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城下町(1)

「ここでは日本と同じように買い物や宿泊、そして一部の娯楽も存在しています。そこで皆さんの腕輪が重要になります。その腕輪に刻印してある文字、レベルですね。そのレベルに応じて使用料金が異なります。具体的には、レベルBは全て無料。レベルCは、娯楽施設は半額、他は全て無料。レベルDは全て半額。最後にレベルEは娯楽施設のみ半額になります」


 沙織は、どの道レベルを現す腕輪をしていないので、何の特典も無い事位は理解していたのだが、相変わらずの四人組である詩織、由香里、剛、昭は沙織を見てニヤついている。


 レベルDの生徒達も同様だ。


 だが、ここに来てようやく弱者としての立場を理解したレベルEに属する生徒や教師である愛子は、沙織の事よりも自分の事に精一杯で、沙織に対しての意識は薄れていた。


 既に同じ日本人、召喚者と言う立ち位置でも、明らかに力関係が明確になって分断されつつあるにも拘らず、翠は淡々と城下町を案内している。


「施設を利用する際には、必ず腕輪を提示してください。基本的には腕輪は外れませんが、万が一紛失されても、再度お渡しする事は出来ませんので悪しからず」


 まるで腕輪がないと生徒たちに不都合があると言わんばかりの物言いで、サラッと驚くべき事実を伝えてくる翠。

 そう、腕輪は外れないと言う事実を……


 しかし、かなりの特典を提示されてしまった上、腕輪の再交付がないと言われてしまっては、誰もそのデメリットに意識が向かう事は無かった。


 もちろん本当のデメリットである、敵意を持った場合の能力制限や激しい痛みを引き起こす事については、未だに説明されていない。


 沙織自身には一切関係のない事なので、彼女自身の意識は城下町の人々に向いている。


 そこで気が付いたのは、こちらに向ける視線が厳しいものになっている事だ。

 この事実に気が付いているのは、周囲に意識を向ける余裕のある沙織と、長くこの場で生活をしている翠の二人だけだった。


 こうして城下町の案内をしてもらっているのだが、沙織は人々の痛い視線に耐えられず、下を向きながら全員の後方を付き従っていた。


「今日は、この施設で体験をして頂きます。今日に限って、腕輪のある方は全員無料で対応するようになっていますので、どうぞお楽しみください。終了は三時間後。このお店の前で待っていてください。それではお楽しみくださいね」


 相変わらず放置される沙織。


 この時ばかりは、レベルEの生徒達も我先にと施設になだれ込んでいた。

 その場所は、巨大娯楽施設。


 中は、ボーリングを模した物、カラオケ、ビリヤード、魔力を使った的当て、中々に楽しめそうな施設だったのだ。


 翠の手配のおかげなのか、相当広い敷地ではあるが住民の姿は見えずに貸し切り状態だった。

 各人は思い思いに施設内の設備で遊び倒している。


 そんな時、一人取り残された沙織は、誰の目も届いていないこの時をチャンスと考えて、何とか住民と話そうと決意した。


 翠が完全に沙織の存在を無視して王城方向に移動して暫くした後、翠がいなくなった事を確信した沙織は、三体のぬいぐるみに触れて勇気を貰い、近くの人に声を掛けた。


 さんざん厳しい視線にさらされていた事は理解しているので、場合によっては攻撃される事も覚悟していたのだが、何も話しかけなければ情報を得る事は出来ないし、城下町で生活する事も夢のまた夢。


「あの、申し訳ありません。少々お時間を頂いても宜しいでしょうか?」


 何とか情報は欲しい。でも怖い。

 必死で取り繕った笑顔で話しかけている沙織に対して、話しかけられた女性は沙織の腕に何もはめ込まれていない事を確認し、まじまじと沙織の全身を見る。


 実際に沙織は薄汚れており、食事も碌に取れていないので痩せており、肌も荒れている。

 そんな姿を見られているのだから、嫌悪感から見つめられていると思った沙織は、必死で作った笑顔のまま、目に涙が溜まってきた。


 どうして日本でも、この世界でも辛い思いをしなくてはならないのか……と言う思いが溢れてしまったのだ。


 ついに耐え切れずに下を向いて涙を流してしまった沙織を襲ってきたのは、突然の軽い衝撃。

 何が起こったか分からなかったが、何かに包まれているのは理解できた。


 動き辛い中、何とか顔を上げると、そこには話しかけた女性が自分を抱きしめていたのだ。


「えっと、あの?私、暫くお風呂に入っていませんので……その、汚れてしまいますよ?」


 思わず口から出てしまった言葉に、更に女性の抱きしめる力は強くなる。

 少々困惑しているが、何やら温かい気持ちになる沙織。


 未だかつて、このように抱きしめられた経験がなかったからだ。


 暫くすると、女性は無言で沙織の手を取り自らの家であろう建屋に半ば強引に連れて行った。


「あんたは、異世界人だね?日本人で間違いないかい?」

「はい、そうです」


「でも腕輪をしていない。という事は、レベルはFだね?」


 何やらダメ人間だという事を確認されているようで、うつむいてしまう沙織。


「勘違いしないでおくれ。何もあんたがダメと言っている訳じゃない。むしろ私達から見たら仲間だよ」


 思いがけない言葉に、再び顔を上げる沙織。


「あんたの人柄はこんな短い時間じゃ分からない。だけどね、優しい雰囲気がにじみ出ているんだよ。一緒にいた他の連中とは違う。あの腕輪持ち共は碌な事をしてこなかった。いや、今回の腕輪持ちの話じゃないよ。でも、あいつらもおんなじさ。雰囲気や態度が全く同じ」


 そう言って肩をすくめる女性。


「私は小さい頃に、今の王妃と共に召喚された異世界人を見た。そいつらも皆腕輪を付けていたんだが、連中の素行は、それは惨いものだったよ。やりたい放題。そいつらが出している雰囲気と、今日見た連中の雰囲気が全く同じだったのさ。町の連中も同じ事を思っているだろうよ。でも、あんたは違う」


 今まで両親にすら認めて貰えなかったのに、初めて会った人物、それも異世界の人物に自分を認めて貰えたような気がして、涙を堪える事が出来なかった。


 痩せた両手で顔を覆い、叫ぶでもなく声を押し殺して泣いているのだ。


 そんな沙織を、再び優しく抱きしめる女性。


「あんた、相当な目に遭って来たんだね?ここには私しかいない。嫌な思いは全てここで流しておしまい」


 弱った心に染み渡る優しさに抗えるわけもなく、始めて沙織は人の胸の中で、大声で泣いたのだ。


 暫くすると落ち着きを取り戻し、何とも気恥ずかし気もちになっている沙織。


「すっきりしたようだね。いい顔をしているよ。よし、先ずはこっちおいで」


 未だ恥ずかしがっている沙織を、強制的に風呂場に連れて行く女性。

 申し訳ない気持ちになる沙織だが、久しぶりのお風呂に喜びを隠しきれない。


「ゆっくり入っておくれ。この服は……あいつらにあんたが寛いでいた事がバレると碌な事にならないから、申し訳ないがこのままにさせてもらうよ」


 今後についても優しい心遣いをしてもらい、本当に久しぶりに人の温かさを感じる事が出来た沙織だった。

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