第ⅩⅩⅩⅨ話 冥ノ懸氷
この物語は、ただの創成物語である。
「本当に出来るの?」
私の提案を聞き届けると、そうベルは私に問いかける。
どうやら薄々私が第1級氷属性魔法をまともに扱えていないのを察していたようで、夜な夜なこっそりと練習していたこともバレバレだったようだ。
「知っていたんだな」
「そりゃあ、あんな冷気を振り撒いていればね」
冷気──嗚呼、凍った手や魔法に触れた身体に残った冷気を感じ取っていたのか。
まあ、幾ら焚き火で溶かしていたとはいえ、流石に隠しきれなかったか。少し恥じらいつつも、私は気を引き締めてこう言った。
「やってみせるさ」
出来る──とは断言出来なかったが、しかし、ここで応えなければ生き残れないと、自信を持ってそう言った。
「さて、じゃあ私も本気を出しちゃいましょうか」
そんな私の言葉を聞き届けると、ベルは不意に立ち上がる。
「こんな状況で出し惜しみなんてしてられないしね」
彼女はそう言うと、軽く準備運動を始めた。
これから彼女自身がリリスのような肉弾戦を担うかのように。
主に魔法戦闘を得意とする彼女を他人が見れば、一体何をするのかと思うだろう。
しかし、幼馴染として長年彼女の姿を見てきた私としてはこれから彼女が行おうとしてる行動が手に取るように分かる。
「ということは、アレを使うのか」
「脱出の時に使うと思って残しておきたかったの。この魔法、燃費が悪いから」
確かに、彼女がやろうとしていることを考えると、アレはあの崩れた土砂を取り除く時に使った方が良いのだろう。
しかし、それすら使わざるを得ないのが今の状況であり、そういった意味では彼女の判断は正しい。
「失敗したら、キミを恨むから」
そう言うと、彼女は雷属性魔法をその身に纏い、そして──飛び上がった。
■ ■ ■
彼女の使う魔法──その名も
第1級雷属性魔法──雷磁操
彼女曰く、電気というものは一定の条件を満たすと磁石の性質を帯びさせることが可能で、そのエネルギーの向きや大きさによって引き寄せあったり、反発させたりすることが可能になるらしい。この現象を「電磁石」というそうだ。
何処でこの知識を得たのかは不明だが、この魔法はその知識に基づいた彼女のオリジナルの魔法である。
脚部に磁力を発生させ、地面と反発させることで雷属性魔法での飛行を可能とする世界で唯一の人間。
そんな魔法で自由自在に空を飛び回る彼女の姿を見て、名付けられた学生時代の渾名は──「雷鳥」。
但し、彼女によると「かなり扱いがピーキーで、その上燃費も悪い」とのことで、第1級を制限なく使用できる非常時でもあまり使いたがらないのが現状だ。あと、どうやら空中浮遊には結構身体の筋肉を使うようで、彼女が使用前に準備運動をしていたのもこれにあたる。効率化に向けてまだまだ発展途上らしいが、彼女自身の成功率はほぼ完璧に近いものであり、実践には用いることが出来るようで、私のものとはまるで非にならない。
縦横無尽に空中を駆け巡る彼女の様は、渾名の如く鳥のようで、蛇の王もその動きに翻弄されている。攻撃は当たらず、彼女の動きに蛇の王の注目が集まっている。
そして、そんな電磁石の効果は彼女自身だけではない。
巨大な岩を相手に投げつけた。
彼女の魔法「雷磁操」の真骨頂は、その効果を自身に反映するのではなく、その力の「付与」することにある。
魔法の効果を周囲の物質や地形に及ぼすことで魔法の柔軟性を上げ、様々な影響を与えることが出来る。彼女が投げつけた岩がそうだ。付与することで、どんなに質量のある物質でも軽々と浮かせて移動させることが可能となる。
そんな攻撃は固い鱗で守られた蛇の王の致命的にはならないが、しかし衝撃によって1本の首が気絶し無力化に成功する。他の首も大きく仰け反り、隙を生じさせた。
そこに畳み掛けるように次々と岩を投げ込むベル。繊細な魔法を得意とする彼女にしては随分と大雑把で珍しい戦い方だった。
