第ⅠL話 白い鳥
この物語は、ただの創成物語である。
ガーベの父親救出後の話である──結局、私達は彼女の家の厄介になることとなった。
日も暮れ、今更出てもすぐに野営することになるのが目に見えていたからである。
その上、宿も取っていない為、ならば我が家にと彼女の父親は快く受け入れてくれたのだ。
お言葉に甘え、私達は一晩を彼女の家で過ごすことになった。
料理は勿論、私とベルが作ることとなった。
腕は無事とは言え、負傷者の彼女の父親を働かせるわけにもいかず、リリスはリリスで料理が……その……野性的である為、必然的に残ったメンバーでやるしかない。まあ、リリスは怪我と疲労で、彼女の父親も命の危機から逃れ緊張が解けたのか、家に入るとソファで眠ってしまったのでどちらにせよではあるが。
ガーベも食器を用意したり、料理を運んだりと、出来ることを手伝ってくれた。父親に喜んでもらいたくて必死なところが可愛らしい。
まるで、家族が増えたかのようだった。
彼女達のお陰で会話が弾み、雰囲気が温かい。
ふと、リリスの方を見やる。「駄目」と完全否定するくらい、あれほど先を急いでいたリリスも、今見ると不満な顔を一切見せずにいる。
それどころか満足そうだった。
2人以外と食事を囲うのは久しぶりの気がする。まだアニキ達と別れてからそんな日にちは経っていない筈なのだが、その所為か妙に空気が心地良かった。
因みにガーベの父親の名前は「ローダン」といい、この近辺の学校で魔法の講師を行っている精人らしい──成程、だからあの規模の魔法が使えたのか。咄嗟とは言え、素人が使うにはあまりにも戦闘慣れした程度の魔法だった為、少し疑問ではあった。
彼にもそんな会話を交えつつ、この空気をひとしきり楽しんだ私達は食べてすぐに眠りについたのだった。
誰も彼も、疲労困憊だったのだ。
■ ■ ■
出立前、私達はギルドに立ち寄った。
内容はあの「蛇の王」の出現と討伐報告──周辺の魔物の生態情報はギルドにとって有力な情報であり、それの報告は義務としてギルドの規則に明記されている。
受付に着いた私達は起こったことをありのままに話す。
廃坑の地形変動のこと、蛇の王のこと、そして私達が討伐したということ──。
因みにローダンさんの救出については全く話していない。
まあ、明らかな規則違反ではあるし、ガーベの助けに応えられなかったギルドの面子もあるだろうし、そこはお互い様ということで。
だが、当然ひとまずは信用されなかった。当然だ、つい先日入ったばかりの天藍級ギルダーが一回り、二回り以上もある格上を討伐したと言えば、そりゃあ疑う。私だってそう思う。しかし、討伐の証として持ち帰った鱗や牙などを提出すると、受付の態度は一気に豹変する。急いで鑑定にかけられ、それが本物だと証明されると非礼を詫び、詳しく内容を聞かれる。
ナルガの巣窟と化していたことはギルドも把握していたようだが、基本的に表に出ないナルガの特徴と、廃坑という人の立ち寄らない場所も相まって対処が後回しになっていたようだ。最近、魔物の動きが活発なようだし、それの対処に注力していたという人手不足も起因しているだろう。
最終的には支部長も出てきてまでの小さな騒動に発展し、すぐさま廃坑の再調査が進められることとなったようだ。
因みに私達も「その調査メンバーに入ってくれ」と言われたが、先を急ぐためこの話は断った。本来は当事者として断れないのだが、「別の依頼中である」という理由をでっちあげて何とか事なきを得た。ギルドを通してはいないが、依頼を受けたのは事実ではあるからな。
なお、このことですぐさま私達のギルドの階級に反映されることとなったのは言うまでもない。
これも当然だ。なんせ通常なら翠玉級ギルダーというギルドの実力階級最上位の人間が対処する相手なのだから、その大金星たること、最早言うまでもない。
因みに階級の更新はギルド本部に承認を得なければいけない為、今すぐは更新されないが、その間は「仮階級」として、更新後の階級と同等の恩恵を得られるシステムが存在する。
そして私達が与えられた階級は『紅玉級』──基本7階級ある中の上から3番目の階級。
まさかの、4階級昇進という快挙を果たした。
■ ■ ■
