第 Ⅲ 話 私は全てを失った
この物語はただの創成物語である。
──そして時は今に遡る。
どれくらい時間が経っただろうか──。
少なくとも半時間は経っているだろうが、そんなことに気が回らないほどに頭痛が酷い。
いつまで続くのだろうか……。終わりが未だに見えない地獄に、ただ堪えるしかないのが現状である。あまりの激痛に声すら出なくなっている。呼吸も荒い。
内側から破裂しそうな勢いで、脳が圧迫されているのを感じた。このまま、私は死んでしまうのかと思うほどだ。
無論、頭痛があれば、それに伴い私の脳には"キオク"が映し出される。その頭痛に見合った、相当な量のキオクがまるで濁流のように流れ込んでくる。
だが、整理が出来ない。容赦なく刻まれていくキオクの数々は、もはや処理が出来ず、私の記憶容量の限界を明らかに超えている。だからなのか、その記憶処理に対して脳が熱を生み出し、身体が異様に熱い。それが余計に頭痛を引き立たせる。
また、その映し出される様々なキオクにより、それに対して溢れ出る感情が入り乱れる。それが私の脳を掻き回し、余計に発狂を催す。
歓喜、受容、期待、悲痛、憤怒、嫌悪、不安、驚愕、恐怖、etc……
もう無茶苦茶だ。どう表わしていいかも分からない。
今の私がどんな感情を抱いているかすらも把握出来ない。今流している涙も、どんな理由で流しているかすら不明だ。
苦痛に次ぐ苦痛。
私には早く過ぎ去ってくれとただただ祈ることしか出来なかった。
■ ■ ■
暫くして、ようやく私の頭が回るまでに頭痛が引いていく。
一方で、まだ息は荒く、痙攣がなお続いているが、地獄の時間が過ぎ去ったかと思えば、こんなのはまだ楽な部類なものだと思えた。
私はあの頭痛で頭に浮かんだ"キオク"について、思いつく限りそれについて振り返り、整理する。
だが、今回植え付けられたキオクはあまりにも量が多く、思い出すのにも一苦労だ。
頭痛の痛みが治まっていく内に、徐々にキオクがハッキリとしていく。そして、全てのキオクの像が見えた気がした。
"とある剣士と戦っている情景"
"病に倒れ知人に囲まれながら一生を終える直前"
"数人の人々を相手に炎を吐いている様"
やはりキオクの映し出す情景は様々で統一性があまりない。分からない……一体、これはなんなのかと今一度思い知らされてしまう。
だが、そんな数々のキオクの中、妙な言葉が頭に残った。
「所詮、俺は"転生"した身だ。この世にいていい存在じゃあない」
「どうせ、"転生"するなら……別に、どうしたって……」
「私だって好きで"転生"した訳じゃあない!」
キオクの持ち主は違えど、口を揃えるように彼らは"転生"という言葉を発していた。まるで意味を持たせるように、その言葉に真実があるように──。
そして、私のキオクはひとつの答えに結びつく。
お主には、『転生』を命ずる──
狭く何も無い、私ともう1人しかいない空間。その中で、その人が私に向かってそう伝えるのが頭に浮かんだ。
"転生"──その言葉で全てが繋がったような気がした。
全ての記憶、ひとつひとつが他の記憶と絡まり、収束していく。
そして理解する。
そうか、そうだったのか──
これは全部、私の記憶だったのか。
あれは全部、私だったのか。
ならば、私の抱えていた幾つかの疑問にも合点がいく。
この"キオク"が一人称視点なのは何故か?
──全て私が体験した"記憶"であるから。
"キオク"の持ち主が数人もいるのは何故か?
──数回に渡って転生してきたから。
"キオク"にバリエーションがあるのは何故か?
──同じ世界には転生せず、また、別の種族に転生したことがあるから。
普通なら、こんな超常的な事実を突き付けられれば、まず疑うだろう。そんなわけがない──そもそも、私もこの事実を知るまで"転生"などという事象を、神話や作り物などの非現実的なものだと思っていた。
だが、私にはそんな余地などなく、何故かすんなりと受け入れられてしまった。長年の疑問が解き明かされたはずなのに、まるで前からその事実を知っていたかのように、あっさりと。
しかし、そうなると今度は別の疑問が湧く。
何故、転生することになったのか?
そして何故、10回も転生する羽目になったのか?