それもその筈、この洞窟内ではこの魔法の真価は存分に発揮できない。あくまで現環境下における可能な範囲の攻撃がこれであるのだ。
一方のリリスは逃げに徹する。
先程のダメージで思うように動けないと踏んだ彼女は攻撃に転ずることを避け、一定の距離を保ちながら、蛇の王のヘイトを稼ぐ。
無論、攻撃しないとなれば蛇の王の攻撃対象から外れてしまう為、定期的に攻撃し、常に注目を集めるように立ち回る。
そして、私はひたすら岩陰で魔法の生成に注力していた。
第1級氷属性魔法──その発動を成功させる為の時間稼ぎを2人には依頼したのである。
実戦での導入は今回が初めて。練習もまだ1回しかやっていない。
そんな不完全な魔法ではあるが、やれることは全てやらなければ生き残れない。
1つの魔法に注力している影響で、第4級氷属性魔法による後方支援は出来ない為、ベル達には素の身体能力で暴れ回る奴を正面から抑え込まないといけない。
何とか持ってくれ──心の中でそう思いながら、私は氷塊を作り上げていた。
■ ■ ■
現状、戦況は優勢ではあり、私の魔法も順調に完成しつつあるが、油断が出来ない。
すると、一定の時間が過ぎたとき、蛇の王が突然喉を鳴らし始めた。
ゴロゴロと聞いたこともないような音に、何かしようとしていると私達は警戒を強めた。
蛇の王の頬が何かを含んだかのように膨らみ、そして、吐き出した。
液体状のそれは周囲にばら撒かれるようにして4本の首から飛ばされ、私達を襲う。
嫌な予感を察してベルは回避行動に移る。魔法で引き寄せた岩を盾代わりに、防ごうとするも、飛び散った液体の一部がベルの右腕に付着してしまい、その瞬間彼女が悲痛の表情を浮かべて苦しみだした。
リリスも避けに徹すると、地面に着弾した液体はジュワっと不快な音と共に、地面や岩から煙が上げた。
一方着地したベルは衣服の一部を破り、肌についた液体を拭き取るも火傷痕の様に残ったその傷口は彼女の痛みを存分に感じさせてくれる。声こそ上げない彼女ではあるが、寧ろ堪えられているのがおかしいくらいのものだった。
そして周囲を漂うツンとする臭い。
これは──毒……いや、酸だ。
魔物には体内の毒素が変化したり、体内の消化液を体外に放出したりすることで、酸性を帯びた液体を操る個体も存在するとは聞くが……まさか、この蛇の王もそうだったとは。
まともに喰らえば命すら奪われるほどの強酸。例え命はあっても戦線離脱を余儀なくされるだろう。
「ベル!!」
彼女の負傷に私の意識が魔法から削がれる。
そして、その意識の揺らぎが魔法の完成を妨げ、形成している氷塊に罅が入った。そこから冷気が漏れ出し、私は急いでそれを修復させる。
今すぐ投げ出して、彼女を助けに行こうにも、この魔法を中途半端にやめてしまえば、制御を失った魔法は暴発し、私を含めた皆が氷属性魔法の被害を受けるだろう。──それだけは避けなければならない。
なら、今私にできるのはこの魔法を完成させること──。
すると、リリスが勢いよく飛び出す。
「待て、リリス、早まるな!」
感情的になったリリスは一直線に、ひたすらに、私の静止すら振り切り、手に持つ氷の剣を構える。そこに作戦などなく、ただベルを助ける為に自らを奮い立たせ、突撃するのみ。
しかし、今の彼女は視野が狭い。
そんな感情だけではこの蛇の王には敵うわけがなく、死角から迫ってきた首の一撃に軽い身体が吹き飛ぶ。
受け身には成功するも、あの巨体の攻撃は完全には受け止めきれず、伏せた身体が起き上がらずのままにいた。
見上げれば蛇の顔。迫る「死」のカウントダウンに必死に抵抗しようと歯を食いしばるリリス。
そんな様子に私は内心焦ってしまっていた。集中を削げば完成が遠ざかると知っていながら、2人の危機にどうしても気が気で無かったのだ。
早く……早く、魔法を完成させなくては……。
蛇の王がその首を振り下ろそうとした──次の瞬間だった。
ゴオォォ、ドゴォォォォォン!
