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11回目の転生目録  作者: 上代 迅甫
第一章
31/52

第ⅩⅩⅧ話 誤解

この物語は、ただの創成物語(フィクション)である。

 あの時、彼に何が起きたのか────。

 その時の終始を私だけが見届けていた。


 戦況は急展開を迎える。


 突然彼は頭痛に藻掻き、苦しみ始めたのだ。彼が頭痛に苦しんでいる姿は何度か見たことがあるけれど、よりによって今とは、彼も悪運が強い。

 しかし、そうと思えば今度はいきなり鎮まり返った。まるで彼を紡いでいた糸が切れたかのように、全く動じなくなってしまった。

 勿論、隙だらけのこの瞬間を見逃すはずもなく、勢いよく背後から飛びかかる殺人犯。だが、それでも彼は動こうとしない。一体、何をしているのだろうか。何があったのだろうか。

「キミッ、危な……」

 流石の私もあまりにも動じない彼の後ろ姿を見てそう告ようとした。

 その矢先────


 ガキンッ!


 相手の剣を弾き返した。

 先程まで反撃するどころ受け止めることすらままならなかった彼が、殺人犯の力の(こも)った一撃に対抗した。

 しかし、あの剣ではもう太刀打ち出来ないはずだ。一度折れてしまった剣は、その破損箇所から強度が落ちて脆くなり、やがて崩れて果てる。私はそれを知っている。だからこそ、どうやってあの攻撃を……。


「あれは────」


 氷を纏った短剣────


 さっきよりも刃先が短くなっているのを見る限り、わざと折ったのだろうか。

 その折れた刃先を氷で補っているようだ。

 成程、これなら確かに鋼の剣とはいかなくても、精度を高めればそれに近い強度のものは精製出来るだろう。


「嗚呼、面倒臭ぇ……」


 彼は低い声でそう、言いながらダラりとした身体の背筋を伸ばした。

「しっかし、筋肉量が足りねぇなぁ」

 まるで他人のものかのような言い振る舞い。

 私はそれに何処となく形容し難い違和感を感じた。


「まあ、いい。コイツを黙らせることくらいは出来る」

 何が良いのかは私には分からない。しかし、彼の横顔から覗かせるニヤリとした口元は何処か不気味なものを感じた。


「やっぱり()には短剣の方が良く馴染む」


 俺……彼の一人称は"私"のはず……。


 2本目の刃────

 今度は剣身だけでなく、剣先から柄頭まで全てが氷で構成された剣の結晶。


「痛ッ……やっぱり魔法は慣れねぇなぁ……」


 彼の言葉に思わず驚く。

 よく見れば彼の手が凍傷している。

 魔法を扱いきれていない────あのアベルが、第2級の類を扱いこなせていない……。第2級魔法の試験の時は難なく突破していた彼が、短剣というそれほど構造が複雑ではないものを、今更上手く精製出来ていないだなんて。

 おかしい、一人称といい、魔法の扱いといい、最早人が違う。


「キミィ……興味深いねぇ……」

 彼の突然の豹変に殺人犯が食いついた。

「それは結構、全然嬉しかぁねぇけどな」


 俯きながら、ニヤけた顔を浮かべる殺人犯。その顔は何を考えているか想像もしたくはない程に気味が悪かった。


「似ているな、私と、君は」

「似ている? おいおい、何処が似てるんだよ」

「似ている」という言葉にかくいう私も引っかかる。

 しかし、彼からは別の言葉が飛び出る。



「俺とお前じゃあ、頭のネジの外れ方が違ぇんだよ!」



 ■ ■ ■


 相手の急激な変化に殺人犯がついていくことができていないのを感じる。

 それもそう、明らかにさっきの素人じみた動きとは全く真逆の玄人の動き────長剣から短剣に変えただけであんなに動きが変わるとは思えないけど……。

 さっきとは動きどころか人すら変わっているように見えるのを見ると、まるであの殺人犯と同じだ。彼の言っていた「似ている、私と、君は」という言葉も一理あるかもしれない。


