その少女の笑顔は時を超えて
鬱蒼と生い茂る草むらで身を屈めていたバルト・ドーリーは小さく舌打ちした。
(随分と話と違げぇじゃねーか)
数十メートル先には、バルトの十倍以上の巨体の魔物が森の中を堂々と闊歩していた。魔物が一歩足を地につける度に地面は振動し、バルトの身体をも揺らした。
(石で造られた魔物……噂のゴーレムという奴か)
心の中でそう思考したバルトだったが、ゴーレムという魔物を実際に目にしたのは生まれて初めてのことである。
バルトは魔物専門ハンターとして数十年生きてきて、数々の依頼を熟してきた。だが、これほど巨大で硬質に纏った魔物と出会うのは非常にレアケースだったのだ。
(俺一人でどうこうできるレベルの魔物じゃねぇ。依頼人に連絡を入れるか)
バルトは鞄から紅紫色の魔石を取り出す。バルトは口元に魔石を近づけて、小声で呪文を唱えた。呪文を言い終わると魔石が輝きを増す。
この魔石の正式名称は《十の伝言》と呼ばれる。魔力値が微量のバルトでも遠方にいる相手と連絡が取れるといったアイテムだった。呪文を魔石に吹き込むことで、離れた場所に獣を召喚し、バルトが魔石に喋りかけた内容をそのまま言葉にしてくれる。また、召喚獣に話しかけられた内容は魔石を通じてバルトの耳へと届く。だが、十の伝言は大変貴重な魔石で簡単に手に入る代物ではなかった。
「バルトだ。火急に確認しておきたいことがあるため、連絡を取らせてもらった。依頼人のアルフォス。応答してくれ」
バルトがそう話しかけると、魔石を通じて声が返ってくる。
「わざわざ貴重な魔石を使ってまでの連絡とは余程のことがあったのだろうな」
開口一番、威圧的かつ高慢な声で返答が聞こえてきた。相変わらず嫌味な野郎だと心の中で思う。
依頼人アルフォスとは十年の付き合いになるが、未だ彼の心の内を読めないでいた。捉えどころのない性格をしており、表情からは何を考えているのか一切わからない。利己的で他者に冷淡というのが、この男の印象だった。
だが仕事に関してバルトを信頼しているということだけは感じ取れた。数多くいるハンターの中からわざわざバルト本人を指名し、魔物討伐の依頼を直々にしてくることが常だったからだ。
ただ与えられる依頼が非常に難題で、百戦錬磨のバルトであっても命からがらこなせるような難しいものばかりだった。報酬が他よりも高額なため受けてきたが、毎回依頼を受けた後で後悔をすることになる。
金銭だけの関係。
付き合いこそ長いが、バルトとアルフォスはただそれだけの関係であった。
「今回の依頼は正気の沙汰とは思えない。敵は石でできた魔物だ。俺の剣ではダメージは通らないだろう。相性のいい別の魔法士でも探してくれ」
端的にバルトは依頼解約の意を示したが、何事もなかったかのようにアルフォスは言葉を返してくる。
「そういえば伝えていなかったな。間もなくそちらにもう一人魔法士が派遣することになっている。そいつと協力してそのデカブツを始末してくれ」
「応援の魔法士が駆けつけるだと? だったらますます俺は必要がないだろう」
「そいつが来れば何故お前を呼んだかわかるはずだ。詳しくは来てから話を聞いてくれ。貴重な魔石が勿体ないので終了する。ではな」
「お、おい、どういうことだ!」
問い詰めようと声を荒げるが、魔石は輝きを失い伝言の力を失った。十の伝言は名前の通りおおよそ十往復することで力を消滅し、ただの石へと変わってしまう。依頼が終わると返却しなければならないため、アルフォスは言葉を少なめにしてケチったということなのだろう。相変わらずセコイ男だとバルトは感じてしまう。
「ちっ……」
草むらの中に身を屈めながら、バルトは舌打ちをした。ゴーレムはのっそりとした動きだが確実に前進を進めている。
ゴーレムが向かっている先。距離はまだかなりあるものの、バルトには心当たりがあった。
(ザック村へと向かっているな)
ザック村とは、現在地から数十キロほど離れた場所にある人口の少ない農村だった。民間兵士はいるがとてもこれほどの巨大な魔物から村を守れるとは思えなかった。
