おにぎりから生まれるはずだった○太郎
昔々、ある所に、お爺さんとお婆さんが住んでおりました。
お爺さんは山に柴刈りに、お婆さんは川へ洗濯に向かいました。
お婆さんが川で洗濯をしていると、上流から大きなおにぎりがどんぶらこ、どんぶらこと流れてきました。
「おやおや? あれはおにぎりか? なんとまあでかいおにぎりだ」
お婆さんは着物が濡れるのも厭わずザブザブと川の中へと入り込み、腰を落として両手を広げ、おにぎりを受け止める体勢を取りました。
「さあ来い!」
そんなお婆さんの元へと、おにぎりは吸い込まれるようにして流れていきます。
「おっしゃ!」
おにぎりをガッチリと受け止めたお婆さんは、そのまま「アラヨッ!」という掛声を合図に肩の上へとおにぎりを担ぎ上げ、しっかりとした足取りで以って岸へと上がりました。
「ふむ、なかなかに食べ応えのありそうなおにぎりだわい……ジュルル」
毎日野草の汁ばかり食べているお婆さんにとって、白米のおにぎりは大変な御馳走でした。
「もう我慢出来ん!」
そう言ってお婆さんは、おにぎりに抱きつきガブリと齧りつきました。
「うめぇ!」
お婆さんは息をするのも忘れてガツガツと食べ進めます。
『イ……』
何処からか微かに声が聞こえた気がしましたが、お婆さんは一心不乱に食べ続けます。
『…タ…』
パクパクモグモグ
『……イ』
パクパクモグモグ
「ほんまうまいなー」
おにぎりの中には具材らしき何かの生肉が入っていました。
「一体何の肉やろか。よう分からんが美味しいなぁ」
その生肉からは、肉汁とは異なるどす黒い汁が溢れていました。
「鉄の味がするけど何の汁やろか。まあ、米が美味いから何でもええかー」
骨らしき物も入っていましたが、バキガキゴキゴキと、噛み砕いては飲み込んでゆきます。そうしてお婆さんは、赤子一人が入りそうな程に大きいおにぎりを、たった1人で平らげてしまいました。
「もう食えん! 腹一杯で動けん! 洗濯は明日でええやろ! ギャハハハ!」
お婆さんの口元がベットリとした赤い何かで汚れていましたが、お婆さんは一切気付きません。
「結局一人で全部食ってしまったのー。お爺さんには悪い事したかのー。まあ、黙ってればええかー。ギャハハハ!」
お婆さんの足元には赤子の指と見紛う食べかすが落ちていましたが、お婆さんは一切気付かず「ほな帰るかのー」と、お爺さんが待つ家へと足取り軽く、帰って行きました。
以降、お婆さんはお爺さんと2人、寿命まで幸せに暮らしましたとさ。
2020年12月20日 初版
教訓:美味しい食べ物は人を笑顔にする