ギルドで手続きやら聞き取りやらをやっている間に、すっかり時刻は昼を過ぎてしまっていた。
最期に彼女達に別れを告げようと家を訪れたが、誰もいなかった。
ローダンさんの怪我を直しに病院にでも行ったのだろうか。
しかし、別れを言えないままなのも流石に寂しいと思い、私達は書置きを残してその場を後にした。これでせめて一方的でもさよならは伝えられるだろう。
馬を引き取り、北西の出口に向かう。本来なら近道の為、北東の出口に行くのだが、少し遠回りという道を選ぶ私達はここが分かれ目となる。後から来るアニキ達を考えるともしかしたら余計に逸れることになるかもしれないが、致し方あるまい。
すると、出口となる門の前で、私達を呼ぶ少女の声が聞こえた。
「おーい!」
その声の主は明らかにこちらに呼び掛けており、両手を大きく振ってアピールしている。
間違いない、ガーベだ。隣には松葉杖をついたローダンさんも一緒である。
ローダンさんの病院帰りから、どうやらずっと待っていたらしい。流石に昼過ぎまで待たせてしまったことが大変申し訳ないと思った。
そのことを告げると彼女は「3人の為ならずっと待てるよ」と、何とも嬉しい一言をくれた。
嗚呼、助けて本当に良かったとしみじみ思う。
「はい、これ」
そういうと彼女は後ろに隠していた小さな袋を取り出し、私達に差し出す。
「集めたの、受け取って」
何だろうかと私は気になり中身を
ソカの実と呼ばれるそれに私は少し驚いてしまった。
通常動物や植物は属性を持たないマナ──「劣性マナ」を体内に蓄えており、それを食し、体内のコアで自身の属性の持つマナ──「優性マナ」へと変換されることにより属性が付与される。
しかし、この木の実のように、時折属性を持ち魔法の効果を内包する珍しい種も存在する。
因みにこの実の魔法効果は「身体能力の向上」。性質故、ギルダーには特に需要があり、危機的状況下でよく用いられる、所謂ドーピングアイテムの一種である。乾燥して長期保存が効くようにするのが一般的であり、彼女からもらったものもそのソカの実を乾燥させたものであった。
しかしこの木の実、需要に対して流通量が足りておらず、また育成も困難な木の実としてそこそこの値段で売られている木のみのはずだ。
「本当にいいのか?」
私はそう彼女に聞き返す。
「うん、助けてきてくれたお礼だよ」
どうやら、近くにソカの実の木が野生で生息しているところがあるらしく、稀にここから木の実を取っては店に売ってちょっとした小遣い稼ぎをしているようだ。
しかし、お礼を目的に依頼を受けたかのようで、何だか気が引けるというか、卑しいというか、そんな気分に苛まれてしまった。
躊躇している私に対してローダンさんが声をかける。
「娘の気持ちです、受け取ってあげてください」
ローダンさんのその言葉に、私はようやく受け取ることを決意する。気持ちを断ってはそれこそ彼女に失礼だ。
「ありがとう、大事に使うよ」
彼女の手を優しく握りながら、私はそう言った。
私の後に続いてベルとリリスも別れの挨拶を交わす。
特にリリスは彼女に対して、友情とも呼べるくらいの関係を築き上げていた。
ここ暫く、同年代と呼べる相手と会話してこなかったからだろう。1日にも満たないたった少しの時間でよくここまで溶け合えたものである。
「また、立ち寄ることがあったら声を掛けてください。力になりますよ」
ローダンさんのその言葉に「ありがとうございます」と握手を交わしながら感謝する。
ガーベと違って、力強い彼の手にその思いの強さが伝わる。
「ありがとうございました、お気をつけて」
「ばいば~い」
2人の見送りを背に、私達は町を後にしたのであった。
■ ■ ■
曇り空──生憎の天気ではあるが、私達は目的地に向かって馬車を走らせる。
私の我儘で1日時間を食ってしまった以上、巻き返さなければいけないと私は使命感に囚われていた。
あれから数時間、代り映えのしない森の中を抜け、目指すは次の町「マガウディア」。噂によればギルダーで栄えている町のようで、規模は小さいものの活気に溢れた町らしい。
タタラバからはそんなに離れておらず、半日馬を走らせれば到着するくらいの距離に位置するらしい。出るのが遅かったが、何とか間に合えばいいのだが……。
そんな不安を募らせていると突然
ヒヒーン!
