花火
以前投稿したものの加筆修正版。
これと言った変わりはない。
後書きは物好きな方のみ読んでください。
僕は小学生の頃
夏になると必ず家の前の車道で花火をした
打ち上げは音が出て迷惑だからやらなかった
使わなかった打ち上げは倉庫にしまって
毎年湿気って使えなくなったのを見て
「湿気ってるね」なんて言って袋に捨てた
打ち上げができないから
いつも手持ちのをやった
打ち上げは祭りで見るもの
そういう認識があったからそれで満足してた
でも、3年生くらいになると
ただ見るだけじゃつまらなくなった
そこで、雑草を燃やす事を考えた
キラキラとした光が葉に触れると
その部分に穴が開く
それが楽しくて、3年生の夏はそれで満足した
でも4年生になると
雑草だけじゃつまらなくなった
そこで、虫を燃やす事を考えた
主にアリやバッタだったと思う
キラキラとした光が虫に触れると
その虫はのたうって
真っ白になって
動かなくなった
それが楽しくて、4年生の夏はそれで満足した
でも、5年生になると
虫だけじゃつまらなくなった
そこで、⬛️⬛️を燃やす事を考えた
キラキラとした光が⬛️⬛️に触れると
その⬛️⬛️はのたうったが
燃やした部分が赤黒くなっただけで
まだ動いて、呻いていた
⬛️⬛️は打ち上げと一緒に倉庫にしまった
それが楽しくて
5年生の夏はそれで満足した
でも、6年生になると
去年と同じじゃつまらなくなった
そこで
⬛️⬛️が動かなくなるまで燃やす事を考えた
キラキラした光が⬛️⬛️に触れると
⬛️⬛️はのたうったが
毎日毎日同じ事をすると
真っ黒になって
動かなくなった
それが楽しくて
6年生の夏はそれで満足した
その夏だけは
打ち上げの音が小さかったので
打ち上げが余らなかった。
読んでくださりありがとうございました。
草や虫を花火で燃やすのは誰もが経験したことではないでしょうか。今思うと何が面白かったのかは不明ですが当時の僕はそれに何か面白さを見出していたのでしょう。虫を殺した経験で僕が今だに忘れられない物があります。それは、今では触ることも見ることもできないバッタを虫かごに入れ、その虫かごに木工用ボンドをなみなみと注いだというものです。ボンドを注いだ後、僕はその虫かごを家の裏手の小屋の陰に隠し、放置しました。数週間後、虫かごを見に行くと、緑色のバッタがいたはずの場所には茶色い液体が滞留していました。自分でしたことながら大変な衝撃を受けたことを覚えています。今思えば、あれが虫を殺すことへの罪悪感を初めて感じた時だったように思います。落とし所がわからないので強引に終わります。つまらない後書きまで読んでくださりありがとうございました。




