由香里、昭、剛VS愛子、俊彦、千穂、正樹
沙織一行と由香里一行の後をつけていた為にこの日の鉱石採取を行えなかったレベルEの一行は、最終的な目標である収納袋の奪取も行えず、有益な情報も得られる事なく一日が終了してしまう事に苛立ちを覚えていた。
ただし彼らのその姿は街道にはなく、沙織達や由香里達に明らかにならない程度に街道から少し外れた場所にある。
そして由香里、昭、剛の三人も、目的である忠明、千尋、理沙と接点を持つ所か、悪い意味で覚えられてしまった事に肩を落としていた。
実は、今日の事が無くても沙織に対する行動を把握されており、既に最悪の感情を持たれているとは夢にも思っていない。
つまり、最悪が更に底抜けの最悪の感情にダウンしたとは理解できていないのだ。
「本当に今日は最悪よ。帰るわよ」
「「ああ」」
未だに激しく落ち込んでいる昭と剛を、半ば強引に帰路につかせる由香里。
その視界の先にはかつてのクラスメイト達であった正樹、俊彦、千穂、そして教師の愛子がいた。
「何だよお前ら。俺達は少々機嫌が悪いんだ。目障りだ、どけ!」
「クズのお仲間の敵討ちか?だったら受けて立つぜ。こっちは昭の言う通り機嫌が悪いんだ」
「そうね、私もストレス解消しようかしら」
かつての仲間に対しても、既に容赦が出来なくなっている三人。
ストレス解消で命を奪われる方はたまったものではないが、異世界で最強に近い力を手に入れて、元から持っていた僅かばかりの良心も一切なくなってしまっていたのだ。
今、レベルCの三人の前に姿を現して、危機的状況にあるレベルEのパーティーは、沙織一行と由香里達の後をつけており、何やら揉めている事は把握できていた。
男二人にはその内容までは分からなかったのだが、愛子と千穂はある程度予想がついていたのだ。
その予想を元に作戦をたて、決死の覚悟で戦闘では決して敵う事の無いレベルCの三人の前に姿を現した。
これはある意味かけだったのだ。
このまま同じような生活をしていても、何れは破城するのは目に見えている。
それであれば、一発逆転にかけてみようと決意したのだ。
「ちょっと待って、私達は何もしないわ。むしろ協力しようと思っているのよ」
既に戦闘態勢に入っている三人を愛子が必死で止める。
「お前らに協力できるほどの力はないだろうが!」
だが、昭の怒りは収まらない。
この怒りの根本的な原因は目の前に現れたレベルEからの意味不明な提案ではない。
最強である自分が必死で話しかけているのに、完全に無視を決めこまれた上にコバエとさえ言われたからだ。
「確かに戦闘ではそうね。でも、恋愛ならどうかしら?」
その言葉を聞いて、何故か由香里、昭、剛の三人の動きが止まったのだ。
昭としても、自分の怒りの原因である件に対しての助力をしてくれると提案してくれているのだから、正直願ってもいない事ではあった。
愛子を始めとした正樹、俊彦、千穂のレベルEの四人は、作戦の方向が間違っていなかった事を確信した。
そのため、愛子は慎重に話を進める。
「皆が誰を想っているかは把握しているわ。そんな中で少しあなた方を観察させてもらったのだけれど、今のままでは厳しいわね」
愛子の意見に、普段の三人ならば即ギレしてもおかしくなさそうだが、横に立ちたい相手がいるために、グッと堪えて続きを促している。
「私達が知っている情報だと、千尋と理沙と呼ばれている女性は、一緒に行動しているパーティーの健司と忠明とそれぞれ恋仲よ」
由香里を始めとした三人は、ギルドに登録してからの行動期間が短かったため、そこまでの情報は掴めていなかった。
目の前で仲良くされた事も有ったのだが、古い付き合いである為にじゃれている程度に考えていたのだ。
「じゃあ、どうすればいいんだよ?」
厳しい現実を突きつけられ、年相応の反応を示す昭。
しかし教師であるはずの愛子は自分達の欲望を優先してしまい、元教え子である三人に誤った道に進むように進言してしまうのだ。
「そこでアドバイスよ。でも、正直私達……色々と苦しいのよ。わかるでしょ?」
確かに見た目から宜しくなくなっている愛子達を見れば、苦しい生活をしているのは一目瞭然だ。
「それで、一つで良いんだけど、あなた達が持っている収納袋を貰えないかしら?」
本来は王族所縁の者達だけが持てるような高級品。
その額想定100億円以上。
だが、由香里、昭、剛にしてみれば、タダで貰った多少便利な袋など、目的の人物が手に入るのであれば手放す事に何の躊躇いもなかった。
「本当に、上手く行くんでしょうね?」
由香里の多少疑いの籠った問いかけに対して、愛子は自信満々に頷く。
既に自分達の中では対策が何も思い浮かばなかった為に愛子達に縋るしかない三人は、その提案を受け入れて、由香里の収納袋を愛子に手渡した。
「助かるわ、本当に。それで、私達があなた達よりも長くギルドで活動している情報によれば、あのレベルCパーティーは幼馴染で、二つのカップルになっているのよ。当然相手がいなくなればカップルは成立しないわね。それで……」
教師として、いや、人としてあってはならない内容の事を淀みなく説明して行く愛子。
「それと、詩織さんの相手はギルドマスターでしょう?」
日本にいた頃に詩織と交際していた相手である昭は、詩織の想い人が自分ではないと聞かされても動じない。
自分も既に詩織に気持ちはないからだ。
「流石にギルドマスターは現場には中々でないから、直接的な接触は出来ないのよ。だから、全員同時に対応するわけには行かないけど……」
「……上手く行くかは分からないけど、私達じゃ何の案も出てこないのは事実だから、助かるわ。じゃあもう行くわね」
愛子からの作戦を聞いた由香里、昭、剛の三人は、レベルEをこの場に残してさっさと王城に帰還する。
「ふ~、上手く行ったわね」
「流石は先生!お疲れ様」
「で、どうする?この後は自己責任と言っても、もし上手く行かなかったら、あいつら絶対に俺達を攻撃するだろ?」
「正樹の言う通りだ。俺はさっさとこんないかれた国を後にするのが良いと思うぜ。黙ってこの場に留まって、いつの間にか意識が無くなるなんて勘弁してくれ」
残された愛子達レベルEは、今、正に命の危険すらある作戦をやり遂げて手元には収納袋がある事から、これからは人並、いや、人並み以上の生活ができる事に安堵していたのだが、今後の展開によっては継続して命の危険に晒される事も理解している。
愛子が伝えた作戦実行には多少の時間が必要になるので、その間に安全な場所に避難する事にしたのだ。
事態が好転したレベルEはかなり疲れてはいるのだが、その足取りはかつてない程軽い物だった。