表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11回目の転生目録  作者: 上代 迅甫
第二章
48/52

第ⅠLⅢ話 幻の鳥

この物語は、ただの創成物語(フィクション)である。

「リリス!」


 私と敵の間に割って入った少女に、そう呼びかけると彼女はこう返す。


「助け、来た」


 自身よりも年下の少女にこの台詞を言わせるのは如何せん格好が悪いが、この場における彼女と言う存在はあまりにも心強かった。


「ほう、こんなところまでわざわざお仲間を助けに乗り込んできたか」


 後ろから加勢しようとする部下を手で制するゴルド。

 ニヤリと口角を上げると再び戦闘態勢に入った。まるで獲物が増えたことに喜んでいるかのようだ。


「良いだろう、貴様も纏めて私の財力の前に打ちのめしてくれよう」


 リリスは身体能力が高い。これは、数年間ギルドで様々なギルダー達と関わってきたアニキでもそう言っていた。経験と言うアドバンテージさえなくなれば、こと肉弾戦という点において自身ですら勝てない程だという。なんなら、握力や腕力といった素の力でさえ勝てるか微妙な程らしい。

 そしてその実力を私はここ暫く彼女と旅をしてきて目に染みる程理解させられてきた。少なくとも、彼女がいなければあの蛇の王には勝てなかっただろうし、それを除いても、先陣切って魔物に飛び出していく彼女は間違いなくこのパーティに大きな貢献をしている。


 通常の獣人を大きく上回る身体能力──。


 だが、それすら超える存在が彼なのだ。

 彼という、()()()()()()()()()なのだ。


 無論、彼女も万全ではない。あの蛇の王(タナンタ)の攻撃を喰らい、まだ1日と経っていない状況でこれだけ動ける方が異常と言えよう。しかし、それでも、それにしてもだ。あの身体能力に優れたリリスが手も足も出ずに制圧される様は、私には信じられなかった。

 確かにリリスの身のこなしは魔物戦闘を前提とした動きが多く、対人戦には慣れていないと見受けられる点が素人目でも分かるが……それを踏まえてでも、この実力差は(いささ)か大き過ぎる。


 それはあっという間だった。

 まさに蹂躙(じゅうりん)だった。


 彼女の殴る蹴るといった攻撃は尽く弾き返され、速さにおいても彼の動きはそれを遥かに凌ぐ動きだった。

 無論、これは神の恩恵というドーピングありきの結果ではあるのだが、例え神の恩恵が無くても経験という培ってきたものが彼をより一層強く仕上げている。

 その上、これは彼女1人による抵抗の結果ではない。私と云う、サポートがあっての蹂躙(じゅうりん)である。背から魔法による氷の刃を生やせば、見透かしたようにそれを拳で粉砕し、足を凍らせて動きを封じんとすれば、またあの様に無理矢理力で打ち破り、物ともしない。


 また、リリスの不自然な動きにも直ぐに気が付いており、腹部にダメージを負っていることを把握すると、そこに渾身の蹴りを放った。

 彼女のことを思うとえげつない一撃。容赦などそこにありはしない。彼女の軽い身体が空を舞う。

 後方から魔法で支援していた私も、この一撃には思わず目を背けたくなってしまった。

「リリスっ!」

 私の後方に転がり、床に伏せながらも息を荒げながらゴルドを睨みつけるリリス。例え身体がボロボロでも、彼に対する叛逆の意識はまだ残っているらしい。


 一方の肩から下げていた鞄はその勢いで吹き飛び、あらぬ方向に飛んでいく。

 あの鞄は、あの鞄には――鞄を見てそう考えていると、


 キィー!


 一羽の鳥の鳴き声が部屋中に轟いた。


 彼女の鞄から抜け出す白い鳥──それを見たゴルドはその鳥に近づいていく。

 標的が自身からあの白い鳥に変わったことを感じ取ったリリスは、すぐさま鳥の元へ駆けつけ、包み込むようにしてその鳥を守らんとした。ダメージは大きい筈。しかし、彼女は意地でも彼の前に(はばか)る。


