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赤猩々

作者: 新城ケイ

初投稿です

拙い文章ですが読んでいただければ幸いです

〈 1 〉


 私が通う高校の裏の森には「異形」がいる。


 話は約半年前、学期が変わり、気持ち新たに新二年生の教室に登校した、学期初日から始まる。

 私は朝一番の誰もいない教室で、ひとり静かに本を読むのを毎日の日課にしている。


 その日も本を読もうと朝早く登校したのだが、結局本は読まずにぼんやりと窓の外を見ていた。

 一年生の時の教室は一階だったが、二年生になって二階になったため窓から学校裏の森がよく見えるようになったのだ。

 外は春時雨がしとしとと降っており森がうっすらと霧かかって見えた。所々に咲く山桜の桜色が緑の山に映えている。その水墨画のような景色をぼんやりと眺めていると窓の前の木の上を伝って赤い「何か」が横切った。

 私がそれに目を向けるとその「何か」はこちらを向き、顎まで裂けた口でニタァと笑ったように見えた。よく見ようと目を凝らした時には、その「何か」は木の枝をつたって素早く森の奥へ去った後だった。


【 1 】


 「それ」の名前は猩々といった。

 真っ赤な毛に覆われた長い腕と尾を持ち、猿のような顔をしていた。

 いつとも分からぬ昔からずっとこの森で暮らしていたモノだ。


 猩々は森の外には興味がなかった。自分が暮らしている森が守られていればよかった。

 だが、森の周りがやけに騒々しくなり、人間が森の木々を切り倒しにきたときも、切り倒した木で屋敷を建て始めたときも、猩々には森の奥からそっと静かに見ていることしかできなかった。

 

 時には、森の奥の方まで人間が入ってくることもあった。

 そんな時は木々の間にじっと身を隠し、やり過ごした。

 

 猩々には、森を守る力も、人間を森から追い出す力もなかった。

 猩々の赤い毛は森の中ではすこぶる目立つため人間に気づかれることもあった。

 そうすると十日は森が人であふれかえる事になった。鍬や鎌、縄を持った大柄な男たちが血眼で猩々を探し回った。

 彼らが自分を探しており、殺すつもりだ、というのは風に乗って聞こえてくる「赤色の物ノ怪が・・・」とか「すぐに退治しなければ・・・」といった会話から察すことができた。

 姿をみせるとたちまち殺そうとする人間に、自分の住む森をたちまち奪っていく人間に恐怖した猩々は、人間が見つけられないほど人間が辿り着けないほどに森の奥深く潜むことにした。

 

 そうして猩々が人間の前に姿を現すことはなくなった。


〈 2 〉


 あの赤い「何か」を見た日から私は、朝教室に着くとずっと窓の外を眺めるようになった。

 時間が経って思い返してみればたちまちその存在があやふやになる「何か」が確かにいたのだという確証を求めていたのだと思う。

 だが、あの「何か」が、教室の窓に再び現れることはなかった。

 そうして私は、あの春霞が見せた幻とも思える、不思議な生き物のことを気に留めることが次第になくなっていった。


 そうして過ごすこと三ヶ月、初夏に入る頃、私は再びあの日のことを思い出すことになる。


 その日、私はいつも通り、まだ薄暗いなか家を出て、始発のバスに揺られて学校に向かっていた。

 学校に向かうバスは学校裏の森に沿って走っている。

 ぼんやりと外を眺めていると森の中に赤い「何か」が蠢いているのがチラリと見えた。

 それは一瞬だったがその強烈な赤色は、私の記憶の片隅からあの四月の教室での出来事を引っ張り出すのには十分だった。

 それを思い出した途端、私はいてもたってもいられなくなりすぐにバスを降り森に向かった。

 バスを降りて道に沿って戻っていると森の中に向かっている横道を見つけた。

 この道を進んでいけばあの「何か」に会える、何故だかそんな気がした。

 

 その道には湿っぽいひんやりとした空気が流れており、そこにはすぐ向こうにバス通りがあることを感じさせない静けさがあった。

 木々に日光が遮られ薄暗いその道は蛇行しながら森の奥へつながっているようで、私は辺りに赤い「何か」の姿が見られないか、見まわしながら奥へ奥へと進んでいった。


 そうして歩くこと一時間くらいだろうか、道に終わりは見えずまだまだ続いている。

 学校に行くのは早々に諦めた。

 今はそれよりも、この道の先、あの赤い「何か」を知りたいと言う気持ちが心の底からひしひしと溢れ出ている。


 なんとも言えない高揚感に身を任せて歩いていると、突然あたりの空気が変わった。

 森の木々の間を通り抜けてくる風はひんやりと湿っぽく、古い木の匂いがする。

 生えている木々もまた今までとは打って変わって太く、背の高いものばかりになった。その表面は苔に覆われており、長い時を刻んできたことが窺える。

 いよいよ「何か」に近づいてきた気がした私は小走りになりながらも道をすすむ。


 その道が辿り着いた先、そこにははたして、かつてないほどの大樹があった。その幹は十メートルもあるだろうか、大きく波打った木肌は猛々しく、周りの木々に覆いかぶさるように枝が伸びている。


 ここにあの真っ赤な毛をした「何か」がいるのだろう。確信にも近い思いを抱きながらその大樹に歩みを寄せていく。

 大樹の周りを歩いていると来た方向とは逆側、大樹の裏側に大きなうろがあった。

 この中にいるんじゃないか、そんな気がして中を覗き込む。しかしてそのうろはそこが見えなないほどに深く、暗かった。あの「何か」がいる気配はない。

 ここにはいないのだろうか。そう思いながらうろに首を突っ込んだまま体を捻り、上の方を見上げる。

 

 そこに、いたのだ。あのニタァと笑う顔が。

 その顔からはぐちゃぐちゃに絡み合った、恐怖が、憎しみが、愉悦が、滲み出ていた・・・・【暗転】

 

【 2 】


 人間の残酷さを恐れた猩々は森の奥深く、人間が たどり着けないほどの山奥で木のうろに閉じこもって暮らした。

 そうしていれば人間に見つかることはなく、無残に殺されることもないと考えていた。

 だが現実は猩々が考えていたよりもはるかに冷酷で、どうしようもないものだった。

 人間はたちまちの間に生息範囲を広げ、猩々の潜む森を犯し始めた。

 猩々が感じていた恐れは次第に憎しみへと変わっていく。

 人間はかつて自分から森を奪った。そして今、再び自分が潜む森を奪うのだろう。

 人間はどこまで傲慢なのだ。どれだけ他のモノから奪えば満足するのだろう。

 否、彼らはどこまでも傲慢なのだ。彼らが満足することなどないのだろう。


 ならば、ならば、自分はこれからもずっと奪われ続けるのだろうか。この強奪に終わりはないのだろうか。

 それもまた、否だ。

 自分が、逃げなければいいのだ。どうしてくすぶる憎しみに身を焦がされながらも隠れ続ける必要があるのか。隠れていても奪われ続けるだけなのだ。

 それならば、それならばいっそ自分も奪ってやればいいのだ、人間が大事にするものを。

 自分に与えられた恐怖を、自分が感じた憎しみを、彼らにも与えてやればいいのだ。


 これは奪われ続けたモノの復讐の物語だ。


最後まで読んでいただきありがとうございました

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