早く手を打たないと大変なことになる。バルトはそう思ったが、今、出ていってもどうにもならない。
依頼人のアルフォスに苛立ちを覚えながら、ただゴーレムが移動しているのを眺めるバルト。すると、突如背後から草むらを掻き分ける物音がして振り返る。
魔物かと思い剣を抜こうと構えるバルトだったが、その正体を視界に入れると拍子抜けしてしまう。
「女……か」
少女だった。低身長で紫色のおかっぱ頭のあどけない少女が、バルトの前で立ち止まり、こちらを見上げている。
恐らくバルトに子供がいれば、これくらいの年齢の子供がいてもおかしくはないだろう。一体何故こんな場所にと疑問符が浮んだが、今は少女などを相手にしている暇はない。バルトは冷たく言い放った。
「迷い子か? 悪いがここは危険な場所だ。そして、今お前を保護している余裕もない。あっちの森を真っ直ぐ抜ければ街へと出られるから戻るんだな」
ゴーレムが向かっている方とは反対の森を指差し、帰るように促したが少女はこちらを見据えたまま言葉を返してくる。
「迷い子ではない。お主に会いに来たのだ。バルト・ドーリー」
年に似合わず、随分と堂々とした口調に一瞬面を喰らってしまう。そして自分の名を知っているということは、まさかこの女が……とバルトは全てを理解してしまった。
「アルフォスの言っていた魔法士とは、お前のことなのか……?」
「如何にも。依頼人の指示で合流させてもらった。中々腕が立つと聞いておる。期待しているぞ」
どちらが年上なのかわからないような物言いで、少女はバルトの顔を見ながらそう言った。バルトは不安を覚えずにはいられなかった。魔法は剣技とは違い、才能による部分がかなり大きい。しかし若いほど粗が大きく、実戦では使い物にならないことが多かった。
「アルフォスめ……一体何を考えているのか」
小声で依頼人に不平を漏らすが、少女には聞こえていたようだった。
「ふむ。孤高の剣士と聞いていたが、私と組むのが不満らしいな。ああ、そういえば、まだ名を名乗っていなかったな。私はイリス・バトレッテと言う。気軽にイリスと呼んでくれ」
少女は聞いてもないのに勝手に名を名乗り出した。
「ほう。イリスとやら。あんたがどんな魔法を使えるかは知らないが、俺は役に立たないと言っておこう。石でできた魔物に剣ではダメージが通らない。アルフォスを恨むんだな」
長年の経験から対峙した魔物に自身が無力だということがよくわかっていため、恥じることもなくそう告げた。だがイリスは表情を変えることもなく、平然とした態度で言葉を返してくる。
「依頼人は説明していなかったようだな。私の能力は言わばサポート系に属する。対象者の能力を飛躍的に高め、その剣を持ってかかれば恐らく問題なく倒せるだろう」
「サポート系だと?」
「ああ。珍しい……といった風な顔つきだな。私の魔法は他の大多数が使えるような攻撃魔法や治癒魔法とはちょっと毛色が違う。自身と対象者をリンクさせることで、初めて能力を発揮できるタイプのサポート魔法なのだ。逆を言えばお主が今回一人で太刀打ちできないように、私一人では全くの役立たずということでもある。二人揃ってようやく効力が発揮できるのだ」
(サポート系の魔法士と会うこと自体稀少だが、この女の魔法はその中でもかなりレアに属するな……)
バルトは、イリスから自身の魔法の説明を聞きそんな印象を抱いた。スピードを増加させるとか、治癒効果を高めるという魔法士にはバルトも何度か出会ったことはあった。だがイリスの魔法は、それとは全く異質のものだという印象を受けた。
「なんにせよ時間がないのだろう。あやつを放って置けば、向かうの村で多大な被害を出すことになる。どうするバルト? 私と協力するというなら惜しみなくこの魔力を其方に託そう」
イリスは年下とは思えない物言いで協力を申し出てきた。
(引っかかるところはあるが……この女の魔法がどういった種のものかは気にはなるな)
バルトが彼女から協力を求められ、最初に出た感情は好奇心であった。特殊なサポート魔法と聞き半信半疑ではあったのだが、イリスの妙な自信を見ると冗談とは思えない。
