第ⅩⅩⅩⅠ話 魔物の襲撃
この物語は、ただの創成物語である。
「取り敢えず考えたんだが……」
そう言って、私は徐ろに地図を広げた。
一方2人は今朝採ってきた木の実を頬張りながら私の話に耳を傾ける。
「私達が向かってるゼノビアはここ。で、現在地は大体この辺になる」
ゼノビアに向けて真っ直ぐ進んできた私達は現在、首都「ギルティア」の北東部に位置する森の中で息を潜めている。
「取り敢えず、まずはアルデートからウェルネスに入国する為に関所を超えないといけない。ゼノビアに1番近い関所は……タンダルディアになるな」
アルデートからゼノビアに入国するには3つのルートが存在する。
1つは北からのルート。比較的整備されており、安全ではあるが、このルートはかなり遠回りになる。
2つ目は北東の街道を進むルート。このルートがゼノビアに至るまでの最短となる。ほぼ一直線の街道で最も通りやすいため、行商人もこのルートを使うが、恐らく衛兵もこのルートを使用するだろう。
そしてもう1つは東からのルート。だが、このルートは論外だ。道が悪い上に馬車が通れる程の道幅も無ければ、魔物の数も多く厳しい道程だ。その上遠回りになってしまう。
本来であれば2つ目の北東ルートがゼノビアを目指す上で無難なルートなのだろう。
「けど、もう私達の足取りは掴んでると思うわよ。ダンダルディアなんて、特に警備体制が厳しくなってるんじゃあないかしら」
アルデート王国の伝達手段は基本的に文、通信用水晶の普及はまだしていないはず……。だとすると直ぐに私達のことは伝達は出来ていないはずだ。しかし、
「だから、ダンダルディアじゃあなくて、今の状況だと北のロッタダルトの関所に向かうのが正解だとは思うんだ。少なくともダンダルディアよりは警備が薄いだろうし」
最適は北のルートだろう。なくとも最短ルートを外れたところを通れば。
アルデート王国最北に位置する街、ロッタダルト。首都ゼノビアへ向かうには遠回りにはなってしまうが、追っ手がいつ来るかは分からない以上、衛兵達の目をすり抜けて中央連邦を目指すには危ない橋よりもそちらの方が安全だろう。しかし……
「でも、それだと……」
「それじゃあダメ……間に合わない」
そう、それは彼女の意に沿わない。彼女には時間が無い。
「その間に合わない理由を教えて欲しいんだけどなぁ……」
「そ、それは……」
さっきまで必死そうに訴えかけてきたリリスの口が急に黙りになる。
そんな理由を頑なに話そうとしない彼女に向かって、私は1つ溜め息をついた。
「はあ……まあ、言えない理由があるのなら、今は聞かないでおこう」
いつかはしっかりと聞かせてもらおう。流石に理由の1つも聞かない上で危険を犯せない。
「仕方ない……取り敢えず、私達はダンダルディアに向かう。但し、追っ手と少しでも遭遇する可能性を回避するため、多少遠回りはしないといけない。最短コースの街道から少し外れたこのルートで行く」
「まあ、衛兵達も街道を通って行くだろうと予想するだろうしね」
「どの道、行く場所はバレてるんだ。幾らこちらも馬で移動するとは言え、向こうは追跡のスペシャリスト──素人が適うはずもない。関所に着いてからは……まあ、なんとかするしかないな……着くまでに考えるしかない……取り敢えず、こんなところで構わないか?」
「私は異論ないわよ」
「分かった、任せる」
というわけで、上記の件で意見が纏まったのである。
■ ■ ■
「あれは……コボルディ」
コボルディ──背の低い群集性の魔物。コブリムの近縁種とされているが、ゴブリムよりも体表が硬い毛で覆われており、また、身の危険を感じた時は毒性のある体液を吐き出す習性がある。非常に好戦的。
こちらに群れを成して向かってきている。
──しかし、様子がおかしい。
1体足りとも、こちらに興味を示さず、そのまま通り過ぎて行くのだ。
あの、恐れ知らずのコボルディが、人間ならば糸目をつけず、力量も禄に測れない愚かな魔物達が、ここにいる人間3匹を見向きもしない。
だが、その原因は直ぐに分かることとなる。
「構えて」
リリスが再び戦闘態勢に入る。
彼女の真人よりも優れた眼には見えているのだろう。まだ、その姿を捉えれていない私とベルは目を凝らす。
4つ……いや、5つだろうか。
こちらに向かってきている影が見える。
赤い身体、手には何かを持っている。
それに……体躯が大きい──あれは……そうか。
そりゃあコボルディも逃げ出すわけだ。
