ギルドの調査
四人のパーティーは、所持していた回復薬で全員が回復した後に、周囲を最大限警戒しつつも、ガイラスだった物体の調査を行っていた。
警戒している理由は、理解できないレベルの魔法を行使した目的がガイラスだったのか、自分達を狙って逸れたのかが判断できなかったからだ。
とは言え、このレベルの魔法を行使されてはどれ程警戒しても無駄だとはわかっているのだが、警戒せずにはいられなかったのだ。
「健司、これは……狙いがそれたとは考えにくいのではないか?」
パーティーの一員である忠明が、ガイラスの周囲を見てそう判断した。
全ての冒険者が、周囲一帯が真っ白になる程の過激な魔法が行使されたのは理解している。
だが、その被害はガイラスだけに留まっていたのだ。
数センチ離れた場所は何の被害も無い。
つまり、これ程強大な魔法を局地的に制御できる何者かが、明らかにガイラスに狙いを絞って攻撃したと言う推論が正しいと思わせる状況になっていたのだ。
もう一つ、かなりの時間を回復とガイラスの調査に要しているのだが、追撃が行われる気配が一切ない。
万が一自分達を狙った物であれば、追撃があって然るべきなのだ。
「確かにその通り……かもしれないな」
だが、あまりにも理解できないレベルの攻撃であるので、未だに確信が持てないリーダーである健司。
実はこの男、とある機会に、最高戦力とされているレベルAである翠の全力と思われる魔法を見た事があるのだが、今回の攻撃に使われた魔法は、それすら遥かに凌駕する魔法である事は体感で間違いないと思っていた。
そうなると、この攻撃を放った者はレベルSである事が確定する。
未だかつて存在した事が無いレベルS。
そんな化け物にとっては、雑魚と言っても問題ないガイラス如きを攻撃したのかが分からないのだ。
しかし、結果的には依頼は達成できた。
消し炭になったガイラスを魔道具に収納し、ギルドに帰還する。
「おい、随分と早かったな。見かけは……相当苦労したようだが、どうした?何かトラブルで一時撤退か?」
冒険者一行の有り得ない時間での帰還に驚いたギルドの職員。
冒険者の姿を見ると、かなり激しい戦闘が行われた事は一目でわかる。
「いや、幸か不幸か、依頼は達成した」
「おい、すごいじゃないか。お前ら、相当強くなったんだな」
あまりにも早い依頼達成、そして回復薬を使った事は分かるのだが、致命的な傷を負っていなさそうな姿を見て職員は嬉しそうにしている。
冒険者の力が増す事は、町の者達の安全向上に直結するからだ。
「いや、そうじゃない」
喜ぶ職員をよそに、冒険者の男はガイラスの死骸を魔道具から取り出す。
その姿はかなりの巨体だが、普通の攻撃ではなく完全に黒焦げになっている。
つまり、物理攻撃ではなく、魔法攻撃で仕留められた事を意味する。
「おい、ガイラスの大きさもビビったが、こいつは魔法にも強かったはずだ。それを丸焦げ?何をした」
瞬間にはしゃいでいた職員の表情が変わる。
流石はプロだ。
「だから言っただろ、俺達が強くなったわけじゃないと」
訝しい表情をしている職員に、健司は続ける。
「俺達にも良くわからないんだよ。全員必死で戦闘したが、前回と違ってあっという間に劣勢に追い込まれた」
この職員が、あまりにも冒険者達の帰還が早いと判断したのは、前回と比較していたからに他ならない。そして前回の戦闘は、一昼夜継続して行われていたのだ。
それを、あっという間に劣勢になったと伝えて来るのだ。
しかし、ガイラスの亡骸の大きさを見れば、とんでもない強さを持っていた個体である事は容易に推測できるので、事実であろうと判断して、続きを促す。
「もう駄目だと思った時に、目の前全ての景色が真っ白になった。そして気が付けばこの状態のガイラスがいた。だが、あの魔法は明らかにこいつを狙っていた。その証拠に、周囲には一切二次被害がなかったからな」
「はぁ?こいつの魔法耐性を突き破ってここまで黒焦げにする魔法で、二次被害がない?確認したのか?」
職員が驚くのも仕方がない。
「ああ、よく確認した。お前の気持ちも良く分かる。俺達もこの結論に達するまでに相当な葛藤があったからな。それで、最終的な結論だが、俺達はこの魔法を放った者の意図は分からないが、間違いなくその者はレベルSだと確信している」
思わずゴクリと唾を飲んでしまうギルド職員。
だが、目の前にその事実を突きつけられているのだ。
ここまで巨体になったガイラスを見た事も無ければ、ガイラス自体がここまで黒焦げになるのも見た事も無い。
それに、目の前のパーティーは召喚者の血を引くレベルCの一行。
互いに信頼しているし、嘘をつく訳がないのだ。
「こいつは、薬草採取場の方向に逃げようとしていた。その時に攻撃が来たんだ。ひょっとしたらだが、薬草採取場にいる誰かを守ろうとした何者かが攻撃をしたのかもしれない」
暫く考え込む職員。
「だが、レベルSか。軽々しく報告は出来ないな。世界情勢が変わる。もしそんな者が存在していたら、どの国家も血眼になって引き入れようとするだろうな」
肩をすくめる冒険者。
この冒険者の親は日本人で召喚者ではあるのだが、三十年前の遊技施設のトラブル時に、問題行動を起こした日本人を止めようとした者達の子供だ。
それ故、正直平和に対しての思い、市民に対する思いはあるが、国家に対しての忠誠や思いは無かったのだ。
そこに現れたと思われるレベルS。
丁度新たな召喚が行われた後なので、召喚者の中にレベルSが隠れている可能性も捨てきれなかった。
現時点で仕入れている情報では最高レベルはBだと聞いているが、素行は良くないと聞いている。
仮に偽装してB以下にしているならば、自分達ではその者が悪意ある行動を取っても、市民は守る事は出来ないと思っていたのだ。
そもそもレベルSなどは見た事も聞いたことも無い強さだ。
偽装もどこまでできるのか、本当の全力の攻撃はどの程度なのか、何も分からない。
不安だけが募っている冒険者だが、その表情を見て察したギルドの職員は、一先ず調査する事を決めた様だ。
「わかった。まずは今の時点であの薬草採取場にいた者から調査を始めよう」
こうしてギルドによる調査が行われる事になった。
残念な事に、対象の時間に薬草採取を行っていたのはヒスイだけなので、ギルドに薬草を納品した直後に聴取が行われる事になってしまった。