「いいだろう。依頼を断って、金を受け取れなくのはできれば避けたい」
「ふむ、やはり金か。潔い男だな。まあよい。バルトよ、右手を前に出してくれ」
「……こうか?」
急に指示をされ戸惑ったバルトだが、彼女の言う通り右手を前に出す。するとイリスも右手を出し、バルトに指を絡めてきた。
「なっ……」
親子ほど離れている程の女性ではあったが、柔らかい指が触れることでバルトに多少の動揺が走った。イリスはそんなことはお構いなしで、真剣な表情をして詠唱を始める。
「バルト・ドーリー。今からお主を私の契約者とする。天界より出ずる神アブラムよ、我々一心同体と見做し力を与えよ。汝の身体に我が心と力を宿せ。我が命運は汝の身体に託そう。誓え、善なる其の義のために我の輔弼を受けると」
イリスが詠唱を開始すると、バルトは触れている右手が温かくなっていくのを感じた。そうして緋色の光が握り合っている手を中心に発光していき、徐々にその光は強くなる。
「ーー魂と心身の共鳴」
イリスがそう言うと光量がさらに増し、眩しさでバルトは思わず目を瞑る。光は周囲へと広がっていき、やがて弾けるように消失した。
その後、イリスは絡めていた指を離し「終わったぞ」と端的に言った。
見たところ何も身体に異変は見当たらない。だが、バルトは不思議な感覚に陥っていた。
今まで感じたことがないような力が溢れ出てくる感じがしたのだ。
「なんだこれは……」
改めて自身の身体を見渡すが、見かけ上はなんの変哲もなかった。バルト自身、魔力が微量であるため体内にマナの力をほとんど宿していなかった。それが何百倍もの力に膨れ上がっていく感覚。生まれて初めての経験だった。
(これなら勝てる……おそらく余裕でな)
契約によって力を得たバルトは第一感そう感じてしまった。
「戦闘開始する前に、この魔法の説明を簡単にしておこう」
「ああ。どうやってこの力を発動させるのか、また弱点があれば聞いておきたい」
「ふむ。私の魔法『魂と心身の共鳴』はその名の通り、私の魔力を契約した相手とリンクさせることができる」
「ほう。つまりお前の魔法をそのまま俺が使えるということか」
「厳密に言うと少し違うのだが……私の力をそちらへ送り魔力を変質させることによって力を膨大化させるという魔法なのだ。男と女が持っている魔力はそもそも質が違うという話は知っているか?」
「ああ。男は攻撃型の魔力に恵まれることが多く、女性は治癒や補助系に恵まれるということだろう。だが、それなら魔法士同士でリンクさせた方が力が強くなるんじゃないのか? 俺自身の体内に眠る魔力は微々たるものだ」
バルトは疑問に思ったことを口にする。
「良い質問だな。この辺りがややこしいところで、大きな魔力同士だと逆にぶつかりあうという現象が起こり、うまく機能しなくなることがあるのだ。それどころか契約した瞬間両者のリンクがいうまくいかず大変な障害を負うことすらある」
「……よくわからんが、俺の魔力が低いことが逆に都合がいいということか」
「そういうことだ。無理やり例えるとするならば、私が発射球でお主が発射台の筒のようなものだと捉えてもらえればいい。発射台の方に魔力が詰まっていると、うまく発射することができないのだ」
「…………」
バルトは煮え切らないような表情で目の前のイリスを見る。本当の事は言っていると直感したが、そのことが有難いと感じることはできなかった。魔力の低さに若干コンプレックスを感じていたため、改めてその事実を突きつけられているような気がして、気分がいいものではなかった。
「ちなみに五十メートル離れると強制的に契約が解除され、しばらくリンクさせることができなくなる。またお主が攻撃するごとに私の中の魔力が削られ、魔力が尽きた場合も強制解除となる。まあ、滅多なことでは魔力が尽きるまで戦闘が続くということはないがの」
「思ったより範囲が広いんだな。それならお前が物陰に隠れながら戦うことも可能ということか」
