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第 Ⅷ 話 憧れの造形

この物語はただの創成物語(フィクション)である。

 

「お……おき………だ……じょ……」


 声が聞こえてくる。意識が朦朧としてるからか、誰の声かはまだ判断できないが、恐らく知っている声だ。


「おい、……きろ。……じょう……か」


 意識が戻っていくうちに、徐々にその声の輪郭がハッキリとしていく──男性の声だ。

 男性となると一体誰だろうか。私の知っている限り、あの街の惨状で生き残っている人間なんて、私とベルくらいなものだが……。

 次第に脳が冴えていき、台詞がしっかりと聞こえてくる。


「おい、大丈夫か! しっかりしろ!」


 声が何を言っているか理解できると、その声に応えるように目が開いていく。視界に映る、ぼやけた人影──少しずつ瞳孔が光に慣れていくと、ようやくその声の主の全体像が見て取れ、誰だか確信に至る。


「アニ……キ?」


 私の声を聞くと必死に呼びかけていた人物は私を力いっぱい抱き締めた。


「クソっ、心配させやがって。こっちが呼んでるんだからさっさと起きやがれ、ったく!」


 ■ ■ ■


 バッツ=ラースグニル────私が小さい頃から仲良くしてもらっていた人物だ。私にも、ベルにも兄弟は居ないのだが、とても私たちに優しくまるで兄のような存在感から私は彼のことを「アニキ」と呼んでいる。


 身体が軋む。特に抉れた脇腹が痛い。こっちは大怪我しているというのに、力任せに抱き締めやがって……。

「辞め、て、アニ……ッ!?」

 腕を叩きながら、ギブアップを宣言するがどうやら聞こえていない様子で、より力を強める。

 すると、横からそれを眺めていた男が、私の様子に気付いたようで彼を宥めてくれた。

「そこら辺にしてやれ、ラース。気持ちは分からんでもないが」

「えっ……ああ、悪い。つい、感情的に」

 ようやくむさ苦しい挨拶から解放され、痛みが引く。

「大丈夫か? 痛みは増してないか?」

「ま、まあ、大丈夫……」


「ベルは? マナベルは大丈夫なのか?」


「彼女なら大丈夫よ。あんまり騒がないで頂戴。ぐっすり寝てるんだから……」

「そうか、それは良かった……」


 そう言うとアニキは落ち着きを取り戻した。

 全く、相変わらず騒がしく暑苦しい人だ。


 ……ところでだが、疑問に思ったことがある。


「何で、アニキがここに?」


 というのも、アニキは18になったのを機に世界徴兵組織「ギルド」の一員となる為に王都に旅立ち、2年前よりこの街を離れていたはずなのだが……。


「たまたまこの近辺で依頼があってな。久々に里帰りでもしようと立ち寄ったんだが……」


 アニキの顔色が曇った。

 言わんとしてることは分かる。恐らく彼も家族や知り合いが心配なのだろう。あまり言いたくは無いが……。


「何があったか、説明してくれないか?」

「うん………」


 私は自分が経験した事の全てを話した。

 突然(ドラゴム)が現れ、街襲に来してきたこと、その時に女の子を庇って大怪我を負ったこと、瓦礫から脱出するとこの景色だったこと──そして、あの(ドラゴム)との戦いも。


「そうか……、じゃあ俺の家も……」

「うん、……知っている人の家は一通り見て回ったんだけど……」

「分かった、ありがとう」


 いつも通りを装い、明るく振る舞ってはいるものの、何処か笑顔が濁っている。


「少し済まない」


 そう言うと、後ろを振り向き右手で顔を覆う。

 感情的とは言えあまり弱さを見せないアニキから久々に涙を見た気がした。まあ、無理もない。私も大泣きした事だし。


 感情の整理が落ち着いたのか、こちらを見ながら彼はこう言った。


「だが、お前達だけでも、生きていただけで……良かった……」


 少し涙を浮かべた目で笑みを浮かべる。

 私もそう思う。身近な人間が、1人でも多く生き残っているだけで嬉しい。

「私も、そう思う。ベルが、アニキがいてくれて、嬉しい……」

 アニキは先程と違って優しく私を抱き締めた。

 私とアニキは、今互いが生きている喜びを分かちあった。


 ■ ■ ■


 それはそうと、私には気になることがあった。


「アニキ、2人は……」


 そう、後ろの2人である。彼らは一体何者なのか私は気になって仕方なかった。アニキの知り合いであることは確かなのだようが……。


「ああ、そうか、2人はコイツらを知らないんだったな」


 そう言うと、アニキは2人の説明を始める。


「こっちは"ルーク"。まあ、俺たちの頭脳担当だ。見たまんまだろ?」

「見たまんまとか言うなよ! まあ、よろしく」

 眼鏡を掛けた以下にも頭脳派と言わんばかりの人だった。感情的なアニキにはこういう参謀というか、冷静な人物は必要不可欠だろう。

「こっちは"アンジュ"。半真半精(エルヒューマ)で、俺よりも年上だ」

「余計なこと言うなっての! よろしくね」

 そう言われると確かに真人(ヒューマ)と比べれば耳が少し長い気がする。精人特有の背中の羽根は見受けられないが、色素の抜けたような肌などは確かに精人のそれである。長くサラサラとした金髪が美しい。

