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自由な沙織と制約のあるレベルE(3)

 遊技施設の目の前の家がヒスイの家であり、その中に沙織は隠れていた。

 もちろん正樹達の声は聞こえてきているし、女性の苦しそうな声やヒスイの声も聞こえていた。


 思わず扉を開けて姿を晒したくなっていたのだが、ヒスイから絶対に、何があっても外に出るなと厳しく言われていたのだ。


 やがて喧騒は収まり、ヒスイが戻ってきた。


「ヒスイさん、ごめんなさい、私のせいで……苦しそうな声を出されていた女性の方にもお詫びをさせて下さい」


 今にも泣き出しそうな表情でヒスイを見つめる沙織。


「その必要はありませんよ。本当に、ヒスイさんの言っていた通りの方ですね。貴方とあの連中とは全く別人、何の係わりも無いのです。貴方が気に病む事等、何一つありませんよ」


 そのヒスイの後ろには、正樹に吊り上げられていた女性がおり、優しく沙織に話しかけていたのだ。

 ヒスイが、今回の一件で沙織が気に病んでいるだろうと思い、女性を自宅に連れてきたのだ。


「本当にごめんなさい。私の……同郷の者達が……」

「フフフ、繰り返しになりますが、あなたが気に病む事はありませんよ。貴方は召喚に巻き込まれただけ。むしろ私達の国家が行った事なので、こちらが謝罪するべき立場なのですから」


 沙織の人柄か、直ぐにこの女性とも打ち解けた事によって遊技施設近くの住民に対しても完全に受け入れられた沙織は、いつものように布団の中で三体のぬいぐるみに話しかける。


「ねぇ亀吉、鳥坊、犬助。私、日本にいるよりも、今この場所での生活の方が幸せだな。素敵な人に囲まれて生活するのが、こんなに楽しいとは思わなかったよ。レベルEの人達と会わないようにするのは少し大変だけど、幸せだからあまり苦にならないと思うんだ」

『そうだね、今の沙織は幸せそうだから僕達も嬉しいよ』

『本当だぜ。俺もこの辺の住民には沙織と同じく幸せになって貰いたいぞ』

『自分も同意する』


「……えっ?」


 突然頭に三種類の声が聞こえた沙織。

 思わず手元にある三体の自作のぬいぐるみに視線を移す。


 お世辞にも販売できるレベルの出来栄えではない三体のぬいぐるみは、沙織の視線を受けると勝手に動き出したのだ。


「……えっ?」


 完全に語彙力が無くなった沙織を尻目に、三体は自己紹介を始める。


『まずは僕、三兄弟の一番上の亀吉。僕達三兄弟は、沙織と共に異世界に来た時に自我が芽生えて、力も得たんだ。人間と違って、力が定着するのに時間がかかっちゃったから、今まで話しかけられなかったの。ごめんね。でも、少し前から出来るだけ沙織を守ろうとしていたんだよ?藁で寝ても疲れなくなっていたと思うし、体調も悪くならなくなったでしょ?』


 確かに亀吉の言う通りに沙織の体調は悪化する事なく、藁の寝床でも疲れが取れるようになっていた。

 慣れによるものだと思っていたのだが、実は三体のぬいぐるみによる助力だったのだ。


『次は俺だ。次男の鳥坊だぜ。俺達の力はこの世界で言う、レベルって言うのか?お互いに鑑定したからわかるけど、レベルSだ。これからは俺達が沙織を守るから安心してくれな』

『自分、三男の犬助。日本で言う所の忍犬と思って貰えれば』


 勝手気ままに動き、頭の中に直接話しかけてくる三体を前にして、この世界の最大の恩恵を受ける事が出来たと涙に濡れる沙織。


 レベルSはこの世界に存在せず、仮で想定されている最大戦力だ。

 そんな戦力を持っていると告げられた沙織だが、意識はそこには向いていない。

 只々、三体と会話できるようになった事が嬉しいのだ。


『え、沙織、どうしたの?』

『亀吉!何か沙織は攻撃を受けているのか?俺には何も感知できない!犬助、周囲の警戒!』

『ム、いや、沙織に異常状態はなさそうだ。安心した』


 目の前でチマチマ慌てるように動く三体を、涙を流しながら優しく抱きしめる沙織。


「ううん、心配かけてごめんね。皆と話せて嬉しいの。ずっと、本当にずっと、日本にいた頃から唯一の家族だったから。私、本当にこの世界に来られて幸せだよ」


 三体のぬいぐるみは、沙織の心情を痛い程理解しているので、されるがままになっている。


 暫くして落ち着いた沙織。

 再び三体と対峙するような位置で互いに話をする。


『この会話、僕達と沙織の間だけしか聞こえないようになっているんだ。もちろん力を使えば、他の人にも意思は伝える事は出来るよ』

『ま、沙織はレベルFと言うのは間違いないから、どんな時でも俺達の誰かが最低一体は傍にいるからな』

『自分達、大きさも変えられるし、沙織の体に移動する事も出来る』


 最後の犬助の言葉と共に、三体は沙織の目の前から消えた。

 だが、頭に響く声はそのままだ。


『沙織、両手の平を見て!』


 頭に響く亀吉の声の通り、沙織は自分の両手の平を見つめる。

 そこには、かなり小さい状態になっている亀吉と鳥坊の姿が、まるで入れ墨?のようになって存在していたのだ。


『自分、額の上、髪の毛に隠れる位置にいる』


 沙織自身では直接見えない位置に犬助はいる様だ。


「えっと、皆、このまま手を洗ったり、頭を洗ったりしても大丈夫なの?」

『フフ、沙織は面白いね。僕達はある意味特別な存在だから問題ないよ。それに、食事もいらないし。ずっと沙織の傍にいるからね!』


 ここ数日で、人や家族の純粋な優しさに触れる事が出来ている沙織は、胸がいっぱいになる。


「ありがとう、皆」


 言葉は少ないが、本当に心の底からの想いを告げた。


 三体は、日本にいた頃の記憶も持ち合わせていたので、沙織がどれ程辛い思いをしてきたかを知っている。

 そのため、今の沙織の少ない言葉の中には、沢山の感謝と親愛が含まれている事は理解できているのだ。


 再び沙織の前に現れた三体は、優しくポスポスと沙織のあちこちを叩いていた。

 その夜、沙織が完全に寝静まってから三体は個別に相談をしていた。


『亀吉、クラスのクズ共どうする?』

『僕としては、沙織の生活の邪魔になる時点で完全排除かな?』

『自分も賛成』


 そう、今後沙織の生活の害になる可能性があるクラスメイトの話だ。


『ま、そんなところだろうな。でもな、俺はあの詩織とか言う奴だけは許せねーぜ』

『僕も鳥坊に賛成だね』

『自分、今から行こうか?』


 多少暴走気味なのだが、沙織を何としても守ると言う意志を改めて確認した三体。

 当然その日に、犬助が特攻する事は無かった。


 残りの二体に止められたのだ。

 沙織の意思を確認してから行動するようにするべきだ……と諭されて。


 沙織の名前を出されては、この三体、誰も否定をする事はできないので、知らないところで三体に敵だと認識されている詩織は、命拾いをしていたのだ。

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