第 IV 話 謎の声
この物語はただの創成物語である。
私はあまりの絶望感と恐怖によって打ち震えていた。
何故なら目の前には、この悲惨な情景を作り出した元凶がそこに佇んでいるからだ。
それに思わず腰が引け、尻もちをついてしまった。
転んだ拍子に「ひぃっ」っと、怖気づいた声が漏れてしまう。
急いで口を手で覆うも、もう遅い。
生物の気配を感じ取った赤の龍は、その血走った眼光をこちらにやった。
ダメだ、このままじゃ、死ぬ。睨まれただけでも理解できるほどの圧に、私に眠る本能が「逃げろ」とそう告げている。するとそれに従うように、四つん這いの不格好な体勢になりながらも、私の身体は自然と龍に背を向けていた。
そんな私を逃してなるものかと、龍の方も攻撃の構えに移っていた。
口を開いたかと思えば、その口の前に火球が形成されていく。マナが集中し、段々と大きくなっていくその火球の様を私は逃げながら後目に見ていた。
そして、龍の顔が覆われる程までに大きくなった。無論、あんなのをまともに喰らったら、命はないだろう。だが、龍に容赦などない。その火球は、私に目掛けて大きな音を立てながら飛んでくる。
その火球は、私のところめがけて凄い速さで迫り、そして着弾する。火球は、爆発を起こし地面を抉る。
私はなんとか直撃を免れたものの、その爆風が身体を宙に投げ飛ばし、数十歩まで吹き飛ばした。火傷するほどの熱風が頬を掠め、更に着地した際に脚を強く打ち付け、骨が軋む。
ぐあぁぁぁぁぁ!!
脚が骨折している為、余計にこの衝撃が身体に響く。倒れ込んだまま藻掻き、悲鳴が上がる。
痛がる私を見てからか、龍は余裕そうにゆっくりとこちらに近づく。その姿はまるで自身の"死"が──私の生命の終わりを具現化したような恐ろしさがそこにはあった。
このまま殺されるのならならば、せめてでも……。
「第2級氷属性魔法!」
その言葉通りに目の前で展開された魔法が、形成される。
今の私が放てる最大の魔法であり、私がその時思いついたせめてもの抵抗である。
その魔法は空気中の水分から氷塊を創り出し、それを相手に放ち、攻撃するというものだ。私はそれをとにかく連発した。効いているかいないかなどどうでもよく、死にたくないが故、まさに必死の思いで放つ。
しかし、龍は怯まない。それどころかこちらに1歩、また1歩と近づいてきている。装甲となっている鱗のお陰だろう。光を反射し輝きを魅せるその鱗が、身体の内部にまで届くのを防いでいる。キンッと金属音のような音を立てて、私の攻撃を容易く弾いているのが見て取れた。
だが、それが分かってもなお、私は魔法を放つ。
恐怖からかその時はそれしか頭になく、文字通りの悪足掻きを続けていた。
しかし、この行為は、決して無駄ではなかった。
グオォォォォ!!
突然、龍が叫喚を上げる。
少しずつ、近づいてくる"死"への恐怖に目を瞑っていた私は何事かと思い目を開き、そちらを見やった。
なんと私の放った氷塊の1つが、偶然龍の片目に直撃したのである。龍も格下相手に油断していたのだろう。私も意図していなかった事態に、直ぐには状況が飲み込めずにいた。流石に鱗のない眼は無防備だったのだろう。あまりの苦痛からか、龍が悶えている。
状況が分かると、私は画策する。
これはチャンスだ。今なら逃げられるかもしれない。
相手が苦しんでいる、今のうちに──
〘その脚で、逃げられると思っているのかい?〙
私にそう語りかける、知らない声が聞こえた気がした。
そして、それと同時に
(っ!! ……クソっ……なんで、今なんだ……)
あのいつもの頭痛が私を襲った。
〘キミが1番理解出来ているはずだ。逃げることなんて出来ない〙
いや……これは"耳"からではない。
声というよりは脳に直接情報を伝達するような……。"テレパシー"──それを彷彿とさせる、そんな奇妙な感覚だ。
(だ、誰だ! どうやって話しかけてるんだ!)
だが、呼びかけてもそれに対する返事は来ない。一方的に相手からの話が続く。
〘キミに死なれると困るんだよ。キミが死ぬには、まだ早い〙
だがそんなことをしてる間にも、龍は落ち着きを取り戻しているはずだ──。そう思い振り返ると、察した通りに、痛みで倒れた身体を徐々に起こしている龍がいた。そしてこちらを目に捉えると、怒りの表情を浮かべ、急接近していくる。その様子に、私も動こうとするが、頭痛が邪魔をする。魔法すらまともに放つことが出来ない。
動けないが故に一気に距離を縮められた。そして、射程圏内に捉えた龍がその鋭利な爪を私に振りかぶる。
この攻撃は……避けられない。
駄目だ……今度こそ──死ぬ。
そう覚悟した瞬間、意識が一瞬飛ぶ。
僅か数秒──だが、その数秒の間で全てがひっくり返る。
〘キミに力を貸そう〙
私が、目を覚ました時──
「……っ!?」
龍は私を襲う直前の姿のまま、凍りついていた。
■ ■ ■
何が起きたのか、さっぱり理解出来ない。
そこにいた私にすら気付いたらそうなっていたとしか説明が出来ず、状況を飲み込むのに少し時間を要した。
だが、見渡すも、私の見える範囲では人気どころか生き物がいる気配すら感じない。かと言って、こんな大規模の魔法を私が放てるはずもない。
ならば、あの声の主がやったのか──だとしても一体誰なんだ。
兎にも角にも、一体何が起きたのか龍に近寄ろうと、腰を上げようとした瞬間──
「……!?」
今度は天地がひっくり返ったような酷い立ちくらみに襲われた。
当然と言われれば、当然だ。これほど流血しておいて立っていられるのが寧ろ不思議な程である。
だが、ここで倒れてしまっても助けはいない。そのまま失血死してしまうのがオチだろう。
しかし、そんなことを分かっていながらも、私の身体は迫り来る疲れに耐えられず、私はそのまま地面に倒れ込んでしまった。
しかも、動かない。身体が言うことを聞いてくれない。
嗚呼、今度こそ、死ぬのか……。
さっきまで生きるのに必死だったはずなのだが、他者ではなく自身の身体によって死の接近を感じさせられると、自然とそれを受け入れてしまう。身体が私の死を受けている──そんな負の考え方がどんどん強くなっていっていた。
恐怖はない。寧ろ、私の敵とも言えるこの龍はもう倒されたのだから、「よく頑張った」と諦めさえついてしまっている。
それに、大切なものを失って、今更生きる気力なんて、もう──
いずれにせよ、どうせ私はこのまま死んでいく運命なのだろう。そう確信したまま、次第に私の視界は白く霞んでゆく──
そして、私の意識はそこで途切れた。
その近くに1つの人影があることを知らずに──。