「その心意気は認めよう。貴様にも価値はある。―──だが、俺の財力には敵わない」


 一歩、また一歩と彼女に歩みを進めるゴルド。


「させるか!」


 こちらに背を向け、そこに隙を見た私は悪足掻(わるあが)きの魔法を放つが、難なく撃ち落とされる。万事休すとなった状況。

 このまま奪われてしまうのかと思われた次の瞬間だった。


「何だ……」


 突然、リリスの懐が光り出したのだ。


 謎の光にゴルドも足を止める。

 誰もが動きを止め、それに目を奪われた。


 光はどんどん大きくなり、リリスの懐から解き放たれるように飛び出す。

 リリスもその輝きに思わず覆い込みをやめて尻餅をつく。


 それは部屋全体を覆いつくす程の大きさで、私達を包み込むように羽を広げる様は、とても柔らかく優しい。


 そこに現れたのは、あの白い鳥──ではなく、その何倍も大きく、白い光を放つ一羽の鳥だった。


 まるでそれは、白い光のローブ──この世には実在しない、幻想の羽衣。

 生物的要素を感じさせないほど、神々しさに満ちていて、何処か恐怖さえ感じる。

 世界のごくごく一部にすら満たない程の一施設の地下空間──そんな限定的空間で起きたまさに『奇跡』と勘違いするような、そんな出来事だった。


「なんと神秘的な」


 彼の言葉はそれを表現するには十分過ぎるほど的確だった。


 それは少しの間神々しい光を放った後、失速するように明るさを失っていき、遂にはその形を保てなくなっていく。幻影──そう呼ぶに相応しいそれは、まさに短い間の出来事だった。


「まさか、こんなことがお目にかかることが出来ようとは」


 感動している様子のゴルドを後目に、私達はただ唖然としていた。

 何が起きたか、はっきりと理解出来ていなかったのだ。


「今のは、一体──」


 そんな呟きにゴルドは説明するように、その知識をひけらかす。

 そして、彼の言葉に私はようやく抱えていたあの白い鳥に対する(おぼろ)げな記憶が鮮明なものへと変化していったのだ。


「その鳥の名は“ルフ”──『幻の鳥』と言われている怪鳥の名だ」


 ■ ■ ■


 ルフ──大陸北東部に位置する「連合国」。その更に限られたごく一部の樹林にしか生息していない貴重な鳥の一種である。この鳥の異名「幻の鳥」は決して比喩などではなく、その名の通り「幻を見せる鳥」であり、魔法を使って幻惑を見せ、対象を威嚇することで知られている。この魔法を使うというのは、実は鳥類としては珍しい部類であり、その上2属性のマナ適正を持つ特異な能力を持つ鳥なのである。稀に南西部に迷い込んだ個体が、かつての王国や連邦ではその幻の神秘さに「神の遣い」と評していた程である。


 しかし、対魔戦後になって正体が判明し、その美しさと能力に惹かれペットや使役獣としての需要が増加。その結果、ただでさえ個体数の少なかったルフは更に数を減らし、現在は国際取引法の制定によって保護されている鳥の一種となっている。


「お前達見たかね」


 ゴルドは部下達にそう問いかけた。突然の質問に戸惑うも、返答を行う部下。


「あの鳥の能力ですか」

「いや、それも珍しいが、それよりもだ。あのルフが人間の為に能力を使った。あの人間に懐いた例のないルフが、だ!」


 そう、ルフは根本的に群れを形成しない。卵を産めば親鳥はそこから姿を消し、パートナーを見つけても子孫を残せばまた離れ、その殆どの生涯を孤独として貫く。人間に懐くことも滅多になく、故にペットにも使役獣にも向かない。

 対魔戦後のブームの最中でも、何度か飼育方法の試行錯誤がなされたが、大した成果は得られず、法律によって保護されるより前に需要がゼロになってしまったという経歴を持つほどだ。それがこのルフという鳥なのである。