急に馬が足を止めた。まるで何かを恐れているかのように、進めと指示しても頑なに動こうとしない。
「どうしたんだ?」
進みたがらない馬を不思議がった私は道の先を凝視すると、
「あれは……」
それは酷い有様だった。
小動物を売る行商人の一行だろうか。──いや、だったのだろうか。
車を引いていた馬も、これから町に繰り出す予定だった人も、商品として売る予定だったであろう生き物達も、全て等しく冷たくなって横たわっていた。
生き物を入れていた檻は外側から有り得ない方向に捻じ曲げられ、立派だったであろう馬車もただの瓦礫と化していた。
見て不快にはなれども、吐いたり気分が悪くなったりするようなことが無くなったのは、これまでここ最近で人の死体をあまりにも見過ぎた所為だろうか。
全く、我ながら慣れたくもないものに慣れてしまったのだと辟易する。
仕方がないので、私達は下りて馬を先導する。近くまで導くと、そこで馬を停め、私達は被害の遭ったところに駆け寄った。
「魔物にでも襲われたのね」
その様子を見てベルはそう言った。その言葉に間違いはないだろう。
魔物という脅威の実態はまさにこれだ。
残酷なまでに蹂躙、まるで災害の様に過ぎ去っていく──これまで私達が相対してきた奴らは蛇の王を除いて比較的一般人でも対象が出来るような相手が殆どだったが、格上となると一方的にこうなってしまう。
年を通して、こういった魔物による被害は後を絶たない。一昔前よりもその対策法が確立され、数は減少傾向にあるとは言うが、それでもこのような光景は決して珍しいものではないのが現状である。
被害の状況からして、食糧目当てではないので、ストレスの憂さ晴らしもしくはマナ暴走だろうか……。遺体が綺麗なところが妙ではある。大きさは間違いなく人の背丈を軽く超える大物──この周囲に出現する魔物に心当たりがないが、もしかしたら、昨日出立していれば狙われていたのは我々かもしれないと考えるとゾッとする。
幸い、それほど時間が経っていないのか屍肉荒らしの被害には合っていないようで、まだ身体が原型を保っている。
「埋葬してあげましょう」
見知らぬ他人とは言え、同じ魔物の被害に晒されていた人類だ。それにこういった魔物の被害に遭った人達の処理をするのは、街道の通行を妨げない上で見つけた者によるこの世界のマナーだ。
大したものは作れないが、せめてもの手向けにはなるだろう。
私達は近くの地面を掘り返し、彼らを弔った。
■ ■ ■
「この鳥、怪我してる」
埋葬もある程度終え、片付けをしていた時にリリスが何かを見つけたようだった。
彼女の目線の先を見やると、そこには1羽の白い鳥が地に伏せる状態で弱っていた。
恐らく、魔物の襲撃による怪我だろう。足に札がついているのを見ると、この白い鳥も売り物になる予定だったものと見受けられた。他の動物達が尽く亡くなっている中でよく生き延びたと言える。
「珍しい鳥ね。何て名前なのかしら」
「昔、図鑑で見たことある。名前は……確か……」
白い鳥はとても美しかった。混じりっけひとつもない綺麗な純白の羽に整った顔立ち、まるで絵本などの創作の世界からそのまま切り抜いたかのような見た目をしていた。見るからにまだ幼体で大きさは両手に収まる程しかない。目つきやその容姿からすると、猛禽類に近いフォルムをしているが……鷹や鷲といった鳥類とは似ても似つかない見た目をしている。
私は幼い頃から本を読んで、新しい知識を得るのが好きだった。特に図鑑はそんな知識の宝庫だった為、毎日のように読み漁っていたのを覚えている。
そのお陰か、今でも比較的多くの知識を持っている人間であると自負している……が、しかし、あまりにも昔な為、曖昧になっている記憶もちらほらあるのが現状だ。
必死に記憶の隅から引っ張り出そうとするが……駄目だ。思い出せない。
キイィィ……
弱々しい声ながらも私達に敵対心を向けているのは、容易に把握できた。
「怯えている、人間、恐れている」
