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城下町(2)

 ゆっくりとお風呂に入る事が出来た事、今まで溜めていた思いを涙と共に少しでも流す事が出来た事により、少々元気を取り戻した沙織。


 城下町の見ず知らずの女性は、沙織に対して風呂だけではなく豪華な食事までご馳走してくれたのだ。


 申し訳なさそうに汚れたままの制服を着ている沙織を見ている女性に対して、心からの笑顔でお礼を言う事が出来ていた。


「本当にありがとうございました。お食事まで頂いて、感謝しています」

「いいんだよ。あんたが辛い思いをしているのは分かっているつもりだよ。あいつらの事だから、その内城内にあんたの居場所はなくなるだろう。その時は、遠慮なくここに来るんだよ?」

「はいっ、ありがとうございます!」


 再び優しい言葉をかけて貰い、またもや涙が溢れてしまう沙織。


「その時は、既にその服にこだわる必要はないだろうから、私の方で新しい服を準備しておくよ。楽しみに待っているから、もう少しだけ我慢するんだよ」


 本当は今すぐにでも沙織に奇麗な服を着せてやりたい女性だが、ここまで汚れていた服から新しい服に代わっているのに気が付かれると、場内での沙織の立ち位置が悪くなると理解しているので、苦渋の決断で汚い状態の服をそのまま着させたのだ。


 その程度は理解している沙織は、本当に嬉しそうに感謝の意を示していた。

 やがて翠が指定した時間が近づいている事に気が付いた沙織は、優しく暖かい女性に再びお礼を伝えると、施設の前で待機していた。


 そんな沙織の姿を遠目で眺めつつ、女性はこう呟いた。


「異世界人にも、やっぱり素晴らしい人はいるんだね。どこの世界もおんなじか。身の丈に合わない力を持つと碌な事をしない」


 沙織のこれからの王城での生活に、少しでも楽しい事が見つかる事を願いつつ。


「あ~楽しかった。この世界での生活も悪くないな。そう思わないか詩織?」

「そうね。食事も合うし、日本より贅沢な暮らしができるし。由香里はどう思うの?」

「う~ん、私達が召喚された本当の理由、戦闘でしょ?一度も経験していないのだから、安易にこの生活が良いとも言えないよ?」

「俺も由香里の意見に賛成だな。だけど、今までのこの生活が良いのは間違いないな」


 いつもの四人組が、声を大にして施設から出てきた。


 その後ろには、後ろ髪を引かれる様に他の生徒達が出てきたのだ。

 何故か教師の愛子もその中に含まれているが、彼女達レベルEは、今後この施設は半額で利用できる事になる。

 つまり有料だ。


 その元手をどう稼ぐかすら理解できていないので、次にこの場所に来られるのがいつになるのか不安で仕方がなかったのだ。


「皆さん、お待たせしました。楽しめましたか?それでは王城に戻りましょう」


 少々待つと、王城方面から翠がやってきて全員がそろっている事を確認すると、踵を返した。


 誰もが遊戯施設で力いっぱい楽しむ事が出来たので、少々小奇麗になっている沙織の状態には気が付かなかったのだ。


 施設について大声で話しながら王城に向かっている一行に対して、施設周辺の住民からは行きと同じく厳しい視線を感じている沙織。


 だが、知り合う事が出来た女性のセリフを思い出し、厳しい目を向けている人の視線を良く観察すると、その視線の行く先は、始めに腕輪に向けられていた。


 いや、厳密には、腕輪を付けて特権階級であると誇示している人に対して向けられていたのだ。


 もちろんその中には翠も含まれていた。


 逆に、どう見ても腕輪をしていない沙織に気が付くと、厳しい視線は一気に変化し、何とか頑張れよ!と応援するかのような視線を向けてきてくれる事に気が付いたのだ。


 中には、両こぶしを胸の当たりで握り、沙織に向かって頷いてくれる人までいたほどだ。


 連続した人の温かいまなざしに耐え切れず、必死に堪えようとしても涙が出てしまっていた沙織。


 前方を歩いている生徒達は施設の話で夢中になっており住民達の視線には気が付かないのだが、時折沙織に対して自分達の自慢話を聞かせているつもりになっているので、一番後方を歩いている沙織の事は時折振り返って確認していた。


 その時には、沙織は我慢するように涙を流していたので、その原因を不遇な扱いを受けている状態で自分達の自慢話を聞かされた事によるものだと勘違いした生徒達は、更に大声で自慢話をするようになっていた。


 流石に声が大きくなっているので、前方を歩いている詩織を筆頭とした四人も後方を振り向く。

 翠は一切興味を示さずに、只々王城を目指して歩いているのだが……


「あれ、沙織が泣いている。フフフ、みじめな扱いを受けて我慢できなくなったのかしら?当然よね」

「どうでもいいよ。どうせ自業自得だろ?」

「因果応報とも言う」

「でも本当に今日は楽しかったわね」


 当然四人の声も沙織には聞こえるのだが、暖かい眼差し、そして女性の優しさに触れる事が出来た沙織には、何のダメージにもならなかった。

 だが、喜び、歓喜の涙は止める事は出来なかったのだ。


 さめざめと泣いている姿を見て満足した四人を含めた生徒達は、ある程度満足したのか少々大人しくなりつつ、翠の後をついて行く。


 今すぐ殺さんとばかりの城下町の遊戯施設周辺の人々の視線にさらされていた事には気が付きもしなかった。


「今日は城下町の一部を案内しましたが、同等の大きさのエリアが複数あります。数日かけて案内するべきところですが、またの機会とさせていただきます。それでは、この後は王城内での自由行動とさせて頂きます」


 王城に戻った翠は大広場でそれだけ伝えると、いつも通りにさっさとこの場を後にした。


「これからどうする、昭?」

「そうだな、納屋でも見に行くか?」

「はぁ?なんで納屋?お前は何を考えているんだ?お前もそう思うだろ?由香里」

「うっ、私も剛に賛成。あんな匂うところに行きたくないわ」


 既に四人以外はこの場を後にしている。


「まあそう言うなって、お前の姉の寝床を観察しに行くんだよ」


 嫌な笑いを浮かべつつ昭が詩織に対して説明すると、他の三人も合点がいったとばかりに笑みを浮かべた。


「成程ね、どう言った生活環境か、自分の目で確認する必要はあるよな」

「そうね、気の迷いとはいえ、一時期友人として接していたのだから、確認する必要はあるでしょうね」


 謎理論に包まれながら、四人は納屋に向かって歩き出す。

 もちろん、納屋にいる沙織を馬鹿にするために向かっているのだ。


 一方の沙織は、納屋には直接向かっていなかった。


 時折残り物をくれる使用人に、お礼を伝えに行ったのだ。

 普段は力がないのでこのような行動に出られないが、善意に触れる事が出来て力があるうちに、お礼を伝えようとしたのだ。


 その結果はつれない返事しか返ってこなかったが、沙織としては満足して納屋に向かう事が出来た。


 そのおかげで四人組と遭遇する事なく、暖かい気持ちのままに眠る事が出来たのだ。

 更には、その翌日の朝の残り物は、多少豪華であったのはここだけの話。

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