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閑話 ヒスイの旅(3)

 犬助の誤解を受ける様な説明を受けて焦る沙織。


『えっ、命の危険があったの?大丈夫だった?』

『違う。能力、バレそうだった』


 鑑定士の挙動を把握していた犬助は、あのポーションではイルミアは回復できないと判断されたと知っていた。

 しかし、鑑定はその後何も特別な行動を起こさなかったので、ある意味助かったのだ。


『そっか、でもバレていないでしょ?大丈夫だよ。ヒスイさんのお友達、助かってよかった。犬助、ありがとうね』

『どういたしまして』


 沙織からのお礼が何よりも嬉しい三体。

 その内の一体である犬助も当然かなり嬉しいのだが、元来の性格か、伝える言葉はいつもの通り少なめだ。


 沙織はその程度は理解しているので、この短い言葉から犬助が本当に喜んでくれている事は把握している。


『それで、ヒスイさん、こっちに住むかも』


 だが、犬助の続く言葉に沙織は驚きを隠せなかった。


『えっ、なんで?戻ってこないの?』

『今、ヒスイさん、手紙書いてる』


 あまり長い説明が得意ではない犬助に、これ以上詳細を聞き出すのは酷だと思った沙織は、手紙を読めばわかる事だと自分を納得させた。


 納得させたのだが……一刻も早く手紙を読んで詳細を知りたい沙織は、犬助に特別なお願いをする。


『犬助、その手紙、犬助が届けてくれないかな?犬助ならここまでどのくらいで到着できる?』

『一時間以内』


 犬助にしてみれば、目的地である沙織の気配はどこにいてもわかる。

 と同時に、強大な力を隠してはいるが、その力を持つ者が二体も沙織の近くにいるのだから、迷いようがない。


 再びヒスイの所に戻るにもマーキングをしておけば問題ないので、沙織のお願いは実行される事になった。


 ヒスイが書き上げた手紙は二通。

 沙織宛と、ギルドマスターである晋宛。


「ちょっと行ってくるよ」


 手紙を持ってギルドに向かうヒスイと、当然のようにその肩に乗っている犬助。


「これをクイナ王国のギルドに頼むよ」


 二通の手紙を職員に渡すのを確認した犬助は、能力を使ってその手紙二通とも自らの収納魔法の中に移動させた。

 その夜、ヒスイ達が寝静まったころに全力で沙織の元に移動し始めたのだ。


 当初想定していたよりも早く到着する事が出来たので、晋宛の手紙についてはさっさと晋の机の上に置いて来ている。


『ただいま』

「おかえり犬助。久しぶりだね。お疲れ様。今日は無理を言ってごめんね」


 あまりに久しぶりのために思わず声で返事をしつつも、優しく犬助を抱きしめてしまう沙織。


 嬉しそうに短い尻尾を振っているが、本来の目的である手紙を沙織に渡す。


 その中身は、要約するとこうだ。


 今までは人族の暮すクイナ王国の城下町と言う狭い範囲での活動だけで満足していたが、きっかけは微妙なものではあるものの、長旅を経験し、異国を見た事からもっと広い視野を持ちたいと思った事。


 それに、大切な友人と共に生活するのも刺激があって楽しいので、先の短い自分としては、沙織には本当に申し訳ないが、魔国リジドで生活を始めてみようと思う……とあったのだ。


 同じような内容の手紙は晋も読んでいた。


 かなりの時間ギルドに拘束され、疲れて席に戻ったところでいつの間にか置いてあった手紙。

 見慣れた筆跡である事から、直ぐにヒスイからの手紙であると判断した晋は、中身を読み進めていた。


 ただ、沙織と違って晋の手紙には、沙織の事をくれぐれも頼むと言う事と、薬草に対しての詫びが書き添えられていた。


「寂しくなるな。だけど、惰性で生きてきたあの人が自分の意思で行動しているんだ。祝ってやらないとな」


 もちろん宛先は晋になっているが、レベルCのパーティーにもくれぐれも宜しくと付け加えられているので、明日にでも健司一行にこの手紙を読ませようと決意した。

 と同時に、今沙織が住んでいる家の周辺の住民への説明も行うつもりだ。


 内容に寂しさと嬉しさを覚えていたので、勝手に入る事の出来ないギルドマスターの執務室に、いつの間にか手紙が堂々と置かれていた事には意識が向かなかった。


 疲れた体に鞭を打ち、返事を書き始める。

 晋は、ヒスイの意思を嬉しく思う事、沙織と薬草の事は何の心配もない事を必死で悲壮感を出さないように気を付けながら何とか書き上げて、明朝の便に乗せる事にした。


 もちろん沙織も似た様な手紙を書いており、その手紙が犬助によって何故か翌日の朝にはヒスイの元に届けられていたのだ。


 色々不思議な事があると思いつつも、考えても分からない事は深く考えないヒスイは、出したばかりの手紙の返事を読み終えて、安堵の息を吐く。


「沙織には悪い事をしたけど、これなら大丈夫そうだね。もしダメそうなら、一度帰って連れてこようかと思っていたからね。でも、もう少しでお前ともお別れか。今までありがとうな」


 肩にいる犬助を軽く撫でつつそう告げると、ヒスイはすっかり元気になったイルミアと共に魔国リジドの観光を行うために、イルミアの待つ部屋に向かっていた。


 そう、沙織の手紙の中には犬助は勝手に帰ってこられるから心配ないと書かれていたのだ。

 つまりは、近いうちに犬助は勝手にこの場所からいなくなる。

 もちろんヒスイは犬助が沙織の元に戻れるように、ギルドに依頼でもしようかとは考えていたのだ。


 初めての長旅を共に行動した犬助との別れはかなり寂しいが、自分で決断した事なのだから、と前を向くヒスイだった。


 そして数日後、魔国リジドの広大な土地の観光を行っているヒスイは、いよいよ宿泊込みでの観光を行う事になっていた。

 すっかり元気になったイルミアを確認した息子のリンネルは、楽しそうに行動している二人を自由にさせており、既に仕事に出ていて家にはいない。


 いつもの通りにイルミアの家の玄関前にいるイルミアとヒスイ。


 唯一違うのは、犬助がヒスイの肩ではなく、イルミアとヒスイと相対するような位置にいる事だ。


「そうかい、今日がお別れかい。今まで本当に……ありがとうな」

「犬助君。私の友達と長旅をしてくれてありがとう。気を付けて帰ってね。いつでも……あなたのご主人と共に、本当にいつでも遊びに来てね。ヒスイと待っているから!」


 既に涙を流している二人に対して可愛らしい手をピコピコと上げた後、この場をゆっくりと去っていく犬助。

 もちろん本気で移動するわけには行かないので、誰の視界にも入らない位置を目指して移動しているが、見送る二人の暖かい視線はずっと続いていた。

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