 リーチの長さを動きの速さでカバーしている。あの動きなら剣1本でも対処出来るだろうに、剣2本のお陰でより相手の隙をつけるようになっている。



 切り傷から撒き散る血液────。

 しかし、積み重なるダメージと同時に、相手は着々と魔法の準備が整っているのが傍から見て取れた。


 そして案の定、地面から現れた闇の棘は後方から彼を襲った。

 私の足を傷付けた魔法と同じ一撃。当たればひとたまりもない────けど


「見えている」


 避けた。明らかに死角からの攻撃、それをまるで見えているかのように捌いた。

 そうなのね。これも織り込み済み────無駄のない動きは相手の攻撃を読んでいるかのようで、これまでの彼の動きからすれば全く想像も出来ないものだった。一体何処で身に付けたと言うのだろうか。

 今の私でもあんな動きが出来るかどうか分からない。


 成長という言葉で片付けるには、無理がある動きの向上。進化────と言うよりは、"成り代わり"。

 あの時に別人に置き換えられたかのような、異質な感覚。


 今度は反撃と言わんばかりに、思いっきり殺人犯は剣を振り下ろした。


 すると次は交差した短剣の溝で相手の刃を受け止める。

 独特な重厚音を奏で、キリキリという刃軋(はぎし)りで彼らの力が拮抗(きっこう)していることが伺える。少しの剣の相対が続いた後、彼は相手の剣を────弾き飛ばした。


 衛兵でも思わず剣を離してしまうくらいの強力な一撃。攻撃を反射でもしたかのような彼の攻撃は、勢いよく空を舞う剣がそれを物語っている。手から零れ落ちた獲物には(ひび)が入っておりその威力を容易に想像出来てしまう。もう、あれは使い物にならない。


