表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11回目の転生目録  作者: 上代 迅甫
第二章
47/52

第ⅠLⅡ話 財の力

この物語は、ただの創成物語(フィクション)である。

 目が覚めたら、そこは見知らぬ部屋の中だった。

 シックな雰囲気に窓1つない空間──恐らく地下なのだろう。


 そしてそんな部屋の真ん中に1人、椅子に座りながら横を向いて男が手元の白金貨を(もてあそ)んでいた。


 ゴルド=ドルトスキー──その人である。


 動こうと藻掻(もが)くも、私は椅子に縛り付けられており、上手く身動きが取れない。

 ここでようやく私が置かれた立場を理解し、意識がはっきりとした。


 ゴルドは私が目覚めたことを感じると、不意に自分語りを始めた。


「金はいい。俺は金が大好きだ。金の為なら命だって惜しくない──それ程までに金が大好きだ。特に『かけがえのある』ところなんて最高にイカしている。あらゆる道具、あらゆる食物、あらゆる素材、人身も、権力も、信頼も、安心も、愛も……そして俺の場合は『力』にさえも、ありとあらゆるものに変換できる。この世で唯一、価値を決めることを許された万国共通の絶対の概念。嗚呼、とても魅力的だ。そうは思わないかね」


 突然の質問にたじろぐ私。思わず考え込んでしまう。金が嫌いかと言われれば噓になる。寧ろ、好きと言えるだろう。

 その質問には概ね同意する……だが──


「金で手に入れた愛は本物なのか?」


 相手を探る為に、雑談がてらそう聞き返してみた。


「じゃあ逆に聞くが、『本物の愛』というのは一体何かね?」


 思ってもみない質問返しに面食らう私。何も言い返せないまま、彼は続ける。


「金や物が絡まなければ本当の愛なのかね。相手に何かを求めなければ無償のものが本当の愛になるのかね。だったら言わせてもらう。そんな対価もない曖昧で無条件で通じあっていると言わせてしまう『本当の愛』ってものの方が、君達の言う金で出来た『偽物の愛』よりも、俺からすればよっぽど信用出来ない」


 そう言う彼の姿は一見同じように見えるが、先程あの巨魔(ディロール)を討伐した時と比べると、何処か不気味な雰囲気を(かも)し出していた。


「ありとあらゆる人間関係には『対価』が必要だ。商売における対価が金であるように、愛に対する対価が無ければ、それは真っ当だとは言えないだろう。ならば、その愛に対する対価が金であっても、何も問題はないはずだ。そもそも、理由が金だろうが何だろうが、自身をその相手を愛おしく思うのならば、それは『愛』に違いないだろう」


 そう淡々と話をするゴルド。今、彼が何を考えてその言葉を紡いでいるかは分かりたくもないが、その言葉の端々から彼の思想の一端が見えたような気がした。


「まあいい、話が脱線してしまったな」


 そう言うと、ようやく身体をこちらに向ける彼。

 硬貨を(いじ)るのを止め、手を組んで話し始める。


「さて本題だ、薄々貴様も分かっているだろう。あまり回りくどいのも苦手なんでね、単刀直入に聞こうじゃあないか」


 一呼吸挟み、ようやく話が進む。


「あの『白い鳥』は何処で手に入れた」


「……」

「俺の記憶と目が正しければ、あいつはうちの『商品になる予定だったもの』だ。あの白い鳥は希少でね。滅多に手に入る品物じゃあない。まあ、それくらいは分かっているだろう。取引相手も決まっていたんだ。だからこそ、信頼のおける部下に運ばせていた筈だったんだが……」