しかし、幾ら思い出した数々の記憶を漁っても、その答えは見つからない。
そして気づいた。
まだ、蘇っていない"キオク"がある──と。
1回目の転生する前の"キオク"、そして前世の"キオク"。
その他数々のキオクの一部が虫食いのように不自然に思い出せない。
意図的に消された──そうも感じさせるものだった。
そして、意識が身体の細部にまで届くようになった時、ようやく私は自身が生きていることを理解した。
■ ■ ■
ゆっくりと目が開く。
頭痛がまだ少し残っているが、先程の激痛とはまるで比にもならない。
ふと、今の状況を確認しようと見回す。辺りは薄暗く、ところどころから光が差し込んでいる。
取り敢えず身体を起こそうと上半身を捻ると、脇腹に痛みが走った。片目で確認するとすぐ側に柱であっただろう木材が地面に対して斜めに突き刺さっており、私の右の脇腹を少し抉っていた。右手には血がべっとり付いている。私はそれに怯える。こんな手が染まるほどの出血なんて生まれて初めてだし、それが自分自身のものだなんて思うと、唐突に『死』を感じてしまうからだ。先程まで己が生きていることに喜びと若干の安堵を覚えていたと言うのに。
だが、そんな大怪我だというのに、痛みはそれほど気にする程でもなかった。さっきの頭痛の方が数十倍も苦痛だったからか、これほどの怪我にして喚き声すら上がらない。こうなると、さっきの頭痛がそれほどまでに凄い激痛であったと感じることができる。
徐々に脇腹の怪我に慣れ始めてきた頃、私はもう1箇所、特に痛みを感じるところを見つけた。
(左脚が、動かない……)
他に怪我をしているところがないかと探していると特に痛かったのが左脚だった。腱が切れたのか、骨が折れたのかは分からないがこちらも重症なのには変わりなかった。
それでも絶望を感じることはなかった。
こんな状況でも生きている方がマシだと思えたのがせめてもの救いだったからだ。あの臨死体験をしておきながら、大怪我をしても生きているのだから不幸中の幸いと言ったところか。
この脇腹を抉った柱のお陰だ。たまたま突き刺さったこの柱が、上にのしかかる大きな瓦礫を上手く防いでおり、少しの空間を作ってくれている。大怪我と引き換えなら、安いものだとすら思えるほどだ。
それはさておき、私は自分の状況を理解したところで、今度は外の様子がどうなっているのか気になった。
町は大丈夫なのだろうか──
今の今まで"キオク"に気を取られていていたが、あのドラゴンの襲撃の後町が皆がどうなったのか、ここでようやくそれに意識が移る。
どうせ、ここにいても衰弱して死ぬだけだ。助けも来るかどうか分からない。そんな不確定要素に身を委ねるくらいなら、自分でなんとかすべきだろう。幸い、上半身はなんとか動かすことができる。
急いで抜け出さないと──
私は隙間から差す光を頼りに、身体をうねらせながら、瓦礫の中に身体を突っ込んだ。
身体を動かす度に脇腹が軋む。痛みが増したのが分かるが、私の『生』に対する執着は強かった。例え瓦礫で手足が傷まみれになろうとも、それでも『生きたい』という思いが私の身体を奮い立たせ、差し込む光へと導く。1つ1つ、瓦礫の間隙を潜り抜け、まさに必死の思いで進んでいく。
通った後に瓦礫が音を立てて崩れているようだが、気にしていられない。
そして、出口へと辿り着く。
光が私の視界を晦まし、徐々に周りの情景が見えていく──。
だが、そこには光などなかった。
「こ、これは……」
あるのは更なる絶望を与えるだけの景色──壊滅した町の惨状であった。
■ ■ ■
自分の心配とあの記憶だけで頭がいっぱいだった私はそこで突き付けられたのだ。
これが現状だ──と。
決してお前は助かってなどいない──と。
私がさっきまで支えとしてきた"生きる気力"を奪うかのように、その凄惨な情景は広がっていた。
形のしっかり残った綺麗な家などひとつも残っていない 。
龍の吐いた炎だろうか、あちこちでまだ火が残っており、焦げ臭い。煤けた家の柱は、その火力を表しており、当時の壮絶な状況を物語っている。
そして、そんな目に映し出された光景は私の心配をより掻き立てる。
皆は無事なのだろうか──
四つん這いから立ち上がろうとするが、足場が悪く左脚が負傷しているのも相まって上手く立てない。
何とか立とうと辺りを見回すと、家の残骸から丁度いい木の瓦礫を見つけた。私はそれを杖にし、ようやくよろよろと立ち上がった。
