翠
アーム王国の国家中枢人物である宏美は、クイナ王国がどのようにして高レベルの龍を仕入れたのかを知りたがっていた。
しかし、その龍を仕入れている翠、当事者である翠もその入手方法を知りたがっていたのだ。
流石に翠すらその入手方法を知り得ていないという情報を、アーム王国の宏美も掴んではいなかった。
その翠だが……龍の入手方法を仕入れる為に、晋の身辺調査を行う様に指示を出したベクタが未だ戻らない王城で報告を待ち続けていた。
「ベクタはまだ戻らないのかしら?」
「大丈夫だよ、翠。あんなにご立派な龍を仕入れる一件の調査なのだから、日数がかかる事位は想定できるだろう?」
報告が未だ来ない事に不満をあらわにする翠。
そして、その翠を宥める修一だ。
こうして宥めている修一としても、あれほど高品質の龍を短い期間で持ち込んできた晋の手法を知りたいと思っていた。
ギルドマスターの晋から持ち込まれた龍は既に加工が始まっており、その素材の状態から、かなり高位の魔道具になるのは間違いないと言われている。
少し前にアーム王国との戦闘で手に入れた龍の素材を元に魔道具が開発されており、鍛冶師達は連続して最高の素材を使用して仕事ができる事に喜んでいた。
「それで、今回の魔道具はどうする?」
「そうですね。アーム王国の宏美が使って来た龍の魔道具は既に市場に流しています。ですが、今回私達はそれ以上の魔道具を大量に準備できています。この情報も流せば更に我がクイナ王国が有利になる事は間違いありませんから」
多少劣化している龍の素材から作られる魔道具についても、相当な魔道具になる事は間違いない。
それを市場に流す事により、それ以上の魔道具を持っていると他国に理解させるのだ。
市場に流れる魔道具の威力は過去最高であり、他国も手に入れてその威力を実際に確認する事が出来る。
しかし、それを凌駕する武器を持っていると知らしめる事によって、クイナ王国は盤石な体制を築こうとしていたのだ。
こうして着々と新たな龍による魔道具が生成され、クイナ王国の軍に配備される。
試射や試用も行われ、その様子を見た翠や修一ですら喜びを隠しきれなかった。
「翠、これほどとは……素材が重要である事は常識だけど、ここまでとはびっくりだ」
「本当ですね。あの魔道具を使用すればレベルB相当が無数にいる事と同義といっても過言ではないでしょうね」
もちろん、その素材を加工できる鍛冶師の腕も重要ではあるが、この二人にとって鍛冶師は道具の中の一つであるので、会話には出てこない。
実際に魔道具を手にしてその機能を把握した兵士達は、これで間違いなくクイナ王国は無敵になれると確信していた。
「翠様、修一様、これで目障りなアーム王国を始めとした他国に、クイナ王国ここに在りと知らしめてやりましょう」
「その通りだ!」
既に興奮状態になっている兵士達を苦笑いしながら見つめる翠と修一。
「翠、確かにあの兵が言う通りかもしれないな。手始めにアーム王国の連中で実践するのも良いかもしれない」
「そうですね。もう少しだけ練度を上げれば攻め込むのも良いかもしれませんね」
この時点で、翠と修一の中では召喚者でありレベルBの詩織については興味が無くなってしまっていた。
同等の力を持つ兵が無数にいる上に、態々自分が用意した魔物をダメにした挙句にギルドの牢獄に入れられるという大失態を犯していた人物なのだから当然と言えば当然だ。
もちろん、詩織のパーティーであるレベルCの三人についても同様だ。
何故かファントがあっさりレベルCのパーティーに倒されたと喚いていたが、そんな事は有り得ないと思っており、下らない言い訳をしていると考えていたのだ。
つまり、余計詩織達の心象は悪くなっている。
成果を出して翠達の手を煩わせる事の無い二人、宗次と美幸のパーティーについては未だに貴重な戦力としてカウントできているので、使える道具として認識できていた。
「じゃあ翠、この侵攻で少し生意気になってきている道具を始末するか?」
「そうですね。私のアドバイスを守れずに貴重な戦力であるファントすらダメにしたのですから、あの四人は戦線の先頭に行かせるべきですね。下らない言い訳すらするのには呆れました。成果が出せれば良し、出せずに消えても良し、ですね」
こうして、もう少し練度が上がれば民を無視したアーム王国への侵攻が行われる事が決定した。
この時点で、詩織が以前言っていた健司が国家に対して悪意があり、反旗を翻そうとしていたとしても全く問題ないと切って捨てた。
それ程の戦力を有している事をその目で確認できたからだ。
数日後、翠の元にとある情報が入ってきた。
そう、宏美が意図的に流している情報だ。
「翠様、修一様、どうやらアーム王国はあの龍一体だけではなく、複数体の龍を使役できているようです。今回市場に出ている龍を素材とした高位の魔道具に一切の興味を示していない事も、その事実を強力に裏付けていると考えます」
諜報員からの報告だ。
「翠、ひょっとしたら、あのギルドマスター……晋か?あいつ、アーム王国と繋がっているんじゃないだろうな?」
これも考えられる選択肢の一つだ。
龍を使役できているのであれば、奇麗な状態で高位な龍を仕入れる事も可能と考えられるからだ。
今の所、晋を始めとしたギルドの面々が他国の中枢と繋がっているという情報は入っていないが……
「少なくとも、宏美とは繋がっていないでしょう。ですが、民の間での交流はあるようですから……そこを通して仕入れたのかもしれませんね。何れにしてもベクタの報告を聞かなければ確実な事は言えないでしょう」
正に宏美の思惑通りとなり、アーム王国としては暫くの間、クイナ王国からの侵攻を未然に防ぐ事が出来ていたのだ。
しかし、何時まで経ってもベクタが帰還しない事から正確な情報掴めない翠と修一。
この情報戦の混乱で、他国の間者に始末されたと考えたのだ。
ベクタを始末できるほどの手練れはギルドにはいないと判断されていた事によって、他国の間者によって始末されたとされた。これは、晋や詩織にとっては幸運だった。
余計な調査や、報復措置がないからだ。
翠と修一は、ベクタを始末できるほどの戦力は、同じ力を持っている国家の諜報部隊の仕業であると断定しているので、当然余計な証拠も残していないと思い、追加の調査は行わなかった。
「これではっきりしたわね。恐らくアーム王国の諜報部隊も、龍について調査をしていたのよ。自分達だけが制御できているはずの龍をどのように仕入れたのかを確認しようとして、その任務の最中にベクタと交戦したのでしょうね」
既に他の諜報部隊からの報告で、晋がアーム王国の中枢とは一切関係がないと知っているが故の発言だ。
その結果、これ以上待ってもベクタからの報告を得る事は出来ないと判断し、いよいよアーム王国への侵攻の動きを加速させる事にした。