転生⑤
2歳の誕生日を迎え、数日後。
今日から僕も兄様、姉様と一緒に父様から剣術の指南を受けることになった。
「では、まずはルーからだな。準備はいいか?」
「はい。よろしくお願いします」
ルー兄様と父様が向かい合い、真剣な表情で練習用の木剣を構える。
ただ睨み合っている様に見えるけれど、時折僅かに動く2人はお互いフェイントを掛けて牽制し合っているのだとわかる。
その応酬がいつまで続くのかとドキドキしながら見ていると、唐突にルー兄様が動く。
「……ふっ!」
両手で眼前に構えた木剣を振り上げ、3メートル程離れた位置からたった1歩で間合いを詰める。
一瞬で肉薄した兄様の鋭い振り下ろしを、僅かに体を横に向けることで躱す父様。
その時下げた剣先を跳ね上げ、すかさず胴を狙う。
「はあっ!」
父様は自分へと向かってきた木剣を自分の木剣で払い落とし、続けて体勢を崩されてしまったルー兄様の肩へ剣を振るう。
あれは躱すことが出来ないと思い「あっ」と声が出てしまう。
しかし兄様はそこから更に踏み込み、父様の後ろへ回り込む様に体を逃がした。
(す、すごい……)
父様に比べてまだまだ体の小さい兄様は縦横無尽に動き回り、一撃を加えようととにかく手数が多い。
逆に父様は開始位置から殆ど動かず、これでもかと迫る剣戟をすべて完全にいなしていた。
あらゆる角度から一撃を狙う兄様と、まるで後ろに目がついているかのように最低限の動きのみで見切る父様。
その、あまりにも高いレベルで繰り広げられる模擬戦に、僕もいつかこんな風になりたいと強い憧れを抱く。
「あ」
隣で僕と同じく見学していた姉様から、少し気の抜けた声がした。
え?と思った時には、兄様が足をもつれさせ倒れ込んでしまっていた。
「ね、ねえさま?いったい、なにが?」
先程まではいつまでも続きそうな程の膠着状態だったはずだ。
僕が見逃したところで何かあったのだろうか。
「ん?体力切れよ。ルー兄様の」
体力切れ……。
一体どれほどの間2人が模擬戦をしていたのかはわからないが、常に右に左と動き続けていた兄様と、最低限の動きしかしていなかった父様。
基礎体力の違いを無視したとしても、どちらが先に体力を使い切るかなんて火を見るより明らかだ。
「はぁ……ありがとう、ございました……父様……」
「ああ。いい動きだったぞ。ルー」
視線の先では兄様が父様に抱き起こされているところだった。
もう息をするのも辛そうな兄様と、僅かな汗すら見えない父様。
その様子が2人の間にある確かな実力の差を物語っていた。
「にいさまもとうさまもかっこよかったです!」
兄様が父様を追いかけ、父様が兄様を引き上げる。
親子であり、師弟でもあるそんな関係の2人があんまり格好良くて、僕は思わず大きな声を出してしまうのだった。
◇◆◇
翌日からは、姉様と2人で行っていた早朝の鍛錬に兄様も加わった。
「アルと2人っきりの時間が……」
「ねえさま?」
姉様は肩をガックリと落として残念がっているけれど、何かあったのだろうか?