「まあ、2人とも良い奴だよ。仲良くしてやってくれ」

 2人とも、アニキと仲が良さそうで何よりだった。

 私も彼らとは接しやすそうだ。

 それに対して、今度は私とベルの紹介が簡単に入る。

「ルーク、アンジュ、こっちがアベル、そっちの寝てるのがマナベルだ。小さい頃から仲良くしていてな、可愛がってやってくれ」

「よ、よろしくお願いいたします」


 すると、突然彼らの空気が変わる。


「おい、ラース」

「ああ、まあ、こんな惨状なら寄ってくるだろうな」

「ええ、全く油断も隙もないわね」


 私の預かり知らぬところで、勝手に3人が意思疎通をしている。突然の会話に、何の話かついていけない。

 だが、直ぐに私もその話の趣旨を理解する。


 奥の方から何かの気配がする。

 生物の気配だ。それも1つではなく、群れをなしている。

 身体を起こし、先にその方角を見やってる3人に倣って、私もその方向を見やる。


 そこにいたのは、ぞろぞろと群れをなす魔物の集団であった。


 ■ ■ ■


 魔物──体内に「邪素(じゃそ)」という毒性のある物質を含んだ生物の総称である。とある存在(・・・・・)によってまるでお遊びのように作られ、そこから増殖を重ね、現在様々な種が世界各地に生息している。「邪素(じゃそ)」を持っている生物は凶暴性が高く、魔力──魔法の展開する速度やマナの量などを総合し算出した魔法総合能力の略──も他の生物と比べて高くなっている。「魔獣」とも呼ぶ。

 そして、現れた魔物の名は"ウルフェン"。又の名を"屍肉(しにく)荒らし"。得意の鼻で探し出しては死体や弱った個体に集る魔物。世界中に分布してるらしく、この街でも駆除対象として危険視されていた魔物だ。


「相変わらず、何処からともなく血の匂いを嗅ぎつけてわらわら現れやがって」


 数は私達よりも上。動けない私とベルを除けば戦力差は圧倒的だ。

 だが、3人は顔色を一切変えない。それどころか、余裕の表情を浮かべていた。


「大丈夫だ。これくらいなら何度だって対処してきたさ。アンジュ、ルーク、お前達は手を出さないでくれ。ここは一丁、挨拶がてらとして、可愛い兄弟に格好をつけさせてくれ」


 アニキが前に歩き始める。


「お前達のアニキがどれだけ成長したか、ちょっくら見届けて貰おうかね」


 彼はそう言いながら、ウルフェンの群れに立ち塞がり、身につけている白い手袋を外す。

 悠々としたその後ろ姿は、物凄くカッコよかった。2年前に別れを告げたあの時のアニキよりも、凛々(りり)しく、大人びている。

 だが、目の前の魔物の群れを見ると少し、心配が湧き出てくる。

 そんな心配そうな私を見てか、隣で仲間の2人が私に言葉を掛ける。


「心配すんな、アイツならあれくらい大丈夫だ」

「そうよ。私達のリーダーを、君達のアニキを信じなさい」


 彼らの言葉でハッとする。ああ、確かにそうだ。アニキなら……彼なら大丈夫だろう。

 だってアニキにはあの力があるのだから──。


 ────


 アニキにはベルと同様、特殊な力がある。「神の恩恵」と呼ばれるそれは彼の唯一無二の力であり、理屈では説明がつかない。


 彼が授かった力は「造形」──触れたものを自身の思うがままに(かたど)る能力である。


 彼は勢いよく両手を地面につくと、彼が触れた周囲の地面が膨れ上がる。そして、まるで生物のような土で構成された太い触手が目の前の魔物を()ぎ倒す。胴体に直撃し、魔物は弱々しい鳴き声を上げて彼らの群れの遥か後方に飛ばされる。

 それを見た魔物達は仲間の(かたき)を討たんと次々とアニキに飛びかかる。が、しかし、アニキの力はその数の差をものともせず、素早い(さば)きで(しな)った触手を(むち)のように相手に叩きつける。……いや、当たった魔物は(むち)なんてもので済まない。構成されている物質は土なのだ。この辺の土は火事が起きたのもあって、素材となった土は非常に乾いている。そしてその硬度は石の如く──()わば石柱を叩きつけられているくらいのものである。

 2年前のアニキとは実力も段違いだ。2年前ならせいぜい土で剣を象るのが精一杯だったのに……規模が大きくなっている。


 彼の強さに圧倒され、その実力差に怯えた魔物達は威嚇(いかく)をしながらも、後退(あとずさ)りをしている。その様子を見たアニキは魔物達の近くの地面にその触手を思いっきり振り下ろし、砂煙と大きな音を立てて威嚇(いかく)をし返した。それを機に、魔物達はキャンキャンと情けない鳴き声を上げて、一目散に背中を向け逃げ出す。


 その様子を見届けるとアニキは両手を放す。すると、生物のように(うごめ)いていた土の触手は重力に従って崩れ落ちていく。そして、ただの土の山と化した。


「どうだ? かなり恩恵を使いこなせるようになったんだが」


 振り返ったアニキは言葉を求めていた。

 恐らく、「カッコよかった」を求めているのだろう。

 清々しい程に笑みを浮かべながら、今か今かとその台詞を待っている。正直、こんなに強要されると言いたくない。言いたくないのだが……


「悔しいけど、カッコよかったよ」

「そうか、ありがとう!」


 カッコよかったのは事実だった。

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