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11回目の転生目録  作者: 上代 迅甫
第二章
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第ⅩⅩⅩⅡ話 彼女がここにいる理由

この物語は、ただの創成物語フィクションである。

 木々の隙間から空の藍が零れ落ちる。

 どうやら、あれから少し気を失っていたようだ。


 起き上がろうとすると、腰に痛みが走る。落下した際に打ち付けたようだ。ベルによって硬化魔法は掛けてもらったが、それでも痛いものは痛い。あくまで身体を衝撃に強くするだけで、傷や怪我をしないようにするためのものでは無い。

 死ぬことを免れただけ儲けだと思おう。ベルに感謝しなければ。


 そうだ、ベル。彼女はどこだ。


「ベルっ!?」

「私はここよ」


 声のする方を見ると、ベルが背伸びをしていた。服がところどころ破れ、恐らく回復魔法で直した痕跡が見られるが、大したことはなさそうだ。無事……では無かったが、大事に至らなかったことに良かったと安堵する。

 どうやら見る限り、彼女も意識が戻ってそんなに時間は経っていないようだ。


 一方落ちてきたところを見やる。崩れた岩々の隣に一緒に落ちてきた馬と馬車がそこにはあった。


「着地時に脚を痛めていたみたいだから、回復魔法と応急処置は済ませてあるわ」


 馬に大事が無かったのは大きい。脚が折れてしまっては、ここからの旅成り行かなくなってしまう。ましてや、この馬はあくまでお借りしている馬だ。何かあっては飼い主に顔向け出来ない。


「馬車は……車輪と車軸は無事なようだな」


 屋根の布は大きくに破け、部品は幾つか破損し、中の積荷は盛大に散乱しているが、馬車としてはまだ生きているようだ。助かった。これもベルの硬化魔法のお陰だろう。

 旅に出て早々、ここまでボロボロになってしまっては先が思いやられるが、今は損害が少ないだけ良しとしておこう。


「あの様子じゃあ移動は無理そうね。暗くなりそうだし、今日はここで野宿かな」


 ふと、崩れた跡を見やる。大きな岩が転がり、規模の程度が伺える。本当に無事だったことが信じられないくらいだ。


 そしてどうやら、あの崖崩れに2体の大鬼(オウガ)も巻き添えに遭っていたようで、岩の麓には見るも無惨な姿に成り果てていた。追われていた身としては安堵するばかりではあるが、この惨い姿を見てしまうと、少し同情してしまう。

 せめてもの手向けとして、私は少し頭を下げた。


 ──となると、上にはまだ3体の大鬼(オウガ)が残っているのか。リリスが無事だと良いのだが……。


「リリスが不安だな」

 そう呟くと、ベルが反応する。

「あの子は大丈夫だと思うわよ。霊峰ラーミアから1人で王都まで辿り着いたんだから、少しくらい離れても、簡単にくたばったりしないわ」


 彼女の実力を考えれば、確かにそうではあるのだが……それでも不安だ。

 しかし、この暗さで彷徨くのも危険だ。今は自身の心配をする方が頭の良い選択だろう。


「取り敢えず、夜を越す準備をするか……。私は食糧を探してくるよ」

「じゃあ、私は薪でも探してくるわ」


 各々、早速野宿の準備に取り掛かった。

 私は食糧を求めて薄暗い森の中へ歩いていったのであった。


 ■ ■ ■


「夜が明けたら出発かな……」


 焚き火の灯りを囲い、彼女がそう呟いた。あれから無事に夜が開けるまでに野宿の準備が整い、何とか夜を越えられそうだ。

 ちなみに馬車内は床が軋んで、あまり人が乗れるような状況では無かった。致し方ない。

 しかし、流石にこのままでは旅が不便なので、次村に立ち寄ったら修理をしてもらうことにしよう。

 だが、それよりも……


「まずはリリスと合流だ。取り敢えず、昼間落ちてきた周辺を捜索しよう。もしかしたら、あの辺で身を潜めているやもしれない」


 兎にも角にも、旅の目的である彼女がいなければ、旅も何も無い。彼女との合流は最優先だ。


 彼女も自身が方向感覚が無いことくらい、この数日で嫌という程理解したことだろう。あれからも何度か1人行動しては王都で迷子になったことがあったし──あまり動かずに待機してくれていると、探す手間も省けてありがたいのだが……。


「また、2人きりになっちゃったね……」


 忘れもしない、あの日の夜。情けない醜態を晒し、ベルの心の一端を垣間見たあの夜。あの時は2人でも何とも無かったのだが……、つい最近まで6人で賑やかに夜を過ごしていたことを考えると、流石に寂しい気持ちになる。


