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報われなかった人生③

✱前回に引き続き、前半は少し暗めになっていますのでご留意ください。

 横倒しになっているバスに近づくと、たくさんの悲鳴と泣き声と唸り声のようなものが混ざって聞こえて、車内へ僕が乗り込んでからは、誰も彼もが助けてくれと叫び喚いていた。


 ひどい光景だったのは間違いないと思う。


 でもその時の僕は、とにかく一人でも多く避難させることしか考えていなかった。


 割れた窓から一人ずつ運び出し、少し離れた場所にある大きな岩の裏に寝かせていく。


 まともな応急処置をしてあげられる道具もなければ余裕もなかった。


 可能な限り早く。できる限り多く。


 意識のない人が最優先。本当に申し訳なかったけれど、助けてくれと叫ぶ元気のある人は後回しにして、どんどん運んでいく。


 あんまりはっきりとは覚えていないけれど、色々言われてたと思う。


 誰だって自分が一番に助かりたい。安心したい。

 死んでしまうかもしれない状況になって、助かるためには誰かの力が必要で。

 そこに助けが現れたのに、自分以外をどんどんと助けていく。

 そうなれば当然焦るし、怒鳴りたくもなる。

 自分を助けてくれと。


 その気持ちが痛いほどわかるのに、不安にさせたまま後回しにしかできない自分の不甲斐なさが申し訳なくて。


 それでも、必ず助けますと誓って、歯を食いしばって、ただひたすらに動き続けた。



 気が付けば雨は止み、車内にもあと一人を残すのみとなった時。


 座席が変形して抜け出せなくなってしまったその人を助けるため、なんとかこじ開けようと踏ん張っていた時だ。


 ゴォっと聞こえたと思ったら視界が真っ赤に染まり、それがバス全体が炎に飲み込まれたせいだと気付くのに時間はかからなかった。


 時間がないと思うより早く全身に力を込めた。

 火事場の何とやらと言うのか、さっきまでビクともしなかった座席が僅かに動き、少しだけ隙間が開いた。


 挟まって動けなかったその人も、助かりたくて生きたくて、相当に焦っていたんだ。


 必死に身をよじり、僕がなんとか開けた隙間から体を抜け出させる。

 どうやら大きな怪我があったわけではなく、僕が手を貸さなくても自力でこのバスから脱出できそうだと、これで全員で避難できるとそう、ほっとした時。


「どけっ!!」


 ドンっと体を突き飛ばされた。


 横倒しになったバス。

 周りは炎に囲まれていて、ここから出るには頭上にある窓からしかない。

 僕とこの人がいたのは地面側の座席。

 頭上の窓へたどり着くには、バスの通路側にいて踏ん張っていた僕が邪魔だったんだ。


 座席の上を転がって、ようやく止まって見上げると、その人がバスから出ていくのが見えた。

 僕も早く逃げなくちゃと起き上がろうとしたけれど、多分、時間切れというか体力が底をついたとかそういうのなのかな。

 ピクリとも動いてはくれなかった。


 体中あちこち痛むのを自覚したのもこの時になってようやく。


 少し離れた所から遠ざかる足音が聞こえてきて、「ああ、これは助からないな」と静かに呟いた。


 ジリジリと体を焼かれながら頭に浮かんだのは、そんなに多くのことじゃなかったと思う。


 もっとうまく助ける方法があったんじゃないかなぁとか、最後まで後回しにしてしまったあの人には申し訳ないことをしたなぁとか、そんな感じ。


 車内にこもる熱と嫌な煙で息が出来なくなって、消えていく意識の中で最後まで頭に残っていたのは、どうか全ての人が助かってくれますようにという願いだけだった。








 我慢していた涙がボロボロ零れて、あとからあとから溢れてきて止められそうにない。


「………」


 僕が落ち着くのを待ってくれているのか、神様は静かに微笑んでいた。


「僕がやったことは、やっぱり、間違いだった……んでしょうか……」


 どうしても自分では答えが出せなかった。

 あの日のことを思い出しながら、何度も自問自答していたけれど、結局納得出来る答えは浮かばなかった。


「君は、後悔しているのかい?」


 優しい声でそう尋ねられて、改めて思い返す。

 後悔は、ある。

 最期の時もぼんやり考えていたことだ。

 もっといい方法があったんじゃないかって。


「……君はとてもわかりやすいね」


 僕をじっと見つめて、それからふわっと微笑んだ神様。

 どうやら顔にしっかりと出ていたみたいだ。


「いいかい?あの日に君が救助した人数は、乗員乗客合わせて二十二名。掛かった時間は一時間弱。救助活動をした君一人を除いて全員生還した。……これはとんでもないことなんだよ?神である私が言うのもおかしいけれど、正に奇跡と、そう呼ぶべき事態だ」


 僕以外の全員生還……。

 それを聞いて心底ほっとした。

 奇跡と、神様は言うけれど、内容を聞いてみればたしかにそれは奇跡のようなことだった。

 それをやったのが僕だって言うのだから、余計に。


「それじゃあ……」


「間違いじゃなかったと言いたいだろうね?」


 僕の言葉を遮るように神様は言う。


「たしかに君の成したことは大変素晴らしいことだ。奇跡と呼ぶに相応しい美談だね。だが、完璧ではなかった」


 ……完璧ではなかった?

