沙織とヒスイとレベルE(3)
ヒスイだけではなく、受付からも認めて貰えた事に喜びを爆発させる沙織をよそに、つかつかと不機嫌そうに近づいてくる正樹を始めとするレベルE一行。
正樹としては、目の前で薬草を納品している沙織は確実に不正をしており、自分がギルドのために一肌脱ぐつもりだったのだ。
「おい、クソ女。お前、今日は何もしてねーだろーが。いつもみたいに何か汚ねー事でもしたんだろ?素直に白状しろや!」
突然暴言を吐かれて、何と答えて良いのか分からない沙織。
その姿をみて完全に無視していると判断した正樹は、更に怒りのボルテージを上げる。
「だ・か・ら、クソ女!聞いてんのかよ?お前、家を出てからひたすら歩くだけで、薬草採取なんで一切してねーだろうが!」
「そうですよ。全く。いつの間に手に入れたのかわかりませんが、ここにいる私達全員が証人です」
勢いのある正樹につられ、愛子も正樹の発言を肯定すると、共にいるレベルEの全員が悪意ある笑みを浮かべながら愛子の発言を肯定する。
「そこのババァにも、闘技場の近くで伝えたよな?こいつは身内にすら見捨てられるほどの悪女だ。どうせこいつの事だ。何かギルドを騙して楽に稼げる提案でもしたんだろ?そんな提案に乗るお前も、バカだな」
最後はやはり正樹が止めを刺しに来た。
この会話を聞いて、沙織は下を向いて震えてしまう。
悔しい事もあるが、ヒスイを巻き込んでしまった事による悲しさからだ。
それに、有り得ないとは思うが、ヒスイが正樹たちの妄言を信じてしまうかもしれないと言う、かすかな不安もあった事は否定できない。
そんな沙織は、肩にいる三体のぬいぐるみから激しい怒りの感情が溢れている事に気が付いた。
落ち込んでいる自分ですら気が付いているのだから、周囲も気が付いているのだろうと思い、慌てて三体に落ち着くように伝える。
実際に三体は、レベルEの全てを粉砕してやりたい気持ちを必死で抑えていたのだ。
なぜならば、ヒスイの護衛を交代で行っていた時に聞いたギルドの情報、ギルド内での戦闘は厳禁と言う決まりを破り、沙織に迷惑をかけるわけには行かないと思っていたからだ。
そんな時、隣にいるヒスイから優しく背中を叩かれてそちらを見ると、いつも通りの優しい笑顔で沙織を見つめてくれていたのだ。
ぬいぐるみ三体の感情には気が付いていないようだったので、少し安心した沙織。
逆に沙織と目が合ったヒスイは、視線を沙織から外して正樹を見ると、そのにこやかな表情を一変させて怒りの表情のまま反撃した。
「何を言っているんだい、このはなたれ坊主。それに、そこのあんた、年齢がこいつらよりも少々上の様だけど、本来はそんな立場の者が冷静に常識ある行動を取らせるように指導するもんじゃないのかい?にもかかわらず、諫めるどころか更に煽るとはどういう了見だい?」
名指しを受けた正樹と愛子。
愛子はヒスイの指摘通り、本来は生徒達を導く立場にあるのだが……
「それに、この私が保証する。今日この沙織は、一日中必死で薬草を採取していた。それに引き換え、何だいあんたらは?人に文句を言う暇があったら、依頼の一つでもして見せな!そもそも、家の前から態々ここにいる全員で雁首揃えて私達をつけてきたのかい?気持ち悪いったらありゃしないよ。恥を知りな!」
怒りのヒスイに続いて、薬草を受け取った受付も追撃する。
「この薬草、確かに今日採られた物ですよ。一日経つと、流石に品質は劣化しますから。ですから、ヒスイさんの言っている事は事実ですね」
受付からもこう言われては、何も言い返す事が出来なくなっていた正樹と愛子を始めとしたレベルE。
「あなた方パーティーは、今日は依頼を受けていないようですね。失礼ですが、今日の宿代、大丈夫なのですか?」
