第16話 狂気
騎士の位を取り上げられた私の家とレイベルトの家は没落し、悪徳商人に財産を騙し取られてしまっていた。
挙句の果てには良く分からない借金まである始末。
私は寂れた酒場でどうにか雇ってもらう事が出来たのだが、両親達は騎士家のプライドが邪魔をするのか、働きに出るという考えは持っていないようだ。
生活が苦しいので、両親にも働いてもらいたいのだが、結果だけを見れば働きに出ないのは正解。
話がどこから流れて来たのか、私達の家が英雄を貶めた事は街の人達に知られている。
プライドの高い両親達が人々に罵倒されながら働くなんて出来るはずがない。
もしも両親が働いていたとしたら余計なトラブルを起こし、借金が増える事さえあるかもしれない。
だけど、このままだと借金を作るだけ作った碌に働きもしない両親を養いながら、借金を返していくという非常に苦しい生活を送る事になる。
更には、これから生まれてくる子供の生活も支えなければならない。
その事実が重くのしかかる。
ただでさえ私はレイベルトを失ったと言うのに……
「毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日、夫婦喧嘩を見せつけて夫婦喧嘩を見せつけて夫婦喧嘩を見せつけて夫婦喧嘩を見せつけて夫婦喧嘩を見せつけて夫婦喧嘩を見せつけて夫婦喧嘩を見せつけて夫婦喧嘩を見せつけて夫婦喧嘩を見せつけて夫婦喧嘩を見せつけて夫婦喧嘩を見せつけて……………………」
「エイミーもうやめて!」
「すまん。本当にすまん。」
意味のない謝罪はやめて欲しい。
「貴方が婚約解消なんて余計な事をするから!」
「お前だって同意しただろう!」
「じゃあ、エイミーが辛そうにしてるのを黙って見れてば良かったの!?」
「そんな事は言ってない!」
頭がオカシクなりそう。
そんな辛く苦しい日々を過ごしていたある日、私はネイルの家に呼び出された。
状況が状況であった為、一時保留となっていた結婚を取りやめにする話なのだろうと思い、相手がレイベルトじゃないならどうでも良いと足を運ぶ。
話の内容は私の想像とは違った。
いえ、想像通り結婚は破談だったけど、ネイルは……ネイルの両親も合わせてクズだっただけの話。
英雄を蔑ろにする家の娘とは結婚出来ないとネイルの両親に面と向かって言われ、挙句の果てには……
「全く、君の両親は酷いよね。英雄様のご実家もなかなかに酷い。」
「そうだな。金を積まれただけで両家の婚約を解消してしまうのだからな。」
なにそれ……。
「ネイル……なにを、言ってるの?」
「もしかすると知らなかったかな? 君と英雄様のご両親にはお金を渡して婚約を解消してもらったのさ。君を篭絡するのに婚約しているという事実が邪魔だったからね。」
「そんな……。じゃあ、ネイル達が……。」
両家が無理矢理婚約を解消してしまったのは、この人達のせいって事?
「やはり知らなかったか。まぁ当然だな。娘の婚約を勝手に解消して、対価にお金を貰いました。などと普通の親なら……いや、奴らならば言うかもしれんな。」
「父さん冗談キツイって。普通言えるわけないよ。あっ……でもあいつらは馬鹿だから言うかもしれないね。」
「ふっ。そういう事だ。」
私……この人達に騙されてた?
「とにかく、騎士の娘だったから相手してやったんだ。騎士の娘じゃなくなった今、君は用済みどころか僕の人生の足手まといになりかねない。」
ネイルが信じられないような暴言を吐いてきた。
「どうして……どうして、そんな事を言うの?」
レイベルトを裏切ったのは私の弱さ。
でも、ネイルに好きだと言われ、両親の愚痴ばかり吐いて、私の都合でこの人を利用しているような気がしていた。
だから……。
「分からないか? 最初から君の事なんて好きじゃなかったって事さ。」
「好きじゃ、ない……?」
あんなに好きだって言うから、断り切れず体まで許したのに。
「あぁそうさ。君は確かに可愛い。でもね? 愚痴ばかりでつまらないし、近所の同年代の子達には嫌われているし、婚約者がいるなんて言っていたのに婚約者を裏切るクズだし。友達もいない愚痴ばかりの浮気女と結婚なんて真っ平ごめんさ。」
浮気女。
今の私には辛い言葉。
「大体ね。こっちは騎士家が欲しいからあれやこれやと君を篭絡する為に苦労したってのに、いくらアプローチしてもなかなか靡かないわ、かと思えば体を許すわ、本当に身持ちが堅い淫売なんて何の冗談かと思ったね。」
「それは、あなたが優しくしてくれて……好きだって言って……罪悪感で……。」
「君は罪悪感で体を許すのかい? 成る程。やはり君は浮気女だよ。」
ごめんね。レイベルト。私……
「おいおいネイル。それは酷いじゃないか。嫁入り前の娘さんにまだ言っていない事があっただろ? こんな娘、どこも嫁に貰ってくれるとは思えんがな。」
⇒1.もう……聞きたくない。ルートⅠへ
2.【この選択肢は未開放です】
「そうだった。君にはね……って、なんだその目は……。」
「瞳の色が黒に変化した、だと? ま、まさかその色は伝説の……」
私は浮気をした。
でも……レイベルトに責められるなら納得するけど、こいつにだけは言われたくない。
こいつがいなければ、本当は今頃レイベルトと結婚しているはずだったのに。
下らない下らない下らない下らない下らない。
こんな下らない男なんかに私は……私は…………
「や、やめろ! 近づく……うぐぅっ!」
「ギャァァァッ!! あ、あしが……びょえっ!」
「先祖返りかっ!? 急いでこの小娘を殺っ……あびゃっ!」
「商会長っ! きっさまぁ……ぎゃぴっ!!」
「マズい! 逃げ……あがぁ!!」
「ひぃぃぃっ!! や、やめて……ぶぴゃっ!」
弱い人達だなぁ……。小娘が殴った程度で潰れるだなんて。
でも、今はそれが有難い。私はまだ満足していない。もっと殴ってやらなければ気が済まない。
「あ、あぁ……。」
「ネイル? まだ生きてたの?」
殴り足りないと思っていたので丁度いいわね。
「待って! 待ってくれ! ごふっ。こ、殺さないで……。」
「……殺さない。」
「そ、そうか! ありが……くぴょっ!」
私を騙したりしていなかったら、の話だけどね。




