今後の世界
円卓に座っている各国の中枢であるレベルAの九人全員が、目の前のぬいぐるみから発せられる殺気によって滝のような汗をかき、口を開けずにいた。
あの元一でさえ、小刻みに体を震わせていたのだ。
「皆、話を聞いてもらえなくなるから、少し殺気を抑えてくれるかな?」
「流石だな、沙織ちゃん」
沙織の声がかかった瞬間に殺気が収まり、動けるようになった九人。
と同時に、目の前のどう鑑定してもレベルFの召喚者である沙織と呼ばれているこの女が、疑う事の出来ないほどの驚異的な力、レベルSの力を完全に制御できていると判断せざるを得なかったのだ。
「あなたと対峙した時に、確かにそのぬいぐるみが一体いましたね」
晋を見ながら何とか口を開くのは、宏美。
アーム王国での交渉時に、目ざとく晋の肩にいた亀吉に気が付いていたのだ。
「今更隠す必要も無いからな。正解だ」
これだけで全てを理解した宏美。そして周囲のレベルAも、理解せざるを得なかった。
このぬいぐるみ三体の圧倒的な力を……
そんな中、沙織が提案する。
「あなた達の所業は目に余ります。ですが、強制的とはいえ国家を掌握しているのもまた事実。ですから、今後は為政者として活動して頂こうかと思っています。もちろんその為の他国との協力は認めますが、力による争いは今後一切認めません。全て平和的に解決して頂きます」
既に威圧や殺気は抑えられているので誰もが口を開ける状態にあるのだが、口を開く事はせずに、沙織の言葉に耳を傾けている。
「時折秘密裏に私達が視察させて頂こうかと思っていますが、常に監視するわけには行きません。ですので、その監視役に彼らを準備しました」
沙織がそう言うと、徐に晋が壁際に行って窓を大きく開ける。
そこには、溢れんばかりの龍が空を漂っていた。
「はい、ご覧の通り龍です。言葉が理解できる龍だけを集めましたので、この龍に素行を監視して頂こうかと思っています」
「言葉が理解できる龍……」
独り言のように呟く翠。
彼女の知識では、言葉が理解できるほどの龍はレベルSに準ずる力を得ている魔物と言われており、未だかつてその存在を目にする事は無かった。
その龍が、空一杯を覆いつくす程に漂っているのだ。
「証拠を見せておきましょうね。おーい、誰か一人だけ来てくれるかな~?」
突然窓の外に向かって叫んだ沙織。
反応するように、最も巨大な一体が窓に向かって突進してきた。
思わず全員が衝撃に備えて身構えるが、龍は窓に合わせた大きさになって沙織の元に漂っている。
「呼んだか、主よ」
「も~、主じゃないって言っているでしょ?」
沙織との和やかなやり取りのように見えるのだが、龍としては内心かなり冷や汗をかいている。
この龍は一族の長であり、空を漂っている龍の中では最も長きを生き、最も強い個体だ。
その個体は、沙織の周囲にいる三体のぬいぐるみを常に意識していた。
仮に目の前のこの女性を“沙織”とでも呼ぼうものなら、見た目だけはやけに可愛い三体から行われるであろう、恐ろしい未来が待っているという事が理解できているからだ。
そんなやり取りを見て、明らかに会話が成り立っている上、龍から漂う雰囲気で、レベルAでは敵わない事も理解できている九人の国家中枢の面々。
「これで理解して貰えたと思います。彼らが各国に平等に散ってあなた方を監視してもらう事になりますけど、当然彼らはその身を常に晒すわけではありません。これ以上は秘密ですが、つまりは裏でコソコソできないという事です。私がいなくなっても監視は続きます。そして、温情を掛けるのは一度きり。今回だけです。もしも、為政者らしからぬ行動を取った時には、彼らに全ての裁量をゆだねていますのでそのつもりで」
こうして、来た時と同じようにいつも間に晋と共にその存在が消えていた沙織。
そして龍も飛び去って行った。
その後の円卓は、誰も何も発言する事は無く自然解散となる。
こんな状況で話が出来るほど、全員の心は強くなかったのだ。
実は一部の龍、この場に姿を隠して彼らを監視していたので、この行動は結果的にレベルAの者達の命を救ったと言える。
その後は、全ての国家が驚くほど変化した。正に急変だ。
全く戦争や侵略の素振りを見せる事無く、民に対する税も軽減され、正に住みやすい世の中に変わって行ったのだ。
なぜ急にこのようになったのかを知る物は、当事者であるレベルAの九人と、晋ギルドマスター、そして健司のパーティー、沙織しかいない。
しかし、平和になった世界でも立場が変わらない者もいる。
そう、詩織のパーティーと、宗次のパーティーだ。
劣悪な環境で休みなく働いているので、国の変化などわかる訳も無いのだ。
だが、同じ召喚者パーティーである愛子のパーティーは、明らかに国が変わった事を肌で感じていた。
周囲の民も無駄な緊張から解き放たれ、安全に暮らせるようになった事から余裕ができているのだ。
その余裕が他者に対する思いやりを生み出し、その優しさに触れる事で愛子達も徐々に改心していった。
そのまま愛子パーティーは地底国家リアで生涯を過ごす事になるのだが、自分を顧みずに他者を助けると言った行動が出来る、以前の彼女達を知っている人から見れば考えられないほどに人格が変わっていたのだが、沙織や詩織達、他の召喚者と二度と会う事は無かった。
愛子が手にしていた収納袋についてはそのまま愛子パーティーが使っていたのだが、治安が非常に安定した事から、必要に応じて収納袋を使用する依頼を受けて、公に活動していたのだ。
最後に沙織。
拠点は今まで通りにクイナ王国のヒスイの家であり、そこで薬草採取に励み、時折魔国リジドのヒスイの元に遊びに行くと言った生活をしていた。
ただ一つ違うのは……
「沙織!今日の飯は俺に任せておけ。楽しみにしておけよ」
「え~、晋さんのご飯って……微妙~」
「何を~!!見てろよ。驚くほど美味いもん作ってやるからな!!」
そう、晋といつの間にか恋仲になり、今は夫婦として生活している。
レベルCの健司パーティーもそれぞれの恋人と結婚してはいるのだが、相変わらず冒険者としての活動を継続しており、危険な魔物討伐依頼の際には沙織と行動を共にしているのだ。
「じゃあ今日も頑張りましょう!行こうか、亀吉、鳥坊、犬助!」
「気を付けて行って来いよ!」
今日は休みの晋に見送られ、いつもの薬草採取場に向かう沙織だ。
「ねえ皆。私、この世界に来られて本当に幸せだよ。これからもずっと、ずっと、宜しくね!」
幸せに生活できている沙織は、今更詩織の悪事を暴いたり、由香里の誤解を解こうとは思っていなかったし、日本に戻りたいとも思わなかった。
そもそも由香里もおかしな行動を自ら取っていたので、そんな人に成り下がった者からどう思われていようがどうでも良くなっていたからだ。
今は只々、日本にいた頃には感じる事が出来なかった幸せを噛みしめていた。
このお話もこれで終わりになります。
ここまでお読みいただきましてありがとうございました。