#1
[明るく健全でいじめのない平和な学校を!!]
定期的に張り出されている額面だけの全く意味のないポスターを見て失笑しそうになる。
いじめは起こり得る。侮蔑からか、嘲笑からか、あるいは――――嫉妬か
天才の幼馴染は幼少期からもてはやされ過度に期待を寄せられていた。それはもう幼子が傍から見ても理解できるほどに。
「あいつ俺たちのこと見下してんだよ」
「天才様は俺たち民衆の考えなんて理解できねーんだろww」
「今日の放課後あたりヤっちまわね?」
「いいねー最初だれからやる?」
「俺!俺!」
「うわ、もうマジあんたら最低〜」
いつもつるんでいる数人のグループが下世話な会話で盛り上がり、こちらを見てニヤけている。幼馴染に肩入れしていることに加え無駄に大きな図体と仏頂面は奴らからすれば不快らしい。
こちらの反応を見て面白がっているのだろう。反応するだけ無駄な上向こうを調子に乗せるだけだろう。無視して前を横切る。
そして後方からこちらには向けられていない声が聞こえた。
「チッ…ほんとにヤっちまうか」
いつもの煽り文句だろう。
煽り文句で終わる―――はずだった。
その日はテストが苦手科目の課題を教えてもらいそのまま彼の家に泊まる予定だった。先に家に上がり帰りを待つ。
帰って来ない
20時、何か予定でもあったのかそれにしては遅い。
22時、事故にでもあったのかと近くの交番に電話を掛ける。
24時、何かおかしい。焦って家を出る。
2時、街中を探し回ったが見つからない。
4時、グループの会話を思い出す。
4時30分、校門の前に着くと幼馴染が出てきた。
発見に安堵すると同時に違和感と呼ぶにはいつもと様子がおかしく、相違点をいくつも見つけてしまう。
何か絶望や喪失感、諦めに似た黒い感情を必死に隠した瞳。
だらりとした腕。
いつもと違う左足を庇っているような歩き方。
そして何よりも
本人からは見えないであろう位置に有る首筋のキスマークと歯型。
心臓が早鐘を打つ。血流は速いのに体温がみるみる下がり、冷や汗が止まらない。緊張にも似た吐き気がする。
幼馴染を助ける為にか、そんなはずは無いと助けを求めてか相反する2つの思想を孕んだ手を伸ばす。
しかしその手が幼馴染に届くことは無かった。
否――――――――振り払われた
気付けばその場から逃げ出していた。心臓がかつてないほどに鳴り、血流の音が鼓膜を叩く。
倒れてしまいそうになるのを堪えながら拒絶された現実から逃げるように足を進めていた。
後ろからはズルズルと足を引きずる音が聞こえる。
振り返ると10メートルほどの距離はあるが顔を悲壮に歪ませ、こちらに手を伸ばして歩を進める幼馴染の姿が見えた。
理性を取り戻し幼馴染の元へと戻ろうとした。
そして運命は平等に不平等に理不尽に、そして唐突に訪れる。
タイヤと道路の悲鳴にも似た摩擦音が鳴り響く。
完璧に近づき過ぎた彼は翼をもがれ地に落ちた。神にではなく、吐き気を催す人間によって。
宙を舞い、地面に叩きつけられ、赤い水溜まりに沈む幼馴染を見て世界から音が消える。
吐き気止まらない。心臓が握りつぶされたかのような錯覚を起こす。
頭の片隅で自問する
誰のせいでこんなことに
俺が逃げたせいだ。
ここまでこいつが憔悴していたのは
あいつ等がやったのかもしれないがお前は知りながら止めなかった。
こいつが撥ねられた原因はトラックの不注意じゃないのか
俺を追いかけてこいつはトラックに撥ねられた。俺が逃げなければ良かった。
全ての原因は、俺だった。
過度のストレスから左前頭部を掻きむしり皮が剥がれ、目に血が流れ込む。
赤く歪んだ視界に呼吸の弱くなっていく最愛の幼馴染が映る。
血の混じった涙を流しながら心の底から願い、祈る。
『――――ああ、かみさま。』
『どうか、どうかもう俺を』
「この悪夢から目覚めさせて下さい。」