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11回目の転生目録  作者: 上代 迅甫
第二章
52/52

第ⅠLⅦ話 ならば、私が──

この物語は、ただの創成物語フィクションである。

「よく、分かりましたね」


「君は、故郷を最期に見たかったんだろう」


 彼があそこで死のうとしていた理由はそれだった。

 ここは丁度、アヴェリィ領との領土境界が近い。


 しかし、幾ら麦畑の続く平坦な土地とはいえ、馬で移動するほどの距離があるあそこからでは、流石に見えないだろう。


 だが、その時も彼は死にに来たんだ。

 そこからわざわざ移動するのも面倒だと感じたのだろう。どの道、死ぬ予定なのだ。彼はあの時、それくらいのことと諦めてその場から落ちた──が、運悪く私達に助けられて生き延びてしまった。


 もう一度死ぬなら、折角なら──そうして彼が探したのがここだった。


「ここからでも、故郷は見えないだろう」

「ええ、思っていたよりも遠いですね」


 まあ、だからと言って、彼の故郷である町がここから見えるわけではないのは同じだ。


「また、邪魔しに来たんですか」


「無駄ですよ、貴方が止めようとしても、僕の心は変わらな──

「いや、違う」


 全て言い切る前に、私は遮って言葉を伝える。


「私は、君を止めに来たのではない。君から話を聞き出しに来たんだ」


 まあ、この言葉は半分嘘で半分本当だ。


「話、ですか」

「そうだ。私達はまだ、君の本心を聞いていない」

「話す必要ありますか。今から死のうとする人間の話なんか聞いて意味がありますか」

「だからこそだ」


 止めに来た訳ではないというのは、あくまで出まかせ。子爵から頼まれた上に、私自身救ったのなら、最後まで救わなければならないという使命がある。

 だが、彼の本心を聞きたいというのは本当だ。


「どうせ直ぐ死ぬんだろ。なら言いたいこと言って悔いの残らないようにして死んだ方がいいと思わないかい」


 でなければ、彼の救い方が分からない(まま)だからだ。

 返事はなかった。だが、それも悪くないと思ってくれたのか、彼は少しずつ話し始めてくれた。


「僕は、何の為に生まれたんでしょうね……」


 (かす)れそうなほど、か細くか弱い声──男性でありながらも幼い声色は、そんな彼の今の心情を表しているかのようだった。


「これまで、僕は『誰かに必要とされている』と思っていました──でも、違ったんです。その逆だったんです──。記憶を失うほどに僕は本当の親から忌み嫌われ、兄弟からも拒絶されました。ジルフォードさん達だって、血の繋がっていないこんな僕のことなんか、厄介としか思っていませんよ」


