閑話…実地訓練
レベルEとレベルFの沙織が辞退して王城から出て行く事になったきっかけである、訓練の一環の実地訓練。
レベルDの五人、玲子、桃子、葉月、雄二、仁志は、身の危険があると告げられて決断できずにいたのだが、騎士からこう告げられて参加する事を決意していた。
「皆さん、今回の対象の獣は、我々で言う所のレベルEの獣です。皆さんのレベルであれば全く意に介さずに始末する事が出来ますので、危険は一切ありませんよ」
戦力として保管しておきたいレベルDを離脱させないために、騎士が詳細を教えてくれたのだ。
それ以上のレベルであるレベルBやCについては、今の素晴らしい生活を手放す事は有り得ない事、そして自分達の力を信じ切っているので、実地訓練を受ける事にしていた。
こうして、レベルEの一団とFの沙織を放置して、翠と共に移動する。
少し前までいた広場と似た様な広場に移動すると、翠が口を開く。
「皆さん、これからパーティー毎にそれぞれ別の場所で行動して頂きますが、現れる獣のレベルは同一です。その獣に対しての攻撃方法、探査方法等を学んでいただきます。基本的には騎士達の指示に従って頂ければ何の問題もありません。ではよろしくお願いします」
またいつもの通り、さっさとこの場からいなくなる翠。
既に慣れたもので、残された召喚者達はパーティー毎に固まって次の指示を黙って待っている。
それぞれのパーティーに騎士が近づき、別の場所に向かって歩き出す。
だが、詩織を始めとした昭、由香里、剛のパーティーには騎士ではなく、バスの中で腕輪を渡した男が近づいたのだ。
「皆さんお久しぶりです。今更ですが自己紹介をさせて頂きます。私はこのクイナ王国の宰相の長男、修一と申します。翠と同じく、母が召喚者、日本人です」
この修一、翠と同じくレベルAだ。
もちろん腕輪を視認できている詩織達も、その程度は把握している。
ではなぜこのパーティーにだけ騎士ではなく、修一が付いたのかと言うと、クイナ王国の本気度としか言えない。
本来はもう一人のレベルBである宗次と同じパーティーになって貰うのがクイナ王国としての理想だったのだが、こればかりは仕方がない。
無理強いをして軋轢を生むと、結果的に戦力の低下になりかねないと、日本人の母からアドバイスを受けていたのだ。
そして、両レベルBのパーティーを比較した結果、やはり人数もあって、より高みを目指すために補強すべきは詩織達のパーティーと判断したのだ。
レベルAがもう一人存在すれば宗次達にも同行させたのだが、クイナ王国のレベルAはこの二人のみ。
結局は人材不足であり、止むを得ない判断だ。
因みに、他国もレベルAは一人か二人しか存在していないので、相当貴重な人材である事は分かる。
こうして、各パーティーが騎士や修一に従って門を潜って森に入っていく。
レベルDを引率している騎士は二人になっており、一人は現場の案内に重きを置き、二人目は、レベルD相当の獣の対処を行っていた。
実地訓練はレベルEの獣で行う予定であり、道中に遭遇する可能性のある同等の力の獣と戦闘させては、恐怖心が植え付けられる可能性があり、この配置になっている。
時折後方の騎士が突然いなくなる事に気が付いているレベルDの一行だが、先頭の騎士に周囲の警戒に当たっていると言う説明を受けて安堵していた。
残りの二つのパーティーにはレベルBが存在している上、残りのメンバーもレベルCである為、道中のレベルD相当の獣すら実地訓練の対象になっていた。
全員……普段横柄な昭でさえ、初めての獣への攻撃は緊張していたようで、敵に致命傷を与える以上の力で攻撃をしてしまっていた。
日本では命を懸けた戦闘経験等を行える訳はないので、ここは仕方がない。
それぞれ訓練の場所が異なっているとは言え、力の加減ができない状態で放たれたレベルBやCの攻撃が行われていたので、それぞれのパーティーは時折遠くから轟音が聞こえて来る事になっている。
だが、数発も打つと、目の前に現れる獣は脅威ではないと判断できるようになったのか、魔法の威力、種類、更には体術を使った攻撃まで出来るようになっていた。
騎士や修一のフォローがあったおかげで、一日で明らかに自分達の力量が大きく上がった事を実感できていた召喚者達。
城に戻ってからも、魔法に対する独自の訓練を行う程に意識は高まっていた。
そんな中、クイナ王国最高戦力であるレベルAの二人は、対面して会話をしていた。
「翠、あの連中。思った以上に呑み込みが早かった。あと数回獣相手の訓練を行えば、実戦に配備しても良いんじゃないか?」
「そうね。でも、レベルBが二人召喚できた情報を制限しなかったでしょ?そのおかげで、こっちに喧嘩を売ってくる国が無くなっちゃったのよ」
平和になる事は良い事なのだが、少し残念と言わんばかりの態度の翠。
「じゃあどうする?このまま戦力を上げて放置するのか?」
「そんな馬鹿な事するわけないじゃない。とりあえずは、以前アーム王国に奪われた東のエリアを取り返すわよ」
「じゃあ、あの連中の実戦は対アーム王国で決まりだな」
「そうなるわね。レベルDは多少いなくなっても構わないわ。確かあそこの防衛は、レベルCが少しいたかしら?」
まるで存在が消えても全く問題ないかのように言われているとは思いもよらないレベルD一行。
実際はレベルDだけではなくレベルBの詩織や宗次ですら、翠や修一にとっては手駒の一つに過ぎないのだ。
「もし、アーム王国の唯一のレベルA,宏美が出張ってきたらどうする?」
「私達が行かなければ、あんな連中は瞬殺されるでしょ?せっかく上位レベルが育ったのだから、流石に放置はできないわ」
手駒であるが故、レベルD以外は簡単には放棄できないと判断している翠。
そして、この意見に完全に同意する修一だ。
実際には、レベルAが二人赴けばアーム王国側の最高戦力のレベルAである宏美と対峙する事は無いと確信している。
同レベルの二対一。アーム王国もむざむざ最高戦力を犬死にさせるつもりはないはずだからだ。
しかし、現実的に翠と修一が二人で出向くと、自国の防衛に問題が出る。
不在の間に王都を荒らされる危険があるからだ。
当然最高戦力の二人が遠征したとなると、間者によって他国に情報が漏れる。
逆にその隙に、アーム王国の宏美がクイナ王国の王都に攻め込まないとも限らないのだ。
結果的には、今回の召喚者だけで領地を取り戻す他ないだろうと判断していた。
修一の想定通り、数回の実戦を行うと、召喚者である生徒達は相当な実力を得る事が出来ていた。
生徒達もかなりの自信がついているようで、毎日のように修練場で独自の修行を行っているのが見られるようになっている。
その姿を確認した翠と修一は、ほくそ笑んでいた。
生徒達がどれだけ必死に修行を行ったとしても、今回遠征する予定のアーム王国に奪われた領地奪還の際に、敵側のレベルAである宏美一人に手も足も出ないのは明らかだからだ。当然自分達にも歯が立たないであろう事は理解している。
そのような事実を知らずに、初めて得た不思議な力を制御できるようになり、喜び勇んで修練しているのだから、元からこの世界で産まれて生活をしている二人にとって彼らは非常に滑稽に映ったのだ。
だが、クイナ王国の貴重な手駒である事には間違いないので、修練を行うこと自体に対しては否定するつもりは一切なかった。