転生③
「アルーー!」
バァン!と勢いよくドアを開けてマリーねえさまが部屋に入ってくる。
「マリーねえさま……おぁようござましゅ……」
ようやく朝日が部屋に入り込む頃。
家族の中でも二番目に早起きなマリーねえさまは、いつもいの一番に僕を起こしに来る。
「おはようーー!今日もかわいい~」
まだ目が覚めたばかりの僕をぎゅうっと抱きしめ、毎朝恒例の頬ずりタイム。
スリスリスリスリスリ……
最近ではこのねえさまの頬ずりタイムがないと、しっかり目が覚めないくらいだ。
「はぁ~……幸せ……」
何も言わずにそのままにしていると、おそらくいつまでもねえさまはそのままなので、「ねぇさま、そろそろ」と声をかけて離してもらう。
正直、毎日毎日よく飽きないよなぁと思うのだが、ねえさまからすると「アルのほっぺは最高!」らしく、これからも頬ずりタイムは続きそうだ。
「さあ、アル。顔を洗ったら朝食まで一緒に鍛錬の時間よ!」
「……はい。ねえしゃま」
まだ少し眠気は残っているが、顔を洗えばしっかり目が覚めるだろう。
ベッドから降り、着替えを済ませてから外の水場へ向かう。
途中で朝食の準備をしているかあさまに挨拶をし、裏口を出てすぐの所にある水瓶から水をいくらか掬い顔を洗う。
「~~っ……ちべたぃ……!」
冷たい水のおかげでばっちり目が覚めた。
ねえさまを待たせないよう、軽く水気を拭き取ったらそのまま玄関の方へ。
「アル!」
ねえさまはいつも通り準備万端で僕を待ってくれている。
鍛錬とねえさまが言うこれは、家の周りを何周か走り、その後に庭で剣術の真似事をするだけのものだ。
とは言え、もう少しで2歳になるくらいの僕にとってはそこそこ大変で、ただのお遊びとは思わず結構真剣に取り組んでいる。
「さあ、アル。遠慮しないでかかってきなさい!」
「はい!」
ランニングが終われば剣術の鍛錬だ。
ねえさまは2つとはいえ年上なので、同じだけ走っていても体力にはかなり余裕があるのか毎回僕に打ち込みを譲ってくれる。
にいさまは5歳から、ねえさまはなんと3歳から父様に本格的な剣の稽古をつけてもらっているので、まだ真似事レベルだが学べることは多い。
「やぁぁぁ!」
自分でも情けないとは思うのだけれど、まだまだ力がうまく入らず木剣がぶつかったとは思えないような、『パコン』、『パカン』という気の抜けた音が響く。
それでもねえさまは笑ったりせずに毎朝付き合ってくれるので、僕も真剣に鍛錬を続けていられるのだった。
◇◆◇
「はぁ……ふぅ……ありがとう、ございました……」
それからしばらく剣術の鍛錬は続き、僕の体力が尽きたところで今日は終了となった。
「おつかれさま!今日もカッコよかったわよ!アル!」
汗に濡れた髪を揺らして、疲れを感じさせない笑顔で駆け寄ってくるマリーねえさま。
その笑顔を見れば僕の疲れも吹き飛ぶ……なんてことはなく。僕は立っていられなくて、丁寧に刈られた下草の上でごろんと寝転がってしまう。
「はぁ……はぁ……もっと、たいりょくを、つけなきゃ……ですね……ふぅ」
「アルはまだ小さいけど、もう十分体力はあるわよ?」
横に座ってそう言うねえさまだけど、僕と2つしか違わない上に女の子のねえさまが全然平気な顔をしているのに、全くついていけないんじゃまだまだダメだと思うのだけれど。
「そう、ですか……?はぁ……すこし、おちついてきました……」
「そうよ!アルはとってもすごいわ!」
自信満々にそう言われてしまうと、そうなのかもと思ってしまう。
マリーねえさまはこうしていつも僕を励ましてくれるけれど、僕からすればにいさまやねえさまの方がよっぽどすごいと尊敬している。
だからこそこうして2人を目標にして、日々頑張れているのだ。
「アルはもう字が読めるし、わたしや兄様より早く話すことができたし、毎日早起きして鍛錬を欠かさないし……それからー、えーっと……とっても可愛いもの!!」
「……?ありがとう、ございます?」
ねえさま的僕のすごいポイントを指折り教えてくれるのだが、最後の1つはなんか違う気がして、疑問符をつけながらのお礼になってしまった。
それでもねえさまは僕の返事が気に入ったのか、「むふー!」っと、これでもかというくらいのドヤ顔を向けてくる。