「ここまでくれば、売り飛ばすのが勿体ないくらいだ」


 彼女とルフの関係に価値を見出しているのか、

 その様子に危機感を覚えたリリスは再びルフとゴルドの前に立ち塞がった。

 しかし、そこはあくまで商品という扱いなのか彼は彼女の後ろにいる白い鳥に手を伸ばす。


 すると──


「お待ちください」


 部屋中に声が響き渡り、再度中にいる人間の手が止まった。

 聞いたことのある声質にその声の方向を振り向くと。


「ベル!」


 そこにはもう1人の片割れが、ゴルドの部下達を押し退けて立っていた。


「貴様、ようやく捕まる気になったか!」

 扉の前に立っていたゴルドの部下がそう言うと、ベルは懐から何かを取り出してその部下に突き付けた。

 それは何かの証……のようなもので、私には何のものなのかはさっぱりだった。

「私は同士です。ここに来たのは同胞の謝罪と弁明をしに来ただけです」

 その言葉を聞くと、部下は何かを察したのか、すぐさま道を明け渡す。


「ほう」


 その様子には流石のゴルドも意外だったようで、興味深そうに彼女を眺めていた。

 彼女は私の方向に向かってくると、私の耳元でこう囁いた。


「ベル……一体どういう──」

「今は私に合わせて頂戴」


 正直、何が何やらさっぱりだった。理解が追い付かないというよりは、色んな思考が頭の中を過ぎっていたのだ。「ベルは彼等の仲間だったのか」だとか、「私達を裏切ったのか」だとか、考え過ぎて思考が纏まっていなかったのだ。

 聞きたいことが抑えきれないくらいだが、ここは彼女を信じる他ないと思い、私は彼女にこの場を任せることを選択する。


 ゴルドの前に立つと、彼女は徐に膝をつき、頭を下げる。


「失礼致しました、ゴルド様。私達は皆様の隠された意図に気づかず、私達の敵だと誤認しておりました。浅はかな私達をお許しください」

「慣れない敬語はよし給え。俺達が望む組織はそんな堅苦しいものじゃあない」


 まるで手慣れたような流れに唖然とする。これまで友人だけでなく、家族まで感情を偽っていた故に身に着いた演技力なのだろうか。それとも、これが彼女の本性なのだろうかと若干心配になりながらその様を見届ける。


「私達のここに至るまでの経緯をお話いたします」


 ベルはこれまでの経緯を話し始めた。

 魔物の被害に遭った商人の馬車

 その時の遺体は全て埋葬したこと

 そして、唯一の生き残りであるこの白い鳥を保護したこと──

 事細かく、嘘偽りなく、全て話した。

 彼女の話にゴルドも疑っている様子はなく、話に(うなず)きながらただまじまじと聞いていた。

 そして、弁明が一通り終わると、彼は口を開く。


「成程、それは俺達も勘違いしていたな」

「大変、失礼いたしました」

「いや、こちらも悪かった。事情を聞きもせず、先に手を出せば勘違いもする。それに末端である君達に情報が行き届いていないのもこちらの落ち度だ」


 彼の言葉は正直、以外だった。てっきり何かしら疑ってくるものだと思い込んでいたが、ベルの説明に一切のケチをつけず、受け入れたことに驚きを覚えてしまった。

 こうも易々と解決してしまうなら、話すのを拒否していた私が馬鹿馬鹿しく感じるが、そんなことは今はどうでもいい。


「ベル、君は一体何者なんだ。組織って何だ。何の話をしている」

「そうね、貴方達にはこの組織のこと、話していなかったわね」


 彼女はこちらに振り向くと、今度は状況を理解していない私とベルに向かって説明を始める。


「私達は『ネオ』。ギルドの中の反乱因子、世界平和の為のギルドの変革を望む者達で更正された秘密組織。私達の最終目的は『現ギルドマスターの暗殺』と『世界基盤におけるギルドの九大国会議からの独立』──」

「──!?」

「そう。俺達はギルドに革命を(もたら)す者。本来ギルドは人間社会を保つ上で、もっと権力を持つべき存在である。現世界は我々ギルドのお陰で安寧を保っており、これからの世界を平穏で満たす為には我々は必要不可欠なのだ。……だが、残念なことに、それを達成するには今の俺達の発言権はあまりにも弱過ぎる──その上、現運営の方針は現状維持。変革を良しとせず、俺達は権力を持つべきではないと保守的な姿勢を見せている。それでは駄目だ、と立ち上がったのが俺達のリーダーだ」


 彼女達のその発言に私は言葉を失った。


「そのリーダーっていうのは……」

「残念だが、それは極秘事項だ。部外者と末端の君達に話すわけにはいかない」


 成程、さっき私が放った「何故こんなことをするのか」という問いかけに対し、「ギルドのこれからの為を思っての行為」という回答はこのことだったのか。


「無論、彼らにも、我々の一員になっていただきます」

「許可する。貴様らのような価値のある人間、俺は歓迎だ」


 突然発せられたベルの言葉とそれに対するゴルドの即答で、頭が追い付かなかった。いや、理解を頭が拒んでいたと言った方が適切かもしれない。

「私に合わせて」と言っていた彼女に対し私も彼女にこの場の収束を預けていた手前ではあるが、流石にこうなる流れになるとは想像してないかった。だが、今思うと仕方のないことかもしれない。このまま組織のことを知っておいて「それじゃあ左様なら」で終わるわけがない。下手をすれば粛清ものだろう。

