三体の活動(亀吉)
アーム王国に向かっている詩織パーティーと、翠の差し金で晋と共に行動しているレベルCパーティーの理沙、忠明、千尋だ。
何故か召喚者である詩織パーティーは共に行動せず、それぞれが必死で意中の人に話しかけていると言う行軍になっている。
少しでも長くこの時間を確保したいと考えている詩織パーティーは、宗次達とは異なり浮遊などせずに、ひたすら徒歩でアーム王国に向かっている。
常に纏わりつかれ、無駄に話しかけられている晋達。
その話の中身も下らない自分自慢ばかり。時折日本の話もあるのだが、母が日本人である晋達には何の新鮮味もなく、アーム王国に到着する前に精神的に完全敗北しそうなほど疲労していた。
こうして到着したアーム王国の防壁だが、王城の防壁ではなく、民が住んでいる防壁前に宏美が待ち構えており、更にはアーム王国の同盟国家である魔族リジドのレベルAである桃子までがその場にいたのだ。
この世界のレベルAである九人は漏れなく恐れられており、この世界の民は全員がレベルAの姿を記憶に残している。
その身の安全を少しでも確保する為に、危険人物の姿を覚えておくことにしているのだ。
その内の二人が、晋達の前に存在している。
それも、想定していた場所よりも遥かに前で待ち構えていたのだ。
この世界の住民ではなかった詩織達には、今の所殺気すら出していない宏美や桃子を見てもレベルAだとは気が付かないが、同行している晋一行が緊張している事から、相当な手練れであると認識した。
ただし、警戒するのではなくて、自分達を良く見せる事が出来る相手が現れたと思っていたのだ。
晋達が恐れる相手であったとしても、その敵を目の前で始末すれば見直されると言う相変わらずバカげた考えが復活したのだ。
既に方針転換して、強制的に行動を共にする方針としていたと言う事もすっかり頭から抜けていた。
「そこの二人、邪魔なのでどいていただけないかしら?」
早速詩織が強気で二人に迫る。
そんな詩織を一瞥した二人は、興味なさそうに視線を外すと晋を見る。
晋はギルドマスターとして国際会議にも顔を出しているので、この二人にも顔を覚えられているのだ。
「あなた達の別動隊、魔国リジドに向かった一行は翠も含めて戦闘不能になったわよ。ご苦労様」
突然こう告げてきた桃子。
この言葉だけを捕らえれば、無理やり同行させられている沙織と健司も同じ状況になっていると思ってしまう。
翠の強さを嫌と言う程知っている詩織パーティーは青ざめている。
しかし、晋一行だけはそうは思っていなかった。
「そうかい。でも捕虜になった一行って言うのは、二人を除いて……だろ?」
桃子の表情が変わる。
確かに、緊急の報告では自分と同じレベルAの優香、そして敵国であるクイナ王国の翠が戦闘不能になり、レベルBとレベルCの各一人が捕虜になったのだが、その最中に何故かレベルFの一人と、冒険者一人が姿を消したとあったのだ。
「あなた、何か知っているわね?」
当然自分の友であり最大戦力である優香を事も無げに蹴散らしたのは、今回捕虜にならなかった二人の内のどちらか、または二人の力だと桃子が判断するのは容易だ。
情報共有をしているアーム王国の最大戦力である宏美も、その真実に迫るべく警戒態勢を取る。
その二人の力を肌で感じて、宗次達と同じように動けなくなる詩織一行と、逆に何の問題もないとばかりに肩をすくめている晋達。
「あなた達も何かしているわね。魔道具かしら?」
その様子に、桃子が反応する。
「何かしているのは否定しない。俺達がレベルCなのは周知の事実。そんな俺達が、お前らのようなレベルAの力を受けて平然としているんだからな。否定できる要素は何処にもない。だが、何をしているかは言うつもりはないぜ」
あっさりと認める晋。
もちろん、この場にいるレベルSの亀吉の力によって彼女達二人の威圧を遮断しているのだ。
長きに渡り国家の最大戦力として修羅場を潜ってきた二人のレベルAは、目の前の晋達からは不気味な力の存在を何となく感じ取っていた。
無暗に攻撃しても、あっさりと反撃にあうと本能的に理解していたのだ。
攻めあぐねている所、晋がとある提案をしてきた。
これは、健司のパーティーと話し合って決めていた事だ。
「おい、宏美に桃子。提案がある。聞いてくれるよな?」
その威圧、本当は亀吉からの威圧ではあるのだが、その威圧を感じて無意識で後退する宏美と桃子。
まさか自分が威圧によって後退するとは思ってもおらず、そんな経験も一切なかった二人はどう対応して良いのか分からずに、何も反応する事は出来なかった。
そんな二人を見て、咎める事もせずに晋は淡々と話す。
「まあそうなるよな。で、俺達からの提案だ。お前らも知っている通り、俺達はやりたくもない侵攻をさせられている。お前らも、自分の国の連中を同じように使っているからわかるだろ?」
少々威圧が抑えられたので、何とか桃子が少々怯えながら反応する。
「それがどうしたの?それほどの力があるのならば、今回の侵攻は断れたんじゃないの?」
事実、沙織に従う三体の力を使えば今回の遠征の話は容赦なく断る事が出来たはずだが、自国の中枢から民を年中無休で守る事は出来ないと考えて、一先ずは邪魔な戦力を削ぐ事にしたのだ。
そう、その邪魔な戦力とは詩織一行に他ならない。
「こっちにはこっちの都合があるんだよ。で、そこで震えている四人。お前らにやる。但し、決してクイナ王国に戻すな。それが今回アーム王国に何もせずに帰ってやる条件だ」
ハッキリ言って、宏美と桃子からすれば願っても無い条件だ。
恐らく何故かはわからないが、自分達よりも圧倒的に強い目の前の存在が、態々人柱を差し出した挙句に何もせずに撤退すると言うのだ。
「あの四人、スパイかしら?」
当然そう言った疑いは出て来る。
「そんな事は無いが、そう思うのなら情報を遮断している場所に連れて行けば良いだろう?俺達としては、そいつらが視界から消えてくれれば文句はない」
桃子と宏美としては、否はない。
一方の突然身売りされている詩織のパーティーは、相変わらず威圧されているので口を開く事が出来なかった。
「わかったわ。本当にこの四人を貰って良いのね?」
「ああ、だが、クイナ王国……いや、そもそもお前らのどちらの国で使うかは知らないが、国から出すな。良いな!」
こうして、こちらでは一切の戦闘がないまま晋達の思惑通りに詩織一行を追放する事に成功していた。