「飲み込みが多くて助かる。何か他に質問は?」
「肝心なことを言っていない。どうやってこの力を解放してやればいい」
身体に魔力が駆け巡っていることは認識できるのだが、どう扱えばいいのかバルトにはわからなかった。
「お主が意識して発動させようとする必要はない。通常の剣技のように相手に切り込んでやればいい。そうすることで私の魔力が剣に乗り、与えるダメージが通常とは比べられないほど強力なものとなるだろう」
「魔法剣のようなものか」
魔法剣とは自身で武器などに魔法の力を宿し、通常打撃よりもダメージを与えられるという魔法のことである。
「それも厳密に言うと違うのだが……そんなものだと捉えてくれればいい」
イリスは説明が面倒だからそう言ったのか、理解できないだろうと思って話さないのかは判別できなかった。
「まあいい。後は実践で試していけば掴めるだろう。五十メートルだったな離れるなよ」
そう言ってバルトは、早速ゴーレムに向かって走り出した。
「誰にものを言っておるのだ」
そう言いイリスも近づきすぎないほどの距離をとりながらついてきた。この一瞬の動きで彼女が相棒として信頼に値する人物だと感じた。バルトの脚力は常人のものではなかった。幾千もの戦闘を繰り広げ、あらゆる地を駆けてきた。だがイリスは身を隠しながらもしっかりとついてくるのだ。
バルトは一瞬でゴーレムの近くまで辿り着き、飛び上がった。ゴーレムは背後からきたバルトに気がつき後ろを見るが、既にバルトの大剣がゴーレムの右腕に斬りかかっているところだった。
完全にイリスの力を信じていたわけではなかったため、攻撃をして初めてこの能力に驚愕することになる。
まるで葉を切り落とすかの如く、ゴーレムの腕を両断することに成功したのだ。
ゴーレムの腕がドシンと落下し地に振動が走る。バルト着地する。
「むっ……」
岩でできた魔物の腕をいとも簡単に切り落とした凄さを感心するより前に、バルトは妙な違和感を感じていた。
(なんだ今、頭の中に流れた映像は……)
バルトが攻撃した瞬間に頭の中に今まで見たこともない映像が流れたのだ。
一瞬放心していたバルト。ゴーレムは左腕で殴りかかってくる。気がつき背後へと飛んで避け距離を取るバルト。
のそのそと立ち上がっているところ、バルトは再び間合いを詰めた。そして前傾姿勢へとなっているゴーレムの右足に今度は斬りかかる。するとまた頭の中に映像が頭に入り込んできた。
暗い洞窟の中だった。そこで一人座っている少女。映像だけではなくドス黒い鬱状の気分がバルトを支配した。
あっさりと右足を切り離すことに成功し、ゴーレムはバランスを崩して倒れ込む。簡単に勝利が見えたかと思ったが、ゴーレムの切断面が光出した。切断したはずの右腕、右足は光の部分から生えてきて再生したのだ。
「こいつ……自己再生の能力も持ち合わせているのか。いや、それより……」
自身の身体を再生する能力のゴーレムなど聞いたこともない。驚くべきことであったが、それよりもバルトには別の感情が渦巻いていた。それはこれまで味わったこともないような暗く、淀んだ負の感情だった。
「バルト!」
イリスが少し離れた木陰から声を上げた。
それに気がつき、ゴーレムが突進してきていることに気がつき、右へ飛んで回避する。首を振るバルト。
(今はこいつを倒すことに全力を注ぐ)
戦闘中に別のことに気を取られるとは本来あってはならないこと。バルトは気を取り直し、再びゴーレムに対峙し、連撃を加えた。
もう一度右腕を。その後左足を。さらに左腕、左足を切り離し、両腕両足を切断する。
だが、攻撃する度に次々と新しい映像が脳内に流れ、バルトの戦闘思考の邪魔をした。
暗い洞窟の中に少女が一人座り、誰とも会話をすることがなく一日が終わっていく。圧倒的な孤独と侘しさ。生きる目的すら見出せずただ一日が過ぎていく。そんな日々が何年も続き感情すらも死んでいく。少女の記憶と感情が攻撃する度にバルトと同化されていった。
(おそらくこの映像……記憶は)