 ならば、せめて組織に入り、彼らの仲間となることで繋いだ方がよっぽどましだ。何せ、どう足掻(あが)いても、この男には勝てないのだから。


「だが、多少は自身の身の丈も考えた方がいい。価値を重んじる俺だからよかったものを、他なら口封じの為に殺されていてもおかしくはない」

「肝に銘じておきます」


 その言葉に、再び部下が口を挟む。


「本当にいいのですか」

「彼の正義は俺達に仇為す可能性は否定できないが、今はとにかく人手不足だ」


 すると部下の意見を退けた彼は大きく手を広げ、次にこう言った。


「ようこそ、『ネオ』へ。歓迎しよう。俺達のこの手で平穏の為にこのギルドを変革を(もたら)そうじゃあないかね」


 どうやら、彼の思惑的には元から実力や素養次第ではこちら側に取り込もうとしていた様子で、突然戦闘を仕掛けてきたのも、私達にその価値があるかどうかの腕試しだったようだ。

 しかし、こうも彼の言動や様子を見ていると、ただ金に執着している守銭奴ではなく、彼なりの正義を持っていることが分かる。それが正しいかと言われれば話は別だが、少なくとも人類の為に本気で取り組んでいるのは確かだった。

 まあ、彼らの意見に賛同しかねるという私の考えは変わらないが……取り敢えずここは自身の正義感を抑える。


 そして、組織の証を渡すと、彼はこう私達に告げた。


「組織への入団記念だ。その鳥、貴様らにくれてやろう」


「良いんですか!? こんな奴らに渡しても!」

 彼の部下がゴルドにそう問いかける。そりゃあそうだ。ただでさえ希少なこの鳥を、さっきまで敵対していた人間に容易く渡してしまうのは、(いささ)か軽率であり勿体ない。

「構わん。こいつらが俺達の組織に加わるなら、結果は違えど今回の『戦力増強』という本来の目的は果たされる。他の商品も駄目になった以上、どの道取引失敗なのは変わらん。それにだ──」

 こちらを見てニヤリと笑うゴルド。私達というよりは、リリスと(たわむ)れているルフを見ているようだった。


「何より、面白いものを見れた。滅多に懐かない『幻の鳥』が人間の為に能力を使った──失った利益以上に価値はある」


 笑みを浮かべる彼の姿は何処か満足そうだった。

 そんな彼に私は再度聞いてみることにした。何か別の答えが返ってくることを信じて。


「ところで、一体誰がこの鳥を取引しようとしていたのですか」

 するとやはり彼は私の問いに答えてくれた。全てではない上に、その意図すら不明だったが、まあ、聞けただけ良しとしよう。

 彼の言い分はこうだった。

「知っての通り、そいつは使役獣に向かない。だから、あくまでそいつの本来の密輸目的は『使役獣』では無い。クライアントとの契約上、具体的なことは言えないが、目的くらいは一応教えておいてやろう。そいつの本来の目的は──」





「『食糧』にする為──だよ」





 ■ ■ ■


 あれから一晩経ち、私達は町を足早に出ることになった。

 ゴルドさんが勧めた治療を受けたりしたが、如何せん裏組織が町ぐるみで行われている場所など落ち着かなくて仕方ない。

 結果、あまり睡眠も取れず、今の今まで居心地が悪い状態が続いていた。


 ようやく「ネオ」という組織の監視から解放されて安堵(あんど)の吐息が漏れる。


「はぁ」

「えらく、疲れているわね」

「そりゃあ、疲れもするさ」


 ここ2日であまりにも事件が起き過ぎた。蛇の王(タナンタ)を倒して昇級して、魔物の被害に遭った人を埋葬した後に巨魔に遭ったと思えば翠玉級ギルダーに助けられ、まさかのその人が裏組織の人間で、濡れ衣によって監禁されて、助かったとなったら今度は裏組織の一員になってしまった──だなんて、これまで私が生きてきた中でも中々に濃い2日間だったのは間違いない。

