天使の学校に入学したので、さっそく大天使めざして駆け巡ります!
ここは天使が地上に君臨するための登竜門となる天使学園。
全寮制になっており、過去には地上に降り立っている有名なガブリエルやラファエルといった大天使を輩出している。
地上に降り立つ大天使を輩出する天使学園は大きく分けて3つに分類される。
それぞれの天使学園には文化的な特色が分かれているが、役割として地上で全うした善良な魂を天国へと導くこと。地上に降り立ってかの有名なキリストのような指導者を陰ながら支えること。時折地上の邪気に当てられて堕天使化してしまうこともある天使の討伐をすることなどがある。
そんな諸々の歴史を持つ天国立大ミカエル聖教徒学園へと、私は入学することになった。
ちなみに、あらゆる天使は生まれ変わることによって天使化する。私の場合は現代日本においてトラックに曳かれそうになっていた女の子を突き飛ばして身代わりになって死んだことになっていたようだった。
その理由については、生まれ変わる際に天使学園への入学を采配した神の存在によって明らかにされていた。
最初はここがどこなのかも分からず、自分の身体をペタペタと触りながら生まれ変わりの実感を確かめていた。
なぜなら、直前の私は確かにトラックに向かって飛び出していったのだから、どう考えても無事で済んでいるわけがないからだ。
両手両腕がしっかりとついていることや両足がついていること、そしてトラックが直撃したと思われる胴体にも全くの異常や損傷がないことには不思議な感覚を覚えていた。
その直後に現れた全知全能の神である、神々の神がトラックにぶつかる直前に肉体を巻き戻ししてくれたことを説明されても、はじめのうちは「???」と頭の中が疑問符でいっぱいになっていた。
時間をかけて自分の事態を理解することができたときには、目の前にいた神々の神は姿を消していた。
その代わりに、天使学園の学園の大きな門が目の前に姿を現していたのだった。
拾われてきた猫のような私のことを目に留めたのは、門の目の前に停まった黒い車の後部座席から現れてきたお嬢様然とした少女だった。背中まで伸びた艶やかな黒髪が目を惹く。
「あら。どこから迷い込んできたのかしら。子猫ちゃん」
それは冗談でも比喩でもなく、本当のことでもあったので私は釈然としなかった。
「子猫ちゃんって、私のこと?」
私は自分を指さしながら、そんなにも自分が不思議な存在に見えているのだということを悟るのに至るだった。
「確かに迷い込んできて、どこにいけばいいかも分からないけれど」
それなら、と彼女ははみかみながら自分のあごのあたりに指を当てて、
「私が案内して差し上げますわ。きっと学園長のもとへ連れて行けばよろしいのでしょうから」
そうして、私は黒髪ロングの少女が隣にやってきて手をスッと差し出してきたのを手に取った。
その手は白くすべらかで、掃除や炊事のような世話事は彼女の周囲の存在が代わりに執り行ってくれるのだろうことを悟っているように思えた。
後部座席から降り立った彼女の姿を見て、私はその背中にある存在に驚がくせざるを得なかった。
髪の毛に隠れてよく見えていなかったのだが、確かにその背中には小さな天使の羽がぴょこんと生えていた。
羽の形はまるで教科書で見ていた天使のそれに等しい。小鳥の持つ両翼に比べると大きく、しかしながらワシのようにどう猛な形をしているわけでもなかった。表現するなれば、やはり可愛らしい、愛くるしいといった形容詞がふさわしいものだ。
「あら、背中に付いているコレがそんなに珍しい? そうよね、入学してきて間もないんだもの」
彼女は背筋をピンと張りながらも背中を振り返るような仕草を見せる。
「私も初めて天使の羽を見たときは同じような感想を得たんだったわね」
「でも」
彼女は続ける。
「この天使の羽、あなたの背中にも付いていらしてよ?」
その時、私は初めて自分の背中に手を伸ばしてみた。確かに、ぷにぷにとした何かが背中の先からついている。なんだか、自分の一部ではない何かがそこに存在しているかのごとき感覚に得体の知れない感覚を覚える。
「きゃっ」
私は思わず、声を上げてしまった。その声はそれなりに響き渡ったように思えるが、どうやらこの世界には私と少女の二人しか存在しないかのごとく、反応は返ってこなかった。
少女はあらためて、あらあら、と手を取り直して私の姿勢を正してくれた。そして、手を引かれるかのように私は少女に連れられて学園と呼ばれる門の中へと招き入れられるのだった。
「天使学園は初めてなのよね?」
少女は私に対して、確認をするかのように言った。
「ええ、そうだけれど」
私はとくだん考えずにあいづちを打った。
「それなら、地下室には近づかないことね」
「地下室?」
「ええ、地下室よ。今のあなたが詳しく知るべき場所ではないでしょうけれど」
そういうと、つかつかとパンプスの裏を鳴らしながら少女は歩いていく。
「そういえば、言い忘れていたのだけれど――。私の名前はレオナよ。あなたの名前は?」
「私は、」
そう言いかけたところで、つぅっ、とこめかみに痛みが走った。
「カオル。そう、カオル」
名前を思い出すのに少しばかり違和感を覚えたのは気のせいではないように感じた。