第ⅠLⅧ話 国境を越えるには
この物語は、ただの創成物語である。
「フォルテ……君、実戦も出来るんだね」
「み、みたいですね……。一応、家庭教師から一通りの教育は受けておりますので、対人戦なら人並みには……」
少し謙遜気味にフォルテはそう言った。しかし、相手の状態を見れば、一般人以上の働きをしているのは確かであった。
一行の行く手を阻んだのは小鬼の集団。
初心者でも相手取り易い、比較的危険度の低い魔物だ。
当然、私達と旅をするならこういった危険は付きまとうものである為、私達の補助有りでの討伐をやってみることにした。本来なら私達が率先して戦うべきだが、これも1つの社会経験だ。
案外彼も乗り気のようで、いざやってみると──
「初めての討伐なのに、補助無しで小鬼10体は中々なもんだよ」
彼のマナ適性は「土」。彼もジルフォード子爵の勧めで一応「第2級」の魔法資格を取得しており、詠唱しながらだが魔法はそれなりの使い手である。
彼の戦い方は非常にスマートだった。
少ない手順、少ないマナ使用量で効率的に相手を仕留める──敵の体数の土で出来た刃を作り出すと、そのまま勢いよく射出し、相手の弱点を貫く。
とにかく、精度がいい。魔法の生成スピードも早い上に的確に狙いたいところに命中している。
お陰で全くの補助無し、かつ一網打尽で早々に片がついた。
正直、想像以上だ。貴族の教育を受けている上に魔法の使い方にも長けている天人の血を引いている為、それなりに魔法は使えると思っていたが──まさか実戦でも即戦力なレベルとは思ってもみなかった。
想像以上の戦果に、リリスもベルも思わず「おぉ」と少し唸っている。
私達に褒められたのが嬉しかったようで、俯きながら彼は照れていた。
「あ、ありがとう、ございます……」
あれから1日以上の時間が流れ、ある程度打ち解け始めたところではあるが、しかしまだ私達に対する距離感と謙虚さは否めない。
彼とは改めての自己紹介の前置きとして、「家族や友達のように気軽で構わないよ」とは言っているものの、やはり敬語や卑下が抜けず、少しおどおどしているのが分かりやすく見て取れる。まあ、仕方もあるまい。
まだ知り合って4日目だ。そう簡単に慣れるわけもなく、これまでで形成された性格が治る訳でもない。こればかりは時間をかけて慣らしていくしかないだろう。暖かく見守り、話していくしかない。
「このレベルなら、取り敢えず、今後は後衛で頑張ってもらおうかな。無理はしないでね」
「は、はい、期待に応えられるよう頑張ります……」
積まれた敵の死体の前で、彼は元気にそう言った。
「さて、本題はここからだな」
私はそう言いながら、行く先を見やる。
そこには大きな擁壁が、遠方に連ねている。
今から私達はあの、難所を攻略するのだ。
■ ■ ■
ロッタダルト──ここアルデート王国とウェルネス中央連邦の国境に位置している重要な関所都市の1つだ。かつては王国側の「ロッタ」、中央連邦側の「ダルト」という別々の街があったのだが、終戦後に互いの友好を示すために各地にあった関所都市は統合され、お互いの司法が及ぶ境界都市へとなった。双方の国の物流や文化が入り混じり、独特の生活圏になっているが、特にこの街で目立つのは──
「相変わらず、大きいわね……」
「聞いてはいたが、いざ見ると圧巻だな……」
二国を分かつ、大きな長城である。
王国と中央連邦の国境には大きな壁──長城が地平線の彼方まで連なっており、攀じ登って超えるのもかなり厳しい。例え可能だとしても兵士の監視によって直ぐに阻まれてしまうだろう。
この長城も種族間戦争の時の名残りだ。国民の流出と他国の侵攻を防ぐためにアルデート側が設け、長年アルデートと中央連邦の最前線としてアルデートを護ってきた、まさに鉄壁の要塞だ。
それが今でも、我々のようなお尋ね者を阻むために大勢の衛兵が導入されている。……まあ、私達は濡れ衣なのだが、どちらにせよ、ここが私達の旅の最大の難所となる。
無論、情報など既に伝わっているだろう。
国の伝書技術は鳥による圧倒的伝達力で例え寄り道していなかろうが、人の進むスピードを大きく上回る。
何処までの情報が出回っているかは分からないが、しかし無策で突破を試みれば間違いなくそのままお縄がオマケで王都に蜻蛉返りだ。
私達もそこまで馬鹿では無い。策は幾つか見積もってある。
「じゃあ、計画通りに」
「あんまり気乗りしないなぁ……」
「仕方ないだろ、こうする他ないんだから」
私もこの計画にはあまり気乗りしない。
だが、今この国境を超えて先に進むにはこうするしか方法がないのだ。
■ ■ ■
入国審査官の審問に並ぶ人の列。
その中に1つの馬車と1人の少年──無論、我々の馬車とフォルテである。
──さて、今度は我々の番となり、フォルテがそれに応じる。出国証と身分証を手渡し、早速審問が始まる。
「アルデートのは入国審査官『ゲルム』だ。これから少し君に対して審問させてもらう。早速だが、中央連邦にはどういう目的で」
「な、仲間の里帰り……の予定でした……」