その存在を認識した私とベルも彼女と同じように構え直す。
「あれは……オウガ……」
大鬼がこちらへと進行してきていたのである。
■ ■ ■
オウガ──通称「大鬼」。赤い巨体の群集性の魔物。群集性と言っても少数精鋭で常に3~6体程度数で行動をする。のゴブリムやコボルディの近縁種と言われているが、2体よりも凶暴性が強く、また2体を捕食する上位捕食者。
頭も良く、住処には樹木や葉を材料とした住居を構築し、武器などを使って狩りも行う。
そうか、あのコボルディが逃げてきたのはコイツらが原因か……。流石に上位捕食者に手を出すほど彼らも馬鹿では無い。
標的が移る。逃げていくコボルディとは対照的に、そこに突っ立っていた私達は彼らにとって絶好の獲物だろう。
結果的に、私達は彼らに厄介事を擦り付けられることになってしまったのである。
ベルは雷属性魔法で広範囲に攻撃し、一網打尽にしようと謀る。
一方でリリスは1体ずつを仕留めるために標的を絞り、大鬼の1体に接近する。
私も私で標的を絞って相手の攻撃を避けつつ、氷属性魔法で形成された氷塊を放つ。
一見、相手に対抗できているように見える。事実、こちらは全く相手の攻撃を受けておらず、足である馬車さえも被害はない。
だが、まるで連携が取れていない。
唐突とはいえ互いが互いで独自に行動しており、複数人という利点を活かせていない。ただでさえ多勢に無勢な現状、手を取り合わなければ勝てないのは分かっているはず。
ベルの範囲攻撃がリリスの接近攻撃を邪魔している。その一方で私達はの単体攻撃が大鬼達を散らし、範囲攻撃を阻害してしまっている。
ちぐはぐな私達とは相反して大鬼達は見事な連携を取っている。魔法の類は彼らには使えないが、巨大な木の棍棒を易々と振り回し、見かけによらぬ身のこなしで我々の攻撃を避ける。
あちらが立てばこちらが立たずというか、1体を攻撃しようとすると他の大鬼がそれを阻害するのだ。
お陰でこちらの攻撃も相手には届いていない。それどころか、数というアドバンテージと彼らの連携でこちらが押されている。
これまではそれぞれが別々の獲物を狙って攻撃してきた。そのため、お互いが干渉することはなかったのだが……場所が主に森の中だったのも大きいだろう。派手な魔法も使えない、大立ち回りもしづらい制限された空間──それが今回のような開けた土地に少数精鋭の標的、ミスしてもアニキ達の後方支援も無いとなると、協調性がなくても何とかなっていたメンツでも流石に連携が必要になってくる。
しかし、実戦経験の少ない我々にとってはいきなりの本番でそれを試す余裕も技量もない。せいぜい、相手の攻撃を避け、耐え続ける程度で、このままでは防戦どころか押される一方なのは想像に容易い。
「ここは、一先ず退こう」
私は撤退を進言した。
大鬼達とやり合うにしても、取り敢えず今は戦局を立て直す必要がある。
そう2人に伝えると、彼女達もそれを理解したのか、反発することなくすんなり身を引いた。
リリスが馬車を引き連れ、私とベルはそれに追従する形でそれを追う。乗り込む暇なんてない。逃げ込む先のことなんて気にしていられない。
道を外れ、茂みの中、ただひたすらに追ってくる大鬼達を振り切る為に走った。だが、大鬼達との距離はあまり変わらない。恐らく、ここら一帯が彼らの縄張りなのだろう。随分と慣れた身のこなしで、木々の間を縫うように追ってくる。あの体躯で……恐ろしい。
だが、妙だ。彼らのあの動きからすれば、何時でも仕掛けられるはず……。だが、走ることに手一杯でそこまで気が回らない。
やがて、開けたところに出た。木々で遮られていた光が目の前を多い、一瞬白で染めあげる。
そして見えてきたのが……何も無い崖だった。
してやられた。これは彼らの策謀なのだろう。頭がいい。万事休す、正に袋のネズミ。私達は完全にこの大鬼達に誘導されたのだ。
引き返そうとするも、それを阻むように大鬼達が取り囲む。
リリスも馬車から降り、戦闘態勢に入った。
大鬼の一体が早速切り込む。大きな棍棒を振りかざし、リリスに向けてその一撃を放った。
無論、それがどういう結果になるかは言うまでもない。
崖が崩れた……だと……。
思わず、背後を見やる。
かなり高い
そのか細い手を伸ばすリリス。
しかし、その意図とは反して私の手はするりとすり抜け、身はそのまま崖の底へと吸い込まれていく。
遠ざかるリリスの姿。
こうして、私とベルはリリスと逸れてしまうになったのである。