 何処にその力が秘められているのだろうか。

 アニキよりも華奢なその身体付き、明らかに相手よりも劣っていてそれが出来るようには見えない。


 それに、彼の姿は何処か楽しそうに見えた。

 いや、楽しいというよりは生き生きとしている。

 血への渇望、闘争への愉悦────私も感じたことのある、あの感触。彼も感じているように、そう見えた。


 確かに、今の彼はあの殺人犯と同じくらい狂っていると言えるかもしれない。


 しかし、まだ安心は出来ない。

 そう、彼は知らないのだ。あの殺人犯の腰にはリリスを傷付けた短剣があることを。

 体勢を整え直した殺人犯は素早い動きで携えた剣を抜き、取り出した。

 相手はそれを振りかぶるも、彼は流れるような動きで相手の不意打ちを捌いた。すり抜けるように空に弧を描きながら、通り過ぎていく。

 そして相手の短剣を持った腕に刃を貫き、そのまま殺人犯を押し倒す────慣れたような手付きだった。痛みに耐えかねた殺人犯は短剣を手放し、獲物は床に転がった。

 一体、何処で覚えたのだろうか。


 今度は倒れた相手に(またが)るともう片方の短剣を喉元に突き付けた。所謂、"馬乗り"というやつ。

 ああなると、脱出は難しい。


「流石に、あの大口を……叩いただけはある……」

「こっちもある程度の死線は超えてきたからな」


 そんな会話の最中、殺人犯は尚も抵抗を続ける。流れた血を使って闇属性魔法の棘を再び精製し、彼の背後に飛ばす。

 しかし、彼によっていとも容易く撃ち落とされた。

 魔法による不意打ちは彼には届かない。手元の刃も懐の奥の手も使い切った、動きも封じられた。


 王手────完全な優位を取った。


「なあ、お前。殺される覚悟はあるか?」

「自身の"死"か……。多少興味があるねぇ。だが……」


 息を飲み、言葉を作り出す。


「そんな"死"よりも、もっと素敵なことを見つけたのだ。まだ死ねん!」


 笑っていた。


 この窮地で、圧倒的に不利な状況で、未だにその中に眠る狂気は絶やさない。

 最早、あれは悪魔の類だ。


「面白ぇ答えだな。けどなぁ、その理屈はお前の台詞じゃあねぇ!!」


 それもそうかもしれない。その台詞は私達の台詞だろう。



「君もそう(・・)であるように、私もまたそう(・・)なのだよ」


 すると、さっきまで上がった口角がいきなり下がる。

 彼の顔から狂気的な笑顔が消え去ったのだ。

 そして────


「ぐ"あ"ぁぁぁぁぁ!!」


 今度は殺人犯がいきなり(うめ)きを上げたのだ。

 苦し藻掻く様は先程のアベルと同じように見える。

 抱えながら悶える様は、その発生源が頭部にあることを明らかにさせていた。


 流石のアベルも困惑していた。


 そして暫くの悶えの後に、彼は急に静かになった。

 ここまでは彼と同じだ。

 暫くの沈黙の内、次に発したその台詞。それは────



「アベル……君……」



 彼の名前だった。



「これは……まさかっ!」



 突然、慌て出す彼。何かに気付いたようだ。

 すぐさま彼は鉾を構え、相手に突きつけようとする。




 その瞬間────




「グハッ」


 彼の口から血が吐き出る。

 殺人犯が────違う。今の殺人犯は身動きも取れない。不意打ちも効かない。


「お前は……」


 彼の背後────そこには見知らぬ……いや、私にも分かる見知った人が居た。


 そのまま倒れ込む彼の後ろに剣を携えて(たたず)む人とは────



 王国衛兵団右矛(ゆうぼう)総隊長────この国で一番強い男の姿だった。


 ■ ■ ■


 ケイエス=リップデルク

 アルデート王国の3大貴族「リップデルク家」の次男坊にして現アルデート王国衛兵団右矛(ゆうぼう)隊総隊長。

 王国最大の戦力にして、"アルデートの矛"と呼ばれる程の猛者だ。


 何故ここに総隊長が……。


 私も先程まで気付かないほどに、気配を消し彼の背後に近づいた。流石と言わざるを得ない。


 しかし、気付いた途端に発せられた強者特有の圧迫感は間違いなく王国最強と言わしめるほどの気配を持ち合わせていた。

 その気迫の所為か、件の殺人犯も気絶してすっかり戦闘不能になっている。


「件の連続殺人犯の無力化に成功。連行する」


 総隊長の言葉を聞いてハッとする。そうか、誰かが通報したのだろう。これほどの大立ち回り、寧ろ騒ぎにならない方がおかしい。

 これまで人が寄り付かなかったのは、危険を恐れてのことだろう。


 気付いた時には、総隊長の前に立ち塞がっていた。


「何者だ? 何故その男を庇う?」


 私も何故かと聞かれれば、深くは答えられない。

 大切な人だから────いや、私にとってはただの腐れ縁。ただ、知り合いだからとしか言えない。

 なら、どうしてだろうね。


「其方も、その男に殺されかけたのではないのか?」

「いいえ、この者は殺人犯ではございません」

「では、この者の行いはどう説明する。どの道、この男が我が兵を殺そうとしたことには変わりない」


 確かに、彼はあの殺人犯に刃を突き立てた。それをこの総隊長も見ているなら言い逃れは出来ない。

 でも、私は彼が人を殺さないことを知っている。人が変わっても、あの1日を味わった彼になら、生命の重さは嫌でも理解しているはず。


「いいえ、違います。あの者は私達を守ってくれたのです」

「ほう、では正当防衛だと?」


 だから私は正直に伝えた。この状況、俄に信じ難いだろうけど、それしか無かった。もう少し考えればもっとマシな言い訳が思いついたかもしれないけど、咄嗟に出たのがこれだけだった。

 少しの沈黙の後、彼は何かを噛み殺すかのように唇を引き締め、次にこう言い放った。


「その者達を捕らえよ。嘘の供述の可能性がある。救護室へ案内し、その後に全員牢に放り込め」

「兵はどうしますか」

「死亡した者は死体を回収、後に葬儀を行う。負傷したもう1人は救護室に搬送した後に意識が戻り次第事情聴取しろ」


 淡々と他の衛兵にそう告げる彼を見て「嗚呼、駄目だ」と、その時私はそう思った。

 この人に何を言っても聞く耳を持たないと私はそう悟ってしまったのだ。

 その姿は何処か焦っているようで、何か迷っているようで、すぐにでもこの事件を解決したいように見えた。

 ────まさか、協力者……。

 殺人犯は衛兵だった────なら、それを隠蔽する者もいるはず。これ程までに王都中を騒がせている事件で彼が堂々と殺人を行えるのには、何か後ろ盾があってもおかしくは無い。

