異世界人への対応
「あら沙織。なんで昨日と同じ制服を着ているのかしら?それに、何よその寝ぐせ?」
「ああ、本当だな。まぁ、こいつには相応しい扱いだろ?」
「そうそう、こんなやつは放っておけ。それにしても昨日の飯は美味かったな!」
「そうね、日本では食べた事の無いような食事だったものね」
沙織の予想通り、他の面々はかなり良い待遇を受けていた。
今、目の前で態々沙織に話しかけているのは、詩織、昭、由香里、剛だ。
詩織と昭と同じように、且つては沙織の唯一の友人であった由香里も剛と交際しているようだ。
今まではそのような素振りが一切なかった事から、この極限状態ともいえる環境になって、昨日のうちに互いに惹かれ合ったのかもしれない。
この四人はレベルBとレベルC。高いレベルの者達であり、将来有望である事から、歓待されていたとしても何ら不思議ではない。
沙織は目の前の四人の言葉には反応せず、顔を伏せつつも、心のざわつきを抑えるためにその手はぬいぐるみに触れている。
そして周囲を見ると、沙織と同じく昨日と同様に制服を着ているのはランクEの人である事が分かった。
当然、教師である愛子もそこに含まれており、昨日と同じ服を着ている。
「では皆さんおそろいですね。それでは、レベル別にこれから訓練を行う訳ですが、この世界についてもう少しだけ説明しておきます。この世界は……」
と、昨日に引き続いて翠の説明がなされるのだが、その説明の内容はこうだ。
・この世界には、判明しているだけで六つの国家が存在している。
・地上に存在しているのが三国家、地下に存在しているのが三国家であり、それぞれの国家に住んでいる主な種族が異なっている。
・それぞれの国家で侵略を繰り返している状況である。
・どの国家も異世界召喚を実施できる力を得ており、今の所力は均衡している。
・異世界の力がなければ、普通の人々のレベルはFであり、殆ど何の力も無い。
・今判明しているレベルは潜在的なレベルであるので、相応の実力がつくかはこれからの努力次第。
・潜在レベルは固定であり、そのレベルを超えてレベルアップする事は無い。
・レベルはS~Fまで存在していると思われているが、現時点で判明している最高レベルはAになる。
ここまで聞くと、周囲のバカにするような視線と諦めの目線が入り混じっていた。
前者は高レベルの者達で、その視線の先は沙織に向けられている。
後者はEランクの者達で、互いを見ていたのだ。
更に翠の話は続く。
「この世界には、日本では存在しないような狂暴な生物もおります。もちろん魔法も使ってきます。私の母も当初は驚いたようです。ですが、慣れてしまえば問題はありません。そもそも皆さんはこの世界の住民よりも圧倒的な力を得る事が出来るのです」
その時の視線は、レベルEの集団とFである沙織の方には向く事は無かった。
「そのために、潜在レベルに相応しい力を得られるよう、日々精進してください。基本的な術はどのレベルでも修行方法は同じですが、レベルによって出力が異なってきますので、レベル別での修練を実施します。では今日もよろしくお願いしますね」
こうして再び翠はこの場を後にする。
この話を聞いておおよその状況は理解した沙織。
結局のところ、王城に留まっていても待遇が改善される事は無く、真面な食料は回って来る事は無い。
だが、このまま王城から外に出ても生活ができるとはとても思えなかったのだが、一般的な住民が自分と同じレベルFと聞いて、日本と同じか、それ以上の劣悪な環境になるこの王城よりは、城下町に向かった方が得策ではないかと思い始めていたのだ。
「あいつ、また一人だよ。ざまぁねーな。日頃の行いの結果だからな」
「今の話だと、一生この異世界で何の力も無いままでしょう?私なら耐えられないな」
「私もそう思うよ、由香里。ホント何の力もないなんてみじめだよね。誰にも相手にされずに、たった一人でこの世界で生活して行くなんて、私には考えられない」
「ま、お前の姉とはいえ、自業自得だろうな」
未だに聞こえる四人の嘲笑によって、沙織の意思は城下町での生活に大きく振れて行った。
そうは言っても、城下町に行く方法も知らなければ、行った所で受け入れてもらえる確証も無い。
只々一人で立ち尽くし、クラスの他の生徒達の訓練を見ている事しかできなかったのだ。
訓練自体は非常に広い場所で行われおり、レベル別に固まって訓練をしていた。
第三者的な立ち位置から見る事が出来ている沙織だけは、翠の言っていた通りに同じ訓練をしているにもかかわらず、出力が大きく異なる事に気が付いていた。
バスの中で炎の魔法を出して見せた昭。
その昭の潜在レベルはC。対して、詩織のレベルはB。
明らかに炎の大きさや数、そして的に向かうまでの速度、全てが違っているのだ。
この訓練が数日間行われていた。
時折使用人が本当に残り物をくれるようになっていたので、何とか保存食を残しつつ生活する事が出来ていた沙織だが、やはり健康状態は悪化して行った。
ろくに眠れず、食事も満足に取る事が出来ず、風呂にも入る事ができない状況であれば誰でも同じ道を辿るだろう。
しかし、体調はすぐれないままなのだが、ある一定の所から悪化する事は無くなっていた。
体が状況に適応したのかと考えていた沙織。これは周囲の生徒達の動きからもそう思わせられる物だった。
レベルによって全く動きが異なっているが、生徒達は明らかに日本では考えられない動きをする事が出来ていたのだ。
二人だけのランクBである詩織と宗次は、何と空中に浮遊すら行う事が出来るようになっていた。
他の者も出来る事は出来るのだが、空中での滑らかな動き、速度、そして滞空時間が圧倒的に異なっていた。
「チッ、宗次の癖にいい気になりやがって」
当然、日本のクラスでトップに君臨していた詩織の交際相手である昭は面白くない。
自身のレベルはCであり、どうあってもレベルBの動きまでは出来ないからだ。
それでも、かなりの強さになっているのは間違いないのだが……
「皆さん、素晴らしい成果を上げて頂けましたね。全員が潜在レベルと同等のレベルに至っていると判断して良いでしょう。それでは、これから城下町に案内します。レベルに応じての特権がありますので、それについても現地で説明させて頂きます」
突然現れた翠の話を聞いて、沙織は期待に胸を膨らませていた。
この王城で生活をし続けていれば、やがて干からびてしまうのは間違いない。
既に沙織の意識は、城下町を含む、この王城以外で普通の人として生活する事に向いているので、城下町を実際にその目で見られる事に歓喜していたのだ。
再び翠と、数人の騎士に先導されて王城を移動する。
複雑に移動した後に、門から王城を出ると、そこには立派な城下町が広がっていた。
高層ビルやマンションこそないが、まるで日本の街並みと言っても信じてしまいそうな町並みであり、生徒達も同じ事を思っていたようだ。
その姿を見た翠はこう告げる。
「これは私の父が、日本人である母の要望を聞き入れた結果です。母の故郷を少しでも感じてもらうために作り上げたと聞いています」
この話を聞いて、この場にいる全員が日本人であればこの町並みを再現する事は可能であろうと思うと共に、確かに目の前にいる翠の母は日本人であると理解させられたのだ。
沙織としても、この町並みの中で生活できれば安心できると思っていた。