轟音と共に巨大な火の玉が蛇の王の身体に直撃した。
「こっちだ、化け物!」
響き渡る声に反応し、そちらに振り向く。
そこにいたのは、まさかの救出対象だった。
「何故、貴方が」
思わず零れ出たその台詞に、彼は答えた。
「私なんかの為に自分よりも年下の子達がわざわざこんな化け物と闘ってくれているんだ。私がここで怯えていてどうする!」
明らかにその手が震えている。脚の負傷で魔法の反動をまともに受けきれていない。
しかし、それでも彼は魔法を放ち続ける。
助けに来たつもりが、逆に助けられている。
だが、いざ彼に攻撃が向けられると避けようにも脚が言うことを聞かず避けられない。
巨大な首による、素早い一撃──それが届く瞬間に横から割って入ったリリスが彼を抱えて助ける。
間一髪。しかし、着地で体勢を崩したリリスは派手に身体を地面に打ち付けながら転ぶ。
放り出された救出対象も地面に伏すことになり、またしても危機が迫る。
そこに飛んできたのは巨大な岩──そう、ベルの魔法である。
そうして出来た隙に何やら救出対象に頼み込んでいた。その時は何をしようとしているのかさっぱりであったが、その後の行動で何を頼んでいたかが直ぐに理解出来た。
するとリリスは、救出対象を背に乗せながら移動し始める。一方の背中の救出対象が魔法で攻撃していた。移動できない救出対象を補うようにリリスが足を、魔法を使えないリリスを補うように救出対象が魔法を、と急遽連携を行って見せたのだ。互いが互いの短所を補い合ったいい連携であった。
この3人の様子を見て私は再び魔法に集中を戻す。
手先が痛い。霜焼けで手が真っ赤に染まっている。
やはりまだ完全にこの魔法をコントロール出来るほど、私の魔法技術は成熟していないが、今はそれすら些細な誤差に過ぎない。
意識を集中させろ、周りは見るな。私はこの魔法を完成させることだけに神経を注ぎ込め。
──
────
──────
よし──出来た。
岩陰から身を出し、それを蛇の王に向ける。
狙うは奴の心臓。胴体の中心に存在する奴の最大の弱点。
「2人共、今だ!」
私の掛け声と同時に動き出す2人。
背中の救出対象を急いで岩陰に置き、蜻蛉返りで蛇の王の元に向かったリリスは、攻撃を避けつつ下から顎にかけて思いっきり殴りつけ、中心の首を仰け反らせる。
ベルはその生じた隙に雷属性魔法で胴体の鱗を剥がし、対象の防壁を破壊する。
邪魔は2人が何とかしてくれた。
最期の仕上げは、私の役割。
私は高らかにその魔法の名を告げた。
名は勿論──
「第1級氷属性魔法!」
■ ■ ■
あの時、私の嘆願を受けたセトはこう話す。
「まず、魔法は物体に直接影響を与えるのは非常に難しい。内部組織を理解していないものや複雑なものなら尚更、特に生物なんて構造が複雑だ。細胞1つ1つにまで自身の能力を張り巡らすなんて、正気の沙汰じゃあない」
魔法を使うにあたって、その対象を把握しておくことは及ぼす効果の精度に大きく影響する。例えば同じように回復魔法を施す場合、人体の構造を把握しきっている医師とあまり知識のない一般人ではその効果に大きな差が生まれる。
特に生物に直接影響を及ぼす魔法──陽属性魔法と陰属性魔法のマナ適正がある者は人体の構造を把握しておくことがほぼ必須であり、それを無詠唱で発動できる人間は本当に少ない。まあ、ベルはそれをさらりとやってみせるのだが……。
「だから、多くの魔法使いがやっているのは事象の伝染──つまり、小さな魔法の発動を皮切りに周囲に影響を与えていく、言わば限定的な事象発生」
例えば魔法で紙に火をつけたとしよう。その火は徐々に周囲へと広がっていき、最終的には紙全体が燃えてしまう──要は紙全体を燃やす為には、わざわざ大きな炎を発生させなくとも、1ヶ所だけでも小さな火をつけてやればいいのだ。
私も普段氷属性魔法を使うときはごく小さな範囲だけ、周囲よりも大きく温度を下げ、形成された氷を寄せ集めて氷塊を作っている。というか、殆どの氷属性魔法の使用者はその方法で魔法を発動していると思う。
まあ、この程度は魔法を効率化するには基礎的な技術の1つだ。
「君が氷塊を形成しているのは、あくまで魔法の発動の対象を空気にしているからだ。構造が人体に比べて圧倒的に単純で、なによりありふれている。多くの魔法使いが空に魔法を生成するのはそれが理由だ。君だってそうだろ?」