心配に軋む脚を奮い立たせ、ただ家族に会いに行くということを胸に脚を引き摺る。
だが、薄々私はその結果が分かってしまっていたのだ。
道のあちらこちらに、無惨な人々の死体が横たわっていたのである。
全身から血が爛れた女性。
原型を留めることなく関節が曲がった男性。
瓦礫に押しつぶされた子供。
1歩脚を踏み入れる度に新しい死体が目に移り、思わず背ける。
だが生々しい血の匂いが私の吐き気を呼び起こし、目を瞑っても問答無用で地獄を押し付けてくる。
家に近づく度に要らぬ想像がより現実味を増し、徐々に気が落ちていく。
だが、その要らぬ想像が現実のものとなってしまう──
「……そん、な……」
無論、家は崩れ去っていた。
私が暮らしていたはずの我が家──産まれて今日まで、過ごしてきた我が家がまるで当たり前のように壊され、瓦礫の山と化していた。
そして、その瓦礫の中に人の腕らしきものが見えた。
まさかと思い、急いで駆け寄った私はその近くの瓦礫を除ける。
そこにあったのは私が1番よく知る2人の姿──父と母の死体であった。
膝から崩れ落ちる。
言葉が出ない。嗚咽で息が詰まってしまっている。
私の生みの両親──叱られようが、私を世界で1番愛してくれていた2人。無論、私も愛してやまなかった。
どんな時も私の傍にいて、包むような優しさで私を見守っていた母。私を思い、私の気付かないところで裏から支えてくれていた父。
思い出が走馬灯のように蘇る。
零れ落ちる涙が止まらない。
そして、想いが、悲しみが、苦痛が──全てが入り交じった叫びが心の奥底から解き放たれる。
「うあ"ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ただ天に向かって、これが嘘であって欲しいと叫ぶだけであった。
■ ■ ■
虚ろな目で、ただトボトボと何の目的もなく歩いていた。
あれから、私は自身の知りうる全ての知人の家を回っていった。だが、どの家も例外なく破壊されていない建物は見られず、無論、知人の生きている姿は確認出来なかった。
知人を、友人を、親を失った私には、もはや縋るものも支えるものもなく、抜け殻のようになっていた。
未だに目には涙が残っている。
すると、ふと、道端に気になるものが落ちていた。
とある"ぬいぐるみ"──見覚えのあるものだった。
だが、ぬいぐるみは片腕が捥げ、中の綿が漏れ出している。
しかし、直ぐに分かった。あの時、倒れる家から助けた少女が持っていたあのぬいぐるみだ。
そして、その周囲を見回すと近くには、あの少女の亡骸が──
これが、更に私の心を抉る。
夢も希望すらも完膚なきまでに私から奪っていく──。
私はぬいぐるみを抱き締め、そっと、少女の傍に置いた。
「すまない……君を助けられなくて……、すまない……」
謝ることしか出来ない。今思えば、私が悪いわけではなかったのかもしれない。それでも私は頭を下げた、それしか考えることが出来なかったからだ。
何故、私だけが生き残ってしまったのか──
生きたいとは確かに願った。それは僥倖だ。だが、全てを失ってまで手に入れたくはなかった。
さっきまで生きていることに強い喜びを感じていたはずだが、今となってはそれすら枷だ。今すぐ、
いっそのこと、私も死んでしまえば……。
そうとさえ、思うようになってしまっていた。
──その時である。
ドォーン!!
近くで大きな物音がした。建物が倒れたような、そんな音が。
私は瞬時にそれが"誰かによって引き起こされたもの"だと瞬時に感じ取った。あの音の鳴った方角に、誰かがいる。
しかし今思えば、そんな物音をこんな時に人間が出すはずがなかったのだ。普通なら大きな物音を立てず、龍が居なくなるのが分かるまで静かにしているはずなのだ。
だが、そんな判断も出来ないほどに、私の頭は疲弊していた。
とにかく、誰かに会いたかったのだ。誰でもいい。通りすがり見知らぬ人でもいい。ただ、私の傍にいてくれさえしてくれれば、誰だって私は受け入れられたのだ。
それが、私の心を緩くしてしまったのだろう。
使えぬ脚を引きずりながら、ひたすら音の鳴った場所に急いだ。
ドスンッ!
再び音が鳴った。
音からして、恐らく町の中心に位置する噴水広場からだろう。その方角に誰かがいる。
希望を胸に角を曲がる。そこには噴水広場がある。
だがそこに居たのは、当然人ではなかったのだ。
そこに居たのは──
一体の赤の龍だった。