「予定、とはどういうことかね」
「そ、その……仲間が……道中で魔物に襲われて……と、取り敢えず、報告だけでもしに行くつもり、です……」
「仲間の死体はどうした」
「わ、私1人逃げた後に応援を連れて戻りましたが、殆ど原型を留めていなかった為、そ、その場で埋葬しました……」
「そうか……災難だったな……」
おどおどしている彼に若干の心配は覚えるが、どうやら上手く信じ込ませられているようだ。まあ、無論、そんな話は嘘ではあるが。
「荷馬車の中身は何だ」
「の、野宿する用の道具と食糧、あ、あとは道中で討伐した魔物の素材です。4人で旅をしていた為、荷物は多め、です……」
「中を確認する」
「はい、どうぞ」
ここで品物を隠すのはかえって怪しまれる。素直に見せるのが吉だ。
「確認しろ」
ゲルムと名乗った入国審査官の指示で他の審査官3人が馬車に駆け込む。中の様子を隈なく調べ、何か問題が無いか確認していく。
「この樽は」
「ま、魔物の素材です。旅の途中で討伐したものに、なり……ます……」
フォルテの回答に対して本当にその通りなのか中身を開けて確認する審査官。蓋を開けるが、当然中身は魔物のコアや角、牙や毛皮で詰まっており、特に異変はない。
「樽の中身に問題ありません。」
「食糧の方も特に問題のあるようなものはありませんでした」
「兵用犬の方も反応ありませんね。少し、魔物の臭いに嫌がっているようだが……」
「まあ、反応がないなら問題ないな」
魔物の素材が入っているのだ。その臭いくらいするだろう。
「な、何か、厳重ですね……」
「まあ、騎士団から要請があってな。この前から警備を強くしている」
世間話程度にフォルテが話しかける。
少し怪しまれただろうが、実際調べた結果が特に何も無いのだから、まあ、そういう性格だと認識されただろう。
「君に、神の御加護があらんことを」
そして問題なく出国証に印が押され、フォルテはそそくさと逃げるようにその場を去った。
────
ガタッ、ゴト
暗い闇の中、馬車の揺れによって荷物が動く音だけが聞こえる。外の情景や様子が全く分からないが、暫くした後に、移動音がピタリと止む。
──そして、
「もう、大丈夫ですよ」
人気の無いところで、フォルテの呼びかけが聞こえる。その呼び掛けに私達は勢いよく飛び出した。
「はぁ……、緊張した……」
「流石に狭くて身体が痛むわね……」
「狭くて、熱かった……」
それぞれが少し愚痴りながらも、何とか抜けられたことに安堵する。
「皆さん、お、お疲れ様です……」
フォルテがそんな私達に労いの声を掛けてくれた。
■ ■ ■
絡繰単純だ。
樽の中は二重になっていたのだ。人1人程度ならが入れるスペースを開け、そこに我々が入り、上からフォルテの土属性魔法で蓋をした。後は上からこれまでで得た素材でカモフラージュするだけだ。蓋を開けても一見では分からない。
ギルダーが道中で手に入れた素材を持ち込むことは何も珍しい事ではない。中身が何なのか確認さえしてしまえば、問題なく通されることは分かっていた。
あとは衛兵の保有している犬──兵用犬の突破だ。
兵用犬は薬物と人の臭いを嗅ぎ分けるのに特化している。幼い時から訓練で躾られ、そういう風に育つそうだ。
その為、ただ樽の中に入るだけでは容易にバレてしまう。だが、この犬達にも弱点はある。それが『魔物独特の臭いに弱い』ということである。
魔物からは独特の臭いがする。腐臭というか、糞尿の臭いというか、とにかく鼻を突き刺す生物的に受け付けない強烈な臭いが特徴だ。そこらの生き物の死骸よりも遥かに強い悪臭──話によると、邪素による汚染が理由らしいのだが、その臭いが犬の嗅覚を狂わせる。
だが、素材についている程度の臭いなら嗅ぎ分けられてしまうだろ。その為、私達は自身の人の臭いを誤魔化すために邪素の汚染が大きい魔物の体液を染み込ませた布を身体で覆う。邪素は人体に有害であるため、臭い布の中に更に普通の布でカバーしていたが、この手間が功を奏したようだ。邪素に直で触れることがなく、肌の炎症なども起きていないようだった。兵用犬の試練も突破できた。
フォルテが出した身分証はベルのギルド登録証を使った。
私のものではバレる可能性がある、リリスはそもそも持ち合わせていないので消去法だ。
幸い彼はそこまで確認しなければ女性に見える。半真半天の片翼はそこまで大きく無いため、上着で隠してしまえばなんとか見えなくて済む。
まあ、私と同じくベルも捜索対象されていればこの戦法も破綻していただろうが……今回は結果オーライということで。
ともあれ、出国許可証も問題なく受理され、中央連邦へ足を踏み入れることに成功した。
案外、すんなりと上手くいったもんだ。
さて、この後の行動だが……。
「さ、流石に臭いが……」
「だよな……」
「す、凄い臭い……ですね……」
ツンと身体から臭う腐臭──もとい、魔物臭。流石にこれからこの臭いで街を彷徨く訳にはいかない。
これから、湯浴びで身体を清めることは決定事項だった。