 そうか、彼はどこまでも自虐的なのだ。

 だったら、どうすればいいか分かりやすい。

 私も()()()()()()()()()だからだ。


「何の為に──か……」


「肩に力を入れすぎなんじゃあないか?」

「一体、どういうことです?」

「君は気を張り詰め過ぎなんだよ、そんなものはなんだっていい。今は無くても、後から付けてもいいんだ」

 ベルと話したことを思い出す。「そんなもの無くてもいいんじゃあないかな」とその時はそう彼女に言った気がする。

 だが、ここでそれを彼に言うにはそれは逆効果だろう。なので今は「何でもいい」と言った方が、気が楽になる。それでいいと、私は伝えたかった。


「貴方に……」

 私の言葉に触発されたのか、感情が籠った台詞が彼から紡がれる。

「貴方に何が、分かるんですか!」

 怒り、哀しみ、劣等、後悔──様々さな感情が入り交じり激昂となって、今彼から吐き出されている。

「昨日会ったばかり、関係の薄い貴方に僕の何が分かるって言うんですか!」

 確かに彼からすれば、つい昨日会ったばかりの人間がいきなり自分を諭すようにするのは、幾らなんでもお門違いなのだろう。

 まあ、分かっていた。こんな言葉で心変わりするなら、もう既に解決している。ある程度想定内だ。

 そして彼の言葉は正しい、だが、だからこそだ。


「ああ、そうさ。私には何も分からないさ!」


 分かった上で、それを言っているのだ。

「じゃあ何故ッ!」

「君は誰かに話したのか! 誰かに君の思いを話したのか! 聞く限りじゃあ誰もそれを知らない。なら、そんなもの誰にも分かる筈がないじゃあないか!」


 何も言わずにして、自分を理解してくれようとするなど、烏滸(おこ)がましいにも程がある。私も私だが、彼も彼だ。

 ただえさえ話したところで、理解してくれるか分からない半ば博打のようなものだというのに、そもそも話さないとでは天と地ほどスタートラインに差がある。


「じゃあ、話して何か解決するんですか。無関係な貴方が解決でもしてくれるんですか!」

「私は君の救世主でも何でもない! 私に今の君の解決する手段を持っていると思っているのか!」

「じゃあ、何故貴方は僕を助けたんですか! 僕は死にたかったんです! でも、貴方が助けてしまった! 何故何ですか!」


 私が昨日から彼に抱いていた感情──私が、彼に抱いていた悶々とする気持ちの正体──。


「腹が……立ったからだ」

「えっ……」

「私は君の、そういうところが気に食わないからだ!」


 それは確かな「(いきどお)り」に他ならなかった。


 ■ ■ ■


 私は、生命を粗末にする人間は嫌いだ。本来ならたった1度しかない人生──そんな全人類に与えられた絶好の機会をみすみす無駄にする行為。

 思い返せば、どの人生でも私は後悔を残している。過去11回も人生を体験し、完走した人間ですら満足に歩めないのが人生だ。未だに、どうすればいいかその答えもないし、恐らく辿り着くこともないだろう。

 私はその程度の人間だ。

 しかし、私は自信を持って言えるのが「自ら望んで死んだことは1度もない」ということだ。それは、それだけは、その一線だけは踏み越えたことは断じてない。

 それを、たった1回しか経験したことの無い人間が知った口で語り出し、死を選ぼうとする浅はかさは──虫唾(むしず)が走る。


「君こそ、人生の何を知っている! たかだか数十年しか生きたことのない君が、死んだこともない君が、人生の何を知っていると言うんだ。必死に生きて、何度も絶望して、何度も立ち直って、生きて生きて生きて、それでも死ぬしか選択肢のなかった人間の気持ちを、君なら理解できているとでも思っているのか!」


 これは八つ当たりだ。満足に生きることの出来なかった過去の私を代表した、ただの自己満足だ。ただ死ぬことしか出来なかった過去の私達の怨念(おんねん)だ。

 だが、それを抜きにしても、彼には身に余るものがある。

 11回も生きて死んだんだ、説得力が違う。


「君にはまだ選択肢がある。模索する時間もある。それを放棄するな! その理由を、生命を懸けて探して、生命の限り藻掻(もが)けよ!」


 最早、傍から見ればどっちが説得しに来たのか分からない状況だろう。


「僕には、そんなこと……」

「出来ないとでも言うつもりか? 甘ったれるな! やってもいない癖に投げ出すのはただの『逃げ』だ! 同情なんて貰えると思うな!」


 あまりにも私が彼を口撃するものなので、彼も思うところがあったのだろう。ここで彼は反撃に打って出る。


「貴方に、そんなことを言う資格があるんですか……何の資格があって僕にこんなことを言っているんですか!」

 しかし、その程度の反撃でこの怒りは収まらない。

「 私は、君を助けてしまった!……深い理由もなく、ただ人の死ぬ姿を見たくないっていう自己満足のために君を助けた。助けたからには責任が伴う。無責任に助けるのはただの偽善なのは自分がよく分かってる。だからここまでして言っている」

「要らないです、余計です! 勝手に押し付けないでください!」


 そうだ、これは彼の言う通り押し付けだ。「生」という義務感の押し付けだ。別に生きることは義務ではない。生きるも死ぬも自由のこの世の中で、彼がやろうとしているのはそのルールに沿った1つのファクターに過ぎない。

 だが、それでも私は私の主張を押し付ける。これは過去11回も生きてきた人間として譲れない、私の中の「矜持(きょうじ)」である。


「何度言ったら分かるんですか……僕は死にたいんです!」

「だから、本心を言えよ! 誰も君を責めない、誰も君を(とが)めない」

 これまでの傾向から、彼が思いの丈を内に秘めたままにしてしまう人種なのは容易に理解できた。なら、まだこじ開けられていないはずだ。その本心を。

 彼を逆上させたのは、「勢いに任せて言いたくなる状況」を作る為の策略でもある。まあ、結局は私の憂さ晴らしなのは変わりないが。

 すると、彼は急にしゅんとした様子でこう答える。



「そりゃあ、生きていいなら生きたいですよ……」



 そう、誰だって生物ならば「生」を懇願(こんがん)するのは当然の摂理だ。例え死のうと考えている時でも、多少なりとも「生」に(すが)ろうとすることは間違っていない。


「でもっ! 僕にはその資格がない! 僕は存在してはいけない人間だったんです。僕がいるから家族は不幸になった。ジルフォードさんだって、こんな他人の子を押し付けられて邪魔に思っている(はず)だ」