トラウマか、はたまた先にあった魔物の襲撃か、原因は分からないがリリス曰く私達に対して怯えを見せているらしい。この敵意はその怯えから来るせめてもの威嚇なのだろう。
──しかし、ここでふと私の頭に疑問が浮かび上がった。
「前から気になっていたんだが……、リリス、君は動物と会話できるのか?」
この旅の道中でも、度々彼女は馬と会話しているようしていたのを、私は何度も見た。
まるで友達と接しているように、彼女は生き生きと話しているように見えたのだ。
「別に言葉、分かるわけじゃあない。けど、なんか、気持ち、分かる」
「恩恵か」
そう1人で納得しようとしていると、ベルが横から入ってくる。
「恩恵じゃあないと思うわ。リリスの身体には紋章が何処にも刻まれてないもの」
「けど、動物の気持ちが分かるなんて、獣人の特徴にはないだろ」
聞いたこともない能力だ。
獣人の他の種族比べて特異な点と言えば、その圧倒的身体能力と発達した五感。一般的な筋肉量は他の種族とは異なり、女性ですら我々真人の男性の数倍はあるといい、その筋肉を利用した身体能力は六大種族の中でも随一である。また、五感に関してもあらゆる点でずば抜けており、嗅覚や聴覚は犬や猫といった動物のそれと同等だという。そして「第六感」という危機察知に優れた能力も持っているとされ、そういった点は医療の世界でまだ研究が進められているほどだ。
一方で、魔法に関しては扱いが六大種族の中でも一番苦手とされ、保有しているマナの量も平均的に少ない傾向にあるという。
そんな獣人ではあるが、リリスのような「動物と意志疎通できる」という能力はかつての同級生にいた者でも持ち合わせていない技能だ。
本当に恩恵の力でもないのだとすれば……一体何の能力だというのだろうか。第六感という訳でもなさそうではあるが。
「ともあれ、保護してあげましょう。雨も降りそうだし、流石にこのままっていう訳にもいかないし」
空を見上げると黒く分厚い雲が空を覆ってる。雨の独特な臭いも漂ってきているのを鑑みると──雨が降るのも時間の問題だろう。
「ベル、回復魔法を頼む」
「分かってる」
そう言うと、ベルは血切り刃を取り出し、指を切っては白い鳥に対して回復魔法を唱える。
優しい光が白い鳥を包み込んだ。すると、
「……この商紋」
「どうしたんだ?」
白い鳥についている札を見て、何かを訝しむベル。
商紋を確かめようとした時、
キイィィ!
白い鳥は拒絶するようにベルの手を突いた。
攻撃に思わず手を引っ込めるベル。すると、変な力を入れてしまったのか札が2つに分裂してしまった。「壊してしまったのか」と思い、恐る恐る見るが
「商紋が……2つ?」
どうやら違っていたようである。商紋が2つ、重なるようにしてくっついていたようだ。
1つは私も何度も見たことのある商紋、そしてもう1つは全く見たこともない商紋だった。
「見たことない商紋……もしかしたらこの子──」
ベルが、その商紋を見て一言呟く。
「密輸されたのかもしれない」
■ ■ ■
世界の情勢が安定し、他種族が交わるようになった昨今、当時では珍しかった品の数々や辺境で栄えていた文化が多くの人に知れ渡るようになり、それに従って貿易も急激な速度で発展していった。
そんな商売の世界でも、移り変わる時代の流れに乗っかるようにして成長し、今や世界最大規模となった商会が2つ存在する。
1つは大陸北東部で栄えている「東方商会」と、もう1つはその逆で大陸南西部で栄えている「メリクルヌス商会」である。この2つは俗に「二大商会」という名で広く知られており、今や世界経済の一端を担う程に勢力を強めている。
さて、そんな目まぐるしい成長を遂げる商売の世界ではあるが、その中でもこの近代になって特に発展した商売の中に「動物商」というものが存在する。
その名の通り、動物を商品とし、売買する商売である。
