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恩返しシリーズ

小さな歌姫と大きな騎士さまのねがいごと

ラストに挿絵があります。

あとがき部分に、キャラクター紹介があります。

画像が出ますので、不要の方は画像表示機能をオフにしてください。

 むかしむかし、あるところ。

 小さな国の小さな森で、無骨な騎士さまが可愛らしい歌姫に出会いました。


 騎士さまは、たくさんの(いくさ)に出て、多くの武勲をたてておりましたが、剣も弓もちっとも好きではありませんでした。本当は田畑を耕し、本を読み、歌を楽しみたかったのです。騎士さまは、笛を吹くのがとてもお上手でもありました。


 騎士さまが小さな歌姫に夢中になるのは、至極(しごく)当然のことなのでした。



 *********



 騎士さまは今日も、彼女に会うために森に出かけます。

 彼女への贈り物は、輝く宝石や鮮やかなドレスなどではありません。森で採れた真っ赤な山桜桃(ゆすらうめ)。そんなささやかな贈り物を、彼女はいつも幸せそうに頬張るのです。その姿を見ているだけで、騎士さまは生きていて良かったと思えるのでした。


「今日は日差しが強いね。君は暑くないかい」

『騎士さま、わたしは大丈夫です。それよりも騎士さまはそんな格好で暑くないのですか』

「俺は慣れているから平気だよ。ここは静かでいい。君と一緒にいると、本当に優しい気持ちになれる。もっと歌ってくれないか。俺も一緒に笛を吹こう」

『どうぞ、仰せのままに』


 森の中では、彼女の歌声と笛の音が響いています。

 騎士さまはひとづきあいがとても苦手な方でした。さきの戦争で手柄を立てた英雄のはずが、いつの間にかこんなさびれた場所に飛ばされてしまったのです。


 けれど今となっては、こんな静かな生活が騎士さまにとって何より大切なものになっていたのでした。


「また今日も見合いの勧めがきた。君が側にいれば俺はそれだけでいいのに」

『まあ、騎士さまったら。そんなにわがままを言うものではありません』

「どうして、君が俺を叱る。俺が結婚してしまっても、君は気にしてくれないのか」

『お国のためならば仕方がありませんもの。大丈夫です。わたしは、どんなことになっても騎士さまのお側におりますわ』


 彼女は、騎士さまが誰かと結婚しても仕方がないのだとわかっておりました。もとより、彼女は彼の隣に立てる間柄(あいだがら)ではないのです。


 それでも、騎士さまの隣で歌うだけで彼女は幸せでした。

 騎士さまが笑ってくれるのなら、それよりほかに望むことなどなかったのですから。


 けれどある日、騎士さまはふたたび(いくさ)に行くことが決まってしまいました。隣の国との間で大きな争いごとが起きたのです。



 ********



「すまない。君を連れて行くことはできないんだ。さあ、お逃げ。この森もいつまで無事かわからない」

『いいえ、いいえ。騎士さまの側にいることがわたしの幸せなのです。どうかお願い、捨てないで』

「俺と一緒に来たら、君まで死んでしまう。この戦いは勝ち目がないんだ。君だけでも生き残ってくれ」

『ああっ、そんな、どうして!』


 騎士さまは彼女にひとつ口づけを落とすと、馬に乗りあっという間に遠くへ行ってしまいました。小さな彼女では、追いつくことなどできません。ぽろりとこぼれた涙から、青い花が生まれました。


 歌姫は小さな体で川を渡り、山を越え、谷を越え、騎士さまのあとを追いかけます。何度も命を落としかけ、すっかりぼろぼろになりながら、とうとう騎士さまが戦う国ざかいまでやってきました。


『騎士さまっ!』


 目の前に、彼女が大好きな騎士さまの姿が見えます。その騎士さまを狙うたくさんの敵の姿も。どんなに強い騎士さまであっても、この人数に打ち勝つことはできないでしょう。


『神さま、神さま。どうぞ、お願いです。わたしの願いを叶えてください。騎士さまの命が助かるなら、わたしはどうなってもかまいません』


 彼女は、声を限りに叫びました。その瞬間、辺りはまばゆい光に包まれたのです。


 あまりの光に、さすがの騎士さまも目を焼かれてしまいました。鉄錆びの臭いが消え、代わりに優しいお日さまの匂いと干し草の香りが立ち込めました。


「これはわたしが全部持って行きます。どうぞ騎士さま、争いのない国を作ってください」


 それは、騎士さまの小さな歌姫によく似た優しい声でした。


 けれど、騎士さまの歌姫がそんなことを言うはずはないのです。そんなことをできるはずがないのです。だって騎士さまの歌姫は、たんぽぽによく似た羽を持つ、もこもこの可愛らしい小鳥なのですから。