攻撃を続けるバルト。ゴーレムを真っ二つに斬る。そしてまた映像と負の感情が流れ込んできて、バルトの攻撃する手を躊躇わせてしまう。見えたのは洞窟内で黙々と食事に手をつけている少女だった。
(イリスの過去だな……)
さきほど彼女と契約してから、身体が妙な感覚になっていた原因がようやくわかった。単純にこの能力は魔力をリンクさせるだけではない。攻撃を行うごとに契約したものと記憶までも共有するという、特異な魔法だったのだ。
全身を切り刻んだはずの岩の塊は、すぐに自己再生を始め、また元に戻った。
「ちっ。無敵なのかこいつは」
過去に野獣などの魔物など多く戦ってきたバルトだったが、魔法で創られた魔物との戦闘は初めてで厄介さを感じていた。そしてそれ以上に、バルトは面倒な問題を抱えていた。
(それにしても……)
復活したゴーレムは再び腕を振り上げ攻撃を加えようとしてくる。バルトは背後に飛び回避に成功した。ゴーレムの右拳は地面を抉り土埃を周囲に散らす。大きな穴を開け威力の凄まじさを発揮させていた。まともに喰らえば無事では済まないだろう。
回避後にすぐさま攻撃を加えるバルト。今下ろした腕を切り落とすことにした成功した。だがその瞬間に、頭の中に新たな映像が入り込んでくる。
洞窟から一人の女性が迎えに来る。感情もなくその相手に迎えられるままに付いていく少女。
(なんという陰気な感情をしてやがる……)
普段の精神状態であればこのまま追撃を加えていただろう。だが、新たな映像に気を取られたバルトはゴーレムに近づくことに躊躇うことになった。ゴーレムは足を大きく上げ、バルトを踏み潰そうとしてくる。前方への回避で躱わすが、その間に切り離した腕が再生されているところだった。
「キリがねぇな」
バルトはそのまま前方へ走って行き、イリスの元へと向かった。彼女は石でできた遺跡に上手く身を隠していた。バルトを見ると、申し訳なさそうに言った。
「すまない。奴に自己再生能力があるとは思わなかった」
「ほう。ゴーレムの中でもやはり珍しいのか」
「うむ。おそらくゴーレムを作った術者は相当な魔法士なのだろう。通常動かすのが精一杯なはずなのだが、回復機能まで備えられるというのは聞いたことがない」
「そうか。で、どうすればいい? いくら攻撃が通るとはいっても無限に回復されるのでは俺の体力もお前の魔力も持たないだろう」
ゴーレムは左右を見回し、バルトを探しているようであった。こちらには気がついていないようだ。
「方法は二つ。術者本体を倒すか、ゴーレムの中に入っているコアを破壊するかだ。だが術者を探すのは現実的ではないな。リモート操作でもないだろうから近くにいるわけではない。となるとコアの部分を見つけ出し破壊するのがいいだろう」
「コアだと?」
「ゴーレムの生成は岩の人形を創り、そこに魔術式を書いた紙や石を埋め込むことによって完成される。つまり、それを見つけ出し、破るなり破壊するなりすれば奴の動きは静止するはずだ」
「なるほど。そのコアとやらはどこにある?」
「術者の気分次第だな。腕の中にあるのかもしれないし、頭部かもしれない」
「ちっ。決まってねぇのか」
「まあ、今のお主であれば奴の攻撃を躱しながら、斬り刻むことも容易いだろう。頼んだぞ」
端的にそれだけ伝えるイリス。信頼は感じ取れたが、これからコアを探す作業を想像すると骨が折れる思いだった。
バルトが再びゴーレムへ駆けようとしたところで、イリスが再び口を開く。
「私はシュプヒラ族の末裔だ」
「シュプヒラ族だと?」
聞きなれない単語に、バルトは思わず聞き返す。
「シュプヒラ族は男女が対になり使えるはずの魔法を扱うスペシャリストだ。だが、その魔法を使えるようになるまでに、長い時間の修行を必要とし、さらに孤独で誰とも接しない時間を強要される」
「…………」
「それを終えてからも人と関わらないようにしなければならない。徹底的に人を排除し続ける必要がある。少しでも仲の良い友人や心を許せる友が青春時代にできてしまうと、魔法に支障がでてしまうらしい。それだけこの『魂と心身の共鳴』は繊細なものだ」
「そうか」