「さあ、アル!朝ごはん食べに行きましょ!わたしもうお腹ぺこぺこだわ!」
そう言いながらねえさまはこちらに手を伸ばす。
お腹からぐぅ~と音が聞こえたけど、どうやら本当にお腹がぺこぺこらしい。
少し顔を赤く染めて「えへへ」と笑うねえさまの手を取り、「ぼくもぺこぺこです」と一緒に家へと早足で戻ることにした。
◇◆◇
「じゃあ、アル。ここの詠唱文にはどんな意味があるかわかる?」
早朝からねえさまとの鍛錬をこなし、朝食を食べて少し休んだ後は、かあさまから魔法についての授業を受けている。
「ここは……“放つ”、ですか?」
「そう、正解よ。もうすっかり詠唱言語についても覚えているようね」
笑顔で僕の頭を撫でるかあさま。
隣で一緒に魔術教本を見ていたマリーねえさまも、「やっぱりアルはすごいわね!」と言って満面の笑顔で手を叩いている。
僕の両親、ランベルトとエリアーナは、実は昔かなり名の売れた冒険者だったらしい。
ルクワート兄様が産まれる直前まで2人でブイブイ言わせていたと、父様がドヤ顔で僕に聞かせてくれた時は、結構驚いたものだった。
この家の末っ子として生まれ変わり2年ほど過ごしてきたけれど、家は豪邸と言う程ではなくてもかなり広いし、ファンタジー世界ではお馴染みの固い黒パンなんてものも食卓に並ぶことはなかった。
なのでてっきり父様は貴族なのかなと思っていたのだけれど、単に冒険者時代に相当稼いでいたのと、父様の腕に惚れ込んだ領主様が、なんとか抱え込もうと土地を融通してくれたんだとか。
「お父様は若い頃“草原の勇者”と呼ばれて、それはもうカッコよかったのよ?」
とは母の談である。
それを聞いたねえさまと2人で父様に「草原の勇者様」と呼びかけた時は、かなり慌てて顔を真っ赤にしていたけれど、お返しにとこっそり母様が“草原の聖女”と呼ばれていたと教えてくれた。
「母様!わたしもたくさん詠唱を覚えたし、魔法を使ってみたい!」
はいはーい !と手を挙げて大きな声を出すねえさま。
その気持ちは僕もよくわかる。
だけど、
「ダメよ。詠唱を覚えても、まだ魔力を上手に使う為の方法がわからないでしょう?」
そう。ここまで色々な魔法やその呪文詠唱について等たくさんの事を学んできたけれど、実際に魔力を使う方法についてはまだ教えてもらえていないのだ。
その理由については最初の授業で母から教わっていた。
「魔力操作をまず教えてしまうと、不意の魔力暴走や、魔法の暴発を起こしてしまう可能性が高いから」
らしい。
その上、「魔力の使い過ぎによる魔力枯渇は生死に関わる」と言われてしまうと、大人しく魔力や魔法の概要から学ぼう、という気持ちにしかならなかった。
「でもそうね……2人とも良く勉強をしてくれているし、マリーは少し心配だけれど……アルと一緒なら無茶なことはしないかしら?」
おぉ。なんだか母様がいよいよ魔力操作について教えてくれそうだ。
僕も魔法は早く使えるようになりたいし、ここはもう一押ししてみよう。
「かあさま、ぼくもねえさまも、けっしてむちゃなことはしません。かならず、かあさまといっしょにれんしゅうすると、やくそくしますので……」
僕も手を挙げて母様に訴える。
こんな時、まだたどたどしくしか喋れない自分が少し恨めしい。
けれど、母様には僕の言いたいことがしっかり伝わってくれたようだ。
「……そうね。その約束を守ってくれるなら、早速明日から魔力操作についての授業を始めましょうか。マリーも、約束守れるわよね?」
にっこり笑って頷いてくれる母様に、「絶対守ります!」とこれまた笑顔で答えるねえさま。
こっちを向いたねえさまの目は、「さっすがアル!」と雄弁に物語っていた。
ここで、今日の魔法の授業は終わりとなった。
明日からは早朝の鍛錬に加えて、待ち望んだ魔力操作についての授業だ。
まだまだ昼を少しすぎたばかりなのに、もう明日が楽しみ過ぎてソワソワし始めてしまう。
僕は少しでも心を落ち着ける為に、また教本を開いてしっかり復習をしておこうと今日の予定をあらためたのだった。
実は昔はすごかった両親と、小さいながらも努力を始める主人公の話。