第12話 英雄の新たな戦場
「レイベルト。君の家や元婚約者の家は凄いね。」
アオイ。何が凄いのかは知らんが、お前の体力の方が多分凄いぞ。
昨日の夜は本当に死を覚悟した。
恋人や夫婦が行う行為。
最初は互いに初めて同士で緊張していたのもあったが、途中からのアオイは底なしかと思う程に貪欲になり、俺はこのまま食い殺されてしまうのかと冷や冷やした。
だが、考えてもみれば当然の話。
三日三晩捜索した後に、大の男を担いで王都までぶっ通して走り切る体力の持ち主だ。
戦えば若干俺の方が強いかもしれんが、体力に関しては完敗だよ。
「元気ないね。もしかして、元婚約者の事……まだ引きずってる?」
違う。
原因はお前だ。
「あのね。恥ずかしいんだけど、私が頑張って忘れさせるからさ。昨日の夜みたいな事を続けていればきっと……レイベルトも大丈夫だよね?」
全然大丈夫じゃない。
むしろその方が危険だ。
しかし、アオイが俺を心配しながらも恥ずかしそうにするその姿に、俺はすっかりやられてしまっている。
彼女の言葉を否定する事が出来ない。
俺に拒否する気さえも失わせてしまい、底なしの体力で追いつめてくるとは……。
これが勇者の力だとでも言うのだろうか?
※違います
「ところで、俺やエイミーの家の何が凄いんだ?」
「あ、そうそう。私の想像以上に凄かったって話なんだけど……。」
アオイの説明によれば、昨日俺達が王へ結婚の報告をした後に、俺の両親とエイミーの両親が揃って王宮に来ていたらしい。
なんでも、一度解消した俺とエイミーの婚約を結び直す為なんだと。信じられない程身勝手な理由に俺の怒りは再燃する。
「俺を馬鹿にしてるのか?」
「何も考えてないんじゃない?」
当然だが、俺は王に報告した際に家とはもう絶縁した事も伝えてある。勿論エイミーとの事情だって伝えているし、どう頑張っても婚約の結び直しなどは不可能だ。
両家はその事を知らないからこそ、今回のような暴挙に出たのだろう。
「それで結局どうなったんだ?」
「勿論王様は断ったよ。だって、レイベルトは私と結婚して伯爵家を興すじゃないか。」
「そりゃそうだな。」
「そこからがまた酷い話でね。」
俺が伯爵になると聞いた両親は、一度俺を連れ帰り立派に教育したいと言ってきたそうだ。
自分の家に有利になるよう、何か約束でもさせるつもりだったのだろう。
エイミーの両親にいたっては、エイミーを俺の第二夫人にすれば良いと言ったそうだ。
「信じられん。騎士としてのプライドをドブにでも捨てたのか?」
「多分、君が英雄で伯爵って事で舞い上がってたんだろうね。怒った王様は両家から騎士の位を没収したそうだよ。」
これは知らなかったのだが、昨日の時点で既に俺は伯爵となっていた。両家は仕えるべき上位の貴族に対し無礼な発言があったという理由で、不敬罪として騎士の位を取り上げられたんだそうだ。
確かに……上位の貴族に対して教育し直すとか、他人の子を妊娠中の女を第二夫人に……なんて言おうものなら、最悪死罪だ。
騎士の位を没収する程度で済まされて、幸運だったと思うしかない。
「この話は王宮内でもかなり広まっている。今後、各地へ広がって行くだろうから、両家は終わりね。誰からも相手にされないどころか、噂を聞きつけた近隣の悪徳商人なんかが財産を切り取りにかかるんじゃないかな。」
「……そうか。俺やアオイにちょっかいをかけてくるなら何か考えようかと思っていたが、必要ないようだな。」
俺は騎士だ。政治や金銭のやり取りには疎い。
しかし、そんな俺でも分かる事だが騎士家程度の家に財産などそうは無い。
国外追放になったわけでもないし、騎士の位が無くなっただけならそれ程重い罰ではない。
奴らだって生きてはいけるだろう。
「王様はレイベルトや私の事を考えて接触しないよう取り計らってくれたんだし、あまり気にしなくても良いよ。自分や幼馴染の実家がどうしても気になるなら私が調べておくからさ。」
「すまん。」
「良いって。レイベルトはゆっくり心の整理をつけて。戦争後すぐにあんな事があったんじゃあ身が持たないよ。」
「あぁ、頼む。ゆっくりする為にも、一緒に寝るのは二日おきでどうだ?」
「ダメダメ。レイベルトを一人にすると色々思い出して辛いでしょ? 私が一緒にいてあげるから。」
「そ、そうか。」
アオイ。
お前との夜の方が持たないかもしれないんだ、と声を大にして言いたい。
だが、ここまで気を遣ってくれているのを断るのも悪い気がする。
まぁ、アオイと一緒だと嫌な事を忘れられるというのは事実なわけだから、あながち迷惑とも言いきれないんだよなぁ。
そして翌週、英勇コンビの戦勝記念パーティに英勇コンビの結婚式が加えられることとなり、盛大に祝われた俺達は互いに一生を共にすると誓う。
「アオイ、これからもよろしく頼む。」
「こちらこそ、ちゃんと毎日可愛がってよ?」
あれを毎日だと?
どうやら俺は、戦時以上の覚悟で臨まなければならないようだ。
ここが次の戦場か。
「あぁ。勿論だとも。」
こうして、俺とアオイは正式に結婚した。
今後はレイベルト=ナガツキとアオイ=ナガツキとして、夫婦二人でナガツキ伯爵家を盛り立てていくのだ。
家名に関しては、アオイが元居た世界で使っていたものをそのまま使わせてもらう事にした。
驚いた事にアオイは家名持ち。貴族だったのかと聞けば違うのだと言う。
元の世界では国民全員が家名持ちで、貴族という身分は存在すらしないそうだ。
彼女は妙に品が良く、政治や金銭のやり取りに関しても驚く程知恵が周るので、てっきり貴族出身なのかと思っていたが違うらしい。
親が厳しく、シンガクコウ?とか言う学び舎に強制的に入れられてしまい、日々の学習を欠かさず行わなければならなかったのだという。
きっと俺には及びもつかないような学者先生を養成する、特別な人材育成機関だというのは理解した。
伯爵になるんだから勉強もしないとダメだと言われ、毎日彼女に教わっている。
アオイ……俺は強いだけの一介の騎士だったんだから、もう少し手加減してくれ。
方程式とか、放物線とか、微分積分とか、運動量保存の法則だとか、何に使うのかまるで分からない知識を無理矢理俺に詰め込もうとするのはやめろ。
頼むから。
逃げた時にどこまでも追いかけてくるのもやめてくれ。本当に。