「2人とも、今日からよろしくね」
「よろしくおねがいします!にいさま!」
「……ぐぬぬ」
父様は基本的に忙しいので、毎日剣術の指南をしてくれるわけではない。
なので、兄様が先生役になって僕達に基本を教えてくれることになったのだ。
元々僕が我儘を言って姉様に付き合ってもらっていた早朝鍛錬が、兄様が加わったことで本格的なものになり、それが僕はとても嬉しかった。
のだけど、さっきから姉様は何か不満げにしている。体調でも悪いのかな?顔色はいいのだけど。
ともあれ鍛錬は始まった。
内容も今までとは変わり、走る時間が大部分を占め、剣を握る時間が少なくなった。
「昨日の僕と父様の模擬戦を見ていたからわかると思うけど、剣術でもなんでも体力はとっても大事だからね」
たしかに昨日の模擬戦で兄様はスタミナ切れで倒れてしまっていた。
もちろん技量を高めるのも大事なのだろうが、その土台となる体と体力がなければ意味は無さそうだ。
「はい!」
体力の重要さを再確認した僕は、それから走り込むのを日課にすることを誓った。
そしてその日の夕方。
僕は姉様に後ろから抱きかかえられながら本を読んでいた。
「アルは本当にお勉強が好きなのね」
「そう、ですか?」
僕が読んでいるのはこの世界に存在するモンスター達の特徴や、生息する場所などについて書かれている本。モンスター図鑑のようなものだった。
「この辺にはモンスターなんて出ないのよ?なのにそんなに真剣に図鑑を見ているんだもの。アルのお勉強好きは筋金入りだわ」
「うーん……」
まあ、たしかに文字が読めるようになってからは早朝の鍛錬とお昼の魔法の授業を除いて本ばかり読んでいる気がする。
とは言え、別に僕が勉強好きという訳ではなく、この世界の魔法やモンスター、そこにある国の歴史など、前世で過ごした地球とは違う部分に興味を惹かれてしまっているだけなのだ。
そもそも勉強しているという感覚じゃない。
「たぶん、ちがうとおもいます」
なので正直に「勉強しているつもりがない」と伝えたのだけれど。
「やっぱり筋金入りじゃない!」
と呆れられてしまった。
でも、僕が今モンスター図鑑を読んでいるのにはちゃんとした理由があった。
「えっと、きのうとうさまが、むらにモンスターがでたって、いっていたじゃないですか」
「あー、それでモンスター図鑑を見ていたの?」
「はい」
そう。
昨日の夕飯時に父様から聞いた話によると、ここ数年モンスターが現れていなかった近隣の森で、村人がそれらしき姿を目撃したと言うのだ。
村の守備隊の隊長である父様は、今日から森の警戒を強化するとも言っていた。
「まあ、父様がいるんだもの。たとえモンスターが出たって心配するような事にはならないと思うわよ?」
僕もそう思う。
あの強い父様がいるんだから、あまり心配はしていない。
「でも、その……ちょっときになるなって……」
見てみたいという気持ちがないわけではないけれど、きっとそれは叶わないだろう。
なので図鑑を持ち出して、想像で補おうとしていたのだ。
「そう。じゃあ今日父様が帰ってきたら、一緒にどんなモンスターだったのか聞いてみましょうか」
「……はい!」
どうやら姉様は僕の気持ちに気付いてくれたようだ。
優しく微笑んで僕をぎゅっと抱きしめてくれた。
「モンスター?ああ、昨日話したやつか。実はな……」
夕飯のあと、早速父様にモンスターの事を聞いてみた。
するとどうやら、今日そのモンスターの捜索を行ったそうなのだが、発見することができなかったらしい。
「その目撃した村人も、はっきり姿を見たわけじゃなくて“おそらく人間ではない何か”くらいしかわからなかったようでな。今日改めて話を聞いたんだが、結局手掛かりになるようなことはなかったんだ」
「……大丈夫なんですか?父様」
姉様が少し不安そうに聞く。
父様のことだからちょっとした武勇伝が聞けると楽しみにしていただけに、予想とは全く違う言葉に僕も少し不安をおぼえてしまう。
「まあ、おそらく危険はないだろう。村人の姿を見てすぐに逃げ出すようなヤツだ、大した力はない。だが、いくら大したことなくてもモンスターはモンスターだからな。また村の方に警告は出すが、お前達もしばらくは絶対に森へ近付かないと約束してくれ。ルクワートもな」
「「「はい」」」
父様が大丈夫と言うなら大丈夫なのだろう。
言いつけを守って森にさえ近付かなければ危険はないようだし。
姉様も先程の不安は解消されたのか、今は母様と2人で笑顔で夕飯の片付けをしている。
その時は僕も「モンスター見てみたかったなぁ」と残念がるくらいで、このことについて真面目に考えるようなことはしなかったのだった。
父様と兄様と剣のお稽古。
そしてまた新たな目標を見つける主人公のお話。