一緒に抜けるから!
想像してみてほしい。
『恋愛はできない』とか偉そうなこと言って自分をフった相手が、数日後には『恋愛したいです』と言わんばかりの合コンに参加していたら……
うん、絶対シバかれる。
その証拠に……
ジーーーーーー。
今まさに、佐々木に射殺さんばかりの強烈な視線が刺さっている。
見れば、机を挟んで右斜め前に座っている青山こと——緋川理佐が佐々木をジト目で睨んでいた。
顔は笑っているが、目が一切笑っていない。
さて、どうしたものか……
目的を果たすどころか命の危険に晒されている始末。災難すぎる。
「おい、玲。次、お前の番だぞ」
「え?」
考えを巡らせていると、田中がマイクを差し出してきた。
このレンタルスペースにはカラオケが付属しているらしく、どうやら佐々木に順番が回ってきたらしい。
「いや、俺は……」
「まぁまぁ、玲。ここは郷に入っては郷に従えってやつだ。今は周りに流されてくれ」
断ろうとすると、ガシッと田中が肩を組んで小さく耳打ちしてきた。
周りを見れば、確かにそういう流れが既にできている。
ここで歌うのを拒めば、盛り上がっていた場の空気がシラけてしまうだろう。
「仕方ねぇか……こういうのを歌った方がいいとかあんのか?」
「別に好きな曲でいーだろ。玲が普段から聞いてるようなやつ」
「じゃあ…………これでいっか」
「いいじゃん、かましてやれ! ここにいる全員驚くぞ?」
何がだ? と聞き返そうとする前に、設定した曲のイントロが流れてくる。
選んだのはテレビで頻繁に取り上げられている恋愛ソング。
見たことはないが、人気ドラマの主題歌にも使われているらしい。
表示されている歌詞通りに、丁寧に歌う。
小手先の技術はないから、せめて音程だけでも外さないようにしないと。
「すごいね、佐々木くん! 歌上手いんだ!」
歌い終えると、興奮した面持ちで参加者の一人——小野田凛が駆け寄ってきた。
「あぁ……歌は少し自信があるんだ」
「ちょっとー、次あたしの番なんだけどー! なんかハードル上がって緊張すんじゃん!」
如月は佐々木からマイクを受け取ると、そう愚痴をこぼした。
本人は自信なさげなことを言っていたが、その歌声は非常に綺麗で、如月も相当レベルが高いのが分かる。
「ねぇ、佐々木くん。次は私とデュエットしようよ」
如月が歌っている途中で、佐々木の隣に移動した小野田が誘ってきた。
妙に身体の距離が近いような……
「二周目からはそういうの自由だし、どう?」
「お、おう……やるか……」
「やった! なんの曲にする?」
小野田が更に佐々木の方へ身を寄せる。
カラオケ機材は佐々木の目の前にあるため、この形になるのは仕方ないが……主張の激しい小野田の胸が思いっきり腕に当たっていた。
(絶対わざとだ……)
何も反応がないことが気に入らないのか、ムニュッ、とさらに押し付けてくる。
この状況。触れるに触れづらい。
「りーんー、そういうのは後で、でしょ?」
「わっ!?」
佐々木から小野田を引き剥がしてくれたのは若月詩織。
「別にいいじゃん、武器は活かさなきゃ」
「——ッ!?」
小野田が再び佐々木の腕にしがみつき、胸を押し付ける。
途端、佐々木の身体が急激に強張った。
「間違ってないけど、時と場合を考えなさい」
若月は咎めるように小野田を見る。
「それにほら、佐々木くんも困ってるから」
「はーい」
渋々といった感じではあるが、小野田は佐々木の腕から離れた。
そのまま若月と小野田は一旦部屋の隅に移動して行った。
柔らかい感触が消えて、息を吐くのも束の間。
「どうだった? 小野田さんの胸」
さっきよりも不機嫌さ全開の緋川が近くにきた。
「あ? あぁ……えっと……まぁ……悪い気は、しねぇ……かも……」
「佐々木……?」
あれ……おかしいな……口が回ってくれない……
早まった動悸が治らない。
そういえば、さっきから息苦しい気が……
「ねぇ、大丈夫?」
大丈夫だ。
そう答えようとした意思に反して、佐々木は息苦しさから顔を俯かせてしまう。
異常に気付いたのか、緋川は心配そうに佐々木の顔を覗き込んできた。
「——っ!?」
瞬間、緋川の表情が変わった。
不安や焦燥感に駆られたような顔だ。彼女は少し考える素振りを見せた後——
「ごめん、みんな! アタシ佐々木と抜けるね!」
「……え?」
緋川の爆弾発言を咄嗟に理解できず、全員が固まる。
やがて如月が慌てたように口を開いた。
「ま、待って、青山さん! 佐々木くんは——」
「ごめん、如月さん!」
如月の制止を聞かず、緋川は佐々木の腕を掴んで部屋から抜け出した。
なされるがままエレベーターで一階まで降り、建物の外へ。
櫻大近辺は割と発展しているから周囲は明るいものの、時間も時間なので人はまばらだった。
「ここに座って。ゆっくり深呼吸して」
緋川は手頃なベンチを見つけると、佐々木を半ば強引に座らせた。
佐々木は言われた通りに深呼吸をすると、少しずつ気分が落ち着いてきた。息苦しさも感じない。
「わりぃ……もう大丈夫だ……」
「そう、よかった……顔色もだいぶ良くなったみたい……」
安心したように、緋川が微笑む。
だいぶ心配をしていたらしい。
緋川は近くの自販機で飲み物を買うと、それをそのまま佐々木の前に差し出した。
「ありがとう」
ありがたく貰って、一口だけ口に含む。
どれくらいだろうか。しばらく静かな時間が続いた。
どう話を切り出したものか、お互いに探っているようだ。
やがて——
「ねぇ、佐々木……『恋愛ができない』ってどういうこと?」