雀羅(三十と一夜の短篇第83回)
「世のなか善人ばかりではないんですから、そのスタイルでは窃盗被害が絶えませんよ」
「そのために防犯カメラをつけるんじゃないか」
「カメラは抑止になりますが、防御にはなりませんよ」
「そんなことを言ったら、きみの提案も絶対じゃないよね? バールなんかでガラスを割られたら、終わりじゃないか」
わが社が食品の無人販売所の事業を起ちあげるにあたって、私は口を酸っぱくして社長に忠告しつづけている。
冷蔵庫の開け閉めを自由にして、出入口に集金箱を設置しておく。無人の店内で客が商品を取って、セルフで合計金額を出して箱に入れる。「泥棒に追い銭じゃないですか」と批判し、料金の投入で鍵が解除される自動販売機の導入を主張した。
「それだと初期費用が掛かるし、メンテナンスだって大変だ。防犯カメラを死角のないよう四方八方につけることで、問題解決だ」
「防犯カメラのメンテナンスだって、ばかにならんでしょう?」
「きみの提案でも、防犯カメラは要るわけだからね」
「自動販売機なら、ダミーカメラで抑止効果は十分ですよ。鍵なしよりも、防犯性能は担保されるんですから」
「ダミーじゃ、犯人は捕まえられんだろう」
おっしゃるとおりだが、目的は犯人逮捕ではない。盗難防止である。自動販売機導入を主張すれば、自販機荒らしの話になる。「自販機にしたうえで、防犯カメラを設置すればよいのでは」と言えば、コストの話になる。社長の話は終始一貫しているが、整合性がまるで取れていない。
「そこまで善意ありきの商売に固執する理由って、いったいなんなんですか?」
「ぼくの小さいころはね、畑のなかに即売所があったんだよ。棚に野菜が置いてあって、一個百円って貼り紙がしてある。みんな律儀にね、お金を払ってゆくんだよ。ぼくは事業をとおして、ああいうやさしい社会を再現したいんだよ」
「じゃあ防犯カメラは?」と、私は言えなかった......。