 声色が真剣になる。少し柔らかかった表情も、固く、真面目に映る。

 これは、嘘は通用しないかもしれない……もし、通用しても分かれば何をされるか分からない。

 普通ならこのまま会話を続けるだろう。しかし──


「2人は何処だ」


 私は彼の質問そっちのけで気になる質問をぶつける。先にそっちの確認の方が重要だ。

 先程からの流れを考え、意外とお喋りな彼なら答えてくれるだろうと信じて。すると思惑通り、彼は正直に答えてくれる。

「お仲間達かね。彼女達は目下逃走中だ。我々の追跡を振り切るとは、中々優秀じゃあないか」

 どうやら、まだ捕まっていないらしい。

 この町から出たのか、はたまた私を救出する為にだ残っているのか。どちらにせよ、彼女らが捕まるのは時間の問題かもしれない。安心はまだ出来ない。


「で、質問に対する答えは」


 雰囲気やこれまでの会話からして、彼が裏の世界に通じているのは確実だろう。実力差も確か、抵抗したところで逃げられる保証なんてない。

 ここから無事に出られるかすら分からない。

 まあ、そもそも私は無理矢理彼らから奪った訳じゃあないのだから酷い扱いを受ける所以は無いのだが……。


 普通の人間なら、ここで打ち明けてしまうかもしれない──だが、


「商紋を偽装してまで闇取引するような人間に答えたくはないね」


 私の正義感がそれを許さなかった。


「ほう、見たのかね、あの商紋を。まあ、当然か」

「何故、密輸する必要があった」

「そりゃあ通常の経路では、あの鳥は手に入れることが出来ないからだよ」

「何が目的だ。あの鳥を手に入れて何をするつもりだ」

「『このギルドの未来を思っての行為』だと言ったら君は信じるかね」

「信じると思うのか」

「ならば、『私の資産を満たす為』とでも言っておこうか」


 何とも的を得ない回答だ。何処ぞの誰かさんのようにはぶらかしている……まあ、それは私も変わりは無いが……。

 すると突然、彼が前のめりになってこう話し始めた。


「なあ、取引をしないかね、青年」


 唐突の取引発言にまたもや固まる私。

 何を言い出すかと思いきや、金による交渉か。


「俺は君に金を出そう。しめて白金貨30枚といったところだな。そして俺は君達を見逃す。その代わりに君はあの鳥を差し出し、このことを口外しない──どうかね」

「──!?」


 提示された額に私は驚く。正直、破格だ。白金貨30枚なんて一般人のやり取りでそうそう出るような数字ではない。

 あの鳥にそれ程の価値があるのかは知らないが、それでも異常なのは分かる。


「俺は金による契約だけは絶対に守る男だ。それは自分の場合も、相手からの場合もだ」


 確かに彼の言う通り、この世の物は全て金で買うことが出来るのだろう。権利や地位なんて買ったことない私からすれば、そんなの嘘であると言いたいところだが、彼はそんな嘘とも思えるようなものさえ金で解決してきたのだろう。

 しかし──


「確かに私は金が好きだ……だが、断る。貴方は何でも金で買えると思っているようだが、私の魂までは金では買えない」


 ことこのことにおいては、金では解決しない──いや、させない。


「正義感が強いのは結構なことだ。だが、この世はそんな綺麗ごとだけで回っちゃあいない」


 前のめりになっていた身体を戻し、また自分語りを始めるゴルド。


「聞くが青年、『悪人を殺すこと』は正義になると思うかね?」

「なんだ、突然……」

「仮に『人を殺すことは悪』『悪を裁くことは正義』とするならば、そのどちらにも当てはまる事象は果たして正義足りうるだろうかね。だが、大抵の人はこう言う。『それは悪』だと」

「……」

「『何人も殺すことは絶対悪』だと、皆口を揃えてそう言う。しかし、この世には『死刑』という、罪人を死に処す刑罰が存在している。事実、それは今日に至るまで何度も施行され、そして残り続けている。誰も何の異議を唱えずに。これはどういうことだろうかね」


 何も言い返せない。確かに私が彼の問い「悪人を殺すことは悪か否か」と問われれば、迷いなく「悪だ」と答えるだろう。

 例えどんな理由があろうとも、殺人ということは悪に変わりないことは間違っていない筈だ。

 しかし、ならば「死刑は」と問われれば、それは悪では無いと答えてしまうかもしれない。質問の本質はほぼ同じだが、どうもこれだけは悪であると答えたくないのが私の本意である。


「いいかね青年、覚えていくといい。この世において完全に正義に生きている人間など、存在しない。人は必ず、何かしらの罪を背負って生きている。勿論、俺も、貴様もだ。罪だらけの俺達にとって正義なんてものはそんな上辺だけの綺麗事に過ぎない。今更、正義だの悪だの説いたところで、その事実だけは変わりはしない」