 もっとうまい方法があったんだろうか。

 でも、結果的には全員生還で出来すぎなくらいだと思うのだけれど……。


「納得できない?」


 ……やっぱり顔に出やすいみたいだ。

 ぴたりと言い当てられてしまった。


「答えを教える前に一つヒントをあげよう」


 そう言ってピンと指をたてる神様。


「私はね、ハッピーエンドが好きなんだ」


「え?」


 神様がハッピーエンドが好きってことがヒント……?


 あの日の僕の行動が間違いだったかどうか。

 その答えのヒントは、神様がハッピーエンド好きってこと。

 結末がハッピーエンドかどうかが答え……なのかな?

 それなら僕はみんな助けることができたし、ハッピーエンドだったと思うけれど、そうすると答えは「間違いじゃなかった」になる……?

 でもさっきの神様の言い方だと、答えは「間違いだった」だ。

 うーーーん……


「……すみません……わかりません」


「ふふ……君ならそうだろうね」


 僕がそう言うとわかっていたのか、にっこり笑った神様は、


「それじゃあ、答え合わせをしようか」


 そう言ってゆっくりと話始める。


「まず君は今回の結末がハッピーエンドだったと考えているだろうけど、それは違う」


 え……?

 でも、事故に遭った全員を救助できて、それでみんな生還したなら……


()()()()()()()()()


 僕が死んでしまったって……

 だからハッピーエンドじゃなかったってこと?

 みんなを助けて、僕も生き残って、それでようやくハッピーエンド?

 でも僕はあの日死ぬ運命だったと神様は言った。

 それならどう足掻いてもハッピーエンドには辿り着けないことになる。


「君はあそこで亡くなる運命だった。それは変えようがない」


 一つ一つ確かめるように神様は答え合わせを続ける。


「だが、そのままではバッドエンドだ。私は君が素晴らしい人だと知っていて、そしてそんな素晴らしい君の最期がバッドエンドだなんて認められなかった」


 とても真剣な顔で話す神様。


「だからね、私は君をここへ呼んだんだ。あのまま君が亡くなって物語が終わってしまえばバッドエンド。だったら君の物語を終わらせなければいい、ってね」


 なんだかとてもおかしな事を言っているような気がするのだけれど、僕はその言葉の意味を理解しようと必死に思考を働かせ続けたけれど。


()()()()()()()()()()()()()()()、これからもまだまだ物語を続けてもらえばいい。そして今度こそ完璧なハッピーエンドを目指して……」


「ま、待ってください!えっと…プロローグとか、終わらせなければいいとか、一体どういうことなんですか……?!」


 全く理解できなかった。

 神様にとってあの日の結末がバッドエンドって言うのは理解できる。納得はできないけど。

 でもその先神様が話した事は一つも理解できない。


 あれが結末なら物語はバッドエンド。

 それを回避する為には、物語を終わらせなければいい。

 僕のこれまでの人生を物語のプロローグとして、この先また物語を続けていく。


 要約するとこういう事になると思う。

 でも、こんな話は通らない。通るわけがない。

 だって僕は死んだ。

 死んでしまったらどんなに中途半端でも、嫌な結末だったとしてもそれで終わりだからだ。


 じゃあどうして神様はこんな話を僕に……?

 神様の口振りからするとまるでーーー


「そんなことある訳ないと思うだろう?私は神だよ?自分に出来ないことを、さも出来るように見せ掛けるだなんてするわけがない」


 それじゃあ……まさか……本当に……?


「ああ、残念ながら君を君のまま生き返らせる事はできないんだ。それは世界の構造を大きく歪めてしまう事になるからね。でも、新しい器を与えて君を生まれ変わらせるくらいならできるんだ。君が望んでくれさえすれば」


 そう言って肩を竦めて、なんでもない事のように神様は。


「だからさっきの答えは私からするとこうだ。“君の行動が間違いだったなんてとんでもない”だね」


 そう、はっきりと僕に言ってくれた。


「もし、あの時君があの人達を見捨てるような判断をしていたら、そもそも君は死ななかった。まあ、運命で決まっていたからそんな選択肢はなかったわけだけれどね」


「そして……」と続けて話す神様。


「そんな君だからこそ、私は君に興味を持った。あんな奇跡をただの人間が起こすなんて信じられない、一体どんな怪物の仕業なんだろうってね」


 か、怪物……?