「つまり、何が言いたいんだ?」
私の分かっていないその台詞に、にやりと口角を上げたセトはこう言った。
「結論として、この2つを組み合わせる」
まだピンとこない私に彼は説明を続ける。
「物体を直接凍らせるのではなく、冷気を纏った氷塊を相手にぶつけて、付属的に凍らせる」
「だが、空気中の水分なんて、氷点下までしか温度は下がらねぇぞ」
そう質問を繰り出すカイムに対し、セトは続ける。
「嗚呼、故に形成する氷塊はあくまで冷気を対象にぶつける為の容れ物として使う。それも、内部まで届くのが望ましい」
すると、彼は手でジェスチャーしながら説明する。
「形状は単純な方がいいだろう。でないと直ぐに作れず、実用性に欠ける。……そうだな、氷柱のような円錐にすれば、より刺さりやすく対象の内部まで届きやすいだろうか。回転を加えればより望ましいが……それは後々だな」
そう言うと、セトは私に指を差す。
「君なら分かっているだろうが、注意するのはその冷気を先に作り出しては駄目だということだ。作り出した瞬間に自分自身が凍ってしまう。形成するのは、氷の容器からだ」
──彼の言葉を思い出し、私が作り出したのは氷柱の箱。冷気を閉じ込め、体内まで運ぶ氷の槍。
中の冷気は氷点下を大きく下回り、漏れ出るものだけでも皮膚がひりつく。
ぶっつけ本番、練習の機会はこれまでなく、「私なんかが成功するのか」と思うところもある。他に案があるかともっと深く考えれば、間違いなくこれよりももっといい案はあるだろう。だが、そう考えたとき、セトが私にこう囁いた。
「成功するから言っている。私を、君を信じろ」
他でもない、自分自身の声援。
どうしようもなく自己完結ではあるが、今の私にはこれほど心強い後押しは他になかった。
精度はまだまだ、形は歪で漏れ出る冷気を抑えきれていない。放つ前でも改善の余地は大いにあることは容易に判断できる。だが、これが今の私の出来る全て。
これが、私の、私なりの第1級氷属性魔法──。
第1級氷属性魔法
冥ノ懸氷
2人が──いや、3人が作り出した絶好の隙。
剥がれた鱗と鱗の間にめがけて、放つ。
空が──切れる音が聞こえた。
対象に向かって一直線に、白い霧が軌跡を描く。
そして、着弾する瞬間に私は声を荒げて周囲にこう促す。
「離れろ!」
私の魔法が心臓のある位置を貫いた。
体内まで届いた氷柱は、蛇の王の体温と貫いた衝撃で罅が入る。硬度はそれを考慮し抑えたため、ここも計算通りの効果。
漏れ出た永久の冷気は瞬時に蛇の王の身体を駆け巡り、内部から凍結させていく。
その冷気は圧縮した分、周囲の空間へと膨張していき、辺りに冷気を無暗に振りまく。
これに関しては、あくまで魔法の副産物。私にはコントロールできず、ただ耐え忍ぶしかない。だからこそ、皆を蛇の王から遠ざけた。
私達はそれを岩陰でやり過ごす。直接襲う冷気の嵐を少しでも凌ぎ切る。
隠れた岩や周囲の地面が凍っていく。
こちらからは岩陰で見えないが、最初は苦しさの悲鳴を上げていた蛇の王も徐々に声が小さくなっていき、そして遂には聞こえなくなる。
魔法による冷気の嵐は10秒ほどだっただろうか。短いようで長く感じるその副次的効果の後、私は若干の不安に駆られ、少し時間を空けて背後の様子を見た。
無論、そこには蛇の王がいるのだが──
「倒した……のか?」
その姿は、冷気に苦しむ形相をまるでそのまま刳り貫いたかのようであった。
即ち、私達は討伐に成功したのである。
■ ■ ■
強大な敵を倒したという実感は確かにあるが、案外その喜びは控えめなものではあるらしい。寧ろ、作戦が成功したことやこれで救出対象を助けられるという安心感と達成感の方がより私の頭の中を占める割合の方が多かった。
「ベルっ!! リリスっ!!」
急いでベル達に駆け寄る。私の魔法の被害に遭っていないか、戦闘の傷で疲弊していないかどうか心配になったのだ。どちらにせよ私の所為で起きていることになるので、私が心配とかどの口がとなるが……まあ、そこは結果オーライということでなんとか。
「ここっ!」
「問題ない」