「騎士さま、どうぞお元気で。いつかまた……」


 ようやく目を開けることができたとき、騎士さまのいた場所には、武器を持つひとはただのひとりもありませんでした。


 弓を持っていたひとの手には葡萄が、剣を持っていたひとの手にはりんごが。血だまりがあったはずの地面には、たくさんの花が咲きこぼれていました。


 騎士さまが持っていた剣もまた、両手いっぱいの山桜桃(ゆすらうめ)に変わっていたのです。


 ちらりと空の端に、翼がはためいた気がしましたが、もうそこには誰の姿も見えません。それ以来、騎士さまは大切な小さな歌姫に会うことはありませんでした。



 ********



 戦で生き残った騎士さまは、実はこの国の王子さまでした。妾腹の王子さまだったので、お城ではなく騎士をして暮らしていたのです。


 それからたくさんのひとのために働いた騎士さまは、とうとうこの国の王さまになりました。そうして、王さまになった後もたくさんのひとのために働いて、働いて、働いて、働いて……おじいさんになって死んでしまいました。


 王さまは、結局誰とも結婚をしませんでした。

 みんなが王さまにお妃さまを持つように勧めても、王さまが首を縦にふることはありませんでした。普段は穏やかで、誰の言葉にも耳を傾ける王さまでしたが、これだけは絶対に譲らなかったのです。


 王さまが死ぬその前の日。王さまは優秀なひとを選んで、この国の次の王さまにしました。

 そして、ただの騎士さまに戻った王さまは新しい王さまに、ひとつだけお願いをしたのです。


 長い長いときが過ぎました。小さな国はすっかり大きな国になり、小さな森も豊かで立派な森になりました。

 それでもこの森は昔と変わらず、人が住むことはありません。王家によって大切に保護されています。

 騎士さまの大切な小鳥がいつ帰ってきても困らないようにするためです。王さまは、大切な小鳥が暮らしていた森を守りたいと願ったのでした。


 すっかり古びて文字も見えなくなったとあるお墓の側には、山桜桃(ゆすらうめ)の木がいくつも植えられています。


 甘酸っぱくて、赤いルビーのように揺れる山桜桃(ゆすらうめ)のなる頃、このお墓にはもこもことしたなんとも不思議な小鳥が現れるといいます。どんな学者さまも見たことのない、可愛らしい黄色い小鳥なのだとか。


 そのさえずりには笛の音が混じって聞こえるとも言われています。いつの間にか姿を消してしまう小鳥に出会えたひとは、幸せになれるのだそうです。


挿絵(By みてみん)(イラストは管澤捻様作)

◼️登場人物紹介◼️

=================

歌姫

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森で怪我をし、飛べなくなっていたところを騎士に助けてもらった。

もこもこの羽毛がチャームポイント。

山桜桃(ゆすらうめ)が好物。

お日さまの匂いがする。時々干し草の香りもする。

挿絵(By みてみん)

(イラストはあっきコタロウ様)



神さまに祈りが届いて、天の御使いに姿を変えたバージョン。

武器と争いの種である憎しみをその身に引き受けたため、浄化するために長いこと眠ることになった。

生まれ変わったら、また同じ小鳥になって騎士さまを探しにいきたい。

挿絵(By みてみん)

(イラストはあっきコタロウ様)



=================

騎士さま

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後継者争いからいち抜けたはずが、最終的に王さまになってしまったひと。

戦場での二つ名は、「青の守り人」。

もともと人づきあいが苦手で、貴族同士の腹の探り合いなども不得手。

それでも大切な小鳥との約束を守るために、死ぬまで一生懸命頑張った。

そのため小鳥に力を与えた神さまから、とある祝福を授かっている。

生まれ変わったら、小鳥を見つけたい。

大事に大事にして今度はどんな手段を用いても(・・・・・・・・・・)、すべてのことから守ってやりたい。

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(バナークリックで、この作品の後日譚にあたる「寂しがり屋の小鳥は、初恋の騎士さまの生まれ変わりを幸せにしたい。~なお、騎士さまの生まれ変わりは実はヤンデレ王子で、鈍感な小鳥をすでに溺愛中の模様~」にとびます)
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