 そんなにとんでもないことだったのかあれは……。


「そして君が亡くなったあと、私は君を調べた。どんな人生を歩んで、どんな風に物事を考えるのか……正直、驚いたよ。それと同時に信じられなかった」


 少し俯いて、ふぅっと息を吐いたあと、またふんわり笑った。


「君はおおよそ普通の人とは考え方の根底からして違う。物事の見方と言い換えてもいいね。“誰かの幸せを願い、行動する”ことが大前提。できるかどうかは全く考慮しない。その上“他人の幸せが、自分の幸せ”だなんて本気で信じている……」


 少し困った顔をしてそう言われてしまったけれど、僕はどう返せばいいものかわからなくて、同じく困ってしまう。


「これを悟りをひらいた僧侶や、しかるべき経験に基づいた大人が言うならちょっとはわかるんだけどね。君はまだ十六歳だし、しかも物心ついた頃からほぼ思想が変わってないなんて、目を疑ったよ」


「おかしい……ですか?」


 神様の言う通り、僕は昔からそうだった。

 困っている人が見過ごせない。

 助けるのが当たり前。

 改めて言われてみると、困っている人を前にして助けるかどうかを考えたりせずに、どうしたらその人の助けになれるかをまず考えていた気がする。


「いや、とても素晴らしいことなんだそれは」


 逡巡もなくそう言って笑いかけてくれる神様に、ちょっと照れくさくて「そぅ……ですか……」なんて、小さい声で答えるのが精一杯になってしまう。


「だからこそ私は君のことが大好きになったんだ。そして君の亡くなった顛末を見て改めて思った。“こんなのあんまりにも君が報われないじゃないか”ってね。君の物語がこんな形で終わってしまうことが認められなかった」


「それで神様は僕をここに……?」


「ああ。……君に何も告げずに転生させることもまあ、可能ではあるんだが、それでは素晴らしい君のことだ、またきっと自分を犠牲にして誰かの助けになって物語を終わらせてしまう。だからお節介なことは重々承知で君を呼んだんだ。君にこれからどうするかを、決めて貰う為に」


 ーーそういう、ことだったのか。


「えっと……じゃあ、さっき神様が言った答えっていうのは……?」


 どうして僕がここに呼ばれたのかはわかった。

 でも、まだ全部聞いたわけじゃない。


「うん。まず、君は事故に遭った人達を助ける為に無謀な事をした。そのおかげであの場にいた君以外の全ての人命を救うなんて奇跡をおこした。そして君自身は亡くなってしまった。普通はそこで終わりだ。だが、その行動によって君は私の目に留まった」


 指折り数えながら、神様は一つずつ確認するように、僕にもしっかりとわかるように答えてくれる。


「そして君は選択肢を得た。私の言う物語の続きを歩み始めるか、もしくは物語終え、全く新たな人として輪廻の輪に戻るか」


 そうしてもう片方の手も挙げて、二本の指を残して全て握って見せる。


 これが、僕が選ばなくてはならない選択肢。


「でもまあ、私は神だからね。君がどっちを選ぶかなんてお見通しだ。だからこそさっきの答えになったんだからね」


 そう。そうなんだ。

 神様が言うように、僕が選ぶ選択肢なんて決まっている。

 だって僕は、少し前に神様が言っていた“こんなのあんまりにも君が報われないじゃないか”って言葉を聞いた時に、はっきりと自覚してしまったんだ。


「僕はあの時、自分が死んでみんなを助けられるならそれでもいいなんて……思ってなかったんですね……」


 死ぬことを納得するなんてできなかったんだ。

 あの日の事を思い返して涙が止まらなかった時点で、そのことに気付いてもおかしくなかったのに。


「それは生き物として当然の事なんだよ。そんなことができるモノを人間とは呼べないだろうね」


 うん。僕の選ぶ選択肢は決まっている。

 あそこで終わってしまうことに、納得できていないんだから。


「さて、答えは分かっているとは言え一応君の口から聞いておこうかな」


 さっきまで顔の横まで挙げていた手を下ろして、プラプラさせている神様にはっきりと答えた。


「僕は……僕は、このまま終わりだなんて嫌です。だから僕に、ここからまた物語を続けていくチャンスを、下さい……!」


 神様から目を逸らさずにそう言い切ると、


「とても、とても素敵な答えだよ聖司くん」


 そう言って僕の手を取り、今までで一番の笑顔を向けてくれる神様からしばらく目を離せなかった。

 そして神様がくれた答えはこう。


 ーーあの日君の起こした奇跡が、このもう一つの奇跡を生み出すきっかけになったんだ。そんな素晴らしい奇跡のきっかけになった“君の行動が間違いだなんてとんでもない”。私をその素敵な運命に交わらせてくれた君の勇気に感謝をーー


 なんだかちょっとズルい答えだなと思ったけれど、それを聞いた時に僕は思わず笑ってしまって。

 なんでもお見通しな神様は笑っている僕を楽しそうに見て、いつの間にか現れていた椅子へ向かって僕の手を引き、


「さあ、それではこれからの話をしようか。なに、ハッピーエンド好きな神である私が手を取ったんだ。必ず君も納得できるハッピーエンドに導いてみせよう」


 そう笑顔で語りかけ、歩み始めた。

前話までにくらべ、かなり長くなってしまいました…。

もっとコンパクトかつ綺麗にまとめたかったのですが……力量不足を感じます。


次話でプロローグは終了となります。

本編に入ってからは、なるべく明るいほわほわしたお話作りをしていくと思います(というかそれが書きたくて始めた)ので、もう少しだけお付き合いくださると幸いです。

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