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11回目の転生目録  作者: 上代 迅甫
第二章
39/52

第ⅩⅩⅩIV話 この手が凍るほど強くなりたくて

この物語は、ただの創成物語(フィクション)である。

 闇夜の平原に独り、荒い吐息が漏れる。噴き出した汗が肌を伝い、服を湿らせていく。

 アニキから課せられた肉体強化のトレーニング。

 いつもはそれで終わりだが、今回は魔法練習の為の準備運動も兼ねている。


 準備運動は魔法の練習においての常識だ。

 魔法の使用には危険が付き物。ましてや新たな魔法の開拓や上位の魔法の会得には通常の魔法の研鑽以上に危険が伴う。だからこそ心身の調子を整え、可能限り安定させる必要があるのだ。

 例えば火属性の魔法の場合、暴走すれば火傷や周囲の構造物の破壊──最悪の場合、自爆による絶命にすら至る可能性だってありうる。

 話によれば、とある魔法研究者による魔法の失敗によって町1つ地図から消え去ったこともあるという。それほどに魔法の練習には細心の注意を払う必要がある。

 学校における魔法練習授業でも、同じように準備運動を行ってから魔法の発動に移る。

 無論、奇襲や事故などの緊急時はその限りではないが、魔法を使った業務の前には軽い運動を行っているらしい。

 かつての戦争の際でも魔法兵達は戦闘の前に精神統一を行っていたという。


 もっとも、私は魔法の才が多少なりともあるらしく、あまりそういった準備運動をしなくても魔法は安定して使える。ベルだってそうだ。

 だが、それは第2級以下の話……今回は違う。


 魔法の等級は魔法の規模と精度、使うマナの量によって変わる。

 一つ等級が上昇すれば基本的にその使うマナの量はおおよそ2倍、発生する事象の規模は約2.5乗と言われている。まあ、より扱いに長けている者ならマナの量を抑え、規模を調整ことも可能だが、その大きさからも分かるとおり、上位の魔法を使う際は応用魔法を扱う際よりも、難易度は段違いに跳ね上がる。その為、一層気を遣う必要があるのだ。

 氷属性魔法の場合、第4級は周囲に冷気を纏わせる程度なのだが、第3級では雪を生み出し、小さな氷の塊を生成可能に、そして第2級は物質の冷凍、真人1人分ほどの大きさの氷の塊の生成が可能になる。


 そして第1級は──指定範囲の完全凍結。

 つまり、氷の空間を作り出す。


 一応、アニキと別れてからも、寝る前にはこういった自己研鑽は行っていた。だが、私にも第一級魔法を使えると分かった以上、並行して魔法の練習も行うべきだと思った。そのほうが効率がいい上に、魔法の技術もベルに劣っている点を踏まえて、他の2人に毛遅れしている私にはやれることをやって彼女達の足を引っ張らないようにするべきだ。

 腕立て伏せや腹筋運動、軽いランニング、剣の素振りなど、一通りメニューをこなし、いよいよ魔法の練習に移る。準備運動というにはかなり本腰を入れたものではあるが、軽すぎるよりはいいだろう。


 周囲に誰もいないか、被害を与えてはまずいものがないかも確認する。これも魔法練習における基本だ。


 汗を拭い、荒くなった呼吸を整え、腕を伸ばす。目を瞑り、身体の隅々を流れるマナに意識を傾け、集中する。マナの流れを感じることができたら、血切り歯で指に傷をつけ、マナの出口を作り出す。

 対象は目の前の切り株──それに少しずつマナに命令を与えていき、第二級の小規模から徐々に規模を大きくしていく。いきなり上位の魔法を使ってはコントロールに失敗する可能性がある為、徐々に第一級に近づけていくのだ。


 上から徐々に切り株が凍っていく、あくまで表面的な凍結。切り株の中までは凍っていない。

 こんな風に精神を集中させて魔法を放つのもかなり久しぶりだ。第2級の会得以来だろうか。

 少しずつ、その規模を大きくしていく。

 そして、切り株の周囲までが凍ったところで、私の第2級氷属性魔法の限界が訪れる。優れた魔法使いは第2級でももっと規模を大きく出来るらしいが、まあ、これが私の現時点でコントロールのきく規模だ。


