報われなかった人生②
✱サブタイ、報われなかったとあるように、少し暗めの話になっています。
苦手な方はご注意ください。
「それじゃあ、どうして私が君を呼んだのか、その説明をしようか」
にこにこぴかぴかしながら神様は、そう言って僕をじっと見つめる。
「金白 聖司君。年齢は16歳だったかな。君はとてもいい子だった。困っている人がいればどんな状況でも助ける努力を惜しまなかったし、自分の周りへ可能な限り、最大限の奉仕を欠かさなかった。それが当然と信じ、疑わず、また見返りも求めなかった……」
スラスラといつの間にか手にしていたファイルを読み進め、一度言葉を切ってこちらを見る。
「まあ、ここまでなら近しい人間もいるだろうね」
肩を竦めてまたファイルへと視線を移し、再び読み始める。
「これは君が五歳の頃の話だ。同じ幼稚園に通うお友達が、なにかの拍子に大事なワッペンを無くしてしまったそうだね。それを知った君はそのお友達の為にワッペンを見つけようと探し始める。両親や幼稚園の先生に心配を掛けない為、幼稚園にいられる間だけ、その上自分に使える自由な時間全てを費やして探し続け半年後、遂に見つけたお友達の大切なワッペンを誰にも告げずにお友達のカバンへと返してあげた……覚えているかい?」
「は、はい」
たしかそのワッペンは、見つけた時には少し傷んでしまっていて、なんとか直してあげたかったけれどどうしようもなくて、そのまま返すしかできなかったんだ。
悔しかったけれど、次の登園日にそのワッペンをつけ彼女が満開の笑顔を見せれくれて、それだけで満足したのを覚えている。
「………」
僕のことをじっと見て、なにか考えているような、それとも何かを確認しているような……とても不思議な目をこちらに向けて、そのまま神様は続けて読んでいく。
僕が八歳の時に地元の夏祭りで、迷子を数人保護した話。
僕が九歳の時に学校の水泳の授業で溺れたクラスメイトを助けた話。
僕が十一歳の時にひったくり犯を捕まえて表彰された話。
そしてこの辺りから話の雰囲気が少しずつ変わってくる。
十三歳の時、クラス内のいじめをどうにかしたくて先生達に相談したり、休み時間やHRを使ってクラスみんなで話し合い、なんとか解決できたと思ったら、いじめの標的がいつの間にか僕になっていた話。
十四歳の時、町内ボランティアや校内の美化活動、その頃僕が自主的に行っていた色々な活動についてクラスメイトに「目障りだから辞めろ」と言われ、目立たない様に、できるだけ目につかないようにと意識して活動を続けた話。
十五歳の時、ずっと続けていた大好きだったボランティア活動を、受験を理由に両親にやめさせられそうになった話。
そして十六歳になって初めての夏の話……。
「君はその日、初めて一人で旅行に出掛けた。小さい頃から一人旅に憧れていたそうだね。高校生になってすぐ始めたアルバイト代を握りしめて、憧れの一人旅。とても嬉しかったんだろうね」
「……はい」
そう。僕はその時、神様の言う通りとても嬉しい気持ちでいっぱいだったんだと思う。
何週間も前から、その日をずっと楽しみにしていて、少し前までの苦しいことや悲しいことなんて全部忘れていた。
「目的地は県を跨いでずっと向こう、たしか君のご両親が若い頃に出会った、思い出の町……だったね」
「………」
そう。小さい頃よく両親に聞かされていた。
父さんも母さんもまだ若かった頃、キラキラした思い出をたくさん作ってくれた素敵な町があるんだって。
たしか最初の一人旅の目的地で迷って両親に相談した時、いくつかの候補をあげてもらっていくうち、この町の話を久しぶりに聞かせてもらったんだ。
それで即決だった。
「移動手段はロードバイク。当日の天気はあまり良くなかったようだけど、その時の君にはあまり関係なかったかな?」
「そう……でしたね」
神様はあまり抑揚もなく、どちらかと言うと淡々と読んで聞かせてくれているはずなのに、何故だか視界がぼやけてくる。
ついさっきまでは納得できたと、未練なんてないと、そう思っていたのになぁ。
「家を出て、町を出て、立てていた計画通り、日が沈む前には一つ山を越えて麓の道の駅で休む予定だった」
そのまま神様を見ていることが出来なくなって、顔を上に向けて思い出す。
お昼過ぎに山に入って、半日掛けて山を越える予定だった。
初めての遠出だったし、たしかかなり余裕をもって予定を組んでいたはずだ。
「登り坂を四苦八苦しながら進んでいた時、ぽつぽつと雨が降り始めた」
その日は特に暑かったし、最初は涼しくてたすかるなぁなんて呑気に考えていたっけ。
「ちょうどその時だね。君の横をクラクションを鳴らしながらバスが横切った」
結構なスピードで追い抜かれて、ちょっと怖いなと思ったのを覚えている。
同時に、少しだけ嫌な感じもしていたなぁ。
今思い返すとだから今更かな。
「やっとの思いで登り切ったあと、予定よりかなり時間がかかったことに気付いたみたいだね」
何よりも坂を登るのがとっても大変で、時計を確認する余裕がなかったんだと思う。
でもここからは下りだし、頑張って遅れを取り戻すぞーくらいにしか考えてなかった。
「休憩を終えてすぐ、坂を降り始めて間もなくだね。君は道路上に散乱したガラスや、何かが擦った痕、崖の向こう側へひしゃげてちぎれているガードレールを見つける」
その時には雨もかなり強くなっていたし、日も傾いていたから、ちょっと焦っていた。
でも、どうしても僕は。
「……見過ごせなかったんだね。崖下へ転落しているバスを見つけた君は、すぐに通報した。発見した場所、状況をしっかり伝えてとても的確な行動だった。でも、その先は良くなかったね」
「………」
良くなかった……んだろうか。
警察や救急に通報したあと、バスに向かって助けを呼んだことを大声で伝え続けた。
距離がどのくらいあったかはわからないけれど、励まし続けていればきっと助かってくれると信じて叫んでいた。
そして辺りが段々暗くなってきて初めて気付いた。
バスが燃え始めていることに。
多分、少しは躊躇ったと思う。
けれど、気が付いたら崖を駆け下りていた。
次回は少し報われる……はず。