端的にバルトはそれだけを返す。戦いの最中にやりづらそうにしていたのをイリスは感じ取ったため、説明してくれたのだろう。
「興味がないな。お前の過去も境遇も」
それだけ言って再び駆け出す。
バルト自身長い間孤独であったため同情も感じてはいたのだが、仕事以外で人と関わることが少なく、なんと声をかけてやれば良いのかわからなかった。
旅をして依頼を受け、ただ敵を排除し続ける日々。寂しさもあったが、生き方を変えることなど今更できなかった。
魔物ハンターは死と隣り合わせの危険な仕事だ。仲の良い人間ができても死に別れになったり、転々と地を移動することで別れてしまうことが常だった。そんな日々を続けていくことで次第に感情が死んでいく。いつしか孤独になれきっていた。
それでも……生まれてから一度も友人を作ることを許されず、孤独に浸され続けた人間の苦悩には到底及ばないことをバルトは知った。記憶を共有することで、彼女自身の負の感情をありのまま感じてしまい、思わず手が止まってしまうほどに影響を受けてしまっていた。
今、淡々と説明していたイリスが強がっているということは、記憶を触れたバルトにはわかっていた。だからといって戦闘中に慰めの声をかけるわけにもいかない。
ゴーレムの前まで来ると、奴はこちらを確認し早速攻撃をしかけてくる。ただの右ストレートだったが、真正面からくる岩の巨体の拳は想像以上な迫力だった。それを垂直に飛び、腕に乗るバルト。背中の大剣を引き抜き頭部に向かって攻撃をしかける。
頭部は弾け岩の塊が周囲に飛び散る。
「ねぇな」
だがコアのようなものを見つけることができない。
ーーねぇ? どうして誰も来てくれないの?
首を振るバルト。攻撃直後にイリスの少女時代の陰鬱な感情が入り込んでくる。それはまるでバルト自身が体感しているように錯覚を受けて、一瞬手が止まってしまう。
その隙に頭部は再生されていきゴーレムは腕を振り下ろす。バルトは乗っていた腕から落とされた。
(なんにしてもこいつを倒しさえすれば、この感情ともおさらばだ)
そう考えたバルトは再び連撃を繰り出す。魔法によって上がった力でゴーレムを切り刻むことにした。
腕を。足を。腹を。徹底的に斬っていく。
だが、その続け様の攻撃に呼応するかのように、彼女のつらい日々がバルトの頭の中に雪崩のように流れ込んできた。
ーーつらい。今日も誰とも話せない。誰とも関われない。どうしてお母さんとお父さんは今日も来てくれないの? 毎日一人は嫌だ。魔法なんてどうでもいい。強くなれなくてもいい。誰かと一緒にいたい。こんな日々が続くくらいならいなくなってしまいたい。消え去ってしまいたい。もう独りは嫌だ。誰か助けて。タスケテ。助けてよ。タスケテ、タスケテ、タスケテタスケテ助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて……
「うぉおおおおおおおおおお!」
その感情は幾度もの死線を潜り抜けたバルトであっても耐え難いほどのネガティブな感情の連鎖だった。気がつけば膝をつき手を止めてしまっていた。
その刹那、再生をすましたゴーレムの右腕が真っ直ぐバルトに飛んでくる。腹部に直撃し数メートル吹き飛ばされる。
(不味い。俺としたことが……)
重量のあるゴーレムからの一撃は想像以上に重く、バルトはそのまま地面を転がっていき樹木にぶつかりようやく停止した。意識は朦朧とし、気を失いかける。
イリスが駆け寄ってくる。お前は逃げろと言いたかったが、深いダメージを負ってしまったためかうまく口を開くことができない。
「すまない、バルト! 私が悪かったのだ。もっと事前に会って術の説明をしておくべきだった。それからゴーレムの再生能力を把握していなかったのは完全に私の不手際だ。頼む。起き上がってくれ。一旦離れて作戦を立て直そう」
おいおい、初対面の人間のことをえらく心配してくれるじゃないか。
バルトは失いかけの意識の中でそう思った。自分がいなくなっても代わりを探せばいいだけなのだ。
(初対面だと?)