「言われなくたって分かっている」そう言い返したかった。だが、言い返せなかった。

 私には言う価値が無いと思ったからだ。あの時、誰も救えなかった私には──。


「そして、そんな綺麗事をほざけるのも、あくまで『強者』として立っている側の存在だけだ。弱者には語る権利すら存在しない」


 そう言うと、彼は椅子から立ち上がり、扉の前に立っている男に指示する。


「おい、(かせ)外してやれ」


「大丈夫なのですか?」と部下は言い返すが、「構わん。俺がどの道逃がしやしないさ」とその心配を跳ね除ける。


「今から、貴様の正義は私には通用しないことをその身に叩き込む」


 すると、彼は腕を広げ、こちらを挑発する。


「さあ、かかってきなさい」


 唐突に出来たこの状況に困惑する私。

 いざ「かかってこい」と言われても、私の心は尚、不安定な状態だった。


「おや、来ないのかね? だったらこちらからいかせてもらおうか」


 戸惑う私に対し、ならばと彼が動き出す。


「白金貨2枚」


 そう言うと、彼は手に持っていた白金貨を放り投げる。

 彼の宣言に従うように5枚あったうちの白金貨2枚が、光に包まれて消滅し、残り3枚が彼の手元に収まった。


 そして──


「──!?」


 正直、眼が追い付いていなかった。それ程までの速さで突っ込んできた彼に、私は殴り飛ばされた。能力向上魔法を使った様子は一切なかった。装備の類も特に変哲はない。

 となると、候補は1つ──神の恩恵。

 人知の埒外(らちがい)にあるその力。その能力に私は大きく後方に飛ばされ、背が壁に激突する。何とか受け身が間に合い、被害は最小限に留められたが……しかし、その受けた衝撃はかなりのものだ。身体中に激痛が駆け巡り、悲鳴を上げる。

 あの時、巨魔(ディロール)にやってのけた恩恵の効果が「力」に対するものならば、今回は「速度」に対するものだろう。

 受け身が無ければ、これよりも強い悲痛が私を襲っていたと考えると身の毛が()立つ。アニキとの特訓に感謝しなければ。


「ほう、受け身が間に合ったか」


 私の受け身に彼は予想外だったようで、少し面食らった顔でこちらを見ていた。

 まあ、自分でも偶然というか無意識だったもので、驚いているところもあるが、


 血切(ちぎ)り刃を取り出し、飛び散った流血からマナがあふれ出す。そして──


 第2級氷属性魔法トゥレメア・ラ・ジェラード


 私の脳内での呼びかけに従い、周囲の水分が収束され氷を形成していく。

 大きな氷塊となった頃に、私は彼にめがけて勢いよく放出する。

 第2級という扱いを間違えれば死を招く魔法。習得者でさえ日常的には使わないこの危険な強力な魔法。普通は避けるか、或いは魔法で対抗するのがセオリーだ。


「白金貨4枚」


 しかし、彼はそんな私の魔法を正面から受け止めた。

 文字通り、そのままの意味だ。ある程度速度も出ていた筈の氷塊を、片手で、素手で受け止めたのである。魔法を使った所作もなし。先程と同じ、神の恩恵の類であることは間違いなかった。


「成程。中々、洗練された魔法だ。第2級にしては密度も精度も速度もいい」


 それどころか、私の魔法の分析すらしている。

 どうやら私の魔法を賞賛してくれているようだが、しかし、褒められても全く喜べなかった。

 そしてそんな褒め言葉も、彼の台詞の前に打ち砕かれる。


「だが、俺の金の力においてはそれも無力だ」


 にやりと彼は口角を上げる。その力故の自信の表れだろう。

 そんな力の差をまざまざと見せつけられ、私は少し彼のことが怖くなった。彼と私とでは立っているステージが違う。まるで別の生物ではないかと、そう感じさせられた。

 だが、そんな私の考えを否定するように彼はこう言った。


「いいかね。俺と貴様の間にあるこの差は、技量でも、魔法でも、ましてや権力でもない」


 彼は大きく手を広げる。


「圧倒的な財産の差──それが貴様と俺を隔てる差の正体だ」


 意味が分からない。そう思っている私に対して、ゴルドはこう続ける。


「これも教えておいてやろう、青年。薄々感づいてると思うが、俺は神の恩恵を持つ人間だ。その力の名は──『財力』。自身の所有する財産を対価として、消費した金額に応じた身体能力へと変換することが出来る能力だ」


 通常であれば敵に対して能力は隠すものだ。それをひけらかせば、敵に対策を見出され、アドバンテージが無くなる。しかし、彼はそれを高らかに打ち明けた。

 能力を開示したところで、彼の場合は弱点になり得ないのだろう。それ程、彼の能力は現段階で隙が無い。


「つまり、俺の有り余る財産が無くならない限り、貴様は俺に勝てない」


 そもそも、彼の財産なんて彼以外知り得ない。だが、知ったところで、彼の財産を涸らすにはあまりにも途方が無い額なのだろう。白金貨が1枚2枚なくなったところで、痒みすら覚えないくらいに。