更に現実を突きつけられる二つのレベルEのパーティー。
最近は手取りが少々増えていた事も有り、余剰金を遊技施設で使ってしまったばかりなのだ。
既に時刻は夕方になっており、今からいつもの鉱石採取依頼を受けても、帰ってこられるのは深夜になる。
そもそも夜の森は、昼とは種類の異なる獣が跋扈している事は誰でも知っており、危険度が跳ね上がるのだ。
当然今更依頼を受ける事は出来ない。
「クソ、行くぞお前ら!」
正樹が全員を引き連れてギルドから出ようとする。
「待ちな!」
そこに、丁度ギルドマスターである晋と話に来ていたガイラス討伐を引き受けていたレベルCのパーティーが現れる。
「俺達はレベルCの冒険者パーティーだ。俺はリーダーの健司、こっちから忠明、千尋、理沙だ。で、今の話を聞かせて貰ったが、全く言掛かりも良い所だな。お前ら、冒険者登録の際に教わらなかったか?ギルド内でも揉め事は厳禁だ」
明らかに桁の違う強さを漂わせながら、威嚇するように四人の冒険者パーティーが正樹達レベルEのパーティー二組に近づいていく。
それも、無駄に凶悪な笑顔を向けながら。
「もう一つ追加で教えておいてやる。そこのヒスイさんにはな、俺達は返しきれない借りがあるんだ。そんな人を馬鹿にされて、このまま見過ごすわけには行かないな。だが、ギルド内での争いは厳禁。フフ、わかるか?ギルドの外では問題ないという事だ。さっ、何時までもここにいては迷惑になる。一緒に行こうか?」
リーダーである健司の微笑みに、完全におびえてしまうレベルE。
もちろんその姿を理解しつつも、同じパーティーの忠明がヒスイと沙織に優しく話しかける。
「ヒスイさん、何かあったら俺達に言ってくださいね。それと沙織ちゃんで合ってるかい?ヒスイさんの信頼を得ている人なら俺達の仲間だ。君も何かあれば遠慮なく俺達を頼ってくれ。それじゃ俺達は野暮用があるから、これで失礼します」
深々とヒスイに向かってお辞儀をする冒険者パーティー。
その後は、何かを言いたそうにしつつも怯えているレベルEのパーティーと共にギルドを後にしたのだ。
「さっ、今日は本当にお疲れ様でした。あっちの事は心配いりませんから。今日は初めての作業で疲れているでしょう?帰ってゆっくりしてくださいね」
何も無かったかの様に受付ににこやかにそう言われて、ヒスイと共にギルドを出る沙織。
ギルドをでて周囲を見回しても、既に正樹達の姿を見つける事は出来なかった。
その頃の正樹達は、ヒスイを馬鹿にされた事に怒り心頭の冒険者パーティー四人によって、物理的に男女関係なく容赦なくボコボコにされていた。
とはいえ、ある程度はわきまえているので、命に別状はないレベルで……だが。
帰宅した沙織は受付に言われていた通り、思った以上に疲れていたのかソファーに座ってウトウトしている。その姿を優しく見つめて、ヒスイはそっと布団をかけてやるのだった。
沙織が夢の中にいる頃、正樹達への教育的指導を終えた冒険者パーティーは沙織が正達樹に絡まれていた際に三体のぬいぐるみが発した殺気を感知していた話をする。
「おい忠明。お前、ギルドでの殺気、気が付いただろう?」
「当然だ。一瞬で消えたがな。だがあの殺気、明らかに桁の違う強さがあった」
「だが、どこから出た殺気なのかまでは分からなかったな。まっ、少なくともこいつらからではない事は間違いないな」
目の前で涙ながらに揃って土下座している正樹一行を見ながらレベルC冒険者パーティーの一人である健司は呟き、つまらなそうに正樹達を一瞥すると、四人共にこの場を後にする。残されたのは、怒りと情けなさに打ち震えている正樹一行だけだった。