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沙織、現実を知り、自分を知る

 沙織の言葉には逆らう事は出来ない三体。

 意を決して、長兄である亀吉が沙織に向き合う。


『えっと、実は……』


 こうして、随分とはしょられて説明されていた龍との戦闘の詳細を話し始めた亀吉。

 もちろんレベルEの半数がいなくなり、レベルDが全滅している事も伝えている。


 更には、この龍を設置したのはアーム王国である事、この戦闘の基本作戦を考えていたのは、バスの中で会った翠と修一である事、そして詩織達はレベルEを囮にして龍を倒した事までもが伝えられた。


『そうなの。わかったわ。それで、詩織達はこの先にいるのね?』

『うん、そう』


 恐る恐る沙織の顔を覗き込む亀吉と残りの鳥坊、犬助。


『フフフ、大丈夫よ、怒ってなんかいないわよ。それに、あの人達は残念だけれど、何故か悲しいと言う気持ちは湧いてこないの』


 沙織から怒られなかった事が嬉しかった三体は、ぴょんぴょん飛び跳ねる。


「おやおや、どうしたんだい皆。何か良い事でもあったのかい?」


 沙織との会話が聞こえていないヒスイが、突然飛び跳ね始めた三体を見てほほえんでいる。


「振動が無くなっていますね。安全になったのかもしれませんから、街道に戻ってギルドに行きましょうか」


 事実を伝える事無く、ヒスイと共に街道から城下町に戻る為に移動する二人。

 その遥か先、街道から少々外れた所には、詩織と宗次のパーティー、そしてレベルEのバーティーの生き残りがいる事は、亀吉の説明で理解できていた。


 しかし、一切関係のない赤の他人のために自分とヒスイが足場の悪い道を態々進むつもりにはなれなかったのだ。


 沙織の中で何かが大きく変わっていた。

 いや、既に変わっていたのだが、その変わった事実を認識したと言うべきか。


 亀吉から告げられた衝撃的な事実、かつてのクラスメイトの内、かなりの人数が既に存在していない状態になってしまったと言う事を聞かされても、悲しい気持ちが湧いてこなかった事に気が付いたからだ。


 今までの愛子を含むクラスメイトの沙織に対する態度は、詩織に騙されている事がきっかけであったにしても、一切真実を確認する事なく完全に無視するか、輪をかけて露骨に嫌悪感を出した態度で接してきていたのだから、そんな人物がいなくなっても痛む心は無くなっていたのだ。


 仮定ではあるが、ヒスイがその立場、龍によって被害を受けていたならば……沙織は立ち直る事が出来なくなっていたのかもしれない。

 あれ程の劣悪な環境にありながらも、沙織はとても優しくて素直な心を持っていたのだ。


「どうしたんだい、沙織?なんだか少しピリピリしているようだけど……振動が無いから安全だと思うよ?」


 沙織の微妙な心の変化が態度に出ているようで、共に歩いているヒスイには気が付かれてしまった。だが、それは龍に少々怯えているせいだと思われていたのだ。


「あっ、すみませんヒスイさん。大丈夫です。フフ、そうですよね、私にはヒスイさんがいるし、亀吉、鳥坊、犬助がいるもん」


 ヒスイとしては沙織の言っている事が良く分からないが、何やら自分を良く言ってくれているという事だけは理解できたので、優しく沙織の背中を叩いていた。


 自分と同時に召喚された他の召喚者に対する気持ちを確認した沙織は、気持ちを新たに、ギルドを目指す。

 そしてついに、龍の亡骸の近くまで来た。


 そこで、龍を珍しそうに眺めていた詩織と宗次のパーティーとは違い、仲間がいなくなったために埋葬準備を始めていた正樹と愛子のパーティーの生き残りと目が合う。


「お前、なんで無事でいるんだ?お前さえ囮になっていれば、こいつらは死なずに済んだんだぞ!」


 突然正樹が叫び、俊彦と共に殴りかかってきた。

 レベルFの沙織には避ける事も出来ない攻撃なので、傍で見ていた愛子と千穂は、沙織が吹き飛ばされる事を期待して見つめていた。


 正樹の大声に反応した詩織と宗次のパーティーも、物珍しそうに沙織を見ていたのだ。


 だが、この場にいる召喚者の期待、予想とは裏腹に、沙織には正樹と俊彦の攻撃は届かなかった。

 それどころか、二人が詩織と宗次のパーティーの近くにいる龍の亡骸付近まで吹き飛ばされたのだ。


 沙織を見ていた詩織と宗次の高レベルのパーティーですら、何が起きたか分からなかった。


 龍に若干埋もれる様な状態で痙攣している正樹と俊彦。


『沙織、許可なく攻撃して悪いな』


 今回攻撃したのは鳥坊らしい。


『えっ、ありがとう。びっくりしたけど……あの二人って、生きているのかな?』

『沙織の許可を取らなかったから、致命傷は与えていないぜ』


 どうやらかなり手加減してくれたらしい。

 残りの亀吉と犬助は若干冷静だったようで、沙織とヒスイの防御に力を使っていた。


「沙織、あんたレベルFのクズの分際で、何をしたの?」

「そうよ、また何か汚い手でも使ったのかしら?」


 詩織と由香里が現実を理解できずに、沙織にきつく当たる。


 今回の召喚者の人族の中で最高レベルである詩織と宗次が、今までの訓練の中で攻撃を理解する事が出来なかったのはレベルAの翠が手本で見せてくれた魔法だけ。

 レベルCのメンバーでさえ、ほとんどの攻撃は視認する事が出来ていた。


 自分達は、翠と修一を除けば間違いなく最強だと思っている詩織と宗次のパーティー。

 ほんの少し前には龍すら倒す事ができたのだから、その思いは確信に変わっていたのだ。


 龍と真面に戦って、レベルB二人が最強戦力である一行がこの人数で勝てる訳はなかったのだが、怒りに我を忘れている龍に対して囮作戦が完全に嵌り、無防備の背後に集中攻撃を行う事が出来ていたことが勝因ではある。


 実際に遠距離から詩織達と龍の戦闘を監視していた翠と修一は、高レベルの召喚者が危機的状況に陥った場合、二人で同時に龍を始末しに向かう予定だったのだ。

 

 二人同時に行動する事で戦力が上がるので、龍に対応する時間を極限まで減らし、王都不在の時間を短くする作戦だった。

 龍が出てきた時点で詩織達には倒せないと判断はしていたが、多少のダメージを与えてくれていれば、王都離脱の時間が短くなるので助かると思っていた。


 その思いは良い方で裏切られ、詩織達の極悪非道な作戦によって龍はあっけなく始末された。


 どのような手法であれ結果は結果。


 詩織達の目の前には、既に動く事のない龍が横たわっているのだから、彼女達の確たる自信になっているのだ。


 だが、ここにいる誰もが、今目の前の吹き飛ばされた二人に対して加えられた攻撃を理解する事が出来なかったのだ。

 レベルAの翠や修一は、龍に対してのまさかの勝利を収めた時点で、監視を外している。


「沙織、大丈夫かい?こんな連中は放っておいて、さっさとギルドに向おうか」

「は、はい」


 沙織が亀吉との会話を行っている為に無言になっているのを、同郷の者達の悪意に晒されて言葉が出ないと勘違いしたヒスイは、半ば強引に沙織の手を取りこの場を離れた。

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