 これが、彼の強さの由来なのだと、私は痛みに理解した。


 ■ ■ ■


 駄目だ。当たらないし、効かないし、届かない。

 幾ら氷塊を生成しようが、この男を前にすればまるで相手になっていない。

 数の問題ではない。技量の問題でもない。これはそういった実力といった次元の話ではなく、もっと根本的な何か……、強いて言うなら才覚の差だ。彼の言葉を使うなら『財力の差』なのだろう。


 まあ、そもそもとしてギルドの階級には明確な実力格差が存在する。それは上位の層にいけばいくほど顕著に見受けられ、特に上位2階級である翠玉(すいぎょく)級と琥珀(こはく)級の格差は明瞭というほど、その実力差が大きいそうだ。

 たった1つの階級の差でさえこう言わせてしまうのに、それが更にもう1つ階級が違うとなれば、そこに立ちはだかるものの大きさはまさに絶壁と言えよう。


 相手になっていない。彼を相手にするには、正直今の私では役不足にも程がある。


 相手から漂う余裕の雰囲気──彼が本気を出せば私なんて既に制圧でき、命を奪うことも容易く出来ていることだろう。

 それをしないということは……私から情報を聞き出すまで殺さないつもりなのだろうか、或いは何かに利用する気なのだろうか。

 そんな思惑を探りながら私は攻撃を繰り出す。


 まるで(もてあそ)ぶかのように悠々と攻撃を避けては、私に一撃お見舞いする。そしてまた離れては、私の攻撃を正面から食らう。


 相手から食らう攻撃は1発1発がとても重く、骨がミシミシと言っている。食らう度に痛みが激しくなっているの見ると、ダメージが悪化しているのだろう。

 アニキとの特訓で受けたものとは比にならない。長期戦はただただ自分を苦しめるだけだ。ましてや彼の所持財産が分からない以上、能力のガス欠を狙うのは悪手でしかない。


 ならばと、次に私が試みたのは範囲攻撃。


 部屋の床を凍らせ、相手の脚を奪う。

 相手を完全凍結させるのはまだ難しいが、表面を凍らせることくらいなら今でも何とか可能だ。

 私の指示に従って、周囲の空気中の水分が反応し、氷と化していく。伝染するように広がるそれは瞬き一度ほどの速度で辺り一面を氷結の空間へと変えていく。


 流石の相手も、この瞬時の出来事には対応出来ず、足首までが凍ってしまった。

 これで動きが制限された。私は次に死角に向けて巨大な氷柱を床から生成し、相手を貫こうとする。あくまで、肩を狙い致命傷を外してはいるが、当たれば大きなダメージにはなるだろう。


 だが──


「あまり俺を舐めないでもらいたい」


 バキッミシッという音がし、そして──


 バリンッ!


 彼が身体を捻った際に、軽快な音を奏で、足元の氷が容易く割れる。

 飛び散った氷の破片がまるで硝子細工(がらすざいく)のように部屋の光を反射していた。

 なんて男だ。私が生成した氷を、こうも意図も容易く破壊してしまうだなんて……。どんな力があったらそんなことが出来るんだよ……。

 そのまま彼は私の氷の刃を頑強な腕で払い除け、そしてその勢いのままこちらに振り向き、もう片方の腕で私の首を掴み、捉えた。


「戦術の切り替えの早さは認めよう。だが、言った筈だ。貴様の正義は私には届かないと」


 息が……苦しい。死に物狂いで意識を保たなければ、直ぐにでもあちら側に飛んでしまいそうだ。


「中々どうして、紅玉(こうぎょく)級に留めておくには勿体ない程の戦闘センスだ。運営も見る目が無い」


 喉を掴まれ、私は壁に押さえつけられた。足が地から浮き、思ったように動けない。

 より苦しくなる。……このままでは……また、意識が暗転してしまう。


 そう思った私は彼の腕を掴む。離せと言わんばかりに抵抗の意思を見せる。

 だが、実際の目的はそれでは無かった。


 彼の攻略として、まず予備動作を感じ取られてはいけない。悟られた時点で後出しじゃんけんの如く、奴は自身の強化を謀り、容易くこちらの攻撃など防いでしまうだろう。そして離れていてもいけない。これも魔法が届くまでに同じように対策されてしまう。