 折角だ。普段は話さないようなことを彼女に聞いてみようと、私はふと思った。


「何故、君はギルダーになったんだ?」


 ずっと疑問だったのだ。

 何故なら彼女にはギルダーになる理由が無いのだ。

 彼女は元名家の人間、国の要人だ。親は既に亡くなっているとは言え、ギルダーになるよりもいい暮らしは出来たはずだ。

 私のようにアニキ達と一緒に暮らしたいわけでも──いや、私もまともな理由では無いのだが、しかし、彼女は私達に執着している訳でもなさそうなのだ。


「理由なんて何も無いわよ。キミ達に流されるまま、身を置くままにここまでやってきた」


 清々しい程に、彼女はそう答えた。答えたくないというよりは聞かれなかったから言わなかったかのように。

 なんだ、普段聞くのを躊躇したのが少し馬鹿らしいじゃあないか……。


「これまでもそうだった」


「ねぇ、突然だけど、1つ聞いていいかな?」


 断る理由もなく、私は「いいけど」と気軽に返す。



「私が生きる理由って何なんだろうね」



 ああ、そうか。やっと分かった。はっきりした。

 ずっと気になっていた、彼女に付き纏うこの違和感の正体。


 彼女には「生気」が感じられないのだ。

 いや、全くないという訳では無いが、気薄──執着がないと表現した方が正しいだろう。

 今際になれば、抗わず、自身の死さえ流され受け入れてしまうような、そんな危うさを感じる。

 自殺志願者とは違うが、しかし、自分が生きていると実感出来ていない。


 彼女が、魔物狩りにやたらと積極的だったのも、恐らくそういうことなのだろう。

 他の生物の「死」を実感することで、自分が「生きている」と感じられる。

 彼女自身にその自覚があるかは分からないが、少なくとも彼女のあの行動の理由は大体分かった。


「唐突だね……。君でも、そういうこと考えるんだな」

「私だって、思春期らしいこと考えるよ」

 少し意外だった。彼女はもっと達観しているというか、あまり悩み過ぎず、割り切った人間だと思っていた。

 だが……翌々考えればそうか……。

 あの日、彼女が打ち明けた「感情の薄さ」は悩んでいたからこそ、私の言葉に笑いが零れ出た筈なのだ。まあ、あれが本心かも分からないが。


「まあ、私の場合は事情が違うけど」


 意味深にそういう彼女に深入りはしない。敢えて聞き流す。


「生きる理由……ねぇ……」


 少し言葉に迷う。あまり考えたこと無かったというか、元々から「自身のキオクの謎を探る」という目的を持っていた私からすれば考えるまでもない事だったからだ。


「私は、そんなもの必要無いと思うけどね」

「へぇ……何でそう思うの?」


 興味ありそうでなさそうな、掴みどころのない声で彼女が尋ねてくる。


「所詮、大抵の人間なんて無価値に生まれて、無関係に生きて、無意味のうちに死んでいくんだ。例え理由があろうが無かろうが、勝手に時間は進んで、ひとりでに生きていく──」


「それを考える暇があるのなら、その時間で何か別のこと考えた方が有意義だと、私はそう思う」


 卵が先か、鳥が先か、どちらが先であろうが、どちらもここに存在することに違いは無い。結局、いつまで求めようが答えなんてないのだ。

 なら、求めるだけ時間の無駄じゃあないか。


 なら私は「必要ない」と結論づける。それ以上も以下もなく、ただそういったものと受け入れる。

 それが簡単では無いことは分かるが、しかしその方が幾分か気が楽じゃあないか。


「まあ、あくまで私の考えだけどね」


 だが、これが必ずしも他の誰かに共感されるような考えではないことは分かっている。

 彼女にもそれが当て嵌るかは分からないが、しかし、それでも私は伝えたかった。

「君のそれは考え過ぎてしまっているだけだ」と。

「もっと気を楽にしていい」と。


 恐らく、彼女に「生きる理由」を与えることが出来れば、今よりかはもっと人間らしくなるのだろう。しかし、今の私にはそれが出来る自信は無い。けど──


 それでも私は手を伸ばす。


「馬鹿らしい」

「──?」

「そんなきっぱり斬り捨てられちゃあ、悩んでいたのが馬鹿らしいじゃあないの」


 私は否定するような言葉を投げ掛けたが、どうやら彼女は私の回答に対して、特段嫌な感情を抱いていないようだ。

 少しの間、私の言葉を反芻(はんすう)するように考え込み、そして「分かった」と何かを決め、切り出す。


「なら、今はキミ達の為に生きてみよう。キミ達の生き様に流されてみよう」

「私達の為?」

「そう、キミ達の為だよ。私はキミ達に付き合う」

「それって、これまでとあんまり変わらないんじゃあ……」

「まあ、そうかもね」


 フフッと少し笑いながら彼女は答えた。

 どういう思考回路でその結論に辿り着いたかは分からないが、少しは彼女の心に届いていると嬉しい。


 ようやく、彼女がここにいる理由が出来た気がひた。そんな彼女の横顔は、少し緩んでいるように見えたのは、恐らく気の所為では無いのだろう。そう信じることにした。



 ──夜がより更けていく。

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