新たに彼女の記憶が脳内に入り込んでくる。
少女が見ているのは、若かく向こう見ずな男。全身傷だらけで、目の前のワーウルフを前に啖呵を切っている。
「おい嬢ちゃん、こんな森を独りで歩くなんて無謀すぎるってもんだぜ」
「…………」
「ちっ、口が聞けねぇのか。まぁいい。そこで見てな。俺の華麗なる剣捌きをな!」
脳内に流れ込んできた映像は、バルト自身にも記憶に残っている出来事だった。
(ああそうか。お前はあの時助けてやった……)
バルトは辛うじて起き上がる。
「バルト⁉︎」
「……随分と生意気に、逞しく育ったじゃねぇか」
バルトはそれだけ言って、駆け出した。
いつからだろうか。安全を期して危険な戦いをしなくなったのは。
昔のバルトであれば、イリスの協力なしでも独りでゴーレムに立ち向かっていたはずだった。がむしゃらに戦うことで決して勝ち得ない戦いにも勝利してきた。無難な戦いばかりをして戦闘の感が鈍ってきたのかもしれない。
(奴のコアの場所がわかった。あそこだとすると随分と性格の悪い術者もいたものだ)
ゴーレムは再びバルトが近づくと、攻撃をしかけてくる。
(右の拳。やはりそうか)
その攻撃を躱し、懐に潜り込む。バルトは左腕に狙いを定め、攻撃を繰り広げた。そうして左の拳の辺りに文字を書いた岩が埋め込まれているのを発見する。
「うぉおおお!」
それを見つけるやすぐさま大剣を振り下ろす。するとコアはあっさりと砕け、その瞬間にゴーレムの動きが完全に静止した。
巨大な魔物はただの岩の塊となり、体勢を崩して倒れこみ、辺りに岩を撒き散らす。
また頭に映像が流れ込んでくる。それは少女がバルトを必死に探している姿だった。彼女は街から街へと移動して、最終的にアルフォスと出会うことに成功している。
記憶を共有してしまったことで、なぜイリスがともに戦いたがっていたのか、この魔法を共有したかったのか理解できた。彼女にとってバルトは特別な人間だったのだ。
「見事な戦いだった。よくあの場所にあるとわかったな」
イリスは近づいてきて、そんなことを口にした。
「奴は左手からの攻撃を一切してこなかった。不自然だと思っただけだ」
初めは攻撃の難しい腹部などに入れてると思っていたが、いくら攻撃をしかけても見つからなかった。通常攻撃をしかけなさそうな場所を推察した結果、予想が的中したのだった。
「それから……」
バルトは少女に向かって何か声をかけようとした。だが、一体バルトに何が言えたのだろうか。どんな言葉を発してもただの同情に過ぎないような気がして躊躇われた。口籠もるバルトに対して、イリスが言葉を返してきた。
「お主の記憶を見せてもらった」
「むっ……」
「流行病にかかった村の民を救うために金集めか……。変わらないな。自己の利益にならないのに人助けをするところが特にな」
否定したい気持ちが強かったバルトだったが、記憶が共有されている事実を知っているため反証もできなかった。つくづくタチの悪い共有魔法だと感じてしまう。
「バルト、私は一足先にアルフォスの元へ報告に行ってくる。戻ったら新たに依頼を受けることになるだろう」
「新たな依頼だと?」
「これが成功すれば、より厄介な敵がいる場所に派遣するつもりだそうだ。私と一緒にな」
「なっ……」
初めから仕組まれていたのだ。今回は序章に過ぎなかったと話を聞きわかった。アルフォスめ、と心の中で恨む。
「それではな。次の依頼でまた会おう」
だがイリスはそう言って初めて笑った。
その笑顔はかつて救ってあげた少女には見られなかったものだった。ずっと気がかりだった彼女をたった今救えた気がして、バルトも久しく忘れていた微笑みを返すのだった。