 ならば、ゼロ距離だ。それも、悟られないような自然な流れで、彼の意識から外れた攻撃を──そう考えての結論がこれだった。


「──ッ!?」


 掴んだ(てのひら)から氷の刃が産まれ、ゴルドの腕を貫く。

 突然感じる痛みに、流石の彼も思わずその手を放した。


 気道が確保でき、ようやく満足に呼吸ができることに咳き込む。そして、彼の方を見ると、攻撃を受けた右腕を抑えながら俯いていた。


 そして彼の腕から鮮血が滴り落ちるのを見て確信する。

 やはり、そうだ。

 この男、常に身体能力が強化されている訳ではない。彼の能力は「強力」ではあっても、「完璧」ではない。


 彼の神の恩恵が彼の言う通り「自身の身体能力の向上」ならば、それはあくまで一時的なものだろう。でなければ攻撃をする度に、攻撃を受ける度に硬貨を消費している意味がない。

 そしてその効果も彼がその消費量を宣言しなければ発動しないのだろう。わざわざ宣言するメリットがないことを考えれば、それくらいしか理由がない。


 だが、何より、彼には明確な弱点が存在している。


「どうだ……私の正義が、届いたぞ」


 (あなど)り──それを捨てきれない以上、隙は必ず生まれる。

 私は覚束ない呼吸から言葉を捻り出した。


 すると、(うつむ)いていた彼の顔からニヤリと歯が垣間見える。顔全体の表情は分からないが、あの口元だけで今彼がどんな顔なのか理解できた。


「どうやら俺は貴様の価値を見誤っていたようだ」


 こちらを改めて見るゴルド。ようやくまじまじとこちらを見ているような気がした。


「貴様、名は何と言った」


 彼の問いかけに私は素直に答え返す。


「アベル……アベル=ライザック」

「アベル=ライザック、貴様の価値は白金貨30枚では全く以て足りない。貴様の価値はそれ以上だ、私の慧眼(けいがん)すら上回る程の存在だ。それを今認めよう。ならば──」


 ゾワッという寒気が私を襲う。

 狂気に似た、何かを感じる笑み。

 まるで価値あるものを見つけたコレクターかの如く──。


「全身全霊全財産を以て貴様を()じ伏せるまでだ」


 この時、私は理解した。

 そうか、あの時白金貨30枚で取り引きしようと言っていたのは彼が私を()()()3()0()()()()()()ということの宣言だったということを。


 再度、彼は構える。

 更なる緊張が、空気を走った。


「では、教育してやろう。ここから先が、翠玉(すいぎょく)級の本当の実力だということを」


 ■ ■ ■


 一体あれから何秒持っただろうか。

 あれからの勝負はあっという間だった。

 (あなど)りがあったからこその私の正義の一撃は、即ち(あなど)りを捨てた者には通用しないことを指す。

 まさしく彼はそれだった。宣言通り、私は彼の全力を以て打ちのめされることになった。


 全身から痛みを感じる。

 間違いなく骨も何本か()っているだろう。


 だが、それでも立とうとする私を見て、ゴルドは笑う。


「何という男だ。まだ自らに価値を見出すかね、アベル=ライザック」


 何がそんなに嬉しいのだろうか。

 彼の気持ちは微塵(みじん)も分かりたくもないが、少なくとも私を認めていることは理解できた。


 しかし、気力だけでは彼には届かない。

 それを身を以て彼は証明し続けている。


 脚が痙攣(けいれん)している。

 口から吐血もしている。

 しかし、ここで負けられないと私は思い、残っている気力だけで睨みつけ、立ち上がる。


「だが、そろそろ終わりにしようかね……」


 彼が何度目かの構えを見せたその時だった。


 ドタンッ!


 勢いよく扉が開き、彼の部下が入っていた。

「取り込み中のところ申し訳ございません!」

 無粋も無粋。邪魔をされてしまった彼は冷静な怒りで部下に尋ねる。

「何だ、こんな時に」

 彼の問いかけに「それが、その……」と説明しようとしていたその瞬間──


 ドカッ!!


 その部下の頭を蹴飛ばし、誰が中に入ってきた。

 勢いよく頭をぶつけた部下はそのまま気を失い、地面に伏せたままになる。

 そして私とコルドの間に割って入り、立ちはだかったのだ。

 小さな身体、華奢な肉付き、頭には猫の耳。

 逆光ながらも、シルエットで誰だか理解できる。


「リリスッ!?」

「……ほう」


 そう、リリスが助けに入ってきたのであった。

※貨幣価値について

この世界の共通通貨は銅貨、銅板、銀貨、銀板、金貨、金板、白金貨の7種類があります。貨幣価値については銅貨1枚=1円程度だと思ってください。

銅板1枚=銅貨10枚。銀貨1枚=銅板10枚。銀板1枚=銀貨10枚。金貨1枚=銀板10枚。金板1枚=金貨10枚。白金貨1枚=金板10枚。その為、白金貨30枚は約3000万円くらいになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