 さて、アニキ達にはどう説明したものか。


「まさか、ベルが奴らの一員だったとはな」


 ふと、そう漏らすとベルはこう言い返す。


「一員? 何それ」


 ごく当たり前かの様に喋るベルに再度聞き返す。

「違うのか?」

 すると、ベルは悪びれもなくこう言った。

「あんなの嘘よ。今日の今日まで『ネオ』なんて組織、知りもしなかったわ。ちょっと忍び込んで、情報を探っただけよ」

 な、なんとも恐ろしい女性だ。「じゃあ、あの証は何だったのか」と彼女に尋ねると、

「ああ、この証? 遺体から預かった、役所に届ける用の衣服の中に紛れていたのを拝借したのよ。ただの偶然」

 どうやら、回収したあの衣服の中に紛れていたようだったらしい。まあ、あの一行も組織のメンバーだと考えると、証を持っているのは何も特別なことではないだろう。遺体と一緒に埋めていなかっただけ運が良かったかもしれない。

 ──だが、そうなると、実際に組織に入ったのは私とリリスだけで、ベルだけは組織に加入していないことになる。全く、こういうところもちゃっかりしているのは以下にも彼女らしい。敢えて何も言わないが、厄介事を押し付けられたような気がして少し腑に落ちなかった。


「まあ、厄介なことに巻き込まれちゃったけど、結果オーライね」


 これからのことを考えると流石に「そうだな」とは言えないが、あの場を何とかやり過ごしたことを考えるとあながち「そうではない」とも言えないかもしれない。

 あと一晩中彼女のことでやきもきしていた私としては、「そういうことは先に言ってくれ」とは言いたかったところではあるが、まあ、あの場であの町でそんなことを説明する時間なんてないだろうことを考えると致し方ないのだろう。

 苦虫を噛み潰してここは我慢し、私は意識を逸らす為に別の話題へとシフトさせる。


「ところで、名前はどうする?」


 そう、あの白い鳥──ルフのことである。

 流石に連れ歩く以上、呼び名はいるだろう。かと言ってルフと呼ぶのも違和感がある。所謂(いわゆる)、『愛称』というやつだ。

 しかし、その問いに以外にもリリスは考える暇もなく即答する。


「もう、決めてある」

「何て名前だ?」

 私がそう尋ねると、リリスは自信満々でこう言った。


「ルーダ」


 どういった経緯で、どういった理由で、その名前にしたかは敢えて聞かなかったが、彼女が考えた名前だ。否定はしない。それに少なくとも私よりもセンスはある。恐らく、前から考えていたのだろう。

「いい名前じゃあないか」

 そう、彼女に言葉を返した。

 なお、そこで初めて、このルフが雄だと知ったことはここだけの話である。……いや、雌かもしれないが、雌に付ける名前ではない……だろう。


 彼女が「ルーダ」と呼ぶとルフはそっぽを向く。あの魔法による助けがまるで嘘のようだが、リリスは根気強くそう呼びかけていた。

 気まぐれなのか、はたまたただ照れくさいのか。どちらにせよ、どうやらしっかりした信頼関係を傷にはまだまだ時間がかかりそうだ。


 すると、馬車を引く馬がこちらをちらりと見ている気がした。

 何かを伝えようとしているのか──そう感じ取った私はふと思いつく。

「そうだ、まだ暫く旅をするんだ。お前にも呼び名がいるだろうな」

 そう、私はこれまでこの馬の名前を知らなかった。「お前」だの「こいつ」だの、そう言った呼び名でしか呼んでこなかったのだ。流石にルフに名づけをして、こいつに名づけをしないのは可哀想だ。

 すると私の言葉に反応して、リリスがこう返す。

「その子、もう、決まってる」

 リリスがそう言った。今更ではあるが、その事実に驚愕する。

 お前、名前があったのか……。数日過ごした旅の相棒なのになんか申し訳ないと思う反面、これには「先に教えてくれ」とリリスに思うところがないわけでもない。

 これにはベルも少し面食らった様子だった。


 リリスは「知っていると思っていた」とは言っているが、それを知っているのは馬を借りたアニキ達だけで、私は馬のことは何も聞いていないのだ。

 ましてや動物と喋られるのは彼女だけの特技なのであって、私達にそんな技はない。

 まあ、彼女に対するそういう気持ちも今更ではある。

 切り替えて私は彼女に尋ねた。


「で、何て言うんだ」


 そう聞くと、リリスは答える。


「パトリシア」


 私は驚く。なんせ、私は此れ迄この馬を()だと思っていたのだ。

「お前、()()()だったのか……」

 そう呟き、私は彼女に対し謝罪した。


 今日の天気は──少し曇り空である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