 ここまでは順調──問題はここから。


 魔法の詠唱を行う。これも久々だ。基本的に無詠唱で行う私にとっては、少し不慣れでこっ恥ずかしい。何だか、初心に返った気分だ。

 だが、失敗したリスクも考え、魔法の精度を確実なものとする為に、私は声に出してその名を紡ぐ。



第1級氷属性魔法アリーヴァ・コングラフィアン



 放った言の葉は現象を再現し、氷を形成していく。

 周囲の草原まで凍り、その周囲を冷気が漂うまでに空間が私の魔法によって支配される。意識的に抑えた為規模は小さいが、あの日、私の代わりにセトが行った第1級氷属性魔法アリーヴァ・コングラフィアンのように辺りが氷に染まっていく。


 一見、第1級氷属性魔法アリーヴァ・コングラフィアンの成功に見えるだろう。

 しかし──


「……っ!」


 手に痛みが走る。その感覚だけで、私は何が起きたのか理解した。「嗚呼、またやってしまったのか」と思わず溜め息が零れた。


 そう──凍ったのは周囲の草原だけでなく、私の右手首から上も凍ってしまったのだった。


 ■ ■ ■


 結論から言おう。これは言い訳のしようもない「失敗」である。


 魔法はコントロールを可能として初めて「会得」となる。だとすれば、今回のような自身にまで被害の及んでしまったものは紛れもない失敗だろう。

 それに、今回の魔法は精度もいまいちだった。規模は指定した範囲通りで、それは問題のない様子だったが、肝心の凍結が不完全だった。この右手が証拠だ。芯まで凍っていないため、火を当てればすぐに解凍できてしまう。表面的な冷凍だ。凍結させたはずの切り株も、表層的にしか凍っておらず、蹴ったら直ぐに表面の氷だけが粉々に砕けてしまった。


 実は失敗して自らが凍るのはこれが初めてではない。昨日の夜にも同じように第1級の魔法の練習を行ったのだが、そのときは右腕が凍ってしまった。それを考えると、失敗とはいえ腕丸々から手首より先になったのは大きな進歩だといえよう。まあ、全身凍って死ぬよりかは、凍傷程度で済むなら安過ぎる出費だ。

 だが、1日1回の発動が限度というのは、些か効率が悪過ぎる。せめて自傷が起きないようにしなくては……。


 だが、これも失敗の要因であることは分かっている。ようは怖いのだ。何処か失敗しても腕の芯まで凍ってしまわないように保険をかけている。

 それによって本来の趣旨がずれてしまい、精神が揺らいで失敗に繋がったのだろう。


 この能力を習得する必要があるのは分かっている。現にこうやって練習を行っている。

 だが、覚悟が足りていない。


 これは少し、相談する必要があるかもな。こればかりはどうも自分自身で調整できるものじゃあない。

 相手は勿論──内なる自分達にだ。


 野営先に戻り、灯された焚火に凍った右手を近づける。ポタリ、ポタリと雫が腕を伝って落ちていく。もう冷たさどころか痛みすらない。あまりにも冷た過ぎて腕の感覚が麻痺しているのだろう。


 今日はこれくらいにして、手を溶かしたらもう眠りにつこう。そう、思ったときだった。


「──!?」


 この……頭の痛みは……。

 何度経験しても慣れない頭痛に、折角拭った汗が再び溢れ出す。

 その場に倒れこみ、痛みを抑えようと頭を抱えた。

 はち切れそうになる頭の刺激に声が漏れそうになるが、他の寝ている2人を考えて必死に抑えるも、それでも苦痛の声は私の制御を擦り抜けて漏れ出てしまう。


 だが、そんな中でも私の考え自体は淡々としていて落ち着いていた。そして前にセト達が言っていたことを思い出す。

 ──そうか、人格の解放か。

 近いと聞いて覚悟はしていたが、それでもいざ来たとなるとその覚悟もあまり意味を成していないように思えるが……。


 これからやることは分かっている。だからこそ、無駄に抵抗はしない。それに──丁度彼等にも今一度会いたかったところだ。……だが、せめてこの頭の負荷だけはどうにかならないだろうか。痛みだけは……勘弁して欲しい。


 私の意識は再び自身の中に落ちていく。痛みに藻掻きながらも、黒に塗りつぶされて行く視界は私を私だけの世界へと招き誘う。


 ──そして、またあの蒼暗い空間で目覚める。



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