ベル達もどうやら無事……ではないが、被害は最小限だったようで、ベルは息が上がった状態で自分の傷とすっからかんになったマナを回復させていた。
安心に脱力し、その場に座り込む。良かった……死ぬつもりは無かったが、何とか全員生還することが出来た。
だが、流石に魔法に関しては成功したとは言い難い。
斃した死体に近づくと完全冷凍ではなく、部分冷凍といった感じで、命中部分から離れると凍っている部分が少なくなっている。
自分の手を見ると指先が霜で焼けており、凍結してしまった時よりは遥かにましなのだが、自分への影響もゼロに出来ていない。
形成速度も、補助なしでは恰好の的でしかなく、実用性もまだまだだ。おまけに周囲への副次的な被害も出ているときた。
だが、成長していると感じる。間違いなく、私も1つ上のステップへと進んだことは確かだ。
「さて、取り敢えず、脱出しないと」
そうだ、安心していたがまだここは敵の住処の中だ。いつナルガ達が集まってきてもおかしくない状況であることを忘れてはいけない。
帰るまでが依頼だ。
ベルの言葉に私は埋まった出入口を見上げ、思わず溜め息が零れてしまった。
「これから、この土砂を撤去しないといけないのか……」
疲れた身体には堪える仕事が待っていた。
■ ■ ■
洞窟を抜け、街に辿り着いた頃には既に夕方になっていた。空が赤く焼けており、
あの後、蛇の王を失ったからなのか、ナルガ達はあれから全く襲ってこなかった。いや、それどころか遭遇すらしなかった。王を打ち倒した私達に怯えているのだろうか……どちらにせよ疲弊し切っているこちらとしては無駄な戦闘をしないで済むのでありがたい。
私が彼女の父親に肩を貸し、ベルはリリスをおぶってガーベの家までの帰路に着いていた。
「ガーベ!!」
「パパっ!!」
家の前でガーベは待っていた。
父親を見つけた少女は喜びながら、こちらに走り出してくる。
私は手を広げる父親から離れて2人だけの時間を与えた。
「済まなかった……我が子にこんな思いをさせて……僕は父親失格だ、ごめんよ……」
ガーベはそれに対して首を振る。
「ガーベこそごめんなさい! ガーベが見たいって言ったから……ガーベが、ガーベが……」
父親の胸の中で蹲り泣きながら少女はただひたすら謝っていた。それに対して父親も謝っていた。お互いがお互いに罪悪感を感じ、お互いを想っていた気持ちが溢れ出ているのだろう。
喜び泣き喚く親子に私は目が離せなかった。暖かみを感じる。
やってよかったと、心の底から思える理由がそこにはある。
嗚呼、そうか。アニキはこれが感じていたのか。
「なあ、ベル」
「ん、何だい?」
「私は今まで、『ただ独りでいたくないから』っていう身勝手な理由でギルダーに入っていた。今回の依頼だって、過去にあった失敗を払拭する為という個人的理由で受けてしまった」
「で、今はどうなのかな」
2人の姿を噛み締めながら、私はこう言った。
「私にもやっとギルドにいる理由が出来た気がするよ」
その台詞に、ベルは続ける。
「それなら良かった。私も不純な理由で在席している人間の付き添いでなくなるのは助かる」
彼女らしい返事ではあるが、しかし、認められたようで何処か嬉しい気持ちになったのは今でも忘れない。
「そうだ……」
彼女の父親が持っていた鞄の中から何かを取り出そうと探している。
鞄からは少し光が湧き出ており、彼が何をしようとしているのかは容易に想像できた。
そして、取り出したそれをガーベに渡し、一言。
「ガーベ、これだよ」
その言葉に対し、またガーベは涙が溢れる。
「ガーベ、パパがこんなことになるなら、欲しくなかった。何も要らないから、もう何も欲しがらないから……」
必死に自分のおねだりに後悔し、謝る彼女ではあったが、イルフェリアの花を見るとそれを受け取り、そしてその美しさに見蕩れる。
「でも、綺麗……ママが好きだった花……とても綺麗。ありがとう、パパ」
夕暮れに染まりながら2人がまた抱き合う。そこに光り輝く一輪の花──まるで母親がそこにいるかのように優しく2人を照らしていた。
まるで額縁に収めておきたい程に、眩しく、綺麗な光景だった。
私はその様子を見て思い出した。昔、植物の図鑑を見て記載していたイルフェリアの花言葉──。
確か、花言葉は……。
家族の愛