 だが今の彼の場合は、死を誘う現状が彼の「生」に対する渇望(かつぼう)を上回ってしまっている。

 彼のそれは「生きたくない」ではない──「死なないといけない」なのだ。


「僕には……生きる理由が……無いんです。無いと、生きていけないんです……」


「家族」という理由を失った彼にとってそれは死活問題だろう。何においても理由を求めがるのは、何も珍しい訳ではない。それが「生」だとして、その理由が「家族」であることも、何も悪くない。

 しかし、これは直ぐには解決するのが難しい。(むし)ろ、出来ない可能性だってありうる。


 その空いてしまった「生の理由」という溝がどんどん深くなって、次の理由を見つけるまでが耐えられない──それが今の彼だ。


 ようやく、彼の涙を見ることが出来た。

 昨日から丸1日──不幸な生涯を送ってきた人間とは思えないほど、涙を見せなかった彼ではあるが、この会話で感情が昂ったのか、眼から溢れるように零れてきた。

 やっと人間らしい彼を見れた気がする。


「だったら、君にはこう言ってやる!」


 なら、今ここで彼に言うことは1つしかないだろう。




「これからは私が、君の生きる理由になってやる! だから──生きろ!」




 彼は、自分で生きる理由を見いだせないでいる。ここは、「生きることに理由なんて必要ない」と言っても、彼は納得しないだろう。


 ならば、理由を作ればいい。

 何でもいいのだ。例えば「明日の朝ご飯を食べる為」とか「今日の夜、ぐっすり寝る為」とか、そんなどうでもいい理由でいい。


 それを私が担う。

 彼を救った責任として、彼を助けてしまった偽善者として、私が取るべきは、彼の理由になってやることだ。


「貴方が理由になったら、一体何をしてくれるんですか……」


「今の私には一緒に食事をして、一緒に寝て、一緒に会話して、一緒に喧嘩して、そして──一緒に生きる。それくらいしか出来ないが、今の君にはそれが必要だろ」


 私にそれほどの価値は無い。別に金持ちな訳でも、力が強い訳でも、特段賢い訳でもない。

 家族なんて大層なものにも、勿論なることは出来ない。


 だが、「誰かの代わり」にはなれる。

 代用でいい、それくらいで丁度いい。

 今は違和感があっても、後々なれればそれでいい。


 だから、今はただ私をそう思ってくれればそれでいい。


 それが、助けてしまった私の、私なりの責任の取り方だ。


 彼は涙ぐみながらその場に膝を着く。


 私はゆっくりと近づいて、かれをそっと抱き締めてあげた。


 ■ ■ ■


 気付けば陽は沈み、辺りは闇で満ちていた。

 私の懐で泣き喚く少年を介抱し、どれくらい時間が経っただろうか。


「落ち着いたか」

「……はい」

「だったら、帰ろう」

「──はい……」


 グスッと鼻を(すす)りながらゆっくりと立ち上がるフォルテ。私の手を取り立ち上がると、俯きながらも彼は一歩を踏み出した。

 これが第一歩。彼が前向きに進むための、第一歩目だ。

 帰りに道に会話はない。気まずい雰囲気だが、しかし、これでいいんだ。

 彼の右手には、私の左手が収まっている。離れない、男ながらも小さく華奢(きゃしゃ)その掌で強く、強く握り締めている──いや、これでいいのだ。今は彼を離さない。


 ──


 街の方に近付くとベルとリリスが私達を待っていた。まるで2人で帰ってくるのが理解していたかのように──。


「よく私が郊外から来ると分かったな」

「街中を探しても見当たらなかったから、なら候補はフォルテ君と出会った場所が怪しいかなと」


 嗚呼、成程──彼女はこの街にフォルテが居ないと悟った時から私が解決するだろうとタカを括っていたのだろう。

 いやはや策士というか、()められたというか──まあ、結果的にそれは正解だったのだろうが。


 何かをやたらと周りを警戒している2人に、私は付いて行く。まるで何かから見つからないように、行く先々を確かめていた。


 そして屋敷の表門へ回ろうとすると、ベル達に止められる。さっきから何が理由かは知らないが、恐らく何かがあったのだろう。気にはなるが、後回しにし、言われるがまま連れられるがままに私は屋敷の裏門へと案内された。