元々は食肉用や家畜用として売買を行っていたこの「動物商」ではあるが、近年ではその形態が異なり、主に愛玩を目的とした所謂「ペット」としての需要や戦闘用に飼育され、魔物との戦闘における「使役獣」としての需要の応える形に変化している。
対魔戦後、そのような風潮は一時期ピークを迎え、貴族や金持ち連中の中では「ペット」が、ギルダーの中では「使役獣」が市場には多く出回るようになったという。
無論、それに伴って発生するのが、種の乱獲である。
まともな法整備もなければ、動物に対する配慮も無かった当時からすれば、金の成る木同然の動物達は瞬く間に乱獲され、市場に流れ込むこととなった。
また、対魔戦後の多文化の介入もあって動植物の皮や肉に新たな使い道が発見されることも重なり、多くの生物達が私達人間の私利私欲による犠牲となってしまった。
当然、そこに住んでいた原住民や動物保護を掲げた宗教団体はこれに反発し、世界中を巻き込む大きな問題へと発展した。
そこで九大国会議は「国際取引法」を制定し、現地に存在する珍しい動植物の取り引き等を制限。動植物保護に向けて一歩躍進することになったのである。
現在、上記のような生きた動物や植物の取引は二大商会とその提携組織しか取り引きを許されておらず、その売買の際は商会の紋章が刻印された印を、取引完了するまで何処かにつけておかなければならない決まりとなっている。
話は戻って、この鳥の足首についている札。この札は商会の紋章が刻まれており、商売が認可を得ていることの証明になっている。つまり、信頼の証だ。
この札には一見、東方商会の掲げる「金の鳥」をモチーフとした刻印が刻まれているように見えるが……。その一方で別の形の商紋が刻まれた札もつけられている。
どうやら、東方商会の刻印で別の商会の刻印をカモフラージュしていたようである。
法整備がある程度整い、商売も落ち着きを取り戻した現代ではあるが、しかしそんな中でも違法な取り引きを行う輩は存在する。俗に「闇商人」と言った奴だ。
社会問題となりつつある違法薬物の売買や秘密裏な武器の取り引き、非合法な人身売買など、その種類は多種に及ぶ。国家も血眼になって追いかけている案件ではあるが、未だに尻尾が掴めていない状況である。
本来であれば、国に報告し任せるのが筋だ。──だが、そんな情報も残念ながら全て一緒に埋めてしまった。
埋葬の暗黙の了解としてその場にある商売道具や私物といった遺品は身に着けていた一部のものを除き一緒に埋めて、処分してしまう。
一方で硬貨や身に着けていた装飾は近くの役場に届けるのが一般的だ。
故に今手元に残っているのは彼らの持っていた硬貨と彼らの身に着けていた一部の遺留品のみで、それ以外の資料や道具は全てなくなってしまった。
今更墓を掘り返すわけにもいかないし──先に調べておけばよかったかもしれない。
「因果応報」という言葉で片づける訳にもいかず、かといってこの被害者に同情する訳でもないが、何ともやるせない気持ちになってしまう。
この鳥も、無理矢理この地に連れてこられたのだろう。敵対心を向けてきているのもその為か。なら尚更、この鳥とっての未知の地に1羽で放っておく訳にはいかない。
するとリリスが一歩前に出る。率先して、この白い鳥を保護しようとしているのだろう。
手を差し伸べるリリスに対し、威嚇し、時にはリリスの手を突く鳥。
痛がる素振りに私は心配の声を掛けるも、「大丈夫」と手を出さないように制止される。
彼女の指から少し紅い血液が流れ出るが、彼女はそのままそっと白い鳥を包み込む。
「大丈夫、怖くない」
暫くの時間、白い鳥は抜け出さんと彼女の腕の中で暴れて羽を散らす。
それに対し、辛抱強く抱き締めるリリス。
暫くした後にその気持ちが伝わったのか、警戒は未だ解いていないものの、リリスの懐に収まる。じゃじゃ馬を乗りこなしたかのような凄さを彼女に感じた。
「そう、怖くない、大丈夫」
そう、リリスは繰り返すように白い鳥に言い聞かせていた。
すると
「降り始めたようね」
ポツリと雨が降り始めた。




