじゃないか。お互い大変だったな。」
「久しぶりねエイミー。借金は大丈夫なの?」
「はい。」
「今日はどうしたんだ? もしかしたらおじさん達の借金をどうにかしようと助けに来てくれたのか? まぁ流石にそれは無理か。冗談だよ冗談。」
「あなたったら。エイミーは昔から娘みたいに可愛がってきたんだもの。もしかしたら本当に助けにきてくれたのかもしれないわよ?」
「おじさんとおばさんに聞きたい事があって来ました。」
「何かしら?」
「何でも聞いてくれよ? 君は我がロカネ家の娘も同然なのだからな。」
娘も同然だから借金も助けてもらおうって事?
「どうしてレイベルトとの婚約を解消したんですか?」
「そ、それは……。」
「エイミー。分かってくれ。まだ若い君がいつ死ぬかもしれない我が息子に縛り付けられているのは見るに忍びなくてね。」
「お金を受け取ったと聞きましたが?」
「あ、あぁ……それは確かに受け取ったよ。でも、そのお金はもう返済に使ってしまって手元に無いんだ。」
「ごめんなさいね? いくらロカネ家でも、あなたの家を助けてあげられる程余裕がないのよ。」
もしかして、私が金の無心に来たとでも思ったの?
「お金はどうでも良いです。どうしてレイベルトとの婚約を解消したのかだけ教えて下さい。」
「今言った通りだ。ロカネ家にとっての君は、本当に娘のように可愛がってきた大切な存在だ。だからこそ、実の息子だとて、君の心が囚われているのは本当に可哀想だと思ったんだ。」
「そうなのよ。エイミーには幸せになってもらいたかったの。」
ほ、ほんきで言ってる……。
この人達、実の息子より私を優先してしまったんだ……。
でも、レイベルトの親なのに、彼の幸せを……生還を願えないなんて……
「やっぱり、下らない人達だった。」
「エイミー? その瞳は……。」
「勇……かぺっ!」
レイベルトとの事は自分で何とかしなきゃ。
もうこの人達と会話をする意味がない。
「え? なに? なん……ぷぎゅるっ!」
終わった。
ねぇ、レイベルト?
「貴方との仲を引き裂いた奴を……皆片付けたの。」
本当に、頑張ったんだよ?




