沙織の扱い
既に腕輪を受け取っていないのはこのバスの中では沙織だけ。
そして残っている腕輪は最も豪華で、Aと記載のある腕輪。
そこら中から舌打ちや、罵倒が聞こえてくる。
「性格が最悪の奴に力があるなんて、終わったな」
「私達が団結して、あんな人の影響を受けないように頑張りましょう」
正に悪に力があるのが許せないと言わんばかりのみんなの態度に、心を抉られる沙織。
自然、自分の中で唯一の仲間である三体のぬいぐるみにその手が伸びているのは仕方がない。
そこに、男が沙織の目をのぞき込み、こう発言した。
「沙織さん、あなたのレベルはFです。なので、お渡しする腕輪はありません」
言われた沙織だけではなく、クラス中が唖然としている。
そんな中、翠がつかつかと男に近づくと、男はその腕輪を翠に渡す。
この腕輪は、翠が説明していた通りに特権階級を現す意図もあるので、普段から翠は装着していた。
但し、翠の腕輪は着脱は本人の自由であるし、能力の制限等は一切ない。
「沙織さん、この腕輪は私の腕輪です。今回の召喚で何の力も得る事が出来なかったのはあなただけでした。実際にこの世界の住民は等しくレベルF。少々の力が使える者もいるようですが、せいぜい点火する事が出来る魔法程度しか使えないレベルですので、戦力としては認められません。よって、識別する必要もありませんので、腕輪もありません」
当然、クラス中が歓喜の渦に包まれる。
さんざん悪事を働いている上に、恥ずかしげもなく修学旅行にすら平然と顔を出しているように見える沙織が許せなかったのだ。
沙織に対する悪感情の元になる噂は全て誤解なのだが、悪く思われている沙織が何の力も無いと知った生徒達は、なぜか教師の愛子を含めて大笑いしていたのだ。
実際に力がない者、この世界の標準的なレベルである最低ランクのFであれば何の制御も行う必要がないので、翠としても腕輪を渡す必要がない。
知らないうちに妬みと怒りの視線にさらされた上、何もしていないのに一気に底に突き落とされた沙織。
キュっと唇をかみしめ下を向くが、何とか必死で涙を堪えていだ。
ここで涙を流しても、更なる罵倒が来る事を知っていたからだ。
沙織は、心の中で必死に唯一の味方である三体のぬいぐるみに語り掛ける。
『亀吉、私はいつもこんな扱いだよ。悲しいよ。鳥坊、君と一緒に誰もいないところに飛んでいきたいな。犬助、ふわふわの君に癒されたいよ』
そんな思いをしているのだが、事態は無情にも進んで行く。
「おぉ、何だこりゃ、これが魔法か?」
お調子者で、クラスで幅を利かせている詩織の彼である昭が、手の平から炎を出現して見せたのだ。
魔法があるとは聞いていたが、実際にその目で見ると驚きを隠せない生徒達。
すっかり沙織への悪意は忘れ、魔法や得られているはずであろう力に意識が向いていた。
散々悪意の視線や悪口で攻撃された沙織はそれどころではないのだが……
「素晴らしいですね。ですが、この場所で試すのは止めて頂きます」
翠の一言で、昭の手のひらに出現していた炎は一瞬で消えた。
もちろん翠が消したのだ。
「このような場所では事故が起きかねませんから。皆さんにはレベルに応じた訓練をして頂きますので、安心してください。では、先ずはこれから生活して頂く場所に移動して頂きます。この時点から、レベル別に行動する事になりますので、よろしくお願いします」
全員が一旦バスから荷物を持った状態でおろされるのだった。
こうしてバスの前に、腕輪に記載されているレベル別に分けられる生徒と愛子。
ここでも当然一人だけの沙織。
それぞれのパーティーには騎士らしき人物が付き添っており、レベルが高い程に付き添いの人数も多くなっているが、沙織の場所には誰もいない。
どうすれば良いのか分からないまま、翠の話を聞く。
しかし、翠の言葉はそっけない物だった。
「それでは、それぞれの騎士の先導に従って移動してください」
こうして沙織だけをこの場に残して、他の全員は移動を始める。
沙織は、鞄を胸に抱きしめる形で眉を寄せている。
「沙織さんはこちらです」
そんな沙織に対して、翠自らが案内を始めたのだ。
日本にいる時の無視や放置ではなかった事に安堵した沙織は、翠の後をついて行く。
「あなたはここで生活して頂きます」
「えっ?」
翠に連れて行かれた先は納屋。
誰がどう見ても納屋。
この世界にも納屋があるんだな~と、沙織が現実逃避をしてしまうのも仕方がないだろう。
「ここは王城の中ですから、外敵の侵入は有り得ません。安心してお休みになってください。食事については、使用人が余り物を持ってきてくれるでしょう。お手洗いはそちらです。それでは失礼します」
一切安心できる要素はないままの沙織を放置して、翠はさっさとこの場から消えてしまう。
沙織としては、暫く持ちこたえられるほどの食糧や水は鞄の中に入っているので問題ないとは思っているのだが、今後の生活に大いなる不安があったのだ。
生活環境もわからなければ、この国の立ち位置もわからない。何もかもが分からない中、ただ一人突然と孤独にさせられたのだ。
待てど暮らせど、翠の言っていた使用人の姿を発見する事が出来なかったので、仕方なく自分の鞄から食事と水分をとり、藁の上で横になる。
その視界の先には少し前までいた王城が見え、内部には明かりが灯っているのが見える。
想像ではあるのだが、沙織自身を除く面々はこれほどの扱いは受けていないであろう事は想像に難くない。
「お休み、亀吉、鳥坊、犬助。明日からもよろしくね」
返ってくる事の無い返事を期待するわけではないのだが、三体のぬいぐるみに対して優しく微笑み挨拶をする沙織。
決して無くす事の無いように、身に着けている制服のポケットに三体を入れるとゆったりと体を横たえて目を瞑る。
こうなると、周囲の音が良く聞こえてくるので、王城から騒がしい音が聞こえてきていた。
どうやらパーティーを行っているようで、恐らく自分を除く日本人が参加しているのだろうと考えた沙織は、早く意識を手放そうと、心を無にしていた。
気が付けば朝になり、慣れない環境での就寝に伴って痛む体をさすりつつ、周囲を確認する。
やはり異世界に来ていたのは夢ではなく、現実であると認識させられているこの状況。
すると、視界の先には翠が見えた。
「ああ、起きていましたか。今日からレベル別に訓練があるのです。最低レベルの貴方にも一応参加して頂きます。この世界について学ぶ事も出来るでしょう。何もせずに放逐しては申し訳ないので、最低限の知識だけは手に入れて頂きます」
勝手に召喚した上にこの言い草。だが、沙織は既に諦めているので、黙ってついて行くのだった。