 なら、組織内に協力者がいる可能性も考慮すべきだ。


 今ここであの男を捕えなければ、私達の負けなのは目に見えてる。


 取れる行動は2つ。

 1つは降参して彼らについて行く。しかし、その場合は彼らの中に紛れ込んだあの殺人犯が、証拠隠滅に私達を襲うだろう。ましてや、目的は私のコア────牢獄で動かなくなった標的なんて、格好の獲物でしかない。かと言って、牢獄内でなんて取れる手段は少ない。

 そしてもう1つ────。


 なら、今の私がするべきなのは────


「すみません」


 逃げる────逃げて、1度出直す。

 その方がまだ私達が助かる可能性がある。


 次の瞬間、私が伸ばした掌から稲妻が(ほとばし)った。

 それはあの総隊長の方向に、一直線に飛んでいく。

 次いで、私はそれと同じものを自分の目の前に放った。


 第3級雷属性魔法トゥリエノ・ラ・ツァーリエ────雷属性における一般魔法の類、相当加減を誤らない限りは死にはしない。その上、手加減もした。威力を抑え、直撃しても身体が一時的に麻痺する程度だろう。


 目の前に放った魔法によって巻き起こった砂煙に紛れて2人を抱えて逃げようとする。

 重い……でも、今はそんなこと言ってもいられない。


「抵抗するな、逃げるようなら貴様も共犯者としてここで無力化する」


 効いていなかった。

 どうやら、あの攻撃をあの剣で防いでみせたようだ。

 でも、それもそのはず。国1番の剣士様が、一端の魔法使いの攻撃をまともに喰らうはずもないだろう。無駄な抵抗なのは、初めから分かっているつもりだった。


 しかし、ここまで平然な顔されると、流石の私も自信が無くなっちゃうな。


 首筋に刃先を向けられ、少しでも動けば斬り伏せられる場面────。


 いつもの私なら、ここは素直に降参するところだろう。

 この状況、抵抗する方が分の悪い賭けなのは分かっている。さっきの場面も同じ、その方が今の私にとっては都合がいいはずなのに。


 でも、何故だろう。私は────


 彼に向かって強い視線で睨みつけていた。


「あくまで、この者の肩を持つ気か。ならば、ここで無力化する」


 私は全く動けなかった。いや、この総隊長の動きについていけなかったんだ。さっきの殺人犯よりもずっと速い。


 でも────



 ガキンッ!



 目の前で総隊長の剣が弾かれた。

 勿論、私では無い。

 ならば、その候補はただ1人────



「リリス、貴方っ……」

「私も……なんとか、動ける……」



 そう、あの倒れて動けなかった、リリスが私を守ってくれたのだ。



 ■ ■ ■


「ぜぇ、はぁ……」


 しかし、助けに来てくれたはいいものの、彼女は明らかに疲弊している。傷が完全に癒えていないからだろう。出血は止まっていないし、足も覚束無い。


 人数差も歴然。どの道、彼女の助けが入ったところで戦況は劣勢一方。

 さて、どうしよう。


 そんな時だった。


 いきなり地面が歪み、目の前に壁が構築される。

 その壁が私達と総隊長達を阻み、視界は土の壁一色となる。


 この力……魔法の類では無さそうだ。それに心当たりもある。この能力は────


 そんな風に思考を巡らせていると……


 ドスン!


 突然上からが降ってきた。

 この衝撃、雨でも(あられ)でも無い。最初は着地で巻き起こった砂埃でその影しか見ることが出来なかったが、徐々にその輪郭が見えてくる。


 岩……ではなく、人────それも見たことのある風貌。

 それにこの壁────そうなのね……。



「助けに来たぞ! 3人とも!」


 壁の正体、その壁を作り出せる神の恩恵の持ち主。

 深々とフードで顔元を隠したアニキが降ってきた。

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