「ただいま、お義父(とう)さん……」


 泣きじゃくりながら、必死に言葉を捻り出す。

 なんとも稚拙(ちせつ)な姿だろうか。


 だが、それがただの挨拶では無いことは直ぐに分かった。彼と()()()()()()()見れば直ぐに。


 ジルフォード子爵の顔からは涙が溢れていた。

 気付いているのから、はたまた自然なのかは分からない。少なくとも、貴族の振る舞いたる

 だが、理由くらいは幾ら鈍感な私でも、容易に想像できる。


 初めて──『お義父(とう)さん』とそうよば呼れたのだろう。

 そこに居たのは、子爵としてのオルディオス=ジルフォードではなく、ただの一介の父親としてのオルディオス=ジルフォードであった。


 彼は今呼ばれた挨拶を、湧き出す感情を、言葉にして返す。

 有り触れた、何の変哲もないその台詞──だが、今はそれが最適解なのだろう。



「嗚呼、お帰り──我が義息(むすこ)よ」



 彼らは今のこの瞬間、初めて本当の意味での『親子』となった。


 ■ ■ ■


「さて、早速で済まないが、君達は早々にここを()ってもらう」


 突然の台詞に戸惑う私。一方で他の2人を見ると、どうやら冷静なようで何が理由なのかハッキリと理解できている様子だ。……いや、(むし)ろこの場で理解できていないのは私とフォルテだけか。


「君達がフォルテを探しに出た後、王都から騎士団が訪れた。内容は『凶悪犯の捜索による街の巡回と検問の設置』だ。リリス君とベル君には既に伝えてある」


 成程、2人が街を警戒していた理由はこれか。

 しかし、もう追いつかれたのか……。だが──まあ、それもそうか。寄り道をしてしまった私の自業自得だ。


「それは君達のことなのだろ?」

「──はい、仰る通りです」


 少し緊迫した空気が流れるが、それは直ぐに払拭(ふっしょく)される。


「大丈夫だ、何か誤解があるのだろう。君達の様子を見れば、そんな人間ではないことくらいは容易に理解できる」

「それは……随分と高く見積ってくれているようで……」

「だが、私も立場上追われの身である君達を(かくま)うことも出来ない。だからせめて街の外まで見送りくらいはさせてくれ」


 どうやら、彼は私達を逃がしてくれるようだ。如何せん、子爵の話だと検問で街の出入口は封鎖されているようで、どうしようかと考えていたのだ。子爵様がいるのなら抜けるのも容易いだろう。


「あと、口添えくらいはさせてもらおう。何があっても、我々ジルフォード家は君達を売る気は無い。君達は家族の──義息(むすこ)の命の恩人なのだからな」

有難(ありがと)うございます」


 とことん義理堅い人だ。


「さて、もう1つ君達には頼みがある」

「フォルテ、彼らに付いて行く気はないか?」


 先程の話をした後のその提案、流石に止めざるを得ない。

「本当に宜しいのですか」

 彼の望みとは言え、私達は追われの身だ。私達に付いて回れば危険に巻き込みかねない。

「構わないさ、君達なら──いや、(むし)ろ君達にしか任せられない」

 どうやら、私達を相当信頼してくれているようで、その眼には全く疑いを感じない。

「で、どうだ、フォルテ。私は僕は君にこの世界を見て回って欲しいと思っている。此処と生まれ故郷しか知らない君に、もっと世界を見て回って欲しいと思っている。どうだい?」


 フォルテを探しに行く前に、私が子爵に話したこと……それは──

「フォルテ君がそれを望むかどうか──返答はそれからでもよろしいでしょうか」


 少しの沈黙の後、(うつむ)いた(まま)、彼はポツりと言った。


「行き、たいです……」


 (くすぶ)っていた小さな灯火(ともしび)が、大きな(ほむら)へと成長する。


「行かせてください!」


 周囲に響き渡る1つの宣言──真っ直ぐな眼で

 ならば、私もこの期待に応えるだけだ。


「聞き届けた」


 ■ ■ ■


 街の外、入口から少し離れた街道の中──そこで私達は別れる手筈(てはず)を整えていた。


 身を隠しながら突破した検問は、子爵の影響もあって案外すんなりで、拍子抜けする程だった。


「僕達が案内出来るのはここまでだ」

有難(ありがと)うございます、助かりました」

「あと、これを。少しばかりだが、足しにしてくれ」


 小さな小袋には金貨が入っていた。

 成程、フォルテの為に使ってやって欲しいということか。生憎、こちらも誰かさんの食費で少し金欠気味なのだ。


 何から何まで、本当に助けられてばかりだな、子爵様には──頭が上がらない。


 暗い森の中、灯す光は小さな松明だけ。

 しかし、フォルテと子爵からはそれを感じさせないほどの大きな希望が満ちている気がした。


 彼はゆっくりと子爵の元へ近付き、そして告げた。


「行って……きます」


 恥ずかしながらもそう告げる


「嗚呼、行ってらっしゃい」


 そこには、確かな親子の絆が生まれていた。

 私達は彼らの期待に応えるしかない──改めて心の内で私はそう決めた。

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